6. 初日の授業と悪役令嬢
静かだ。
講義の声と、それを書き留めるペンの音だけが響く。
学友デビューはあまり平穏とは言い難い始まりだったけど、講師アーラウン・プールの「講義の時間だよ」の一言で、皆、感情が昂ぶっていたモントローゼさえも、ちゃんと座って授業を受け始めた。
さすが名門貴族の子ども達。マナーが良い。
途中参加のおれに構うことなく講義は進んでいる。
王妃から、特に学習面の配慮は必要はないと教授陣には伝えられているはずだ。
アウローラが真面目な子どもだったことと、実の父親が教育熱心だったことで、幸いにしてもともとこの国の文字はある程度読めていた。
それに加えて、骨折している間にこの世界を知ろうと本を読み漁ったことでかなり語彙も増えた。
伸び盛りの子どもの脳に、勉強の仕方が研ぎ澄まされた大学受験直後の高校生による習得技術が加わると、自分でも驚くくらい知識の吸収が早い。
事前にテキストを届けてもらっているし、何だかんだ言っても7歳対象の初等学習。
講義中に周りの様子を伺うゆとりは十分にあった。
まず、座席。
王子と公爵令嬢が1列目。
侯爵令嬢と大学院長の孫息子が2列目。
3列目は伯爵家の子どもが2人。
見事な階級順。これは固定? 誰かが決めた?
次にモントローゼをゆっくり観察する。3番目の席のおかげで、かなり堂々と観察できる。
モントローゼは背筋を伸ばして講義を受けている。案外、真面目なんだな。
ただ、ちょいちょい引っかかる言動が見られる。
例えば、モントローゼが魔術について聞かれたとき
「まほうは、むぞくせいまほうと、ぞくせいまほうに分けられます。ぞくせいまほうはむずかしいのでしかくのある者しか使えません。ふつうはむぞくせいまほうを先に習います」
「よくご存知でしたね」
と師匠が褒めたら
「子しゃくのところではどうだったか知りませんが、これくらい家で教えてもらっています。わざわざ学ぶことではありませんわ」
と、こんな感じ。
プール家は子爵だからね。
講師として師事していても、モントローゼ的には格下の身分でしょという気持ちが隠せていない。
普通の大人ならスルーすると思うけど、講師も17歳の少年だからな。
師匠の引きつった笑顔に「くそガキ」って言葉が張り付いてるように見える。
あ、師匠と目が合った。
ぶちかましてやれって顔してる。
遠慮します。
初日にこれ以上悪目立ちしたくない。
という意思を伝えようと、おれは首を横に振って視線を逸らした。
「さすが侯爵家。教育が充実しておられる。では、さらに伺います。属性魔法はなぜ資格がいるのですか?」
「そんなこと、テキストに書いてないわ」
モントローゼが非難の色を含ませて返答する。
確かに入門用の初級テキストにはそこまで載っていない。分類と簡単な使い方について説明されているだけだ。彼女の家でもまだそこまでは教えていないのだろう。
「なるほど。では、アウローラさん」
「分かりま……」
「君、中級テキストまで読み終えてるよね」
そりゃ、送られてきたテキストの中に入ってたからね。
どれを使うか直前まで教えてもらえなかったから、とりあえず全部読んだだけだ。
「はい……」
力のない返事をして立ち上がる。
仕方ない。
「魔法はその作用によって3つに分けられます。『移動』『抽出』などの、取り出す作用。『合成』『分解』などの変質させる作用。『解析』などの情報を得る作用……」
……?
