5. ご学友デビュー失敗?
次の日。
おれは弁当と水筒と学習道具を詰め込んだ鞄を抱えて、王宮に向かった。
王宮の東側、研究・学究施設の多いところが、当面おれの学び舎になる。
馬車を降りると、途中までは案内の人が付いてきてくれる。
廊下の柱飾りが変わったところからは、1人で学習室に向かうことになっていた。
ただし、この日は特別に、師匠となった魔法使いが柱のところで待っていてくれた。
「しっかりめかしこんできたな」
「お母……母が、服は女の子にとって武装と同義語だって気合いを入れてました」
いかんいかん。ちょっと幼児ライフに毒されていたが、王宮という社会に出るのだからもうお母様呼びは家だけにしよう。
「伯爵夫人、優しいのにちょっと時々物騒だよね」
「わたしも時々母が分からなくなります」
「あ、ぼくしかいない時は、『おれ』でいいよ」
まだ「わたし」にはあまり慣れていないんでしょ、とアーラウン・プールは笑った。
「では、ありがたく。そうさせてもらいます」、師匠」
師匠呼びはアーラウン・プールの要望だった。
王立魔法院では常に最年少なうえ彼の師匠にこき使われているので弟子という存在に憧れていたらしい。
2人で廊下をどんどん歩く。
前を歩く細身の魔術師はあまり歩幅を合わせてくれないので、おれは半ば小走りで彼に付いていった。
「明日からは1人だけど、あの柱飾りを良く覚えていて。飾りが変わったら足を踏み入れないこと。何にせよ勝手に歩き回らないことだね」
「はい」
「返事はいいね」
「……返事『は』? 微妙に引っかかる言葉ですね」
「前科持ちは警戒するに越したことない」
ちっ。そうか、この人との初対面は抜け出し城壁事件絡みだった。 正確には、抜け出し計画者は王子だからな。
そんな風に師弟の絆を深めていると、大きな木の扉の前にたどり着いた。
「ここだよ」
アーラウン・プールが両開きの扉を押し開けると、既に王子以外の4人が揃っていた。
ぐっと息を飲み込む。
「どうぞ」
「? 師匠も入るんですか?」
「次の時間はぼくの講義だから」
月に2回、王子達に実践魔法学を教えているそうだ。
一応学園にも在籍してるみたいだけど、もはや学生じゃないよね、この人。
室内にいた4人の視線が一斉にこちらに向けられた。
その彼らの座っている姿を一目見ただけで、おれのだいたいの立ち位置は察せられた。
「あなたが新しいご学友?」
最初に口を開いたのは、やはりというかベルファスト公爵令嬢モントローゼ・リンブルフ。
英語が言語ベースの国で、元王族である一族の名前が何故ドイツ語系なのかとか考えてはいけない。ここはふわっとした世界観の異世界だから。それを言うなら、おれの名前もイタリア系だし。
公爵令嬢モントローゼは、茶色がかった金髪と青い目が美しいが、性格のきつさがよく表れた顔立ちをしている。
前世のおれにとっては三次元の推しとの対面でもある。
二次元のイメージそのままに透き通るような白い肌の美少女は、警戒心と敵愾心と「あなたは私の下だからね」という威圧感の混ざった眼差しを向けてくる。
でも、7歳だからね。
なんというか、かわいい可愛い。
師匠が肘で軽く突いてきた。無音の口の形が「名乗れ」と動いている。
ちょっと見とれてぼーっとしていた。
そうだ、自己紹介せねば。
多分、この時慌てていたのが悪かったと思うんだよね。
「我が名は夜明けの光。しかし何故か髪は漆黒の闇色。アウローラ・ベルクソンでっす☆」
しゃきーん。
……
終わった。
「ば か か、お前は」
師匠は、その手でおれの頭を撫でると見せかけつつ、キリキリと締め上げながら
「ベルクソン嬢はまだ王宮に来たばかりで、すこーし緊張しすぎてるようですね。根は良い子なので仲良くしてあげて下さい」
と笑ってフォローしてくれた。面目ない。
皆様の反応はというと、ベルファスト公爵令嬢は……うん。虫を見るような目をしている。
その後ろで口元に手を当てて顔をしかめている女の子は、サウスエンド侯爵令嬢のマーガレット・モンフォール。
栗色の髪と緑がかった瞳の彼女からはおっとりとした印象を受ける。
サウスエンドはその名の通り、南の国境近くに位置する大領だ。
人気の観光地として、文化の発信地として知名度が高い。
サウスエンド侯爵本人も優れた芸術家として名高く、国政とは一定の距離を置いていると聞いたから、江戸幕府から見た加賀藩みたいな感じ?
