4. 共謀者は王妃と魔術師
王城から手紙が来てから1カ月後。良く晴れた秋の日。
おれは義母ハイランド伯爵夫人に連れられて、王宮の西にある第2王妃の宮を訪ねていた。
エリー達付き添いの使用人と別れ、美しい庭園の見える回廊を進むと談話室に通される。
談話室には先客がいた。
長いローブを着込み、両手で茶らしいものをすすっていた少年は、伯爵夫人と挨拶を交わすと、おれの方を向いて言った。
「久しぶり。もう足の具合は良い?」
「はい。もう遠駆けも森歩きもできます」
「相変わらず元気でいいねえ」
濃茶色の目が溢れる好奇心で輝いている。
アーラウン・プール。
稀代の魔術師との呼び名も高いこの少年は、驚くべき事にまだ17歳だという。
学園に席を置きながら、王立魔術院の正式なメンバーでもあるこの天才がー今日からおれの師匠となる。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。君はぼくの弟子になることが学友入りの口実になる。ぼくは君の奇跡と異世界を研究できる。双方に得な取引を提案してくれた妃殿下には感謝しかないよ」
ハイランド伯は伯爵の中では力のある方だが、中途半端な時期に養女を学友にねじ込ませたとなれば、あからさまな王妃狙いと受け取られて他貴族との間に波風が立つのは避けられないだろう。
そこで王妃が目をつけたのが、アウローラの奇跡とアーラウン・プールだ。
つまり、奇跡の検証とその力の使い方の指導のために王宮は、奇跡の娘アウローラを王宮魔術師であるアーラウン・プールの管理下に置く。
幼年である彼女の教育は、アウローラの父ハイランド伯爵と姻戚関係のあるクラウディア王妃がその管理と責任を負う旨、勅命が下される。
そこで王妃は息子アルスターの学友に彼女を加えて、教育を与えることにした。
というのが、今回の筋書きだ。
回りくどいが、ハイランド伯ではなく王国が主導でアウローラを受け入れた形になるため、急な学友入りに対する他の貴族への刺激も幾分和らぐのではないかという目論見だった。
驚くべきことにこの決定には、国王、第1王妃、第2王妃の3名の承認サインが書き込まれている。
この計画に第1王妃も参加させたクラウディア王妃って、かなりやり手なのではなかろうか。
その分、おれが好奇の目に晒されるというのが大人達の懸案事項だったようだが、そこはほら、特殊な立ち位置のおかげでいろいろ図太くなっているので大丈夫。
乙女ゲーム世界ではヒロインが隠していた奇跡。
しかも感情が高まると涙が花になるだけのしょぼい奇跡だが、この人生では目的のためには最大限利用させていただきます。
「お待たせして、ごめんなさいね」
この宮の女主人が現れた。
第2王妃クラウディア。
アルスター王子と同じ金の豊かな髪を結い上げた姿が美しい。
「可愛い共犯者さん、準備と覚悟はよろしくて?」
王妃は屈み、おれと目線を合わせて微笑んだ。
「どっちも万端です」
2週間ほど前に送られてきた資料ならば、すべて暗記するほど読み込んだ。
「頼もしい言葉ね」
そう言うと王妃は小さな箱をおれの手のひらに乗せた。
「お祝いよ。明日はぜひそれをつけていらっしゃい」
箱の中には、白と薄紫色のレースで編まれた髪留めが入っていた。
所々に編み込まれている紫水晶が淡い光を放っている。
「まあ、素敵。アウローラちゃんの黒髪にとても映えるわ」
お母様は柔らかな声でそう言うと、それなら明日の服はあれにしようかしら、あのワンピースも似合いそうと、脳内で着合わせのシミュレーションを開始していた。
この勢いだと、家に帰ったら試着地獄が待っているかもしれない……
「ところで明日は本当に大丈夫なのか」
アーラウン・プールがからかうように言う。
「大丈夫! みんなの心を掴む挨拶だって考えてありますから」
おれは3人の期待に満ちた眼差しを受けて、とっておきの挨拶を披露することにした。
まずは美しい礼の姿勢。そして
「我が名は夜明けの光。しかし何故か髪は漆黒の闇色。アウローラ・ベルクソンでっす☆」
しゃきーん。決まった。
「……」
「………」
「…………」
「アウローラちゃん……」
お母様、その可哀想な子を見る目はやめて。
「最初に無理なキャラ立てすると、後がキツいよ」
師匠、回りくどい優しさってしんどいですね。
「貴女、本当はばかなの?」
王妃の目が冷たい。
美人に冷たい言葉を言われるのキツいな。
あれ、でも案外良くない? むしろご褒美みたいな……。待って。落ち着いて、アウローラ。
「だめですか……」
がっくりと肩を落とす。
「むしろなんでそれがいいと思ったのか知りたいね、ぼくは」
「畏まった挨拶だと予定調和ですから、相手の虚を突こうと思って。考えすぎて踏み外しました。下手な考え休むに似たり。過ぎたるは猶及ばざるが如し」
「アウローラちゃん、小難しい言い回ししても愚策は愚策よ」
「うぬぬ」
母が容赦ない。
「分かりました。当日は普通に挨拶します」
「それがいいと思うわ」
そう答えた王妃は
「アルスターは明日をとても楽しみにしているのよ」
と付け加えると「頑張ってね」と笑った。
アルスター王子とモントローゼ公爵令嬢達の関係を改善するためには、いずれモントローゼ本人との対決は避けられないだろう。
ご学友生活を気楽に満喫するってわけにはいかなそうだ。
「頑張ります」
おれの望む未来のためにも。
その夜、おれはベッドの中で明日の流れをおさらいした。
ご学友として王宮へ勉強に行く日は、週に3日。
この国は七曜制で、平日が6日間だから、平日の半分は王宮に通うことになる。
基本的に学習は午前中。
その午後は、2日間は魔術院で師匠と学ぶ。
もう1日は第2王妃の離宮で他の学友達と共に王子と交友を深める。
これが、明日からのおれの予定だ。
まだ7歳の王子は、同年齢の子どもと遊ぶこともカリキュラム化されているらしい。
大変だな。
でも遊ぶ時間が全く奪われてしまっているのではないことに安心する。
学友は、もらった情報によれば、4人。
女子は、公爵令嬢モントローゼ。それと南に広い領地をもつ侯爵家の令嬢。
男子は、王立大学院の院長直系の孫が1人。王国創立以前から王家に仕えていたという伯爵家の子息が1人。
これ、江戸時代で言うと、女子は宮家と外様の大大名から選んで、男子は親藩と譜代大名の重鎮から選んでいる感じ?
未来の嫁候補と忠臣候補。
めちゃくちゃ分かりやすい人選だ。
この中にどうやって切りこもうかといろいろ策を考えていたけど、ふとアルスター王子の顔がよぎって、小手先の策を考えるのはやめた。
王子は友達として共に過ごしたいと願っている。
『アルスターは明日をとても楽しみにしているのよ』
ならば、おれも純粋に明日の再会を楽しみに、眠りにつくことにしよう。
おやすみなさい。
お読みいただきありがとうございます。
次回、学友生活スタートです。