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第一章(上)

 黒ウサギ。

 この犯罪組織には全部で四つの実行犯が存在する。

 前回お話しした伊藤貴志率いる第二班の特長は、劇場型犯罪だった。

 対して、荒松清率いる第四班は、その対極とも言える存在だ。

 微風のように現場に入り込み、証拠も残さず盗み、煙のように姿を消す。

 そっくりな模造品を残していくため、事件発覚が一か月も後で、その頃にはもう、本来なら見つかっていたであろう証拠も消えてしまっていた、ということもザラにあった。

 ―本格派。

 正にそんな言葉がしっくりくる。四班はそんな班だった。




 班長の荒松から身体を離したまどかは、しかしどこか、暗い顔だった。

「どうした。」

 荒松はまどかの顔を覗き込む。

「…。」

 まどかは顔をそらした。今にも泣きそうな顔。

 荒松にも、分かっているようだった。まどかが、こんな表情になっている理由を。

「…助け、られんかった…」

 まどかの目から涙がぼろっとこぼれ落ちた。

「…助けられたやろうが。大事な友達やったんやろう?」

「…でも彼女のご両親が…!」

 まどかの震える声が大きくなった。

「気持ちは分かるで。が…、あの火の勢いではどうにもならんかったやろうて。」

 荒松はまどかの涙をそっと拭いてやった。


 そう。

 あの先日の火災だ。

 まどかはあの時、クラスメイトの友人、菅原玲奈を確かに、助け出した。

 彼女は一階のリビングに倒れていたのだそうだ。行くと、意識は無かった上に、上から焼け落ちてきた天井か何かで両足を挟まれ、動けなくなっていた。

 まどかはとっさに、着ていた上着を脱ぎ、手に巻き付け、その焼け落ちた物をどかし、その小さな体躯で彼女を背負い、助け出したのである。

 後ろを見る。もう辺りは火の海だった。

 まどかは窓に体当たりして、外へ転げ出たのである。



 しかし、たった今まどかが放った言葉、そして涙。

 そこから類推するに…、あの時、あの家にはまだ、玲奈のご両親が居て、彼らは助からなかった…ということになる。




 と、そこへ扉がノックされた。

「どうぞ」

 荒松が声をかける。まどかが涙をぐっ、と拭き、息をつくと、荒松から離れソファに座った。

「失礼します。」

 入ってきたのは、大柄な男だった。180cmは超えているだろうか。肩幅もずんぐりと大きく、そこに角ばった顔が載っている。細い四角い眼鏡。表情がほぼ無いため、少々怖い。

「なんだお前か。…いちいちノックせんでも。」

「お取込み中かと。」

 男は言って、眼鏡の奥の目を細めた。微笑ったのだ。

「…ふむ。」

 まあ、そうだったっちゃあそうだ。

「まどかさん…、お疲れ様です。今日は表彰されに兵庫県警まで行って来られたのですね」

 男はソファのそばにひざまずくと、まどかと視線を合わせた。

「…うん。ぼく、盗っ人やのに表彰されてもうた。複雑やった。針の筵みたいやった」

 まどかはようやく落ち着いたようだった。少し笑顔も見せたが、どこか痛々しい。

「…将史まさふみ。」

 荒松は男の名を呼んだ。「何か、分かったか」

 男―入谷いりや 将史まさふみの双眸から微笑が、消えた。



 まどかが、お盆からお茶を載せ、戻ってきたところで話の続きが始まる。

 入谷の手から、ローテーブルに紙が数枚、ばさりと落とされた。

「内部資料です。」

 入谷が、眼鏡をずり上げた。

「…。」

 荒松とまどかが、何も言わずにそれを手に取る。

「ご両親の遺体は現在、司法解剖に回されています。」

 入谷の言葉にまどかが驚愕の顔を上げた。

「…事件性ありと判断した、っちゅうことやな…」

 荒松は分かり切った事ではあったが、念を押したようだった。

「そうなりますね。」

 入谷は言って、「火元は、ご遺体が発見された、お二人の寝室だったのだそうです。普段は火の気が無い。」

「…。」

「ついでに、玲奈さんの体内から睡眠薬の成分が検出されたそうです。」

「何」

「まだ彼女の意識が戻っていないので何とも言えませんが…もし、飲まされたものだったとしたら?」

「…!」

「まどかさん。貴方が彼女を発見した時、彼女に意識はありましたか?」

「いや…無かった。」

 まどかははっきりと覚えていた。床に突っ伏し、両足を柱のような物に挟まれ、眠ったように横たわる彼女を発見した時はもう駄目かと思ったのだ。死にもの狂いでそれらをどかし、背負った時のあの弛緩した重さは、どう考えても失神した人間のそれだった。

