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9.学友生活2日目

王子の提案した座席替えの件は、今週は今まで通りの座席で過ごして、来週から始めてみることになった。


「では、また来週。課題と復習を怠らないように」

数学の先生がそう言い、2日目の学習時間が終わった。


先生が退出するのを見届けると、おれは両手を上げて大きく伸びをした。午前中みっちり授業をするのは慣れているはずだが、7歳の弱い体幹だとけっこうきつい。


「アウローラ、うちの猫みたい」


マーガレットがおれを見て笑った。


「はしたない。やっぱりだんしゃくのむすめね、育ちが知れるわ」


モントローゼが眉をしかめて言い放つ。


「実の父は男爵だけど伯爵家の息子だったから、悪いとしたら育ちじゃなくて、わたしの性格のせいかなと思います」


おれがそう言うと、モントローゼは「りゆうなんてどうでもいいわ」と大振りに顔を背けて立ち上がった。ヨハネスとマーガレットも帰り支度をしている。


「あれ、午後から離宮に行くんだよね?」


隣に座っていだテディに確かめる。

初日は午後から王宮に用があるのはおれだけだったから、ここで1人で弁当を食べた。でも今日はみんなが弁当だと思い込んでいた。

おれの問いに答えたのはテディではなく、意外にもモントローゼだった。


「ばかね。なんでこんなところでさめたごはんを食べなきゃいけないの。家にもどって食べてくるにきまってるじゃない」

「え、みんなそうなんですか?」


マーガレットとヨハネスが頷く。

そうか。そういうものか。ぼっち飯でも平気だけど、お母様がみんなで食べるように用意してくれた果物が入っていたから少し残念だな。


「だいじょうぶ、おれも今日べんとうだからいっしょに食べよう」


そう言ってテディが包みを見せてくれた時、アルスター王子が爆弾発言をぶち込んできた。


「わたしも。わたしもべんとうにしてもらったんだ」


「はあ!?」


おれとモントローゼは同時に同じ声を上げた。気が合うな、モントローゼ。


「今までそんなことありませんでしたよね」

ヨハネスがいつも通りに冷静な声で王子に聞く。


「この前アウローラが一人でべんとうを食べたと聞いたから。さみしいかと思って」

「ああ、そういうこと。でんかはなんておやさしいのかしら」


そう言うモントローゼの声には、何故かほっとした響きがあった。


「それに、友だちとべんとうを食べるって面白そうで少しわくわくしたから」

「!!」


モントローゼの表情がさっと変わった。地雷を踏んだっぽいよ、王子。

おれを思いっきり睨みつけると、「でんか、またのちほど。しつれいいたしますわ」と、ちょっと引きつった笑顔で王子に丁寧なあいさつをしてモントローゼは出て行った。


「自分も失礼します」


続いてヨハネスが退出した。


「いいなー、楽しそう。アウローラ、次もぜったいべんとうもってきて。わたしもべんとうにする」


最後に、名残惜しそうにそう言いながらマーガレットが学習室を出て行った。




「食べよう」


アルスター王子が包みを開ける。


「やっぱりでんかのべんとうはごうか……ってわけでもありませんね?」


包みを覗き込んだテディが、拍子抜けしたように言った。


「わりとふつうだ」


うん、普通だ。王子の弁当の中身はおれの弁当とそう変わりなかった。


「ごちそうを食べるのはもてなしのある日だけだぞ。王ぞくがふだんの生活でぜいたくをしすぎるのはだめだと父上と母上がいつも言っている」


国王もうちのお父様と同じような事を言ってるのか。ちょっと親近感を感じる。


「そういうものですか」


と、相槌を打ちながらテディは骨付き肉を口に運ぶ。テディの弁当は大きめの容器に肉がたくさん入っていて全体的に色が地味だ。一言で言うなら高タンパク低脂肪な体育会系弁当。そういえば、彼の生まれたヴィリアーズの一族は代々武門として名高い。テディもおれたちの中では一番背が高いし、細身だが締まった体つきをしてるから身体能力も高いだろう。


「テディ、午後はいろいろ手伝ってもらいたいんだけど」


彼はおれの顔をじっと見て言った。


「おれ、なんとなくわかってきた。アウローラがそういう顔をしているときはあぶないって」

「覚悟ができてるのはありがたいね」

「テディばかりずるいぞ。わたしにもむちゃなおねがいはないのか、アウローラ」

「何言ってるんですか、殿下」


お母様が入れてくれたハイランドのブルーベリーは2人が喜んで食べてくれた。

王子は食べる前に手をかざして「可食調査」の魔法を使い、安全を確認してから食べた。王族が最初に覚える魔法がこれだと王子が呑気な声で言ったけど、結構笑えない話だよね。


そんなこんなで3人で食べた昼食は、昨日よりずっと美味しかった。




午後。


3人で寄り道しながら歩いて西の離宮に着くと、女官からおれ宛の荷物を預かっていると教えられた。袋を確かめる。すごい。ありがとうございますお母様。

日当たりの良いサロンで後の3人を待つ。


モントローゼは一番最後に来た。

午前中とは違う、裾にたっぷりといた膨らみのある青いワンピースは彼女によく似合っている。髪型もアレンジして変えてあった。しかも午前中にはしなかったいい匂いがする。

あの時間でここまで支度を整えていたら昼食の時間はほとんどなかったはずだ。王子の離宮に来る時はいつもこうしてるんだろうか。こういうところ健気だなと思うけど、当の王子はラスボスが来たみたいな顔で緊張している。おれは少しモントローゼが気の毒になった。


