七曲目『オーク』
「あぁぁぁ! もう、無理! 疲れた!」
とうとう根を上げたやよいは、叫びながらツルハシを放り投げて地面に座り込む。
かれこれもう一時間近くは経ったと思う。その間、俺たちは岩に向かってツルハシを打ち込み、魔鉱石を探し続けていた。
だけど、いくら探しても魔鉱石は見つからない。本当にあるのかと疑問に思うぐらいに。
「なぁ、アシッド。魔鉱石ってどんな石なんだ?」
「ふわぁ……えっとねぇ、凄い硬くて白い石だよぉ。真っ白いほど純度が高いから、頑張って探してねぇ」
早々に掘るのをサボって地面に寝転んでいるアシッドに聞くと、欠伸をしながら返事された。
真っ白で硬い石、ねぇ……?
「……見た感じ、そんなのないよなぁ」
見える範囲にあるのはゴツゴツとした岩だけ。白い石が混ざってる様子はなかった。
深くため息を吐いてから、気合を入れ直してツルハシを握りしめる。
「これは苦労しそうだな、っと!」
とりあえず掘らないことには見つからない。そう思ってツルハシを振りかぶり、思い切り岩に打ち込んだ。
その瞬間__物凄い硬い物がツルハシの先にぶつかった。
「__いってぇぇぇッ!?」
甲高い金属音と共に手から足の先まで痛みと痺れが走り抜け、思わずツルハシから手を離して叫んだ。
「ど、どうしたの、タケル? 大丈夫?」
俺の悲鳴を聞いて心配そうに近づいてくるやよいに、ビリビリと痺れる手を振りながら答える。
「な、何か硬い物にぶつかったっぽい。あぁ、超いてぇ……」
恐る恐るツルハシを打ち込んだ場所を見てみると、そこに他の岩とは違う白い石が顔を出していた。
「あれ? もしかして、これ……」
まさか、と思いその白い石の周りを掘ってみると、その全貌が明らかになる。
純白と言っていいほど真っ白で、ツルハシを思い切り叩きつけたはずなのに傷一つ残っていない。
そう__もの凄く堅くて真っ白な石が、そこにあった。
「これ、魔鉱石だ!? ま、マジであった!?」
手に取ってみんなに魔鉱石を見せつける。
まさかこんなに早く見つかるとは思っていなかったのか、アシッドは口をあんぐり開けて驚いていた。
「おぉ! やるじゃねぇかタケル! オレも負けてらんねぇぜ!」
「本当にあるんだね……よし、ボクも頑張ろ!」
「タケル……あたしのもよろしくね」
ウォレスと真紅郎は探す気力を取り戻したのか、ツルハシを握りしめて掘り始める。
だけど、やよい……サボらないでお前も探しなさい。手伝うから。
「いやぁ、まさか本当に見つかるなんてねぇ……俺の時はかなり苦労したのに。しかも、かなり純度が高そうだねぇ」
「俺もこんな早く見つかるなんて思ってなかったよ。俺って運がいいんだな」
感心したように声をかけてくるアシッドに、俺は魔鉱石を眺めながらにやける。
とりあえず俺の分は見つかったから、他の三人分の魔鉱石も見つけないとな。やる気を完全になくしているやよいの肩を叩きつつ、再度魔鉱石探しを始める。
いや__始めようとした。
「__ん? 何だ?」
ふと、どこかから何かの足音のようなものが聞こえた。
人間にしては大きくて重い足音、それが……いくつも。
「__ッ!」
何の音だろうと考えているとアシッドは魔装を展開し、両刃の西洋剣を握りしめた。
「キミたち、ちょっと掘るのやめてねぇ」
アシッドの言葉に全員が手を止め、首を傾げる。
「どうしたんだ、アシッド?」
「いいから。みんな固まって、俺の近くに来てくれるかなぁ?」
眠そうな表情を険しくさせながら、アシッドが俺たちを集め出す。
言われた通りに俺たちが集まると、聞こえていた足音の正体が現れた。
「何だ、あれ……?」
現れたのは体を覆う焦げ茶色の体毛をした、二メートル近くある巨体。
豚のような鼻を鳴らし、イノシシのような牙を生やした二足歩行のモンスター。
