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2. メインヒーローの最大フラグを回避したい

おれの名前は、アウローラ・ベルクソン。7歳。


ハイランド伯であるコンラッド・ベルクソンの養女。


実の母親は早くに他界した。

実の父親は伯爵家の「跡を取らない息子」だったが、己の才覚で男爵を与えられるほど実務能力が高く、ハイランド伯の領地経営を手伝っていた。


おれがうっかり奇跡を起こしてしまったのは父の葬儀の時だ。

色とりどりの花に囲まれた亡き父さんを見ていたら、おれの流した涙はなぜか白い百合に変わってしまった。

それを凝視していた伯爵は、次の日にはおれを養女に迎える手続きを始めたらしい。

奇跡の力を自分の野心に利用していると言う者も少なくはなかったが、親友の娘を守るための行動だと思う。養父も養母も心から尊敬している。大好きだ。


さて、おれがどうも7歳の子どもらしくない話し方なのには理由がある。




1週間ほど前に、いきなり脳内に前世の記憶がなだれ込んで来た。

その衝撃で古城壁から落っこち、左足の骨を折って高熱を出してしまった。


今、おれの頭の中には、18歳までの本城寺新の記憶と7年間のアウローラとしての記憶が共存している。


18歳の思考が流入してしまったおかげで、昨日までは「おかあさまだいすき」と伯爵夫人に向かって拙い語彙で笑っていた娘が、一晩でこのありさまだよ。本城寺新で過ごした時間の方が長いせいか、今の人格はそっち優位になってしまっている。

一人称も「わたし」がしっくりこなくて「おれ」にした。

人と話すときはちゃんと「わたし」にするけどね。多分。


記憶を取り戻してから、高熱にうなされて3日、2つの記憶の折り合いをつけて精神状態を落ち着かせるのに3日かかった。




アウローラの記憶と新として生きた記憶を擦り合わせる中で、おれは大変なことに気づいてしまった。

ここは乙女ゲーム『暁光のアウローラ』の世界、もしくはそれに酷似した世界だということだ。

しかもおれがアウローラ。

それ、ヒロインの名前だよね。



多分、元の世界で本城寺新は死んでしまった気がする。

そう思うのは、寝込んでいる間に何度か断片的な現代の夢を見たからだ。

おれの葬儀の夢だった。

家族が、あの姉までもが泣き崩れていた。

愛犬の豆二郎はストレスで飯を食べていないようだ。お前、助かったんだな。よかった。せっかく助かったんだからちゃんと食えよ。そしてうちの家族を頼む。

そう語りかけると、豆二郎は顔をこちらに向けて「くうう」と鳴いた。

ただの夢かもしれないけど、なんとなく腑に落ちてすっきりした。



6日間かけて現実を受け入れ、今朝はいつものように、「アウローラにとっていつものように」目覚めることができた。


「それにしても」


俺は大きなベットから降りて、姿見の前に立つ。

鏡の中から黒髪の少女が、大きなダークブラウンの瞳で見つめている。熱で消耗しているものの、とても愛らしい美少女だ。


「なんで、よりによってヒロインかな……」


頭を抱えて蹲る。


どうせ転生するなら攻略対象のイケメンが良かった。

そうしたらヒロインは他のイケメン達に任せて、おれは気の毒な悪役令嬢モントローゼにバッドエンド以外の未来を作ってやることもできたかもしれない。


……そこまで考えて、はたと気付く。本当に攻略対象だったらモントローゼは救えるのだろうか。

悪役令嬢モントローゼはどのルートでも自滅した。

恵まれた資質をもつ彼女を愚行に走らせたのは、努力では埋められないヒロインの資質への劣等感と、自分の立ち位置を奪われる焦燥感ではないだろうか。


「ヒロインじゃなきゃ、彼女は救えないのかも」


思いつきで呟いた言葉だったけど、男の記憶を持ったままヒロインに生まれ変わった理不尽さに無意識に必然性を求めていたおれは、この考えが心の何かにカチリとはまった気がした。


