令嬢「ショートコント、婚約破棄」
<王城廊下>
王子「ふう~~~」
王子「今日こそは絶対に言ってやる。言ってやるぞ……」スタスタ
令嬢「あら王子」
王子「出たな令嬢! ここで会ったが百年目、」
令嬢「婚約破棄でもしにきたんですか?」
王子「バレてる!!」
王子「なんだ君! エスパーか!」
令嬢「いえ、角を曲がってくる王子が『ふう~~~婚約破棄してえ~~~~』って大声で叫んでいたのが聞こえてきただけですけど」
王子「俺の落ち度かよ! 恥ずかしいよ!!」
王子「気を取り直して……。やい令嬢! ここで会ったが百年目! 君との婚約は、」
令嬢「ショートコント、婚約破棄」ウィーン
王子「先手を打つなよ!!」
王子「人の話は最後まで聞けよ!!」
令嬢「いやー。ここが新しくできたコンビニエンスストアかあ~」
王子「そして人の話を理解しろよ!! やるなよ! 入り込むなコントの中に!!」
王子「あと舞台設定がおかしいだろ!」
王子「なんだよコンビニエンスストアって!! この国に存在しないよ! あったとしてコンビニエンスストアの中で婚約破棄するのかよ! ついでに言うとコンビニのコントで『コンビニエンスストア』って正式名称で発音するやつほぼいないよ!!」
王子「何かと思ったよそのウィーンって手のやつ!! 自動ドアに入るモーションまだこの国に存在してないよ!!」
令嬢「すみません。未来で構築されるであろう商業形態を正確に予期してしまって……」
王子「本当だよ。もっとその能力この国の未来のために使え!」
令嬢「はい。あ、今のプロポーズ?」
王子「人の話の何を聞いてんだよ! 耳に風穴開いてんのか! 婚約破棄するつってんだよ!」
王子「あと今のをプロポーズと勘違いするのやばいだろ!!」
王子「能力じゃなく人柄を見てくれる相手を選べよ!!」
令嬢「が、がーん……。婚約破棄なんて、そんな、どうして……」
王子「結構強引に時間差でリアクション取ってきたな」
王子「もうだいたい今までの流れでわかる人はわかってるよ」
王子「面白すぎるんだよ君!」
令嬢「えへへ」
王子「褒めてないよ!!」
王子「いちいち面白いことしようとするのをやめろって言ってんだよ!」
王子「あと口で『がーん』って言うやつ千年前の萌えキャラくらいしかいないよ!!」
王子「こっちだってね。本当はこんなこと言いたくないんだよ」
王子「でも、自分の胸に手を当てて真剣に考えてみてほしい」
王子「君、今日だけでもう何回『ショートコント』って単語口にした?」
令嬢「ええっと……」ユビオリー
令嬢「1、2、4、8、16、32……」
王子「二進数で指を折るなよ!!」
王子「一日に特定の単語を何回口にしたかって話題で二進数で指を折るな!!」
王子「1023まで数える気かよ!!」
令嬢「でも真剣に考えてみろって言ったのは王子ですよね」ムッスー
王子「むくれるなよ!!」
王子「そもそも十進数じゃ数えられないくらい言ってる方が悪いだろ!!」
王子「でも俺も悪かった」
王子「変な期待してごめん」
令嬢「心が痛いんですけど!」
令嬢「大体いきなり婚約破棄って……。一体私のどこが不満なんですか?」
令嬢「自慢じゃありませんけど、私、性格以外完璧ですよ」
王子「完全にその一点に集約されてるんだよ」
王子「ダメな理由がすべて性格に!」
令嬢「そんなに言うなら実例をあげてくださいよ」
王子「いやもうそりゃ望むところだよ」
令嬢「五百個くらい」
王子「日が暮れるよ!!」
王子「十個目を俺が話し始めたくらいで観念しろよ!!」
王子「すみませんでした自分の性格が悪い証拠ドッバドバ出てきましたって認めろよ!!」
令嬢「まあいいですけど……。本当に出てくるとしたらね」
王子「どっからその自信が湧いてくるんだよ」
王子「温泉かお前は」
令嬢「ショートコント、温泉」ウィーン
王子「それそれそれそれ!!!」
令嬢「?」クビカシゲー
王子「『何の話ですか?』みたいな顔してるんじゃないよ!」
王子「完全にそれだよ!!」
王子「話の途中で『ショートコント』とか言って話の腰を折るところだよ!!」
王子「あと今ウィーンってまたコンビニに入っただろ!!」
令嬢「ここが新しくできたコンビニエンスストアかあ~」
王子「別にその先をやれとは言ってないよ!!」
王子「そしてコンビニの中に温泉はないよ!!」
王子「びっくりするだろ! おにぎり買いに来て全裸の爺さんがタオルでケツ叩いてたら!!」
王子「世界が終わる三秒前くらいに見えるか見えないかみたいな光景だよ!!」
王子「うんざりなんだよ!」
王子「もうことあるごとだよ!!」
王子「先週のデートのときもそうだよ!!」
令嬢「え~? 私、何かしましたっけ?」
王子「とぼけるなよ!」
