7.ご学友を巻き込んでみた
アルスター王子のご学友デビュー初日。
静かに様子を見ながらやり過ごすつもりだったおれは、王子の現場を変えたいという気持ちと師匠の大人気ないブチ切れにあてられて、悪役令嬢の卵ベルファスト公爵令嬢モントローゼ・リンブルフに真正面から宣戦布告を表明する感じの結果になってしまった。
王子は去り、師匠も退出し、モントローゼが出て行った今、学習室には他の学友が取り残されていた。付き添いの大人たちは柱の向こうの別室で待機しているし、警護の兵が1人廊下に待機している。今、室内にいるのは4人の子ども達だけだ。
室内はしんと静まり返っていて、3人の視線がおれに注がれている。
「初日からちょっと飛ばしすぎましたかね」
そう言って苦笑いをすると
「こ、こわかった……これがおんなのたたかい」
セオドア・ヴィリアーズが赤に近い茶色の頭を振って言った。
おい、こら、シェンフィールド伯爵家長男。未来のアルスター王子の懐刀なのに第一声がよりによってそれかよ。
「しょうがないだろ、モントローゼ様はこわいんだから。さからうとにらまれるし、すぐおこるし」
眉毛を下げたセオドアが頼りない小さな声でそう言い返した。ごめん、テディ。心で思っていたつもりがしっかり口に出ていたらしい。
「まあ、いいや。とにかく、王子は普通の友達が欲しいんだから。他の人はともかくテディはわたしに協力してもらうからね」
「ええっ!!」
「だってこれは王妃様の望みでもあるし」
シェンフィールド家はクラウディア第2王妃の姻戚だ。クラウディア派に属する家に生まれた以上、選択肢がないのは気の毒だがテディには味方になるしか道はない。
「それ、いやだって言ったら?」
「明日あたり、あなたのお父様が王妃様に呼び出されるとか?」
「ひっ……あ、あくま」
残念だったな、聖女様だよ。
「大丈夫だって。一緒に楽しい毎日を作ろう?」
おれは自分より少し背が高いテディを見上げるようにのぞき込むと、屈託ない笑顔全開でそう言った。
「う、うん」
目を合わせたテディの顔が真っ赤になった。ありがとう、おれの可憐で美少女な外見。使えるものは惜しみなく利用させてもらう。
「分かったよ。でも、モントローゼ様こわい……」
頑張れ、気の毒なテディ。
セオドア・ヴィリアーズは、乙女ゲームの中では王子に忠実な頼もしいキャラだったけど、まだ7歳だからな。おれも小学校の低学年くらいの時は口の強い女子に勝てなかったし怖かったから、気持ちは分かる。
かたん、と何かの落ちる音がして振り向くと、サウスエンド侯爵令嬢のマーガレット・モンフォールが、筆入れを落としたままこちらを見ていた。口に手を当てて、眉をしかめ、体が小刻みに震えている。
彼女は出会った時からおれを見る時は眉をしかめて口元を隠している気がする。彼女も侯爵令嬢だ。伯爵の養女風情に初日から好き勝手されては不快だったのかもしれない。
「アウローラさん、あなた」
少し震えているが透明感のある声が話しかけてきた。しかし、その続きは彼女自身によって遮られた。
マーガレット嬢はそこまで言うと、堪えきれなかったようで思い切り破顔した。
「ぷっ、あはははは! はっ、あっ、はははははは!! あ、あなたっ、はははははは!」
南のお姫様、豪快に笑うなあ。おっとりして見える外見から、この姿は想像つかなかった。しかもなかなか笑いが止まらない。予想外の反応にどんな反応をしていいのか分からず、つい無表情で様子を見守ってしまった。
「はーあ、おもしろかった」
彼女は笑いすぎたせいか目の端に涙をにじませて、おれの方へ体を向けた。その姿に好意的な雰囲気を感じて、少しだけ気が緩む。
「すっごくかわいいおにんぎょうみたいな子が来たと思ったら、へんなことばっかりするから、おもしろくて笑うのをがまんするのがたいへん」
「この人、とても笑いの沸点が低いんだ」
ヨハネス・スビタルフィールズが補足する。なるほど、あの手を口に当てて顔をしかめていたのは、不快だったのではなく笑うのを堪えていたからか。
「そう! ずっと笑いそうで、もうがまんのげんかいって思ってたけど、モントローゼ様がふきげんなところで笑うわけにはいかないでしょ」
マーガレットが真顔で言うと、「まあね」とヨハネスが相槌をうつ。この2人はわりと気心が知れている関係のようだ。全員いる時にはほとんど表情の変化がなかったマーガレット嬢は、今とても表情豊かだ。
「なのに、へんなじこしょうかいしたり、モントローゼ様と口げんかしたり、しかもいきなりセオドアをおどすとか……ぷっ、ははは! はーっ、おもしろすぎ」
マーガレット嬢は緑がかった瞳を輝かせて、おれに言った。
「でんかとかってにしゃべるとモントローゼ様におこられるし、ご学友はそんなに楽しくないからもう帰りたいなって思ってたけど。でも、明日からおもしろくなりそう! わたしはマーガレット。ぜったいきょう力するから、がんばって」
「ありがとうございます。マーガレット様」
「様はつけなくていいよ。友だちになるんでしょ。わたしもアウローラってよぶ」
「うん! よろしく、マーガレット」
差し出された手を握る。こちらも握手の習慣があるらしい。マーガレットは楽しそうに握った手を振った。いい手応えだ。