モントローゼを救って、アウローラとして幸せに生きる。

うん、この世界で新しい生きがいができるまでは、これを当面のおれの目標にしよう。




「失礼します」


控えめなノックと共に、アウローラ付きの侍女が部屋に入ってきた。


「まあ、お嬢様。もう起きても大丈夫ですか」


侍女エリーの手が額に当てられる。ひんやりとして気持ちいい。


「まだ熱が引いていませんね。残念ですがベッドにお戻りください」


アウローラより10歳年上の彼女は、慈しむように声をかける。


「はーい」と素直に答えてベッドに戻るおれを見届けると、エリーは窓際のピンクのバラに水を差した。


「アルスター王子様から昨日いただいたバラです。毎日来てくださっているんですよ」


そうだ、アウローラが古城壁から落っこちた時、一緒にいたのはアルスター王子だった。

そのイベントはゲームで見た。開始直後に起こる強制イベントだからとてもよく知っている。



アウローラが伯爵家に引き取られて最初の夏、避暑地でアルスター王子に会う。確か伯爵は王子の母つまり皇后の親戚筋にあたる。


すぐに仲良くなった2人は、「見せたいものがある」という王子の発案で警護の目をくぐって勝手に古城へ行き、そこでアウローラは足を滑らせて城壁から落ちてしまった。

そのままけがと高熱で倒れたアウローラは、見舞いに来た王子を見て事故当時を思い出しパニックを起こしてしまう。


その姿を目にした王子は、事故から7日目に宮廷魔術師を連れてきて、彼女から自分の記憶を消すと王宮に戻った。

その後、王子はモントローゼと婚約。アウローラは伯爵の領地でのびのびと育てられ、学園入学で再会を果たす。



アルスター王子、何年も会えなかったせいで拗らせた想いと再会の衝撃がでかくて、自分の記憶を失っているアウローラに好意を隠しながらもめちゃくちゃ親切。

そりゃ、婚約者は心が歪むよ。モントローゼが悪役令嬢になるわけだ。


王子ルート以外ではヒロインが記憶を取り戻すことはなく、王子の秘められた片思いは語られずに終わる。

でもどのルートでも王子はアウローラを想っている。

さすがメインヒーロー、シナリオが重い。



ん? ……7日目?


「エリー、事故から何日たってる?」


嫌な予感がする。


「お嬢様がけがをされてから、今日で7日になりますね」


エリーは冷たい水で絞った綿布をおれの額に乗せながら答える。

やっぱりか!


「アルスター様はまだ来てないよね」


「いらっしゃってませんね。いつもならそろそろ……」


その言葉と重なるように、外から馬車の音が響いた。来た!


「殿下に会いたい。エリー、着替えを手伝って」


「まだ熱があります。御髪を整えて寝室にお通ししますから、無理はされないでください」


だめだ。弱った姿を見せたらやられる。記憶除去されたら、モンテローゼ悪役令嬢への巨大フラグが立ってしまう。


「大丈夫。もうすぐアルスター様はお城に帰ってしまうでしょ。元気なところを見せたいの」


エリーのエプロンを掴み、思いっきり寂しそうな表情を繰り出す。エリーは健気なおれにぐっときたらしい。策にかかったな。


「お嬢様、なんと健気な……。分かりました。伯爵にお伺いいたします」


エリーは家令におれの意向を伝えると、着替えに取り掛かってくれた。

足を骨折しているので、ゆったりした水色のワンピースを着せてもらう。髪にも水色のリボンをつけてもらったタイミングで、伯爵が部屋に入ってきた。


「アウローラ、大丈夫なのかい。無理をしてはいけないよ」


心配そうに微笑む目元に少し皺が寄る。

ハイランド伯コンラッド・ベルクソンはこの頃ちょうど30歳になるはずだが、目元の笑い皺のせいかもっと年上にももっと年下にも見える。優しそうな風貌をしているが、アルスターを見てパニックを起こした養女の心を守るために、相手が王子であろうと会わせない判断ができる骨太な人物だ。


「大丈夫です。殿下にお会いしたいです」


おれの必死さが伝わったのか、伯爵は一瞬真顔になると


「分かった」


と、おれを抱き上げて、そのまま応接室に向かった。




応接室の扉が開くと、そこには2人の来客がいた。


アルスター王子。現在王位継承権第3位。ゲームの通りならば、彼が13歳の時に長兄の出奔と病弱な次兄の継承権放棄により継承権第1位に昇格する未来をもつ。


1人は初対面だが、多分、彼はアーラウン・プール。濃い茶色の髪と同じ色の目をしたこの少年は子爵家の三男で、既に将来を嘱望されている稀代の魔術師だ。

ゲームの中では学園の教師として登場する攻略対象でもある。

こいつもアで始まる名前だ。なんなの? アで始まる名前に何か意味でもあるの?