王子「何なら今からそのときのこと全部解説してやるよ!!」
令嬢「ショートコント、再現VTR」
王子「コント形式ではやらないよ!!」
王子「なんならこの国にまだVTRの概念ないよ!!」
王子「文明の先を見るのも大概にしろ!!」
令嬢「わかりました。じゃあVTRはやめて、普通にデートの再現をしましょう。私が王子の役をやるので、王子は私の役をやってください」
王子「おう、任せとけ」
王子「いや流れるようにコントに移動するな!!」
令嬢「ここが新しくできたコンビニエンスストアかあ~」
王子「だからこの国にコンビニの概念ないだろ!」
王子「しかも俺はなんで婚約者とのデート中に新しくできたコンビニを見て感慨に耽ってんだよ!!」
王子「いい加減にしろ!」
王子「話が全然進んでないだろ!!」
令嬢「( ;ω;)」ショボーン
王子「ったく……精々しょんぼりしてろ!」
王子「普通に解説するからな」
王子「まず最初。待ち合わせ場所に俺が着いたとき」
王子「君は何してた?」
令嬢「広場で一人コントしてどっかんどっかんウケを取ってましたけど」フフン
王子「大問題だよ!!」
王子「なんでこれから王族と結婚して女王になるぞって令嬢が広場で一人コントしてウケを取ってるんだよ!!」
王子「しかも護衛も何もつけずに!!」
王子「変装もしてないし!!」
王子「見つけた瞬間心臓どっかーん!!って飛び出ちゃったよ!!」
令嬢「じゃあここにいる王子は幽霊ってことですか?」
王子「比喩だよ!」
王子「反応しにくい小ボケを織り交ぜてくるなよ!」
令嬢「いいじゃないですか。大ウケだったんですし」フフン
王子「なんかさっきからやたら誇らしげなのが腹立たしいよ」
王子「まあいい。確かにそれは結果オーライだったとしよう」
令嬢「正気ですか?」
王子「お前が言うなよ!!」
王子「妥協してやってんだこっちは!!」
王子「問題はその後だよその後」
令嬢「はあ、その後」
令嬢「演劇に行く前に、喫茶店に寄ったときのことですね」
王子「そうだよ」
王子「巷で噂の紅茶喫茶だよ」
王子「王族って立場を使わずにスムーズに入店するのに二週間前から予約してたところだよ」
王子「君、その店に入ってすぐ、なんて言った?」
令嬢「私、実は喫茶店でアルバイトするのが夢だったんですよ。私が店員さんやるんで、王子はお客さんやってください」
王子「最悪だよ!!」
王子「完全にそれはショートコントの導入なんだよ!!」
王子「なんで店に入った瞬間そういう体勢にスッと入れるんだよ!!」
令嬢「ウィーン。いらっしゃいませー」
王子「続きをやれとは言ってないよ!」
王子「あとまだこの国には自動ドアはないって言ってんだろ!!」
王子「大迷惑だよ、お店に!」
王子「君がずかずかカウンターの裏に回っていくから店員のお姉さん完全に困り果てて苦笑いしてたよ!!」
令嬢「大丈夫ですよ」
王子「何も大丈夫な要素がないだろ!」
令嬢「あの店を建てたの私なので」
王子「急に新情報を持ってくるなよ!!」
令嬢「オーナーとかじゃなくて普通に創設者です」
令嬢「趣味が高じてお忍びで開業しました」
王子「高じすぎだろ!!」
王子「今や王都一の喫茶店に成り果ててるよ!!」
王子「おま……、そういうことは早く言えよ!」
王子「二週間もかけてアポ取った俺がバカみたいだろ!」
令嬢「ていうかバカそのものですよね」
王子「そこまで言われる筋合いはないよ!!」
令嬢「ショートコント、愚か者」
王子「傷口に塩を塗ろうとするなよ!!」
令嬢「そこの君。……なんか彼女にいい感じにかっこよく思われそうな紅茶知識とか知らないか?」
王子「俺が店員さんにこっそり訊いたことを盗み聞きしてあまつさえ一言一句くっきり記憶するなよ!!」
王子「泣いちゃうだろ!!」
王子「ていうかほくそ笑んでないでその場で何か言えよ!!」
王子「このひとつのこと取っても完全におしまいレベルの性格の悪さだよ!!」
令嬢「すみません。私のために必死でがんばってくれている王子のことを思うと……」
令嬢「面白くて」
王子「せめて気遣いの結果であれよ!!」
王子「極めつけはその後の演劇だよ」
令嬢「えー。私、演劇のときは大人しくしてましたよ?」
王子「そりゃそうだよ」
王子「全王国民が泣いた伝説の純愛演劇『恋と夢』だよ」
王子「仮に君がその間にふざけだしたらショックで嘔吐してたところだよ」
令嬢「迷惑行為ですよ?」
王子「ごもっともだよ」
王子「やらずに済んで本当によかったよ」
王子「でも問題は上演後だよ!!」
王子「俺が目ん玉溶けるくらいにボロボロに泣いて劇場の外に出て、感想を君と共有したい気持ちになっていたとき」
王子「君、第一声、なんて言った?」
