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8.王子仕掛ける

初日の講義を終えた午後、学習室で弁当を食べるとおれは王宮の西にある第2王妃の宮に向かった。王宮の東から西への移動は7歳の女児の足にはちょっとしんどい。

着くとすぐに通された来客用の部屋には、女主人と魔術師が待っていた。


「あら、可愛い! 陶器のお人形みたい。さすがディオニージア」


ここの女主人クラウディア第2王妃は、おれを見るなりそう言った。


「母が頑張ってくれました」


「見た目だけは完璧に可憐な美少女だよね」


魔術師アーラウン・プールが含みのある褒め方をする。


「お疲れ様。派手な初日になったみたいね」


クラウディア王妃がからかいのこもった笑顔を向けてきた。


「はい。王子とそこにいる師匠のおかげで」

「うわ、あからさまに王子とぼくのせいって発言してきたよ」

「冤罪ぶらないでください」


アーラウン・プールはわざとらしく視線を逸らして椅子に腰を下ろした。


「貴女から見て、学友の子ども達はどうだった?」

王妃がおれに問う。


「座席に身分順に座ってました。モントローゼ嬢の力が強くて、彼女がわたしに話しかけないとみんな話しかけられない雰囲気でした」

「まあ、いつも通りだよね」

「モントローゼ嬢にはアルスター殿下の意向を伝えたつもりですが、今のところは受け入れられてはいないと思います。シェンフィールド伯爵子息セオドアは協力者に引きずり込みました。サウスエンド侯爵令嬢マーガレットは快く協力してくれるそうです。ヨハネス・スビタルフィールズは様子見。これが今日の成果ですね」


おれを見る2人の目が丸く見開かれている。


「あの状態からよくそこまでもってったねー」

「すんなり行きましたよ。みんな子どもですから、息苦しいより楽しそうな方がいいに決まってます」

「私達は、貴女に功名心がないことを感謝すべきかもしれないわね」

「めっちゃ褒めてもらって恐縮ですけど、過大評価しすぎですって。だって、18歳が7歳の子ども達と交渉してんですよ。普通、それで上手くいってもそんなに褒めないでしょ」

「まあ、確かに」

「そっか、中身はぼくより年上か」


3人でなんだか妙にしみじみしてしまった。

その時。


「アウローラ、来ているの?」


アルスター王子が、勢いよく部屋に飛び込んできた。


「殿下。お仕事、お疲れ様です」


おれは軽く目をこすった。一瞬、王子の後ろに勢いよく振られた犬の尻尾が見えた気がしたからだ。豆二郎はいつもこんなふうに出迎えてくれたなと、前世の飼い犬を思い出してしまう。