「よろしく、アウローラ。そうだ、セオドアのこともテディってよんでいい?」
脇で聞いていたテディは急に話を振られて少し慌てた。
「あっ、はい。マーガレット様」
「「そこは、マーガレットで」」
にやにや笑いを浮かべたマーガレットとおれの声が揃う。テディは慌てて「ま、マーガレット」と言い直した。初対面のおれと違い、今まで侯爵令嬢には様付けだったのに急に呼び捨てにしろと言われるんだから、彼には大変な1日だと思う。
とりあえず、学友2人は味方になってくれそうだ。さて、もう1人。おれは妖精のような風貌の少年の方へと体を向けた。
「アウローラさんは人心掌握に長けているね。しかも、その語彙。7歳とは思えない豊かさだ」
ヨハネス・スビタルフィールズは、おれと目が合うと抑揚に乏しい声でそう言った。
「その台詞、そのままお返したいです。ヨハネス様」
「まあ、自分は特殊だから。そして君も特殊だ。その秘密をぜひ知りたいね」
「特に秘密とかありませんよ。人より早く勉強を始めただけです」
ヨハネスは目を細める。穏やかだが探るような表情だ。まあ嘘は言ってないからな。本当のことを全部言ってないだけだ。
乙女ゲームの主人公アウローラは、初期ステータスは凡庸だし、才能もそうハイスペックじゃない。モントローゼの方がよっぽどチートな才能持ちだ。ただ、主人公だけあって上限がないに近い。育てれば育てるだけレベルと能力が上がる。
この世界のアウローラも、今のところ奇跡の力以外にそう突出した才能はない。同じ条件で何かを学び始めたら、ヨハネスにもモントローゼにも遠く及ばないだろう。
ただ、18年間の本城寺新の記憶と脳の使い方は、知識の中身は違えど大きなアドバンテージになっていた。
「ヨハネスでいいよ、アウローラ。でも、協力者になるかはまだ保留で。『楽しいお友達生活』は魅力的な提案だけど、モントローゼ様の動向が確定するまでは様子見させてもらうよ」
プラチナブロンドの少年は淡々とそう告げる。
確か、王立大学院はベルファスト公爵が王族から臣籍降下した時に作られたと歴史の本で読んだ。そのためか院長の家系も公爵家と縁が深い。
「もちろんいいよ! むしろ助かる。モントローゼ様も一緒に仲良くするのが目標だけど、最初は衝突することが多いと思う。そのときにみんなこっちの味方だとモントローゼ様が孤独だ。彼女を孤立させたいわけじゃないから」
「ふーん?」
ヨハネスの紫色の目に興味深そうな色が宿る。
「じゃあ頑張って。協力はしないけど、楽しみにしているよ」
「うん。よろしく」
初日の成果としては上々だろう。
「で、さいしょは何をする?」
マーガレットがわくわくした表情で聞いてきた。
「うん。次の講義は明後日か。午後に王子と遊ぶ日だよね。今までどんな事をしてた?」
おれが聞くと、3人は顔を見合わせた。
「ええと、お茶会?」
「あとは音楽を演奏したり、詩を読んだり」
マーガレットが首を傾げながら言うと、ヨハネスが続けた。
「7歳なのに? 体を使った遊びは?」
「さいしょの日においかけっこをしようっておれが言ったけど、モントローゼ様が『レディがするあそびじゃない』ってすごくおこったから」
テディがその時のことを思い出したように肩を竦める。
「ふーん。殿下はかくれんぼとか走るの好きだったけどな」
2人で遊んでいた時は、走り回ったり工作したり思い切り体を動かす遊びが多かった。
よし、決めた。
「まずは体をたくさん動かして遊ぼう。明後日は、ちょっと動きやすい服で来てください」
「動きやすい服?」
「うん。走っても転んでも大丈夫なやつ」
ヨハネスの質問に笑顔で答える。
「それ、ぜったいモントローゼ様がはんたいするよ」
「テディ、諦めて腹くくって」
テディの手を握って励ます。テディはしばらく目をつむって考えていたが、
「アルスターでんかは、そうしたいと思っているんだよな」
と呟くと、自分の顔を両手でピシャリと叩いた。
「モントローゼ様はこわくない……と言うのはうそだけど、がんばる」
最初から彼女が怖くないおれと違って、何度も怒鳴られて怖い思いをしたテディの方が決断するのに勇気がいることだろう。思い切り叩いた頬が真っ赤だけど、お前はかっこいいよ。
「楽しそう! おいかけっこ、お兄さまたちがやってたのを見たことがある。ずっとわたしもおいかけっこしてみたかった」
少し心配してたマーガレットの反応も良い。よしよし。
「それは良いけど、モントローゼ様に、服装のことはどうお知らせするの?」
ヨハネスがそう言うと、マーガレットとテディが心配そうに顔を見合わせた。
「しない」
「え?」
「事前に伝えると反対するだろ。だからモントローゼ様には知らせない。ヨハネスもみんなもこのことは知らない。マーガレットはたまたまその日動きやすい服装だっただけ」
「彼女だけいつもの服じゃ不自然じゃない?」
お手並拝見といった感じのヨハネスは楽しそうだ。
「男の子の服はいつもとそう変わらないし、わたしもいつもの服で来るから大丈夫。着替えを持って行くから。2人分」
「そううまくいくかな?」
「うまくいかせるんだよ、テディ」
おれはそう言って自信たっぷりそうに笑ってみせた。
一か月ぶりの更新になってしまいました。
次話は明日投稿の予定です。