令嬢「ショートコント、性欲」
王子「この世でもっとも感受性の低い生き物だよお前は!!!」
王子「あの純愛劇を見て感想が『性欲』ってどういうことだよ!」
王子「純化しすぎなんだよ!」
王子「人間見て『タンパク質』って表現するタイプの人間かよ!」
令嬢「タンパク質より水分の方が多いですよ」
王子「別に正確な知識は求めてないんだよ!」
王子「愛に正確さはいらないんだよ!!」
王子「むしろ時々途方もなく間違えることこそが愛の特質なんだよ!!」
令嬢「何この人……。怖い……」
王子「まったくもう……君とはもうやってられないよ」
王子「性格の不一致を理由に婚約は破棄させてもらう」
令嬢「性格が一致すればいいってものでもなくないですか?」
王子「急に本質を突いてくるなよ」
王子「確かに自分と全く同じ性格をした人間がいたとして、その人と結婚したら幸せかっていうのは難しい問題だよ」
王子「でも君はそれ以前の問題だよ」
令嬢「はあ。じゃあまあ、現時点では何らの実権も握っていない王子の個人的な嗜好による婚約の拒否がどの程度効力を持つのかは一旦置いておくとして」
王子「いきなり現実的な視座に立つなよ」
王子「あまりの話の気圧差にびっくりして口から内臓出てきちゃいそうだよ」
令嬢「うわ、ほんとだ」
王子「ほんとなわけないだろ」
王子「いい加減なこと言ってんじゃないよ」
令嬢「私との婚約を破棄して、その後だれと結婚するかとか考えてるんですか?」
王子「考えてるわけないだろ」
王子「婚約者がいる状態で他の人に目移りするなんて失礼なことするわけないよ」
令嬢「重っ……」
王子「いや何も重くないよ」
王子「この星の重力で正しく生きてるよ」
令嬢「わかりました。でも、その前にちょっと考えてみるべきだと思うんです」
王子「何?」
令嬢「確かに王子は私と結婚すると苦労するでしょうけど」
王子「いや自覚あるのかよ」
令嬢「でも、それは根本的に王子が結婚に全くもってこれっぽっちも向いていないというだけで、相手を変えてどうこうなるって問題じゃない可能性だってあるわけじゃないですか」
王子「悲しいことを言うなよ」
王子「……悲しいことを言うなよ!!」
令嬢「だから、ちょっとシミュレートしてみましょうよ」
王子「シミュレート?」
令嬢「そうです。実際に相手を変えてみた場合にどんな結婚生活を送るのかシミュレートしてみれば、案外私と結婚するのが最善手だってわかるかもしれないじゃないですか」
王子「考えうる限り最悪のシミュレート結果だよ」
王子「ていうかもう何をするつもりかわかってきたよ」
令嬢「じゃあ、私が王子の結婚相手の役をやりますね」
王子「いやもういいよ」
令嬢「王子は結婚後の自分のつもりで演じてくださいね」
王子「もう大体何するつもりかわかってるんだって」
令嬢「それじゃあ行きますね」
令嬢「ショートコント、破局」
王子「展開が早すぎるだろ!!!!!」
王子「展開が早すぎるよ!!」
王子「結婚後のシミュレートやるって言って一発目から『ショートコント、破局』はおかしいだろ!!」
王子「それは三つ目くらいにやるネタなんだよ!!」
王子「『ショートコント、新婚』とか『ショートコント、三年目』とか穏当なテーマのやつを踏まえてから出してくるオチのやつなんだよ!!」
王子「はしょるな! 前フリを!!!」
令嬢「さっすがあ!」
王子「いや別にお笑いに一家言あるわけじゃないよ!!」
王子「結果的にそう見えちゃってるけど!」
令嬢「わかりました」
令嬢「それじゃあお笑い博士のアドバイスに従わせてもらいます」
王子「完全にバカにしてきてるだろ」
令嬢「そうですね」
王子「そうですねじゃないんだよ」
令嬢「ショートコント、新婚」
王子「もうこの人全然話聞かない」
令嬢「ウィーン。ここが新しくできたコンビニエンスストアかあ~」
王子「だから舞台設定がおかしいんだよ!!」
令嬢「いやでも新婚夫婦だってコンビニくらい行きますよ」
王子「そりゃ行くよ」
王子「いや行かないよ!!」
王子「この国にコンビニはないって言ってるだろ!!」
王子「だいたいあったとしても場面のチョイスがおかしいんだよ!」
王子「もっと色々あるだろ! 新婚ならではの場面のチョイスが!!」
令嬢「ウィーン。ここが全裸の爺さんがタオルでケツ叩いてるコンビニかあ~」
王子「死にかけの蝶が見る悪夢みたいな場面をチョイスするんじゃないよ!!」
王子「コンビニはともかくとして中に温泉抱えたコンビニは未来永劫世界に存在しないよ!!」
王子「たっく……」
王子「もっと色々あるだろ。新婚ならではのシチュエーションが」
令嬢「はあ」
令嬢「どんなシチュエーションがあるんですか?」
令嬢「新婚博士の王子」
