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「白百合の君よ、どうか私と踊って頂けませんか?」
目の前には知らない男性。
金髪碧眼で、かなり仕立てのいい装いである。
もしかして、ラザフォード公爵家のポール様かしら。
ええと、どうしましょう。
お兄様達には家族以外とは踊ってはいけないと言いつけられているのだけれど、普通に断ったらこの方が恥をかくし、かといって踊ることもできないし…。
そう思って戸惑っていると、男性は悲しげに目を伏せ、
「申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました。」
と言うと、去って行った。
それを見ていた周囲がざわめいた。
「ベルヌーイ嬢、公爵家までも袖にするなんて…。流石白百合の君だ」
「今日もお美しい…。ベルヌーイ嬢と結婚できるのはどのような男なのだろうか」
「ベルヌーイ嬢、どなたか意中の方はいらっしゃらないのかしら。気になりますわ」
何を話しているのかまでは聞こえないけれど、私の方を見ながら話しているので、私のことを話しているのは分かる。
私が男性にダンスを誘われる度に、この雰囲気になるが、正直なところ居心地が悪くて逃げ出したくなる。
もう声を掛けられないようにと壁際によって静かに立っていると、ハンスお兄様が来てくれた。
「ソフィ、大丈夫か?また男に声を掛けられていたようだが、何かされていないか?」
相変わらずハンスお兄様は心配性だ。
心配をかけて申し訳ないなぁと思いつつも、愛されてるなぁと実感して、嬉しくなってしまう。
思わず笑顔を浮かべると、ハンスお兄様は苦笑し、周囲は再びどよめいた。
「挨拶は、どの程度済ませたんだ?ある程度終えているなら、今日はもう帰ろうか」
ハンスお兄様が気遣わしげに私の頬を撫でてくれる。
「ありがとうございます。挨拶は一通り終えましたわ。差し支えなければ今日はもうお暇したく思いますわ」
そう答えて、ハンスお兄様が差し出してくれた腕に手を乗せる。
ハンスお兄様はそのまま私を馬車までエスコートして下さり、安全につくようにと守護の魔法をかけてくれた。
馬車に一人で揺られていると、寂しさに苛まれた。
私ももう18歳。家族が私にとって最良の相手を選ぶと、時間をかけて相手を吟味してくれているだけで、そろそろ結婚していてもおかしくない。
「やだ、なぁ…」
お兄様達も、もちろんお父様も大好き。だから、本当は離れたくない…。
でも、結婚は貴族の義務。
今まで貴族として生きてきたのに放棄するわけにはいかない。
だから、別れの日までは、と最近では家族に素直に甘えるようにしている。
恥ずかしいけれど、今甘えなければ、きっと後悔する…。
「あぁ、結婚したくないなぁ」
私の声は、夜の闇に呑まれて消えた。