やばい、周りの子ども達が変な顔をしている。
7歳児に分かる言葉を使うべきだった。
前世の記憶というチートを使ったオーバースペックの知識を浴びせて、彼らの成長を妨げたり歪めたりしてしまうのはしてはいけないと思う。
ええと
「今、習っている「動かす」魔法で話をすると、水筒を動かすことはわたしたちでもできます。水筒の事を考えて、呼べばいい」
そう言うと、初級スペルを唱える。
おれの鞄の中にあった水筒は手の中に移動した。
これは、ここにいるみんなが普通にできるはず。
「ところが、水を取り出そうとするときはただ呼ぶだけだと、どこから水を持ってくるか分かりません。だから『水筒から水を取る』というふうにスペルを唱えなくてはいけません」
この世界の魔法は、物質の置き換えが基本だ。
無から何かを作り出すことはできない。
だからこそ、涙が花になるなんてしょぼい現象が無から有を作り出す「奇跡」になる。
息をついて周りを見る。言っていることは伝わっているらしい。
「でも、自分の家の水とか暖炉の火とかを、誰かが勝手に魔法で持って行ってしまうと生活がめちゃくちゃになってしまいますよね。だから、国でちゃんと認められた人しか属性魔法は使えないようなしくみになっています」
「すごく分かりやすかった」
ヨハネス・スビタルフィールズがそう言うと、拍手をした。
続いて王子と他の2人も拍手をする。
モントローゼはというと、めちゃくちゃ睨んでる。
「ふん。あなた、その人の弟子なんでしょ。先に教えてもらっているだけじゃない。そんなのズルだわ」
モントローゼの強い言葉に、子ども達は決まり悪そうに拍手をやめる。
まあ、でも、彼女の言うことには理があると思ったので、素直に
「はい。わたしもそう思います」
と笑ったら、王子を除く全員にびっくりした顔をされた。
この日、急な用事が入ったということで、アルスター王子は1時間だけ授業に出てまた戻って行った。
「今日はどうしても来たくて、むりを行って1時間だけ勉強させてもらったんだ」
急いでいるようだったが、帰る前にわざわざそう言いに来てくれた。
それってやっぱり、おれが始めて参加する日だからなんだろうな。
しばらく会っていなかったが、相変わらず王子は友達を大切にするいいやつだ。
「また明日」
そう言って手を振ると、
「また、明日」
王子は満面の笑顔で帰って行った。
王子と師匠が出て行くと、入れ替わりで女の人が入ってきた。
社会学の先生だった。
それから3つの授業を受けたけど、その間、学友達は誰もおれに話しかけてこなかった。
理由は、モントローゼがおれに話しかけてこなかったからだ。
「あなた、明日からアルスター様と話しちゃだめよ」
本日最後の講義が終わり、先生が退出したことを確かめると、モントローゼはおれに向かって低い声でそう言った。
教室内の空気が急に下がった気がする。
他の3人は無言で、おれとモントローゼを見つめていた。
「残念ですが、それは無理です」
できるだけ丁寧にゆっくりと返事をする。
「はくしゃく家のよう女のくせに、こうしゃくれいじょうの言うことが聞けないの」
「侯爵令嬢のご命令でも、です。だって、わたしがここで王子の良き友だちとして学ぶことは、国王陛下のご命令ですから。皆様もそうでしょう?」
おれは出来るだけ敵意を感じさせないよう、モントローゼと見守っている3人に笑いかけた。
「!!」
目を丸くする者、考える仕草をする者、口に手を当てて表情を見せない者。
3人の反応はそれぞれではあったが、国王の命令という言葉は彼らの胸には届いたようだ。
「殿下が、わたしをわざわざここに入れたのは、なぜだと思いますか?」
「あなたが、たぶらかしたんでしょ」
7歳、ませてるな。こんな幼女の口から「誑かす」という単語を聞くとは……
「違います。殿下は、ちゃんと皆様と友達になりたいからです」
「今だって友だちだわ」
「そうですね。だから、もっと仲良くなりたいんだとおっしゃってました」
直接聞いてはいないけど、ちょっと盛った。多分間違ってはいないはず。
「もっと仲よく?」
モントローゼがちょっと揺らぐ。威張っていても子ども。隙が大きくて可愛い。
「はい。ですから、殿下の願いを叶えるために、わたしも皆様と仲良くなりたいです」
ここで自分史上最高の笑顔を作る。
「だ、だまされないんだから!」
それは残念。でも騙してはいないよ。盛りはしたけど、本心だ。
ばたーん! と、派手な音を立ててモントローゼが出て行くと、教室の中には4人が残された。
読んでいただき誠にありがとうございます。
更新予告より1日遅くなりました。
次の更新は週末の予定です