「…一家もろとも、焼くつもりやったということか…?」

 荒松は誰にともなくつぶやく。

「…おそらくは。」

 入谷の顔も緊張していた。「そうなると、次に危険なのは…。まどかさん。貴方だ」

「え」

「分かりませんか?」

 入谷は厳しい目をまどかに向けた。「…自分は、あの現場に犯人が居た可能性は高いと見ています。そうでなくても、今回の『貴方が、あの火災から人を助け出した』一件は、警察から表彰され、報道発表もされている。明日の神戸新聞の地方欄には確実に、貴方の名前と顔が載るのです」

「…!!!」

 まどかの顔がさっと青ざめた。「そんな…。」

「犯人からすれば…貴方は、殺すはずだった人間を助け出した邪魔者、ということになるのですよ。」

 厳しい言い方で申し訳ないのですが…、と入谷は前置きいつつ、言った。

「わしらは、彼女を助け出した事、それは立派なことやと思うとるぞ。育てたもんとして、ほんま誇りやでな。だが、それはそれ、別として、あの火災が放火殺人の可能性があって、まどかの身が危ない可能性がある、しばらくの間警戒が必要やと、そういうことやでな。」

 荒松は父親の顔になって、まどかの顔をなでた。

「まったくもって、同意見です。」

 入谷も大きくうなずいた。

「…。」

 まどかはカバンから、筒状の物を取り出し、中から丸められた厚い紙を出してきた。

 今日、兵庫県警からもらった表彰状だった。

「くそっ。」

 まどかは憎々しげに呟いた。「こんな物…もらうんやなかった。」



「…よし。じゃあひとまず、わしは北島の兄いに連絡しとくわ。」

「それが宜しいかと。あの方ならしかるべく、手を打ってくださるでしょう。まどかさん」

「ん?」

「大丈夫ですよ。」

 入谷は微笑を浮かべ、「脅したみたいになってしまい、すみません。ただ、貴方には、しばらくの間、気を付けておいていただきたかった。それだけです。」

「うん。分かってる。」

 まどかは再び、表彰状に目を落とした。

 そこに、入谷がメモ紙を置いた。

「…こちら、玲奈さんの入院している病院になります。まだ昏睡状態のようですが…行かれてみては」

「…!」

 まどかは入谷を見た。

 相変わらず、この人の調査能力には驚かされる。

「…うん。ありがとう。行ってみる」

 …まあ、行かねばならないだろう。許してくれるとは思えないが…。

 まどかは素直に、受け取った。




 数日後。

 神戸大学医学部附属病院のエントランスに、北島まどかの姿があった。

 総合受付で、入院病棟と、彼女の部屋の場所を聞く。

 今日もまどかは、制服姿だった。学校の帰りだったのである。


 彼女の部屋に続く廊下を歩いていると、まどかの姿が不意に、消えた。

 彼女の部屋から、男が二人出てきたのだ。

 あの鋭い目つき。スキのない身のこなし。見覚えがあった。あり過ぎた。

 怪盗稼業をやってると否応なく意識させられる相手。あいつら。

 そして何より…、あの二人に至っては数日前、あの表彰式にも列席していた。

(……。)

 まどかはそのまま、たまたまそこにあったトイレに入り込んだ。

 その直後、例の二人が廊下を足早に去っていく。

(事情を聞いていた、ということは…)

 彼女は意識を取り戻した、ということになる。

 まどかは何事も無かったかのように、元の廊下に戻ると扉をノックし、入っていった。

「……」

 四つある病床。その奥の窓際の一角に、彼女は居た。すでに起き上がり、別途の端を背もたれにして、外を見ている。

 …痩せた。

 なんて声をかけていいか、分からなかった。

 ややあって…、彼女は顔を戻し、そこでようやくまどかに気が付いた。その目がみるみる驚愕に見開かれる。

「…まどか…!」

 かすれた声。喉をやけどしたのだろうか。

「…。」

 おもわずまどかは目をそらした。

「どないした、そんな顔して」

 彼女―…菅原玲奈は穏やかに言った。

「…かった…」

「?」

「すまなかった」

「…!!」

「知らんかった…まさかご両親があそこに居はったなんて」

「…まどか」

 何言うてるの。と玲奈は言って、「あたしを助けてくれたやないの」

「でも」

「でもやない。恨んでなんかないから。ありがとうな。」

 玲奈の声はかすれてこそいたが、しっかりしていた。

 まどかの双眸から再び、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。

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