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1. 18歳男子、転生する

「あんた暇でしょ。エンディング回収しといてよ」


姉がスマホを放り投げる。慌てて手を伸ばすと、スマホは俺の手の中にすとんと収まった。


「投げんな。てか、これ乙女ゲームじゃねーか」


手に取った画面の中から、イケイケしい金髪の青年が甘い言葉を吐き出していた。 宿泊荷物を詰め込んでいる姉がめちゃくちゃ嬉しそうな顔で振り向く。


「起動ボイスも格好良いでしょー。アルスター様はね、メインヒーローの王太子。最推し」


「お前の推しはどうでもいいけど……てか、アルスター様以外全然クリアしてないじゃん」


俺はアプリのデータ画面を確認する。エンディング管理画面には金髪くんの顔しかない。


「社会人は暇がなくてさ。でも全員攻略後のトゥルーエンドは見たい。そんな苦悩を抱える私のもとに大学合格して暇な弟がいるのは天啓としか思えない」


「思うなよ。それは大いなる勘違いだ」


「あ、急がなくていいよ。それオタ活専用スマホだし、私の研修が終わるまで貸しとくから」


聞いちゃいない。仕方ない、姉という生き物は横暴なものだ。


「研修って4日間だろ。その間に回収しろとか無理すぎね? 俺にも予定ってものがあるし」


「……どうせエロゲーしかしないくせに」


俺はギクリと体を強張らせる。え、いつから知ってんの、この人。でも別にやましい事はないはずだ。だって18歳だし。大学受験終わったし。それにあのゲームはエロだけじゃない。シナリオが良いんだ。


「そのエロゲー課金えぐいでしょ。社会人が支援してあげなくもないけど」


姉が右手に万札をちらつかせる。くそう、足下見やがって。しかし残念だったな、この本城寺新、そのような讒言に揺さぶりをかけられることなどない。


「OK。4日間ね」


迷うことなく即決だった。




乙女ゲームの名は『暁光のアウローラ』。調べてみたらアウローラはイタリア語で曙の女神のことらしい。頭痛が痛いみたいなタイトルは、笑いを取りに来ているにしてはいまいち分かりにくいな。あれか、シリアスな笑いってやつか。


画面の中のキラキラした世界に馴染めず、少し思考が斜に構えてしまっているのは許してほしい。

内容は、多分、学園物。多分というのは近世ヨーロッパ風世界が舞台だからだ。異世界学園物ってやつ。

物の名前は基本英語。ときどき格好良さそうな他国語が混じるけど。ヒロインの名前で分かるように人名は響き重視の多国籍ごちゃ混ぜ。いいね、そういう緩い感じは好きだ。


ヒロインの名はアウローラ。


伯爵の娘ってことになってるけど、幼い頃に伯爵領内で奇跡を起こし、その力を見出されて養女になった。


伯爵夫妻との仲は良好の愛され美少女。

スペックは普通だが攻略ルートによって変動する。外見は、童顔で胸がでか……訂正、スタイルが良い。さすがヒロイン。

登場人物の髪や目の色がキラキラした世界で彼女だけが黒髪でダークブラウンの目をしている。


これはメインユーザーが日本人女性だからだろうか。でも、黒髪の童顔でスタイル良いってむしろ男性受け良さそうだよねと思っていたら、ネットで攻略情報を巡っている時にヒロインの男性向け2次創作を見つけてしまって、そっ閉じした。


メインヒーローは姉の最推し、王太子アルスター様。金髪の王子様だ。

どうでもいいことだけど、ヒロインとヒーロー2人ともアで始まる名前とかバランス悪くね?

彼の青と緑が混じった目の色はブリリアントアースとか言って王の血脈に現れるやつらしい。

とりあえずアルスター王子のルートは姉が攻略済みなので、他の攻略対象のルートを進めることにする。


ゲームの世界観や人物造形ににツッコミを入れながらも、次第に俺はそのゲームを楽しんでいった。鈍感美少女になってイケメン達を振り回すのは案外楽しい。


しかし、細かいつっこみどころは気にせずむしろ楽しむようになっていた俺でも、ずっと気になることがあった。


公爵令嬢モントローゼの存在だ。


モントローゼはいわゆる悪役令嬢というやつだ。


アルスターの婚約者で、事あるごとにヒロインの妨害をして、最後に自滅する。

卒業式直前、ヒロインに仕掛けた悪だくみがばれた彼女はすべてのものを失くす。


ところがこの彼女、アルスタールートだけでなくどのルートでも自滅する。

ヒロインのバッドエンドなら助かるのではないかと思ったが、イケメン達は無事なのに何故かモントローゼは実家と絶縁されて国外追放だった。


確かに彼女は性格が悪い。

権利をかさにきて集団でいじめをする奴は滅びていい。なので破滅は自業自得かもしれない。

でもさ、彼女の立場で考えるとこのゲームはちょっとやるせない。

ヒロインが認められ活躍するために奪うポジションは、彼女モントローゼが社会的役割として期待され求められてきたポジションだからだ。


登場直後の彼女は権威に弱く階級差別が強いけど、そこまで悪いやつじゃない。

道に迷った初対面のヒロインを助けるし、王子に認められようと健気に頑張っている。

薄々王子に好かれていないと気付いていたところにヒロインが現れて、名前の通り闇夜のように心を暗くしていく。心が弱いと言ってしまえばそれまでだが、気の毒ではある。


あと、単純に見た目が俺の好みだった。きつめの青い目、少し癖のある茶色がかった金髪、ヒロインより控えめなむ……いや、スレンダーな立ち姿。どストライク。推せる。


俺は途中から、モントローゼが救われるルートを探すことに夢中になっていた気がする。




「新、凄い! 隠しルートまで全部攻略してある!」


姉が喜びの声を上げる。


結局、隠しルートからトゥルーエンドまでやりこんでしまったが、どのルートでもモントローゼは破滅しまくっていた。


「救えなかった……」


ごめん、モントローゼ。この限られたシナリオとデータの世界では君は救えない。




そんな感傷に浸りながら犬の散歩をしていた夕方。


青信号を確認して横断歩道を渡っていると、いきなり視界いっぱいに暴走する黒塗りの高級車が飛び込んできた。


後は、分かるな?


現世の俺の話はここで終わる。




「……ラ。アウローラ」


誰かに呼ばれた気がして目を開けると、青と緑の光が飛び込んできた。


「アウローラ! 伯爵、目を覚ましました!!」


金髪の少年が、大人達を呼ぶ。


ああ、さっき黒塗りの高級車に跳ね飛ばされたんだっけ。

絶対死んだと思ってたけど。俺、よく生きてたな。

全身に痛みは感じるが、そんなにひどい痛みというわけでもない。

そうだ、豆二郎。豆二郎は無事だろうか。


ぼんやりした意識の中でまとまらない思考をしていると、誰かに体を持ち上げられた。

大きな手だ。まるで俺が子どもになったみたい。


「ごめん、ごめんなさい」


うとうとしている中で、金髪の少年が泣きながら手を握っていることに気付く。


「だいじょうぶ」と、その必死な姿の少年に淡く笑い返すと俺は意識を手放した。



賢明なる読み手の皆さんは既にお気付きだろう。


本城寺新、18歳。

目が覚めたら乙女ゲームのヒロインに転生していました。


しかも、10歳以上も年下の幼女に。

お読みいただきありがとうございます。

初回なので、2話連続投稿します。

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