「あの後どうだった?」


王子は心配そうな顔で覗き込んでくる。


「みんなとお話ししましたよ」

「アルスター、落ち着きなさい。まずは座って、お茶を飲みながらゆっくり聞かせてもらいましょう」


王妃がそう声をかけると、良い香りのお茶が4人分運ばれてきた。




「なるほど、ヨハネスはモントローゼ寄りの中立か」

「そうなりますかね」


おれがそう答えると、師匠はハーブのクッキーをかじった。


「すごい。1日でそんなことになるなんて、アウローラはすごい」


王子が目を丸くして言った。


「わたしはずっと何もできなかったのに……」

「違いますよ。今日上手く行ったのは、殿下が変えようとしたからです。じゃなかったらわたしはここにいませんし。違いますか?」

「アウローラ」


クラウディア王妃が息子の頬を優しく撫でた。見ていて心が温かくなる。いい親子だな。


「そんなことより次の一手を考えましょう。兵は神速を尊ぶです」

「その時々入れてくる格言みたいなの何?」


師匠がおれにつっこみを入れる。


「あっ、向こうの世界の格言です。新の口癖だったのでつい」

「アラタも物知りだったんだな」


王子が感心する。いや、若干オタク寄りのただの高校生なだけです。


「わたしの一手は、明後日の離宮での交流時間にみんなで体を使って遊び倒すことです。まずはめちゃくちゃ楽しい時間を共有体験するのがいいと思うので」

「体を使って?」

「はい。離宮で王子と遊んでいた時みたいにかくれんぼとかおにごっことか。今回は2人では出来なかった遊びをしたいです」

「え、みんなでおにごっこをするのか、楽しそうだな!」


王子、めちゃくちゃ身を乗り出してますよ。


「最初からモントローゼ嬢が参加するのは難しいかもしれませんが、いろいろやってみようかと」


おれがそう言って笑うと、王妃が「あら、悪い笑顔。何を企んでいるのかしら」と、きれいな声で言った。失礼な。ただちょっと、お母様にお願いの速知らせを送っただけだ。


「わたしも、明日、みんなにていあんしようと思っていることがある」


アルスター王子がそう言ったので、おれを含む3人は彼を凝視した。


「席かえをしたいんだ。今までずっとあの席だったから。1週間交代とかにして、いろんな人ととなりになりたい」

「殿下」


今度はおれが身を乗り出す番だった。


「すごい。すごく良いです。できるだけ早くあの席は動かしたかったけど、わたしが言っても無理だろうと思っていたんです。殿下なら、殿下だけが今すぐそれを出来る」


王子は、おれが興奮して立ち上がった様子をぽかんと見上げていたが、


「アウローラにそう言われると、ゆうきが出るな」

と、力強い声で言った。 




2日後。

今日は少し早く家を出た。柱の変わるところまでエリーについて来てもらう。


「頑張ってください、お嬢様。夕方になったら、西の入り口にお迎えにあがります」


エリーはそう励ましながら昼食と水筒を渡してくれた。

警備の兵士の他は人通りない道を、学習室へと進む。

学習室には一番乗り……ではなく先客がいた。


「おはよう」

「おはようございます」


青と緑の光がぶつかり合うようなブリリアントアースの瞳が、素早くおれの頭部をチェックしているのに気付いた。


「あ、今日はあの髪飾りはつけてこなかったんです。午後からたくさん運動するつもりだから。せっかくきれいなのに汚したくなくて」


アルスター殿下は一瞬ほっとした表情を浮かべる。あの髪飾りが気に入らないかと不安だったのかもしれない。王子はさっきと同じ口調で「ずいぶん早いな、アウローラ」と言った。


「殿下こそ、めちゃくちゃ早いですね」

「うん。今日は席かえの話をするから、わたしがいちばん早いほうがいいと思って」

「確かに先に拠点を取って迎え撃つことで心理的に優位な状況を作り出せますね。さすが殿下です」


本気で褒めたつもりだが、アルスター殿下は微妙な表情を浮かべている。


「何か失礼しましたか? 殿下」

「ずるい」

「は?」

「アウローラは、マーガレットとヨハネスを名前でよぶことにしたと聞いた。セオドアなんてテディってよばれているのに、わたしだけ『でんか』でずるい」


王子がじっと見つめてくる。


「アウローラの一ばんの友だちはわたしなのに」


情報早くない? 誰だよ、たれ込んだやつ。


「おれの一番の友達は殿下です。それは変わりません。でも、殿下は王子様ですし」


あのわりと身分設定ガバガバだった『暁光のアウローラ』のゲーム内ですら、主人公はアルスター王子を呼び捨てにしていなかった。唯一呼び捨てにしたのが、ベストエンディングの結婚式の場面だっけ? アルスタールートは唯一自分で攻略しなかったルートだから記憶が曖昧だ。


「名前でよんでほしいのに」


あ、王子、堪えてるけど泣きそう。だめだよ、幼児の涙は反則だ。ほら、泣く子と地頭には勝てぬって言うじゃん。


「…………アルスター様でどうですか?」

「もう少し友だちっぽいのがいい」


王子、泣きそうな割にはしっかり要求してくるな。仕方ない。


「じゃあ、2人きりの時だけ、わたしが『おれ』って言える時だけ呼び捨てでいいですか? アルスター」


王子の顔がぱっと輝く。


「うん!」

「そのかわり、おれからもお願いがあります。あなたをアルスターと呼んでいる時は、おれのこともアラタと呼んでください」

「アラタ? アウローラでなくて?」

「はい。お互い秘密の名前です。親友っぽいでしょ」

「親友……」

「一番の友だちのことです」

「一ばんの友だち。わかった」

「ありがとうございます。アルスター」


王子の無邪気に喜ぶ様子に少し罪悪感を感じながら、おれは王子と一緒に笑った。

罪悪感があるのは、アルスター王子の発言は友達としてのそれだと分かっていながら、念のために「アラタ」と呼ばせることで常におれは男友達だと印象付けておこうと考えたからだ。王子の純粋な友情に邪推で水を差すみたいで申し訳ない。



