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第二章

 もうすぐ3月になろうとしているのに、枝葉は寒々としていて、時折木枯らしのような風が吹いていた。




 そんな午後下がりの丹波市内のとある斎場に、北島まどかの姿があった。

 海が全く見えない。見渡す地平線のほぼ360度を、山に囲まれている。心なしか、神戸より空気が冷たく、澄んでいるようにまどかは感じた。

 そしてその傍らには、憔悴しきった菅原玲奈が居た。

 事が事だっただけに、病院からは一時外出を許されたものらしい。

 二人とも、会場の敷地内に広がる雑木林の中にあるベンチに、制服姿で座っている。

 まどかはただ、ひたすら見守っていた。


「…まどか」

 ようやく玲奈が口を開いた。かすれていた声は完全に戻っている。

「うん」

「…思い知ったわ…」

「…。」

「…警察って、ほんま腐ったタテ社会の組織なんやって」

「…」

 まどかは心臓が掴まれたような心持こころもちになった。

「若い刑事さんが、何か言いたそうにしてんねん…でも何も言えんでいはってね…隣の先輩格らしい刑事さんが睨みきかせてて…。何聞いても答えられませんの一点ばりで…」

「…」

 実はまどかは知っていた。

 今回の捜査打ち切りは、警察の上層部からの圧力によるものだということを。

 入谷と荒松が、わづか数日で突き止めてきたのである。しかし、黙っていた。

 そよ、とまた冷たい風が吹いた。

「私…」

 玲奈は口を開いた。

「うん」

「…やっぱり納得いかへん。」

「うん。」

「死因も教えてくれへん。私にも、薬が盛られてた。犯人らしき目撃情報もある。あの日の前日3人でご飯食べてんけど、パパもママも変わったところは無かったし、パパは卒業論文の最終評価と期末試験の丸つけでめっちゃ忙しくしてて…でもめっちゃ充実してたみたいやった。企業さんとの契約ももう一社行けそうや、て言うてて、そんなのが心中はかるなんてありえへんと思う。おかしいやろ」

 玲奈は一気に言った。

(そういえば隆義おじさん、大学の教員やったんやっけ…)

「そうなんや」

 まどかは思い出しながら、相槌をうった。

「…でも、どないしたらええんやろ…」

 玲奈の声が小さくなった。

「…隆正おじさんには、その話したん?」

 まどかは流れに乗じて聞いてみた。

「お父さんの前の日の様子は、言うてないよ。今思い出したとこやったし。正直、思い出すのもつらかったから」

 それはそうかもしれない、とまどかは思った。

 身近で人が亡くなったことがまだ無い(ある意味、今回のが初めてと言っていいかもしれない)ので、このあたりの心理心境は正直、まどかには分かりかねた。が、何を言ってもまだあの事件があってから数週間しか経っていないのである。ましてや、例の捜査打ち切りの一件からまだ数日。今、ご両親の遺体は荼毘に付されている最中だ。

「今はまだ色々と、つらいと思うんやけど、落ち着いたらでええから、その、今言うてた話…一回、叔父さんにしといた方がボクはええとおもう。何か、動いてくれはるかもしれんし。少なくとも力になってくれはると思う。」

 まどかは玲奈を見て、きっぱりと言った。

「うん。分かった…」

 玲奈は小さくうなずいた。

 実はまどかのこのげんにも、根拠があった。

 これも荒松からの情報だったのだが、例の兵庫県警の刑事二人が打ち切りの報告に訪れた際、隆正は理詰めで問い詰めた挙句、年配の方の刑事の胸倉を掴んだと聞いている。

 ということは、少なくとも隆正自身も、兄隆義の死の真相に納得が行っていないと見て良いだろう。玲奈の味方に立って、動いてくれるはずだ…多分。

(でも多分、なんよね…)

 確か隆正さんは丹波市の職員。いわゆる、地方公務員という職だ。

 まどかの勝手なイメージだが、隆正さんに会った時の第一印象は”生真面目””実直”。何事も慎重に行動しそうな、下手すると誰かに相談するまで半年はかかりそうな印象だったのである。

