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>>ティナリアと新しい婚約者





 新しい婚約者が決まった。

 相手の方は2年前に妻を亡くされた侯爵様だった。

 奥様を亡くされて未だに喪に服されていた侯爵様に、同じく婚約者を亡くして喪に服しているわたくしなら話が合うのではないかという周りの期待からだった。

 侯爵様はずっと再婚の話を断っていたらしいが、わたくしの事を聞き、興味と少なからずの同情を持ってくださった様だ。修道院へ行こうと思っていたわたくしにはお断りする理由もなく、まず一度会って互いの話を聞いてからという事で、わたくしは新しい婚約者になるかもしれないというロゼルド・ヘイライズ侯爵様に会う為にヘイライズ邸に来ていた。


 ロゼルド様は2年前に奥様を亡くされた25歳。奥様は突然の病で亡くなられ、ロゼルド様は心の準備も出来ないままに伴侶を失ってしまったという…………心の準備という点では、突然婚約者を亡くしたわたくしも同じはずなのに……わたくしはどこかで“知っていた”気もして……わたくしはロゼルド様よりは前を向けている気がする。そんなわたくしを『冷たい』とからかう声などなかったが……わたくしは心のどこかでわたくし自身をそう思っている気がしていた……。


 侯爵邸の応接間で初めてお会いしたロゼルド様は悄然(しょうぜん)とされていて、とても心苦しくなった。

 わたくしたちが出会うきっかけとなった方を仲人に、わたくしたちは挨拶や自己紹介を済ませ、早々に二人だけで中庭へと出てきた。


「……素敵なお庭ですね」


「……リリー、あ。……亡くなった妻のリリエナが花が好きでね。この庭も時間さえあれば手を加えていたんだ……」


「奥様のご趣味だったのですね。とても美しいお庭ですわ……」


「………」


「奥様の他のご趣味は? ロゼルド様と共有のご趣味などありましたでしょうか?」


「……彼女は多趣味でね……刺繍や押し花……時には絵も描いていたなぁ……。

 ……僕もその横で挑戦してみたんだけど全然駄目でね……彼女を見て描いたのに、彼女からは不評で紙と絵の具の無駄だ、なんて怒られてしまったよ。……だけど彼女、その絵をずっと持っていてくれてね…………亡くなった後に彼女の手帳からそれが出てきたんだよ……。

 改めて見たらその絵のあまりの下手くそさに自分でも笑ってしまったよ……」


「まぁ……それはわたくしも見てみたいですわ」


「……あれはとてもじゃないけど見せられないなぁ……恥ずかしいよ……」


「ふふ、ますます見てみたくなるじゃないですか」


 そう言って笑ったわたくしにロゼルド様も笑い返してくれた。その目元が薄っすらと光る事には気づかないふりをして、わたくしは庭に咲き誇る花々に目を向ける。奥様が亡くなられた後もしっかりと手入れをされている庭は本当に綺麗。


「……君の趣味はなんだい? ……前の婚約者と共通の趣味はあったのかい?」


 後ろから伺うようにかけられた声に、わたくしは振り返らなかった。ロゼルド様が顔を見られたくはないんじゃないかと思ったから……。


「わたくしの趣味は刺繍ですわ。妹が詩を趣味にしておりますから、わたくしも少しだけ詩を書きますの」


「それはどちらも見てみたいな」


「……元婚約者のカハル様は剣術がお好きでした……それはもう……趣味の域を超えていたような気がします……」


「……ダンジョンで亡くなったと聞きましたが……」


「えぇ……お戻りに(▪▪▪▪)なりませんでした……」


「…………君は……その事をどうやって受け入れたんだい?」


「……受け入れた……のでしょうか……

 ただ“カハル様はお帰りにはならなかった”と、“わたくしの元にはお戻りにはならなかった”と、理解しているだけですわ…………わたくしがそれを否定(▪▪)しようとも現状が変わる訳ではありませんもの……」


 わたくしはロゼルド様を振り返りました。ロゼルド様は悲し気な顔をしてわたくしから目をそむけられました。


「……君は強いね」


「そんな事は」


「僕は“今を理解する”のに気持ちが追いつかないんだ……。

 頭では分かってはいるのに体が動かない、心が戻って来ない……。

 彼女が、リリエナが突然居なくなってその手を握れなくなって僕に向かって微笑んでくれない事が未だに理解出来ない。いや、『彼女が亡くなった』事は分かってるんだ、それは理解しているんだ。なのに、なのに何故か未だに『彼女が何で僕の側に居ないんだ!?』と思ってしまうんだ! 分かってるのに、居ないって分かってるのにっ!!