「席替え、どうなりますかね」

「きんちょうするな。モントローゼはおこるとこわいから」

「そうですか? おれはモントローゼ様かわいいと思いますけど」

「かわいい?」

「うん。見た目も。金髪と青い目がとてもかわいいです」

「アウ……アラタは、金髪と青い目が好きなの?」

「キラキラしててきれいじゃないですか?」

「ふーん」


何故か王子はちょっと嬉しそうだ。こわいと言いつつも自分の友人が褒められるのはやっぱり嬉しいのかもしれない。


「おはよう」


3番目に入ってきたのはマーガレットだった。


「わあ」

「南の服装?」


彼女は色の多い鮮やかな民族衣装を纏っていた。南の地域の正装に近くて、とても動きやすそうなその服は、彼女にとてもよく似合っていた。


「そう。アウローラが今日は動きやすいふくがいいって言ったから。動きやすくて、ちゃんとしたふく」


ふふふふと彼女は楽しそうに笑う。おっとりした顔立ちは変わらないが、一昨日初めて会った時とは全然印象が違った。



かたん。扉の動く音がして、4人目が入室した。モントローゼだった。マーガレットとアルスター王子の緊張が伝わってくる。とりあえず、あいさつは先手必勝。


「おはようございます、モントローゼ様」


モントローゼはおれに一瞥もしないで、おれ達の方へと近付くと

「おはようございます。アルスター様」

と、王子にだけ笑顔であいさつした。


「おはよう、モントローゼ。今ね、マーガレットのふくがきれいだなって3人で話してたんだ」


モントローゼはマーガレットを品定めするようにじっくりと見ると

「南のみんぞくいしょうね。たしかにサウスエンドの生地はうつくしいわ」

と笑った。お、案外ごきげんだな。


「ですよね。最近、サウスエンドの生地が流行ってきてるって母が言ってました」

「そう。今年はちゅうもんがふえてるみたい」


おれとマーガレットがそう話を続けると、モントローゼはあからさまにマーガレットと王子の方だけ向いて


「それなら『スエンディー・アルス』で冬ふくを作る時にはサウスエンドの生地で作ってもらおうかしら」


と言った。


「スエンディー・アルス」ってのは王都で一番人気の婦人服仕立て屋のことだ。特に人気の匿名デザイナーがいて、クラウディア王妃以外の依頼は月に1着しか引き受けないとかで、数年先まで予約で埋まっているらしい。でな、唐突だけどこの匿名デザイナー、実はうちのお母様らしいよ。普通は伯爵夫人がデザイナーとかしないよね。乙女ゲームの主人公の義母だからって、あの人ちょっと設定過多だと思う。 


まあ、それはさておき。


「モントローゼ様は『スエンディー・アルス』によく行かれるんですか?」

「アルスター様、クラウディア様もサウスエンドのふくをきたりするのかしら」


確認のため、モントローゼにもう一回話しかけてみたけど、おれのことは見事にスルーされた。

これは、あれだな。彼女は、先日の一件でおれを虫のような存在から空気のような存在にレベルアップさせることにしたらしい。1人だけいない者として扱う。幼稚な手だけど、それだけに子どもには効果的な方法だ。おれが普通の7歳児だったら泣くかもしれない。


さすがに気付いた王子とマーガレットの顔が強張る。王子が何か言おうと口を開きかけたが、おれは仕草でそっと制した。

大丈夫。問題ない。王子にはこれから頑張ってもらうことがある。今はモントローゼがご機嫌な方が良い。


モントローゼはちらりとおれを見ると、見下すように鼻で笑った。モントローゼは怒っていてもかわいいと思うけど、この表情はあんまりきれいじゃない。やっぱりいじわるな表情じゃもったいない。もっと自然に笑えばきっとすごくかわいいのに。