王子「バカにしにきてるよね?」
令嬢「別に結婚したことがあるわけでもないケツの青いガキのくせに新婚生活に一家言ある王子」
王子「バカにされたなあ!!」
王子「おま……かなりバカにしにきたなあ!!」
令嬢「いいからいいから」
王子「いいからいいからじゃないよ」
令嬢「まあまあまあ。いいからいいから」
王子「ゴリ押そうとするんじゃないよ」
王子「言っとくけど、お前の今の一連の発言は今夜日記帳に書き留めておくからな」
王子「念入りに」
王子「克明に」
令嬢「まあまあ。王子の好きなシチュエーションやってあげますから」
王子「恩着せがましいな!」
王子「ショートコントやめろって言ってるんだよこっちは!」
王子「でもまあ……じゃあほら、あれ!」
王子「あの、夫婦ふたり並んでキッチンで料理するやつ」
王子「あれなんかぴったりだろ。新婚生活のシミュレーションに」
令嬢「王子も好き者ですなあ」
王子「うるさいよ」
王子「個人的な好みは入ってないよ」
令嬢「ふんふふーん♪」
王子「おっ。早速鼻歌が聞こえてきた」
令嬢「トントントントントン」
王子「包丁の音なんかもリズミカルに聞こえちゃって」
令嬢「ジュー、ジュー」
王子「焼き始めた。いいな、こういうの。香ばしい匂いが漂ってくるよ」
令嬢「ウィーン。いらっしゃいませー」
王子「どこで料理してるんだよ!!!」
王子「急に家庭感が薄れちゃっただろ!!」
王子「どこで料理してるんだよ!!」
令嬢「そりゃ新婚だから家ですけど……」
王子「家に自動ドアついてんの!?」
王子「ええ!?」
王子「全然落ち着かないな! 最悪の家だよ!」
王子「しかも『いらっしゃいませー』とか言って受け入れてるのも嫌だよ!」
王子「俺の結婚相手どんな神経してんだよ!!」
令嬢「私に言われても……」
王子「いやお前が一番言われるべきなんだよ!!」
王子「現時点で俺の結婚相手は特定の誰かじゃなくてお前が作り出した架空の存在なんだよ!!」
王子「悲しくなってきた」
令嬢「わかりました。じゃあ家に自動ドアはついてないって設定で」ムッスー
王子「いや何の権利があってむくれてるんだよ」
王子「当然のことだよ」
王子「言わなくてもそこの認識は共有できてるものと思ってたよ」
令嬢「ショートコント、すれ違い」プンスカ
王子「わかったよ!」
王子「確かに言葉にしなかった俺も悪かったよ」
王子「これからは相手方に甘えないでちゃんと言葉にするよう心がけていくよ」
王子「……いややっぱり俺何にも悪くないよ!!」
令嬢「ふんふふーん♪」
王子「すげえ強引に戻してきたな」
令嬢「トントントントントン」
王子「いやもういいよその流れは」
王子「調理してる場所がコンビニかもしれないと思ったら百年の恋も冷めたよ」
令嬢「コンビニに調理場はありませんよ?」
王子「わかってるよ」
王子「わかってるけどさっきから俺の中でコンビニという空間の定義が歪み始めてるんだよ」
令嬢「ジュー、ジュー」
王子「…………」
令嬢「ねえ、あなた」
王子「…………」
令嬢「ねえ、あなた」
王子「…………」
令嬢「ねえ、あなた」
王子「…………」
令嬢「ねえ、あなた」
王子「いや怖いな!!!!!」
王子「えっ、怖!!」
王子「何?」
王子「悪霊?」
令嬢「違いますよ! 王子が入ってくるの待ちです!!」
令嬢「ほら! 焦げないうちに早くコントに入ってきてください!」
王子「俺も入るやつだったのかよ」
王子「好き放題暴れてるからてっきり一人コントだと思ってたよ」
王子「そしてその焼いてるものは架空だから焦げることはないよ」
王子「入り込みすぎだよコントの中に」
王子「憑依型俳優かよ」
令嬢「トントントントントン、ジュー、ジュー」
王子「材料切りながら焼いてるの手際良いな」
令嬢「ねえ、あなた」
王子「…………」
令嬢「ほら王子、カモン!! ジュー、ジュー!!」
王子「強火になっちゃったよ」
令嬢「ねえ、あなた」
王子「いややらないよ」
令嬢「ねえ、あ・な・た♡」
王子「…………」
王子「うん? なんだい?」
令嬢「今日のご飯は何がいい?」
王子「もう作っちゃってるだろ!!」
王子「もう材料切って焼く段階まで進んじゃってるだろ!!」
王子「この時点で俺の要望を訊くことに何の意味があるんだよ!!」
王子「嫌がらせかよ!!」
令嬢「あっ」
王子「ボケとかじゃなくてうっかりミスかよ!!」
王子「ツッコんだだけなのに俺が嫌な奴みたいになっちゃったよ!!」
王子「ったくもう……」
王子「おいおい。もう作り始めちゃってから訊くことじゃないだろ」
王子「このうっかりさん」
令嬢「うふふ」
令嬢「小ボケよ」
王子「うっかりミスのこと『小ボケ』って呼んでくる結婚相手それなりに嫌だな」