「正直、ボクらはまだ高1。この4月で高2や。出来ることって、限られてるやん。」

 まどか自身はあんな組織に居るので例外だが、一般に16歳って、そうだと思うのだ。

「まだまだ大人に頼らざるをえん、と思う。せやったら、まずは信頼できる周りの大人にこの事話して、相談するしかないと思う。…玲奈はどう思う?」

「…うん、そうやね。」

 玲奈は眩しそうに、まどかを見た。

 と、その時だった。

 斎場の建物の方から二人を呼ぶ声がする。見ると、黒の礼装に身を包んだ由紀子おばさんが手を振っていた。

「…行こか。」

 まどかはぴょんっと立ち上がると、玲奈の手を取った。




「そうですか…やはり。そうでしょうね…」

 入谷は口に手をあて、思案した。

「そら納得いかんよ。いきなりコレやもん。ボクもびっくりした」

 まどかは言うと、もりっとパンをほおばった。

「ほう、黒豆パンか」

 ソファに座る背後から、荒松の皺だらけの手がにゅっと伸びてきた。

「うん。丹波大山駅の目の前で売ってたから、おみやげにうてきた」

 まどかは皿ごと、荒松に渡した。

「それで、帰りは隆正さんが車で送ってくださったんでしたっけ」

 入谷が言った。

「うん、そう。斎場から駅までちょっと距離あって、それで」

 まどかはペットボトルのお茶でパンを飲み下すと、言った。

「どんな方です?」

 こちらで調べてみたのですが顔写真から何からさっぱり出てこなくて…、と入谷は言う。

「んー…公務員やからね。真面目な感じやったよ。」

 やや面長の、いわゆるうりざね顔。…とここまでは美形のように感じるかもしれないが、そこに、線のように細いたれ目と真四角の黒ぶち眼鏡、長めの鼻におちょぼ口が載っている。とにかく無口だった。

「隆義おじさんとは正反対、やね。隆義おじさんとは一、二回しかお会いできんかったけど、あの方はどこぞの営業さんかなっていうくらい、ようけ喋る人やったから…」

 ここまで話して、まどかはなんだか急に、心に風穴が空いたよいうな気分になった。

 そうだ。あの軽快なトークがもう聞けないのだ。清子おばさんのお手製バナナジュースも、もう飲めない。

「そうですか…」

 入谷は気づかわしげに、まどかを見た。

 心の中身が顔に出てしまっていたらしい。

「うん。」

 まどかは、無理にとりつくろうのをやめた。この二人は家族みたいなもんだ、どうせバレる。

「…ま、ここからどうするかは正直、あっちの家族で決めればええことやと思う。正直ボクらはここまでとちゃうかな。この流れはとても、ボクも納得いかへんけど、相手は警察やし…。下手に足突っ込んだら、組織にも被害が及びかねんと思う」

 入谷は思わず荒松と顔を見合わせた。まさか組織の事をおもんばかっていたとは思っていなかったのである。

「僕らがここまで調べていたのは、ただ単に実行直後で手が空いていたのと、貴方の身が心配だったからです。気になさらないでください。それより…」

「うん、分かってる」

 まどかの顔が一気に緊張した。

「しばらくは大人しくしてるよ。…実は時々尾行されてるのは分かってたし。今日はたまたま無かったから来れただけや」

「!!!」「何やと…」

 何ということだ。やはりまどかは狙われているではないか。

「北島の叔父貴にはもう言うてある。今日も、ここの近くまでクルマで迎えに来てもらえることになってる。」

 まどかは言って、ソファに身をうずめた。ここ数日緊張を強いられていたのだろう、一気に疲れが来ているのが明白だった。

「迎えに来てくれる人は、分かってますか」

「うん、坂本さん。車種と車のナンバーも、メールでもろてる」

 まどかはガラケーをひらひらと振って見せた。

 坂本、というのは今まどかの新しい家族になった父、北島 みつるの屋敷に居る、住み込みの使用人だ。入谷も何度か会って顔を覚えている。

「将史。迎えが来るまでまどかに付いとれ。車が来たら坂本の顔。それから後部座席をあらためてから、乗せたれ。わしも離れたところで見とる。」

 荒松の指示は素早かった。

(もし狙って来よったら、逆にひっ捕えて泥を吐かせてやるわえ…尾行けられとったらわしが尾行し返してアジト突き止めるまでじゃわ…)

 飛んで火にいる夏の虫。

 荒松は心の中で手ぐすね引いて、ほくそ笑んだ。




 しかし、これらの目論見は空振りに終わった。

 この日、まどかは何事もなく、無事帰宅できたのである。

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