それはおいといて、今回は記憶封印のために同席しているに違いない。

ここは絶対、彼に仕事をさせてはいけない。


その背後には侍従が1人、警護の騎士が2人。そのうちの1人は脱走の時に出し抜いた騎士だった。

ここにいるということは罷免されなかったのだろう。

けがをしたのが王子だったら彼はどうなっていたのかと考えると背筋が冷える。

おれたちの軽率な行動で誰かの人生を奪わずにすんで本当に良かった。




王子と目が合うと、彼の体が固まるのが分かった。


自分の顔を見てパニックを起こした人間と会うんだから無理もない。

しかも、記憶が流れ込んできた直後だったこともあり、多分ゲームの世界以上にひどい反応だったんじゃないかな。よく覚えていないけど。

伯爵に優しく下ろしてもらうと、肩を支えてもらいながら王子に向き合う。


「アルスター殿下、お見舞いとお花をありがとうございました」


できるだけ安心してもらえるように、無邪気さ全開の笑顔で挨拶をした。

王子の目がまんまるに見開かれる。よしよし、いい掴みだ。


「あの時も、助けようとしてくださって本当にありがとうございます。殿下までおけがをしなくてよかったです」


ほら、もう全然怖がってないよ。嫌がってもいないよ。

トラウマなんて1ミリも残っていないから、安心して罪悪感を消し去ってくれ。


「……すまなかった。わたしがつれ出したせいで、ごめん……ごめんなさい」


王子は見開いた目から大粒の涙をぽろぽろ落とす。

それを見たら、おれの保身は置いといてもここで会っておいて良かったなと思った。

こんなふうに直接会って謝ることのできなかったゲームの中の王子はとてもしんどかったに違いない。


「わたしのけがはわたしのせいです。抜け出したのは2人でやったことです。だからごめんなさいは、半分だけもらいますね」


そう言って笑うおれをじっと見ていた王子は、涙を拭うと爆弾発言をかました。


「けがをさせてしまって本当にもうしわけない。一生かけてこのせきにんはとるつもりだ」


ストップ!


待って、7歳児!


それ多分だめなやつ。


「わたしは王位をつぐわけじゃじゃないし…」


継ぐんだよ!

早まるな。その続きは言うな。


「アウローラがよかったら」


良くない、良くないって!


「およめ…むぐっ!」


「痛っー!!」


思わず全力で王子の口を塞ぎに行ったおれは、骨の折れた足でまともに床を踏みしめてしまって悶絶した。


「アウローラ!」


伯爵が助けようとする手を遮ぎって、テーブルに手をついて踏ん張る。


ここで想定外の婚約をするのは悪手な気がする。

かと言って下手に拒絶したら、記憶除去からのモンテローゼ悪役令嬢爆誕コースに引き戻されてしまう。

1番良い選択肢は……腹をくくることか。


「殿下に大切な話があります。お父様、できたらお母様も呼んでいただけますか」


おれはこの人たちに前世の記憶があることを打ち明けることにした。

ただし、乙女ゲームの事は内緒にする。あの情報はここに暮らす人たちを傷つけかねないと感じたからだ。




「つまり、アウローラの体の中には、ホンジョウジアラタという青年とアウローラの2つの魂が入っているということか?」


伯爵が戸惑いながらも口を開く。まあ、正気で聞くにはしんどい話だよね。


「というより、本城寺新がアウローラに連結しているというか」


うまく説明しにくいな。

困っていると、それまで無言で話を聞いていたアーラウン・プールが鏡のようなものを片手にかざした。


「お嬢様の魂は確かに1つですね。悪い何かが混じり合っているわけでもない。ただし、不思議なことに濃度が濃い。1人で2人分入っているようだ。ですから話を聞いていて納得しました」


まじか。この人そんなことまで分かるの? 魔術師すごい。

何がすごいって、彼がそう言ったら皆この胡散臭い話に納得してしまった。


「アウローラちゃんは心が男の子ってことになるのかしら」


伯爵夫人がおれの頭を優しく撫でながらおっとりと呟いた。彼女は、伯爵家は男子ばかりだから女の子は嬉しいと喜んで迎えてくれた優しい義母だ。


「そうじゃないと思います。今はまだ本城寺新の記憶の方が強いから男寄りの思考になっているけど、アウローラのときは女子であることに違和感はなかった。だから、成長するとだんだん女子寄りになっていくんじゃないかと思う。なんとなく」


「まあ、普通の7歳児はこんなこと言わないよな」


今度は伯爵がおれの頭をぐりぐり撫でる。

この人達すごい。こんな話をしても一切愛情が揺るがないって行動で表情で伝えてくれる。血の繋がりもない娘なのに。泣きそう。


「大丈夫、泣かなくていいのよ、アウローラ」


伯爵夫人……お母様が、ハンカチで頬を拭ってくれた。

面目ない。すでに泣いていたらしい。

ハンカチからこぼれ落ちた涙が小さな青い花に変わる。


「これが噂の奇跡か」


アーラウン・プールが身を乗り出した。



「アウローラはわたしがきらいなわけではなかったんだな」


ずっと沈黙を守っていたアルスター王子がほっとした表情で呟いた。おれは思いっきり首を縦に振って肯定する。


「よかった。アウローラは、はじめて自分で作った友だちだから」


「うん、わたしにとっても殿下は大切な友達です」


アルスター王子はいいやつだ。今日話していて、さらにそう感じた。


「ただ、そういうわけだから、およめさんとかそういうのは……」


「分かっている。でも、友だちではいてくれるか?」


まだ少し不安そうに王子が尋ねた。


「喜んで」


おれは彼の不安が晴れるようにと願いながら、この日1番の笑顔で答えた。




読んでいただきありがとうございます。

次話は明日投稿予定です。

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