王子「ことあるごとにショートコントしかけてくる相手よりはマシだけど」
令嬢「もうすぐフライパンから上がるからお皿並べておいてね」
王子「うん。ところで今日の献立は結局何かな?」
令嬢「生しらすよ」
王子「さっきの工程何してた?」
王子「幻影?」
令嬢「ジュー、ジュー」
王子「いやもう何を焼いてるんだよ」
王子「無を焼くなよ」
令嬢「王子はいつも私に手を焼いてますけどね」
王子「そこの自覚あるのかよ」
王子「あと突然思いついたギャグを文脈に関係なくぶっ込んでくるのはやめろよ」
王子「そういうのがコント全体の統一性をかき乱してとっちらかった印象を与えるんだよ」
令嬢「よっ! お笑い博士!」
王子「やかましいよ」
令嬢「へいお待ち! あっつあつの生しらす丼よ!」
王子「大衆酒場みたいなテンションで出してきたな」
王子「自動ドアから誰か入ってくるんじゃないかと気が気じゃないよ」
令嬢「家に自動ドアなんかあるわけないでしょ?」
令嬢「ふふ、変なあなた」
王子「役を隠れ蓑にしてこれまでの自分の所業を綺麗さっぱり忘れるんじゃないよ」
王子「言ってることは何も間違ってないんだけど、君に言われると無性に腹が立つよ」
令嬢「あなた、美味しい?」
王子「まあそりゃ美味いよ」
王子「ていうかもう結婚相手が作ってくれたものは何でも美味しいよ」
王子「なんなら作ってくれたものじゃなくても一緒に食べてるだけで何でも美味しく感じるよ」
令嬢「んふふ」
王子「いや普通に照れるなよ」
王子「そういうことされると揺らぐよ」
令嬢「ショートコント中の演技ですよ?」
王子「そこは夢見させてくれよ」
王子「僅かに残った俺の中の情に訴えかけるチャンスを逃さないでくれよ」
令嬢「結婚したときはどうなるかと思ったけど、最近はちょっとずつ落ち着いてきたわね」
王子「ああ、そういう頃の設定なのね」
王子「うん。確かにそうだな」
令嬢「それでさ」
令嬢「私たち、お互いのことを好きってばっかりで」
令嬢「将来像とか、ちゃんと話したことなかったよね?」
王子「おお。結構激しい恋愛結婚をしたんだな」
王子「いやでもやっぱり結婚はお互いに好意があってこそだよ」
王子「取り除けるものを取り除ききったあと最後に残るのが愛だよ」
王子「将来設計とかはその土台の上に建てていけばいいんだよ」
令嬢「ね、だからさ。色々話し合おうよ」
令嬢「マイホームとか、どう思う?」
王子「あー」
王子「いいな、これ」
王子「たぶんこれってどこかのアパートの一室なんだよ」
王子「これからどうしようかってことを見切り発車した後に色々ふたりで考えてるんだよ」
王子「将来のこととかよくわからないけど、繋いだ手が温かいのだけは確かなんだよ」
王子「世界が滅びるその日の夜だっていつもと同じようにご飯を食べて、少しだけ夜遅くまでお喋りして、それから同じベッドで眠りに就く」
王子「そういう理想の関係だよ」
令嬢「気持ち悪いことつらつら言ってないで早く進めてもらっていいですか?」
王子「釈然としないよ」
王子「マイホームは、そうだな」
王子「買いたい気持ちもあるけど、王都で買うのはちょっと割高かもなあ」
令嬢「一軒家は難しいかあ」
王子「ちょっと待って」
王子「シミュレーションだけで楽しくなってきちゃったよ」
令嬢「でもほら、ふたりならこの部屋で暮らしててもいいけど」
令嬢「ほら……、ね?」
王子「いやちょっと待ってくれよ」
王子「もうこれ伝説のアレが来るよ」
令嬢「家族が増えたりしたらさ……。ねえ、あなた、」
王子「ちょっと待って、心の準備させて」
王子「できました」
令嬢「子どもは何リットル欲しい?」
王子「人間を水分として見るなよ!!!!!!」
王子「今すっごいいい感じで来てたんだよ!」
王子「理想のシチュエーションでさあ!」
王子「それで『子どもは何人欲しい?』なんて訊かれたらもう落ちてたよ!」
王子「正常な判断能力を失ってたよ!!」
王子「たまにこういうシチュエーションで演じてくれるなら多少のショートコントも許せるかもなってところまで来てたよ!」
王子「台無しだよ!!」
令嬢「私は二百リットルくらいかなあ~」
王子「やかましいよ!」
王子「リットル数で言われても一体どのくらいを想定してるのかまったくわからないよ!!」
王子「肉屋で肉切ってるんじゃないんだよ!!」
王子「俺の結婚相手は一体何者なんだよ!!」
王子「心をなくした戦闘機械かよ!!」
令嬢「へえ~」
王子「いやハシゴを外すなよ!!」
王子「すべてお前が言い出したことなんだよ!!」
王子「もういいよ!」
王子「別の結婚相手がどうとか言ったってどうせお前の頭の中にある人間像を基にしたキャラクターなんだから、こんなシミュレーションやったって何の意味もないんだよ!!」