 ……なんで彼女が僕の側に居ないのかわからないんだ……」


 両手で顔を覆って下を向いてしまったロゼルド様にわたくしは掛ける言葉を見つけられない。

 愛されていたのね、と。

 前妻であるリリエナ様をどれだけロゼルド様が愛されていたのかが伝わる。わたくしもカハル様に会いたい。会ってその声を聞きたい。


 ……だけどわたくしは……カハル様がどこかで笑っていてくれるのならそれでいいとも思っている。

 わたくしの側に居なくてもいい。 

 カハル様が自由に、幸せになってくれているのならそれでいいと思ってしまう。


 ……亡くなった人にそんな風に思うなんておかしな話ね。


 それでも、わたくしとロゼルド様が持つ『愛の形』が違う事を理解し、わたくしはその違いにどこかホッとしている気がした。

 わたくしは“愛する人がどこかで幸せに笑っているのなら幸せ”で、ロゼルド様は“愛する人が側で笑っていてくれる事が幸せ”。

 でもわたくしたちが愛した『愛する人』はもうこの()には居ない。どれだけ願っても戻って来ない。

 なら、わたくしたちが二人で気持ちを寄せ合い心の隙間を埋め合えば、支え合えるんじゃないかしら?

 凹と凸の様に……わたくしならロゼルド様の心に寄り添えるような気がした……。


「ロゼルド様……無理して理解する(▪▪▪▪)必要は無いんじゃないでしょうか……」


「……え?」


「……理解出来た方が心は軽くなるかもしれません。周りの人達は『早く忘れろ』なんて言ったりもしますが……出来ない事を無理してする方がつらいじゃないですか、苦しいじゃないですか……。だから“納得できない”なら“しなくていい”と思うんです」


「でもそれじゃぁ……」


「えぇ、そこでそのまま立ち止まってしまってはいけません。誰も……カハル様は喜んではくれません。……きっとリリエナ様もそうではありませんか? わたくしたちが立ち止まって部屋に閉じこもって泣いてるだけなのを一番嫌がるのは他の誰でもないカハル様やリリエナ様だと思うんです」


「っ……」


「だから、わたくしは前を向くのです。カハル様に叱られてしまわないように……カハル様が安心出来るように……わたくしはわたくしの幸せを見つけようと思います……」


「自分の幸せ……」


「はい。自分自身の幸せです」


「……いいんだろうか……

 彼女がもう手に出来ない幸せを……僕が感じてしまっていいんだろうか……それは彼女への裏切りにならないだろうか………」


「ロゼルド様。

 ロゼルド様が愛したリリエナ様は、ロゼルド様の幸せを望まないような冷たい女性だったのですか?」


「そんな筈ないだろう!!

 彼女は優しく温かい人だった!

 いつも僕の事を一番に考えて、……っ幸せに、っ、幸せになろうねってっ!!」


「……ロゼルド様一人が幸せになるなんて許せないと?」


「そんな事言わない……っ、……彼女は絶対に、そんな事を、言ったりしないっっ!! ……いつも、いつも僕の幸せを喜んでくれる人だった………っっ!!あぁっリリエナ!……っ、僕はっ、僕はっっ!!!」


 顔を覆ったロゼルド様の両手から涙が伝い落ちる。

 ロゼルド様とリリエナ様は政略結婚だと聞いている。でもお二人は婚約者の時から仲睦まじくされて、結婚式では周りが戸惑うほどにお二人で嬉し泣きされたらしい。

 そんなに想っていた相手が亡くなってしまうなんて、どんな気持ちなんでしょうか……。わたくしには分からない……。わたくしはそこまてカハル様を愛していたのでしょうか……。


 6歳の頃に決まった婚約者。

 ずっとずっと“きょうだい”の様に思ってきた。この人と結婚して子供を作るんだと頭では分かってはいても自らそれ(▪▪)を望むほどにカハル様を求めていた事は無い……。

 『恋人なら手を繋ぎたくなる』

 『好きな人とは触れ合いたくなる』

 『大好きだからキスしたい』

 友人たちから聞いた恋愛小説の“恋人たちがする事”を、わたくしは“しなきゃいけない事”“するべき事”と理解しているだけで、自ら望んで(▪▪▪▪▪)したいと思った事は無い。

 だからきっと……わたくしのは恋ではなかったのかも知れないと……そんな考えが頭に浮かび、それが寂しくなって……わたくしは考えるのを止めた。



 ロゼルド様の気持ちが落ち着くのを待って、後日もう一度見合いの席を用意すると言う事でわたくしはロゼルド様と1度目の顔合わせを終えた。


 酷い女だと、冷たい女だと思われたかもしれない。

 次の機会などないかもしれないと思っていたけれど、改めてお父様から聞かされた話はロゼルド様からの正式な婚約の申し込みだった。


 もっと君の話を聞きたいと、もっとリリエナの話を聞いて欲しいと、もっと君の婚約者の思い出を聞きたいと……そんな事を言われた。


 傷の舐め合いかもしれない……

 後ろ向きな繋がりかもしれない……

 でもわたくしとロゼルド様は、同じ経験をしているからこそ、わかりあえるんじゃないかと、そう思う……。










 数年後。

 リリエナ様の作られたお庭で、わたくしたちの子供が駆け回る楽しげな笑い声が響いていた。


 わたくしは幸せですよカハル様。

 だからカハル様も、必ず幸せで居てくださいね。







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