一曲目『ヤークト商業国』
「兄ちゃん中々強いなぁ! おっちゃん、ビックリしたぜ!」
俺が助けた商人のおっさんはリドラの手綱を引っ張りながら、俺に声をかける。
ヌークを倒し終えると戻ってきたおっさんはお礼に、ありがたいことにヤークト商業国まで竜車で送ってくれると言ってくれた。
という訳で、今俺たちは竜車に揺られている。
俺はおっさんに謙遜でもなんでもなく、正直に答えた。
「あれぐらいなら、誰でも倒せるって」
「ガッハハハ! 何を言ってるんだ、ヌークの岩の鎧はそう簡単に斬れるもんじゃないんだぞ! 面白い兄ちゃんだな!」
おっさんは豪快な笑い声を上げて言う。そう言われてもクリムフォーレルの堅い外殻に比べれば、あの程度なら斬れると思うんだけど。
って、それと比べたらさすがに可哀想か。
すると、乗り物酔いで顔面蒼白になっているウォレスがおっさんに力なく問いかける。
「ヘイ、おっさん……ヤークトまであとどれぐらいなんだ? オレ、吐きそう」
「おいおい、やめてくれよ!? 荷台には大事な商品も入ってるんだぞ! お、前を見てみな!」
おっさんに言われて、俺たちは竜車から顔を出してみる。
「お、おぉぉぉ! あそこか!?」
砂ばかりだった大地を進み続けてようやく見えてきた街に、ウォレスが歓喜の声を上げた。
そして、おっさんはニヤリと笑みを浮かべる。
「__ようこそ、ヤークト商業国に!」
ヤークト商業国。
オアシスを囲むように作られた、その名の通り物流が盛んな商業の国だ。
大きなオアシスのど真ん中には白い大理石で建てられた王宮があり、そこを中心に街が広がっている。
さらにその周りには、モンスターなどの襲撃から守るための砂色の壁が取り囲んでいた。
おっさんは手綱を操り、リドラを街に入るための門へと進ませる。そして、門の前にいた兵士に一枚の羊皮紙を手渡すと、すぐに街の中へと通された。
「よし、おっちゃんは仕事があるからここまでだ! ここで降ろすけど大丈夫か?」
「大丈夫! おっさん、ありがとな!」
「ガッハハ! いいってことよ! 兄ちゃんは命の恩人なんだからよ!」
おっさんに言われて、俺たちは竜車から降りる。
「んじゃ、兄ちゃんたち! また会おうぜ!」
そう言うとおっさんは、手を振って去っていった。
俺たちも手を振り返して見送ってから、キョロキョロと辺りを見渡す。
日干しレンガや大理石で造られた砂色と白色の街並み、そこに露店の色鮮やかな布の屋根が広がる大通り。道行く人も多く、活気に溢れていた。
まるで映画のセットのような光景に、俺たちは目を奪われる。
「あたし、こういう国に来てみたかったんだよね!」
「チュニジアとか、モロッコのアイト・ベン・ハッドゥみたいだね」
やよいは目を輝かせ、真紅郎が辺りを見渡しながら呟く。どこだよ、それ?
「……お腹空いた」
「きゅう……」
最初は感動しているような様子のサクヤだったけど、すぐに腹を鳴らし始めた。頭の上にいるキュウちゃんも同調するように、ぐったりとしながら鳴き声を上げる。
もうすぐ昼時だし、どこかで飯でも食うか。そう思っていると、いつの間にかウォレスの姿がない。
どこに行ったんだ、と思っていると……。
「__うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
ウォレスが叫びながら、広場にある噴水に走っていた。
そして、そのまま噴水に飛び込んだ。
「っぷはぁぁぁ! あぁ、生き返るぜ……」
「ば、バカウォレス! 何やってるんだよ!?」
噴水に頬を緩ませながらプカプカと浮かぶウォレスに、俺は慌てて叫ぶ。こいつ、いきなり何やってるんだ!?
すると、ウォレスは気持ちよさそうにしながら、俺に向かって手を振っていた。
「おぉ、タケル。気持ちいいぜ? お前も入れよ」
「いいから早く出ろバカ! みんな見てるだろ!?」
ウォレスの奇行に周りの人たちはヒソヒソと話しながら視線を向けている。恥ずかしいから早く出ろよ!