「なにをじろじろ見ているの。いやしいわね」


よく分からないけど見下された。


「いえ、とても素敵だと思って」


笑顔でそう返すと


「あら、見る目はあるのね」


モントローゼは嬉しそうに表情を緩ませて言葉を続けた。敵視している相手でも褒められるとまんざらではないらしい。かわいいなと思った瞬間


「でも、あなたが同じものを身につけてもこうはならないと思うわ」


と顎を上げてドヤ顔で言われた。こやつは何でいちいちこっちを下げてくるのか。さっきの感想は撤回する。今のやつに同情は不要だ。


「そうですね。似合う色が違いますから」


ブルベとかイエベとかあるじゃん?よく知らんけど。しかし、言い返すおれを無視してモントローゼはヨハネスと話し始めた。無視をするタイミングが絶妙だ。くそう、さすが天然物の悪役令嬢。7歳でも強い。


「だいじょうぶか? アウローラ」


王子が若干同情の色を滲ませて、声をかけてくれた。こっちの7歳児には気を遣わせてしまったか。面目ない。


「大丈夫だ、問題ない」


自分で答えておいて何だけど、何故か大丈夫じゃなさそうに聞こえるのは何故だろう。




学友全員が揃ったところで、女官の案内で中庭に通された。

ぽかぽかした陽の当たる中庭には、大きな木の机とお茶の道具とクラウディア王妃が待っていた。子どもたちは順番に王妃とあいさつをしていく。

王妃は最後におれの方を向いた。


「久しぶりね、アウローラ。お母様は元気? 王子と仲良くしてあげてくださいな」


王妃とおれは夏の避暑以来初めて会うという設定だ。おれは一昨日会ったばかりの彼女に、恭しく頭を下げた。


「王妃様、もったいないお言葉です。ありがとうございます」


王妃は扇子で口元を隠して、ふふと小さく笑った。いたずらっぽい目をしていたから、王妃もこの茶番が可笑しかったのかもしれない。


「ところでその大きな荷物は何?」


王妃がおれの荷物について聞いた。さすが王妃、勘が良い。誰かに聞いてほしいところをすぐ聞いてくれた。


「子ども服です。母に頼まれまして。スエンディー・アルスの新作だそうです」

「スエンディー・アルスの新作ですって?」


モントローゼが声を上げる。よし、いい感じに食いついた。


「アウローラのお母様とスエンディー・アルスの女主人は学園の同級生だったのよ」


クラウディア王妃が説明してくれた。そうだったのか。おれも知らなかった。


「母は春の新作として冬に発表予定の子ども服の試着を頼まれたと言ってました」

袋から服を取り出す。


「サウスエンドの布!!」


マーガレットが身を乗り出した。モントローゼの目も輝いている。

母がデザインした子ども服は、春だから元気に思いっきり動けるようにとサウスエンドの服装に着想を得て作られていた。おれがお母様に事情を話して運動着を2着借りたいとお願いしたら、目を輝かせてこの未発表の試作を6人分用意してくれた。


「皆さんに差し上げるので、着てたくさん動き回ってもらって、動きにくいところがないか教えてほしいそうです」

「発表前なのに、いいの?」と、ヨハネスが聞いてきた。

「うん。店長さんは、むしろ普通に着てほしいそうです。この面子が普段着に使用してくれて、貴族の方々の目を引いたところでスエンディー・アルスの新作だって噂を流せば、普通に発表するより反響が大きそうだからって」

「あら、商売上手ね」


クラウディアが笑った。


「いいわよ。もともと御用達の店だから特に問題はないでしょう。ただ、王子は着るとしても離宮の中だけになるけど構わないかしら?」

「はい。第1の目的は着心地の調査ですから」

「わ、着る! 着る!!」


マーガレットがはしゃぐ。ここでおれはモントローゼの方をちらりと見る。


「しかたな……」

「もちろん、無理にとはお願いしませんけど」


モントローゼがぐっと黙り込む。ごめん、ちょっと意地悪だったかも。おれの一言で「仕方ないわね」と恩を売れなくなってしまった彼女は、眉間にしわを寄せていた。


「でも、侯爵令嬢に着ていただいたら、きっと宣伝効果抜群ですね」

「し、しかたないわね! そこまでおっしゃるなら着てあげてもかまわなくてよ!」


モントローゼがドヤ顔全開で鼻の穴を広げてそう言い放つ姿は本当にかわいくて、おれはこっそり笑いを堪えた。


きっと、今日は楽しい1日になる予感がする。いや、予感じゃ駄目だ。全力で、王子と学友達、そしてモントローゼにとって楽しい1日にしよう。おれは幸先の良い手応えに、そっと気合を入れた。

お読みいただきありがとうございます。次で7歳編は終わります。

たくさんの素敵な悪役令嬢物を読んでいるうちに思いついて軽い気持ちで書いてみましたが、結構長い話になりました。13歳編はもう少しラブコメ要素を強くしたいです。

次の更新は週末の予定です。

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