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プロローグ 神戸市垂水区放火殺人事件

 水仙スイセン

 ヒガンバナ属の多年草である。

 日本国内でも自生していて、昔住んでいた私の実家の庭にも列をなして、咲いていたものだった。

 しかし当時小学生だった私には知る由もなかった。

 "自然界に、黒い水仙は存在しない"―。




 闇夜に吹き上がる真っ赤な炎。立ち上る黒い煙。悪臭。野次馬の群れ。

 北島まどかの153cmの全身から、おぞ気とともに冷や汗がどっと吹き出した。

 その手から、どさばさばさと、彼女に渡すはずだったプリントがこぼれ落ちる。

 ――玲奈れな!!!

 携帯にかけてみる。電源が入っていない。

 彼女とは数時間前に別れたっきりだった。

 思い出せ。今日はまっすぐ帰ると言っていなかったか。親から、話があるとか言って。

 消防はまだか。

 と、その時だった。

 小さい悲鳴が、炎の中から聞こえた気がした。

「…れ…か」

 まどかは戦慄した。

 ―居る。あの中に。

「おい!誰かいてるぞ!」「うそやろ!?!」「誰か水、水!!!」「消防は何やってるんや!!まだ来ぇへんのんか!!!!」「あぶないて!動いたらあかんて!!」

 野次馬や近隣住民からどよどよと声がする。しかし誰も動けない。火の勢いが凄まじすぎるのだ。

 まどかは迷わなかった。

「おじさん、その水もろてええ?」

 まどかはにっこりと、水を持ったバケツを抱えた初老の男に声をかける。

「え?!ちょ、何するんや姉ちゃん」

 …ばしゃあっ。

 まどかはコートを脱ぐと、全身に水を浴びた。黒のトレーナーにGパンがあっという間に冷水を含む。2月のど真ん中だ、めちゃくちゃな冷たさだ。

 まどかはその隣にいたおばさんが持ってきた別のバケツの水も被った。

「ちょっ…!あかんて!!」

 まどかは周りの声など聞いてはいなかった。幾人いくにんもの止める人の手を振り払い、まどかは言った。

「ちょっと黙っとって。ボク、行ってくる」



 凛然とした声に、野次馬が一斉に黙りこくった。

 後から話を聞くと、その出で立ちは高校生とは思えない、堂々としたものだったのだそうだ。




 そしてその数分後。




 まどかは見事にその友人―、菅原すがわら 玲奈れなを助け出したのである。




 北島きたじままどか。

 神戸は垂水にある、とある公立高校の2年生である。

 153cmと小柄な身体に、かわいらしい丸顔が載っている。黒髪ストレートのおかっぱに、くりっとした丸い目と太い眉。鼻は高くもなく低くもなく、口は大きいが分厚くはない。意思こそ強そうだが、、、まあ正直どこにでもいる顔と言える。実際、学内ではおとなしく真面目で、目立たない存在だった。

 しかし彼女には、もう一つの顔があった。

 "怪盗結社 黒ウサギ"。

 金品宝飾を然るべきところから盗み、それを即座に売りさばく強盗犯罪組織。

 彼女はその一員…、それも、実行犯の所属である。

 彼女のピッキング(錠前を、鍵を使わず開錠する行為)は実行犯中最速と言われ、彼女の手にかかれば開かない鍵はないとまで評されていた。




 その洋館は、神戸市須磨区とある山中、断崖絶壁にひっそりと建っていた。

 建物はボロボロで、管理している人間などいないように見える。

 まどかは、コートからのぞくセーラー服のリボンをはためかせ、持っていた鍵で玄関を開け、中へと入っていった。

 入るとそこは吹き抜けになっていた。

 扉がギイバタンと閉まった。

 まどかは勝手知ったる顔で、ずんずんと進んでいく。彼女の革靴がコツ、コツと床を踏み鳴らしていた。

 たどり着いた先は、応接間のようだった。窓際のカーテンは破け、ソファもマントルピースも、天井から吊り下げられた電球も床も、埃をかぶってしまっている。

 まどかは窓際に立つと、その窓枠の下を探り始めた。そして何か引っかかりを見つけ…押したようだった。

 カチリ。と音がした。そして。

 ガコォ…ン。

 マントルピースの真っ正面の床にぽっかりと穴が開いた。

 これが黒ウサギ本部につながる入口、の一つだった。

 30秒以内に入らないと閉まってしまう。まどかはその穴から延びるはしごを降りて行った。




 その迷路のような、岩壁のゴツゴツした洞穴のような暗い廊下を抜け、いくつかある枝分かれを歩いていく。灯りは数mおきにあるランタンのみだ。

 そうこうしていると、まどかは不意に立ち止まった。目の前には古びた木製の扉。迷わず開けた。

 急に明るい部屋に入ったので、まどかは思わず、まぶしさに目を細めた。

 そこも、大きな岩をくり抜いて作った部屋のようだった。

 というより、おそらくここ、黒ウサギ本部自体がそういう構造なのだろう。まるでアリの巣のような造りなのだ。

 これまでの廊下とは異なり、床には絨毯じゅうたんが敷かれている。深紅のビロード地のソファが長いものと、一人用のものが二つ、合わせて三つが向かい合って配置されていた。そしてその間にはローテーブル。渋めの赤茶色の上に、白いバラの花が描かれた、華やかなデザインだった。

 窓は大きく、4つある。まだ2月の寒い時期だったので、今は閉めているが、時期になり開け放すと、須磨の海から上ってくる風が心地よいのだ。

 この一室にはすでに先客がいた。

「ご苦労さん」

 初老の、精悍な顔つきをした男性が新聞から目を離し、そのソファから立ち上がった。

親父おやじ。ただいま」

 まどかは言って、身長がほとんど変わらないその男性に抱きついた。

「おうおう…。はは、もう親父やないわな。」

 この二人にとってはいつものことらしい。「…北島の兄いは大丈夫か?」

「うん。叔父貴もまあや叔母さんもすごい、よくしてくれてる。ボクにはもったいない。」

 まどかはようやく、体を離した。




この初老の男性こそが、実行犯第四班班長、荒松あらまつ きよしその人だった。

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