「別に気にすんなよ! おらぁ!」
「危なッ!?」
「__きゃッ!?」
だけどウォレスは気にすることなく、いきなり水をかけてきた。
咄嗟に避けると、水は俺の後ろにいたやよいに直撃する。
「……あ」
ピタッと動きを止めるウォレス。ずぶ濡れになったやよいは、俯いたまま肩をプルプルと震わせていた。
「ウォォォレェェェスゥゥゥ……」
「ひッ!?」
ゆっくりとやよいが顔を上げる。濡れた前髪で顔が隠れ、そこから片目が覗いていた。
ギロリ、と音がしそうなほど目を光らせて睨み、地獄から這い出てくるような低く威圧感のある声でウォレスの名前を呼ぶ。
それを見たウォレスが、悲鳴を上げた。
「よ、避けたタケルが悪い! オレは悪くねぇ!」
「はぁ!? おい、ふざけんな!」
そして、事もあろうにウォレスは俺を道連れにしてきた。
やよいはウォレスだけじゃなく、俺まで睨み始める。
「ちょ、ちょっと待て! 俺は関係ないだろ!?」
「ハッハッハ! 死ぬ時は一緒だぜ__相棒」
「うるせぇよ!? 死ぬなら一人で死ね!」
なんか格好いいこと言ってるつもりなんだろうけど、やってることはただの道ずれだぞ!?
やよいが一歩、また一歩と俺たちに近寄ってくる。
これはもうダメだ。一発殴られるのを覚悟していると__。
「__おい! そこで何やってるんだい!」
女性の鋭い怒鳴り声が響いた。
驚いて声がした方に顔を向けると、そこには一人の女性がやれやれと呆れたようにため息を吐いている。
「まったく、変な奴がいるって言うから来てみれば……本当に変な奴らじゃないか」
ウェーブのかかった長い真紅の髪の女性が、同色の瞳をした鋭い眼差しで俺たちを睨んでいた。
女性は露出の多い薄着とショートパンツ、膝まであるロングブーツを履いたスラッとした長い足、頭にはテンガロンハットと、カウガールのような格好をしている。
身長も高く、大体百七十センチぐらいはあるな。それにしても、目のやり場に困るほど出るとこ出てる……いわゆる、ボンッキュッボンの素晴らしいスタイルをしてらっしゃる。
「……タケル?」
やよいの低い声が聞こえ、慌てて女性からサッと目を逸らす。さっき以上の威圧感を感じて、冷や汗が止まらなくなった。
女性は胸を強調するように腕組みすると、俺たちを値踏みするようにジロジロと見てくる。
「見ない顔だねぇ、旅人かい? まぁ、どうでもいいが……おい、そこのあんた! 早くそこから出な! この国じゃあ、水は貴重な物なんだ。大事にしない奴は、私が許さないよ!」
「お、おぉ。そいつは悪いことしたぜ」
女性に言われて、ウォレスが噴水から出てくる。だからやめろって言ったのに。
それにしても、この人誰なんだ?
「あの、うちの仲間がすいませんでした。失礼ですが、あなたは?」
そこで真紅郎が話しに入ってくる。
女性は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑い、テンガロンハットを指で押し上げた。
「私かい? 私は<ユニオンヤークト支部>の<ユニオンマスター>、アレヴィさ!」
ユニオンは俺たちも所属している、正義の独立機関だ。あらゆる国に置かれているユニオンの支部を任されているトップが、ユニオンマスターと呼ばれている。
そして、そのユニオンマスターが目の前にいる女性__アレヴィさんだった。
俺たちがここに来た理由は、まさにヤークト支部のユニオンマスターに助けて貰うためだ。まさかここで会えると思っていなかった。
慌てて俺はアレヴィさんに声をかける。
「あ、あの! 俺たちはユニオンメンバーで、<マーゼナル王国>から逃げてきたんです!」
「あん? マーゼナル王国からだって?」
マーゼナル王国。
俺たちはそのマーゼナルの王__ガーディ・マーゼナルに勇者としてこの異世界に召喚されたけど、色々あってガーディに殺されそうになり、ここまで逃げてきた。
すると、アレヴィさんは訝しげに俺たちを見つめ、顎に手を当てて何か考え事を始める。
「……どうにも、きな臭いねぇ。まぁいい。そういうことなら、ここじゃなくてユニオンで話そうじゃないか」
そして、アレヴィさんは俺たちに背中を向け、後ろ手を振る。
「ユニオンはこっちだよ。ほら、早く来な! 置いて行くよ!」
俺たちはアレヴィさんに連れられ、ユニオンヤークト支部に向かうのだった。