王子「お前の頭の中にいるやつ全員コントの星からやってきたコント星人なんだよ!!」
令嬢「あはは」
令嬢「コント星人ってなんか面白いですね」
王子「面白いわけないだろ!!」
王子「適当なことばっか言ってんじゃないよ!!」
令嬢「それじゃあ王子の結婚生活がプライベートにおいて決して恵まれることはないと決まったところで、」
王子「いや何も決まってないだろ!」
王子「今日の運勢ですら今ので決められたくないよ!」
令嬢「決まったところでぇ!!!!!」
王子「大声で誤魔化そうとするなよ!!」
王子「大体プライベートがどうであれ公的な場面に限って見ても君とは結婚したくないよ!!」
令嬢「えー!?」
令嬢「目ん玉ついてますか?」
王子「ついてるよ!!」
王子「よく今までの流れでそこまで強気に出られるな!!」
王子「確かに君はすごいよ!」
王子「この国全部見渡してもたぶん君より優れた人間はいないよ!」
令嬢「個人保有資産額が国家予算超えてますからね」
王子「初耳だよ!!」
王子「話が進まないからその情報ちょっと胸の奥に秘めておいてくれよ!」
王子「長年隠してきたんだからあと三十分くらいは心に留め置けるだろ!」
王子「でもダメなんだよ!!」
令嬢「えー、なんでだろう」
令嬢「私が完璧すぎて畏れ多いからですか?」
王子「それもちょっとあるよ!!」
王子「たぶん君は小ボケのつもりで言ったんだろうけどちょっと図星だよ!」
王子「痛いところ突かれたよ!」
王子「でもこれまでの流れを踏まえればそっちの方の理由じゃないだろ!」
王子「公的な場でも『ショートコント』ってやりだすからだよ!!」
王子「隣にいると血も凍るんだよ!!」
令嬢「えー?」
令嬢「公的な場ではちゃんと抑えてますけどね」
王子「じゃあ訊くけど、君、この間の隣の国との会談でなんて言ったか覚えてるか?」
令嬢「ショートコント、勃発」
王子「本当に勃発するところだったよ!!」
王子「ギャグで済まなかったら大変なことになってたよ!!」
王子「俺その場で腹切って詫びようかと思ったよ!!」
王子「ジャキーン!って剣取り出してズバズバズバーッ!って腹切ってズブズブズブー!って内臓つかみ出してこれで許してくださいって土下座しようかと思ったよ!!」
令嬢「ふんふふーん」
令嬢「トントントントントン」
令嬢「ジュー、ジュー」
令嬢「へいお待ち! あっつあつのソーセージ丼よ!!」
王子「真面目な話の途中でコントの続きがやりたくなってんじゃないよ!!」
王子「その『ここだ!』って感じで差し込めるボケ全部差し込んでくるのやめろよ!」
王子「笑いに対する姿勢が貪欲すぎてかえってネタが冗長になってる若手芸人かよ!!」
令嬢「そうですけど」
王子「違うよ!!」
令嬢「でもはい、先生!」
王子「誰が先生だよ」
令嬢「勃発の前に二字熟語をつけるのはマズイと思って踏みとどまったんですけど……」
王子「本当にありがたいよ!!」
王子「言ってたら本当に腹切る羽目になってたよ!!」
王子「でもそもそもこっちは走り出さないで欲しいんだよ!」
王子「そりゃ外交だったら危ない橋を渡ることもあるよ!」
王子「でも君の場合橋のロープ切った後に全力ダッシュ始めちゃってるんだよ!」
王子「君はともかく一緒にいる人間は崖の下まで一直線なんだよ!」
令嬢「いやいや。でも聞いてくださいよ王子」
王子「これ以上何か聞かされるのかよ」
令嬢「実はこの間の会談でやったそれで、隣の国の姫が私のこと気に入ったみたいなんですよ」
令嬢「ほら、あの引くほど笑ってた人」
王子「俺はともかくとして別国の王族に対して『引くほど笑ってた人』とか言うなよ」
王子「でもその言い方で誰を指してるのか一発でわかっちゃったよ」
王子「あの椅子から転げ落ちて床に頭打ってた人だろ?」
王子「俺はお前も怖いけどあの人も怖いよ」
令嬢「私の方が怖いですけどぉ?」ムスッ
王子「どこで対抗意識燃やしちゃってるんだよ」
王子「でもたとえ禍転じて福と為したところで君への評価は覆らないよ」
王子「禍を起こさない人を求めてるんだよ」
令嬢「でもでも、聞いてくださいよ」
令嬢「それがとてつもない気に入られ方だったみたいで、この間なんか個人的にお家にお呼ばれしちゃったんですよ」
王子「えっ!?」
王子「あの引くほど仲悪い国の姫のところに?」
令嬢「護衛も武器も全部なしで来いって言われたんですけど」
王子「それ殺されようとしてるよ!!」
王子「それどう考えてもおびき出して暗殺するつもりだったよ!」
王子「よく無事だったな君!」
王子「今度から危ないと思ったらひとりで抱え込まずに何でも俺に相談しろよ!!」
