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きしむ世界をなかから眺める

※魔法が万能な世界ではありませんが、魔法がある世界です。



✳︎アーニャ・アーニア




南部六公であるアーニャ・アーニア、深い茶色の髪と空色の瞳を持つ彼女は、普段は粉挽き集団の棟梁である。

この国に魔法があろうと、使えるのは一割に満たない。そのため普通に治水が行われ、温暖な南部には穀倉地帯が広がる。


働かざるは食うべからず。水のあるところに水車小屋が作られ、麦の粉を挽く者があるのは、当たり前のことだろう。


第123代国王、ルシル・ルシードの姉である彼女は、王が決まって王宮を後にした時、粉挽きをしていた姪家族に受け入れられた。


それ以来、彼女は趣味の棒術を教えつつ、粉挽きを覚えた。それまで粉挽きをやったことなどなかったので、目方を誤魔化す先輩や難癖つけてくる農家に鉄拳制裁を加えたりしていたら、何故か棟梁に就任していた。


何故に。そうか、王族だからか。うん、今まで働かなくても食えたし、そうに違いない。


うん、もしかしたら、筆頭騎士であるエンデの奴に殺されそうになりながら棒術を覚えたのも少し役立ったかもしれない。

うん。エンデ以外の生身の人間には負ける気がしない。エンデは死んだらしいから、もしかしたら私の天下だろうか。


そう、ルシル・ルシードは、彼の筆頭騎士と共に三年前に死んだのだ。

前王・ルシル・ルシードは末っ子だった。9人兄弟の9人目だ。彼の兄姉も数年ごとに落ちて、彼が3年前に死に、適性がないと言われた3人が生き残った。


アーニャ・アーニアはその1人だった。30代後半まで生き延び、3年前に六公の役目が回ってきた。というか、死んだ弟が遺言で残していた。


108代国王の時代、円卓の騎士、と呼ばれる12人の騎士がいた。王と筆頭騎士が国中から選んだ12人の騎士は、唯人だからこそ長く保った。


親兄弟が死に絶え、3つで王位を継いだ王が、28まで生きられたのは、円卓の騎士のおかげだったという。最終的には騎士の半数が落ちたが、半数は呪いを受けたりしながらも助かり、後に六公と呼ばれるようになった。


アーニャ・アーニア・アースが、母から継いだ彼女の本名だった。ナースの一族などは外見に表れる呪いのために人の居ない土地に隔離されたが、それでも精神は極めて強靭だと言う。


アースの一族は、いわゆる感じない、という体質で、血を濃く継いだアーニャ・アーニアには王宮の淀みがまったくわからなかった。何度弟にそちらに行ってはいけない、と注意されたかわからない。


弟は長く王をやっていたが、騎士候補もたくさんいたように思う。彼女が王宮にいた時は、特に西方のサラの一族をよく見た。


サラの一族は、魔法は使えないが、耐性のある一族だ。風とともに生きる遊牧民族。

もちろんアーニャのように中途半端ではなく、そしてセレナ・セレイアのように塔に閉じ込められる存在と対極にある一族だろう。


セレナ・セレイア。可哀想な銀の姫。アーニャ・アーニアの従妹である彼女は、夫であるルシル・ルシードが死んだことを知らないと言う。


現王のアウラ・アウリアも可哀想な子だ。あの子は、たぶん根本的なことがわかっていない。

そして、セラム・セレイスも。




アーニャ・アーニアは、先端に煙草の詰まったキセルを吸いながら、王宮の使いにもらった手紙を改めてながめる。

皇太子印の押された手紙には、アウラ・アウリアが身罷ったとある。つまり、王不在の状態で代替わりすることになるのだ。


「荒れるな、今回も」


前回は万全な体制で行ったにもかかわらず、アウラとナースしか助からなかった。しかも、アウラは即位式の記憶がなく、ナースは途中で逃げ出したらしい。

そう、第3王子に聞いた。


風見鶏がくるくると回る。白亜の王宮がはるか遠くに見える水車小屋の上で、彼女はもう一度キセルを口にする。

そうして、水車小屋の屋根から飛び降りた。


「暇な粉挽きはいるか?王都に戻る。面白いものが見たいやつは、私についてこい」


休憩していた者たちが顔を上げる。

そして、赤毛の巨漢が立ち上がった。


「あねさん、王都から召喚されたのかい?というか、もう代替わりなのか?」


その言葉に、男たちがざわつく。黒髪の小男が手を挙げた。


「即位式に入れるのは、あねさんだけだろう?」


男の目の前に、彼女は羊皮紙をひらりと出す。


「今回は円形祭事場でやるそうだ。107代以来か?前王を積極的に始末してパーっとやる奴は。同伴も構わないらしい」


その言葉に、黒髪の小男はため息を吐いて、隣の若者に指示した。


「パン屋のオーリと鋳物屋のフェルゼルを呼んでこい。あねさん、長ものは構いませんか?」

「好きにしろ」


赤毛の巨漢が持ってきた棒を片手に持ち、彼女は笑った。














自分が失われても、続く者があると知っている。


馬車を繰りながら、アウラ・アウリアはくしゅんとくしゃみをした。

日よけのマントを首元に寄せながら、彼女は呟く。


「というか、そもそもミラド・ナースを王都に連れて行っていいのか?」


荷台の後ろに寝ているミラドではなく、もう1人が答える。


「ミラドが居なければ、僕はもう上に居られない。今、僕が落ちるわけにはいかない」


馭者台の板に映る黒いにじみに、アウラは目を細める。


「そうか。俺も今はまだ、落ちるわけにはいかないなぁ」

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