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いびつで異常なせかい

世界は閉じている。

逃げ出したくて、でも真に、どこにも逃げ場がなければ、どうしたらいいんだろう。


僕らは沈没船に乗った鼠のようだ。

逃げ出しても、大海原で溺れるのだ。


そして僕らが不幸だったのは、逃げ出したら溺れることを知っていることだろう。





✳︎ターカ・オウル



ターカ・オウルは、この竜の国の六公の1人である。六公は国中に散らばっており、王宮に住まうのは、ターカ1人だ。そして役目といえば、美しい皇太子が行方をくらませたら探すことぐらいだった。基本的に彼にやることはなかった。


この国を作るに当たって、まず力を入れたのは官僚制度だったと言う。民のライフラインを司る立法、司法、行政機関が滞りなく動くように。


そこにある大前提は「国王がいなくとも民が損なわれないように」、だったと言う。


元六公である母からはじめてその話を聞いた時、ターカは、なぜ、と聞きかえした。

物語の中では、王が善政を敷いて、みんなが幸せになるとあるのに。なぜ、「国王がいなくとも」なのだと。

むしろ、国王がいなくとも国が動くなら、国王の制度など無くせば良いだろうと。


そう言うと、母は笑って俺の頭を撫でた。そうして次の日、第123代国王の即位式に1人で臨み、帰らなかった。

そして三年前の第124代国王の即位式で、六公を継いだ兄が帰らなかった。


何が起こっているのか、わからなかった。


ただ、現六公として、第124代国王アウラ・アウリア、美しい金色の髪の男にはじめて出会い、その皇太子の世話を頼まれた時、ターカは気づいたのだ。

マジでヤバイ所に来た、と。


まず、この1,000年以上ある王宮が、嫌な匂いがした。そう言うと、15になる王は声を上げて笑った。


「それがわかるなら長生きするよ。みんな用がなきゃ寄り付かないんだ。まずは30才越えを狙うと良い。なかなか上手くはいかないと思うけどね」


わあ、ブラック企業。ウチが多産系で父に愛人がいたのはそのせいですね。そんな父は122代の即位式で死にましたが。


ちなみに立法府と司法府と行政府は王宮の塀の外にあるよ、と言われ、しばらく王宮の中庭で雑草をぶちぶち抜いていた。たぶん人生詰んだよ俺。皇太子になんか会いたくもない。


金髪に緑の瞳を持った男は美しかったが、彼もこの王宮にある塔の中で育ったのだという。連れて行ってもらったら、そこは嫌な匂いがしなかった。


15になるまでこの塔の中で育ったのだと簡単に言われて、ターカはうすら寒い思いをした。寝食に不自由しなくとも、外が匂うからと言えども、ずっとあの中で育つのはおかしいのではないだろうか。


そして気づいた。ターカだって、六公が回ってくるまで一度も王宮に来たことなんてなかった。ターカが生まれてから25になるまで、即位式が何回行われたか数え切れないのに。


いや、数えることはできる。8回だ。

この国は、すぐに落ちる王があまりに多すぎるのだ。


神話時代の第2代ノルド・タナイスの治世が500年という記録もあるが、最近では123代ルシル・ルシードの17年が最長だ。それでも32で身罷った。


その前は1年保たないことも多く、最短記録は即位式の間に代替わり、なんてこともある。実際、召還状の皇太子名と、実際に即位した王が違ったこともあったらしい。


そして俺の兄にそれを伝えた叔父は、次の即位式に参加することなく呑んだくれたあげくに死んでしまった。


叔父のことを考えると、即位式に参加しても生き延びることはできるらしい。まあ、結局は、即位式ができるだけなければいいのだろう。


そんな俺は、金髪国王が王宮の渡り廊下に出てきたことに気づいた。

15才にしては体格の良いアウラ・アウリアは、長い銀髪の少女の手を引いている。


「お前もたまには外に出ろよな。最近はかなり空気も良くなってきただろ。大丈夫だよ」

「…でも。父さんとあの人が…」

「仕方ないだろ。父さんだって年齢順に落ちる気だったじゃん。もともと決まってたんだから」

「……でも、まだ父さんが死んで間もないんだよ」


王の元気な声に、細い怯えたような声が続く。

うん、怖いよな。俺は、怖い。兄が死んでからひと月も経っていないのに、俺はアウラ・アウリアに悔やみの言葉すらかけられていない。


そして、アウラ・アウリア自身は両親を失ったはずだ。彼はルシル・ルシードの第一子で、絶世の美女といわれたアウラ・エンデの息子で、ルシードの騎士アウロス・エンデの甥だった。


それらが全員失われた。

だが彼は不自然なほどに明るい。


「大丈夫だよセレイス。お兄ちゃんがなんとかしてやるから」


その言葉に、俺はぼんやりと銀髪の少女を再度見た。もしや、あのお方は。先ほどの会話からもわかっていたが、そもそも少女ではなく。


「あ、おーい、ターカ!!!紹介するな、こいつがセラム・セレイスだ!よろしくな!!」


金髪の青年に背を叩かれた銀髪の皇太子は、薄い水色の瞳をゆるりと細めた。そこに氷のような冷徹さを感じ、俺は背筋を震わせた。




そう、即位式さえなければ良いのに。あれから3年経ち、銀髪を長く伸ばした青年が、玉座に背を預けて午睡をむさぼっている。


アウラ・アウリアの3日後に生まれた王子。王族の母を持ち、そのために順番を入れ替えられたとも聞く。


ひと月前に何が起こったか、ターカは知らない。この銀髪の青年は、ひと月前にアウラ・アウリアが行方不明になってから眠ってばかりだから。


六公で前回生き延びたのは、ルナド・ナース、当時12才のみ。彼は王客内に滞在していた双子の姉の影に逃れて助かったのだそうだ。


そう、即位式の場には、六公と王、王妃、王の騎士、皇太子しか入れない。つまり、前回を知っているのは、当事者のアウラ・アウリアと、ルナド・ナースだ。そこで何があったら、こんなことになるのか。


「おい皇太子!!円形祭事場、借りられたぞ!」


すよすよと寝ていた青年は、その声に目を開けて笑った。

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