令嬢「いや大丈夫です」
令嬢「素手でも何とかできると思ったから行ったんで」
王子「えっ……」
王子「あ、いや……」
王子「なんかいま頼もしすぎて一瞬また絆されそうになっちゃったよ」
王子「それで結局その姫の家で何が起こったんだよ」
王子「たぶんろくでもないことなんだろうけど、王子としては訊かないわけにはいかないよ」
令嬢「はい」
令嬢「じゃあコント形式で話しますね」
王子「事実に即して話せよ!!」
王子「現実とコントの境目がどこになのかわからなくて心臓に悪いだろ!!」
令嬢「ちぇっ」ムスー
王子「ちぇっ、じゃないよ」
王子「当然のことだよ」
令嬢「とりあえず約束の日になったら迎えの馬車が来たのでそれに乗っていったんですよ」
王子「ふんふん」
令嬢「で、向こうの姫の私邸に着いたので、降りたわけですよ」
王子「ほうほう」
令嬢「そうしたらメイドの人が出てきて、『こちらで姫様がお待ちです』っていうところまで連れてきてくれたわけですよ」
王子「なるほどな」
令嬢「どうぞお入りくださいって言われたから私はこう言いながら入ったわけです」
令嬢「ウィーン。ここが新しくできたコンビニエンスストアかあ~」
王子「最悪だよ!!!!!」
王子「俺がフォローできないところで大惨事を起こすなよ!!」
王子「えぇ!?」
王子「お前他の国の王族に対してもその態度で行くつもりなの!?」
王子「今の勝手にコント形式で説明始めたとかじゃなくて!?」
令嬢「いや、今のはコントじゃないですね」
王子「コントであってほしかったと思ったの生まれて初めてだよ!!」
令嬢「大丈夫ですよ」
王子「何も大丈夫じゃないよ!!」
令嬢「向こうの姫、吐くほど笑ってたんで」
王子「向こうの姫の琴線もどうなってんだよ!!」
令嬢「ていうか床に五回くらい吐いてました」
王子「五回!?」
王子「常軌を逸してるだろ!!」
令嬢「まあそんなこんなで平和条約を結んできたんですけど」
王子「えぇ!!??」
王子「だから知らない情報をいきなり出してくるなよ!!」
王子「『そんなこんな』に込められた情報量が過密すぎるだろ!!」
王子「そしてなんで俺はそれを知らないんだよ!!」
令嬢「いや、ちょうどさっき帰ってきてその足で王子に会ったので」
令嬢「なんなら王も知りません」
王子「ならこんなところで『ショートコント』とか言って遊んでる場合じゃないだろ!!」
王子「七十年抱えてた外交課題が解決したって聞いたら親父も吐くほど喜ぶよ!!」
王子「いや引き留めてたの俺か!!」
王子「ごめん!!」
令嬢「いいんですよ」
令嬢「私にとっては外交成果の報告より王子とコントする方が重要なことですから」
王子「優先順位がおかしすぎるだろ!!!!」
王子「もういいよ!」
王子「俺との話はいいから早く親父のところに行って報告してこいよ!」
王子「王宮大騒ぎになるし近いうちに記念パレードもやるよ!」
王子「なんなら君の銅像も立つよ!」
令嬢「ショートコント、報告」
王子「それやったら信憑性ゼロになるから絶対に親父の前でやるなよ!!」
令嬢「でも待ってください」
令嬢「その前に王子に言わなくちゃならないことがあるんですけど」
王子「まだあるのかよ!」
王子「この期に及んで何が出てくるんだよ!!」
令嬢「向こうの姫は私が絶対王子と結婚すると思ってるので婚約破棄できないですよ」
王子「もういいよその件は!!」
王子「なんかもう俺ごときの矮小な価値観でお前のこと糾弾して悪かったよ!!」
王子「傀儡にでも何でもなるし後で吐くほど謝罪するからさっき会ってからここまでの一連の流れのことは忘れてくれよ!!」
令嬢「え?」
令嬢「でも結構面白かったですけど……」
王子「いや今までの流れはお笑いじゃないよ!!」
王子「俺は真剣だったよ!」
王子「混じりっけなしの純度百パーセントの真剣だったよ!」
王子「でもそういうことにして俺の暴言に目を瞑って結婚してくれるならこの上なくありがたいよ!」
令嬢「ショートコント、政略結婚」
王子「いまそこちょっとデリケートになってるから触らないでくれるとありがたいよ!!」
令嬢「まあいいですよ」
令嬢「王子の言ってたことはもっともです」
令嬢「私も常日頃から『これやばいな』と思いつつ面白半分でやってましたから」
王子「最悪の告白が来たな!!」
王子「まだ真剣にやってくれてた方がマシだったよ!!」
令嬢「あと謝らなくちゃいけないことがあるんですけど」
王子「いいよもう!」
王子「どう考えても俺の方が謝らなくちゃいけないこと多いよ!」
令嬢「向こうの姫に『うちの国で一番のボケは私で、一番のツッコミは王子です』って伝えちゃいました」
王子「謝れよ!!!!!」