目が合った時に、おれは満面の笑みを彼女に送ってみた。モントローゼはぎょっとした顔でそっぽを向く。


「おはよう。朝からモントローゼ様をいじめるのはやめてくれないかな」 


頭の上から硬質な声が降ってきた。


「おはよう。どの状況見てその結論が出たんですか、ヨハネス」

「結構、正確な状況把握だと思うけどね」


紫の光がいたずらっぽく揺れると、ヨハネスはモントローゼの方を向いてあいさつを交わした。


まあ、ヨハネスの言うことは分からないでもない。王子の意向で動いているおれがこれから挑むのは「勝てるかどうか」じゃなくて「どういう勝ち方をするか」という戦いになるだろう。多分、最初からモントローゼに勝ち目はない。願わくばより良い関係を結びたいよね。


「おはようございます。って、ええー!! おれが最後ですか?」


テディの慌てた声が響き渡る。それが王子にとって開戦の合図になった。



「みんな、聞いてほしい。今度から、わたしたちのべんきょうする席を動かしていきたいと思うんだ」


王子の手は固く握り込まれている。

頑張れ、アルスター。おれは心の中で声援を送っていた。


「必要ありませんわ。どうしてですの?」


モントローゼは王子ではなくおれを睨むとそう言った。


「もう何か月もたつのに、わたしはまだマーガレット嬢ともヨハネス君ともあまり話したことがない。せっかく学友になってくれたんだから、もっとなかよくなりたい」

「席をかえなくても話はできるでしょう。わたくしたちはみんな身分がちがいます。きぞくなんだから、ふさわしい席じゅんですわるべきですわ」

「うん。大人になったらそうしなくてはいけないと思う。でも、今はちがうと思う。そうじゃなかったら、学友はいらないはずだから」


おれたちは2人のやりとりを無言でじっと見つめていた。見守る3人の顔からは、彼らが緊張しているのが見て取れる。


「わたくしのとなりはいやだということですの?」


モントローゼが論点をずらした。無意識に感情論に切り替えたのは、正論で押せなくなったのだろう。


「いや、そういう意味じゃないんだ」

「そこの新入りが何か言ったのではなくて? でんかのとなりになりたいとか」

「ちがう、アウローラはかんけいない」

「それならなんできゅうにかえようとするのですか?」


いやあ、モントローゼは強いね。口もよく回る。それだけ頭の回転が速いんだろう。

助け舟を出す? と王子に目で合図を送ると、彼は頭を横に振った。そうか、じゃあ君の多分初めての戦いをここで見ているよ。そういう気持ちを込めて、おれは首を縦に振った。


「わたしは、ここにいる5人とちゃんと友だちになりたい。いっぱい話していっぱいあそんで、お父上とベルファスト公しゃくのように大人になっても名前でよび合える友だちになりたい。そのためには、このままではだめなんだ」


自分の父親の名前を出されたモントローゼは、黙り込んでしまった。おれはちらりとマーガレットの方を向くと、彼女は右手で小さな丸を作った。


「わたしも、でんかにさんせい。わたし、でんかともモントローゼ様ともとなりになってみたいし、もっとなかよくなりたい」


この場で3番目に親の身分が高いマーガレットの言葉は、形勢を確かなものにした。


「自分も、モントローゼ様の隣になって学習記録の書き方を参考にしたいと思ってたから、席替えは嬉しいです」


そしてヨハネスのこの一言が決定打だった。


「し、しかたないわね! ここはでんかの顔を立ててさしあげますわ」

「ありがとう、モントローゼ」


王子はモントローゼの手を握って感謝の言葉を述べた。


「どういたしまして」


素直な王子のお礼を受けるモントローゼの表情も柔らかい。王子の勇気がちゃんと結ばれて良かったな。


「ただし、そこのこむすめ」


モントローゼがおれを指差す。小娘に小娘って呼ばれるの新鮮。でも、この世界も人を指差すのはマナー違反じゃないのかな。


「あなたがでんかのとなりになるのは、一番さいごよ。新入りなんだから」

「もちろんです」


おれはにっこり笑って答える。


「ということは、次の次にはモントローゼ様のお隣になりますね。よろしくお願いします」

「だ、だれがあなたなんかのとなりに!」


モントローゼが叫ぶ。席替えの2週間後が楽しみだな。

7歳編はあと2話ほどで終わります。

次回の更新は週末の予定です。

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