サウスエンド侯爵令嬢の隣に座って、この一連の流れを淡々とした様子で見つめていたのは、ヨハネス・スビタルフィールズ。
王立大学院の現院長の孫息子だ。
プラチナブロンドの髪と紫色の目。まるで妖精のようだ。
彼は目を引く見た目だけあって、『暁光のアウローラ』では攻略対象の1人だった。
アルスター王子ルート以外は全てクリアした前世のおれは、ヨハネスルートとアーラウン・プールのルートで彼の出生の秘密を知るけど、まあ、今のおれには関係ないかな。
いつか彼が敵にでも回ることになったら、そのときに切り札として使わせてもらおう。
「名前は分かったから、ぼさっとしてないですわってちょうだい。あなたのせきは1番後ろよ」
もう完全におれを虫認定してる眼差しでモントローゼが告げると、3列目に座っていた少年が人差し指でトントンと机を叩き、隣を示した。
「ありがとう」
「これからよろしく。おれは、セオドア・ヴィリアーズ。みんなにはテディとよばれてる」
おれを虫認定したモントローゼの反応に気を使ってか、ひそひそ声で話しかけてくる。
「わたしもテディと呼んでも?」
「いいよ」
セオドアは小さく笑うと、また表情を戻して前を向いた。
セオドア・ヴィリアーズ。シェンフィールド伯爵家の長男。
ヴィリアーズは古参の臣下の家だ。多分、彼は第3王子の懐刀となるべく育てられているのだろう。
シェンフィールド家はクラウディア第2王妃の姻戚。つまりおれの養父ハイランド伯爵家とも親戚にあたる。
おれに対して最初から好意的なのは多分、そのおかげだ。
テディ以外の3人はまだおれに名前を教えてくれない。
今、教える気はなさそうだ。
紹介は王子が来てからかな、とカバンから学習用品を取り出していると
「そのかみどめ、使ってくれたんだ」
すぐ横から嬉しそうな声が響いた。
よく知っている声だ。
「えっ 」
顔を上げると、座席の傍にアルスター王子が立っていた。
「殿下!? なんで、うらとびらから!」
モントローゼが振り返って、大声を出した。
王子は自分専用の扉ではなく、おれたちの使う裏扉から入ってきたらしい。
「アウローラをおどろかせようと思って」
「なっ!!」
声を上げたのは、おれじゃなくてモントローゼだ。
王子、そのままにこにこと言葉を続ける。
「それはわたしがえらんだんだ。今日の服にすごくにあうね」
「あ、ありがとうございます」
「気に入ってもらえたなら、よかった」
「!!」
王子の言葉を聞いたモントローゼが、おれをすごい勢いで睨みつけてくる。
隣でひゅっと息をのむ音がして、テディが狼狽えていた。
おれが助けを求めるように視線を動かすと、めちゃくちゃ楽しそうな表情の師匠と目が合った。
あの人はだめだ。あれは助ける気のない顔だ。
王子空気読んで……と思いながらその顔を見て、おれは気付いた。
アルスター王子は笑顔のまま小さく頷くと、そのままモントローゼの反応には気付いてないかのように続けた。
「ようこそ、王宮へ」
王子はわざとこのメンバーの前でおれとの親しさをアピールした。
彼はよっぽど今の環境を変えたいのか、初日から間髪入れずに波風を立てまくることにしたらしい。
でもさ。
もう少し平和にスタートさせてくれても良かったんじゃない?
読んでいただきありがとうございます。
前回が短かったので、本日2話投稿しました。
次回の更新は明日の予定です。