王子「引くほど謝れよ!!!!」
令嬢「『んじゃ今度会談の場にタオルでケツ叩いてる全裸の爺さんでも置いてみるか~』って言ってました」
王子「向こうの姫もどうなってんだよ!!」
王子「向こうの国も国際問題起こさないうちにその姫政界から追放しろよ!!」
王子「うちの国が言えたことじゃないけど!!」
王子「そしてお前はお前でなんで前バラシするんだよ!!」
王子「実際それに直面したときのリアクション『あ、あぁ……』みたいになっちゃうだろ!!」
令嬢「大丈夫。王子ならできます」
王子「どこから来るんだよその信頼は!!」
王子「いいよもう」
王子「お前が何をしようと許すよ」
王子「もう許し慣れてるから造作もないことだよ」
令嬢「じゃあ王子、今から王のところに行って一緒にショートコントしてくれますか?」
王子「いやお前は報告しに行けよ!」
王子「別についていくだけならついていってもよかったけど、俺が行ったらどうせショートコント始めると思うともうまるっきりついていく気がなくなったよ!!」
令嬢「そんなぁ( ;ω;)」ショボーン
令嬢「じゃあ王子、この場でショートコントしてもらってもいいですか?」
王子「何が『じゃあ』なんだよ」
王子「何の正当性もないよ」
令嬢「ここで発散しておかないと王の前で『ショートコント力』が暴発しちゃいそうなんです」
王子「なんだよその力は」
王子「呪われた力かよ」
令嬢「一個だけ! 一個だけでいいですから!」
王子「わかったよ」
王子「それが終わったらとっとと王のところに行ってくれよ」
王子「隣国の号外とかで平和条約のニュースを目にしたら親父も意味不明な事態に心臓が止まるよ」
令嬢「任せてください」
令嬢「王子もちゃんとツッコんでくださいね」
令嬢「ショートコント、隠してきた本音」
王子「なんか怖いのが来ちゃったよ」
令嬢「私は小さいころ、とても引っ込み思案な子どもでした……」
王子「いきなり独白から始まっちゃったよ」
王子「俺はこのコントで何の役をすればいいんだよ」
令嬢「王子は外側からツッコんでください」
令嬢「もうっ! そんなこともわからないでどうやって天下を取るつもりなんですか!」
王子「王位継承してだよ」
王子「それも君の登場で若干怪しくはなってるよ」
令嬢「便利なおもちゃを与えられたのは六歳のときでした」
王子「へえ」
王子「君との婚約が六歳のときだということには目を瞑りたいよ」
令嬢「おもちゃの名前は王子と言いました」
王子「こじ開けられちゃったよ」
令嬢「王子は私の忠実なしもべでした」
王子「表現が凄まじすぎるだろ」
王子「征服者かよ」
令嬢「あれやってと言えばあれをやり、これやってと言えばこれをやってくれました」
王子「うん」
王子「まあまあまあ」
王子「まあね」
令嬢「暗い私を楽しませようと、王子はあの手この手で笑わせにきました」
王子「…………」
令嬢「心底つまらないギャグを一日十個は考えて披露してきました」
令嬢「初めのころそれをガン無視していた私も、いつしかそのいたたまれなさに同情し、鏡の前で愛想笑いの練習をするようになりました」
令嬢「とりあえず『あはは』と笑っておけばこのおもちゃも喜ぶだろうと思っていたのです」
王子「うん、まあ」
王子「…………はい」
令嬢「あるとき、私は思いました」
令嬢「この程度のものでいいなら私もできるんじゃないか?」
令嬢「すると案の定、たったの二秒で考えたギャグは、王子が一生懸命考えたものの数億倍は面白いものでした」
令嬢「そして」
令嬢「王子はそのとき、涙を流すほどに笑ったのです」
令嬢「それからは何もかもが上手くいきました」
令嬢「どんな状況でも、相手を笑わせられるようになりました」
令嬢「友達も、たくさんできました」
令嬢「いろんなことに挑戦するうちに、昔からは考えられないくらいたくさんのことができるようになりました」
令嬢「いつしか私はひとりで生きられるようになりました」
令嬢「どんなに難しいことだってできるようになって、」
令嬢「どんなに貴重なものだって手に入れられるようになりました」
令嬢「でも」
令嬢「本当はたったひとつだけなのです」
令嬢「本当にやりたいことも」
令嬢「本当に手に入れたいものも」
令嬢「たったひとつ、だけなのです」
令嬢「ああ、どうか王子」
令嬢「婚約破棄だなんて言わないで」
令嬢「私がしたいのは、あなたと笑い合うこと」
令嬢「私がほしいのは、あなたそのもの」
令嬢「笑えるくらい、私はあなたを愛しているのです」
王子「…………」
王子「…………その、」
王子「なんていうか」
王子「俺も君が
令嬢「サボってないでちゃんとツッコんでください!!!!」
王子「今綺麗にまとまっただろ!!!!!」
おしまい