「あれは<オーク>だねぇ」
豚の顔を持つ人型モンスター、オーク。
しかも一体じゃなく、十体。それぞれ歪な形をした棍棒を持ち、血走った目を俺たちに向けながら口元から涎を垂れ流していた。
「ひっ……!」
オークを見たやよいが顔を青くさせて小さな悲鳴を上げる。
俺は怯えているやよいを守るように前に出てから、アシッドに指示を仰いだ。
「お、俺たちはどうすればいい?」
「んー、とりあえずあまり動かないでくれるといいなぁ」
オークたちを見つめながら気怠げに指示を出すアシッドに、ウォレスが慌てた様子で声をかける。
「ヘイ、アシッド! 逃げた方がいいんじゃねぇのか!?」
「この数だと、逃げるのは面倒だからねぇ」
アシッドは後頭部をポリポリと掻きながら、面倒臭そうに欠伸を一つ。
そして、のそりと足を動かしてオークの群へと近寄っていく。
「それに、逃げるより__倒した方が早い」
その瞬間、アシッドの姿が消える。
同時に、一体のオークの首が飛んだ。
「__は?」
思わず間の抜けた声を上げてしまった。
消えたと思ったアシッドが、いつの間にかオークの群の後ろに立っている。
アシッドは体から、バチバチと紫電を迸らせていた。
「今こいつら片づけるから、少し待っててねぇ」
今の状況に似つかわしくない怠そうな口調で言いながら、またアシッドの姿がかき消える。
そして、また一体のオークの首が飛んだ。
残り八体。アシッドは瞬く間にオークを二体片づけていた。
「え? 何? 何が起こってるの?」
あまりの速さに目が追いついていないやよいが、戸惑いながら聞いてくる。
俺もアシッドの動きはほとんど見えていなかった。それほどまでにアシッドが速すぎる。人間が出せるようなスピードじゃない。
アシッドはオークの群の前で立ち止まると、右手を突き出す。
「……<我放つは戦神の一撃>」
流れるように何かを呟くと、アシッドの右手に電気が集まっていく。
アシッドは突き出した右手の先にいるオークたちを見据えながら、言い放った。
「__<ライトニング・ショック!>」
手のひらから電気ーーいや、多分だけど<雷属性>の魔法が放たれ、雷に飲み込まれたオークたちは悲痛の叫びを上げていた。
「あれが、魔法……」
「ハッハッハ……CGじゃねぇんだよな?」
真紅郎とウォレスは、初めて見る魔法に呆然としている。
初めて見る魔法、モンスター、そして戦闘。
日本では__俺たちの世界じゃ絶対に見ることがない光景に、誰もが圧倒されていた。
その間にもアシッドは黒こげになったオークに向かっていき、その首を跳ねていく。ロイドさんが言っていた、支部でも二番目に位置する実力者というのは本当だったようだ。
とにかく、アシッドがいれば俺たちが危険な目に遭うことはない。そう安心していると、ふと視界が薄暗くなった。
太陽が雲に隠れたのか、と思ったけど__違う。
明らかに後ろに何かいる。そう感じて恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこにはオークがいた。
「え?」
いつの間にか後ろにいたオークは手に持った棍棒を振り上げ、俺たちを襲おうとしている。
真紅郎とウォレスは俺の声を聞いて同じように振り返り、オークに気付いた。
ただ一人、やよいは気付いていない。
真紅郎とウォレスは咄嗟に動き出してオークの攻撃の範囲外に避けたけど、オークの存在に遅れて気付いたやよいは動けていない。
いや、恐怖で足が竦んでいた。
「__やよい!」
俺はやよいに飛びつき、抱きしめながらオークが振るった棍棒を避ける。
動き出しが速かったおかげで、オークの攻撃をギリギリ避けることが出来た。
目標を失った棍棒が地面を殴りつけると、爆発するような音が響き渡る。当たれば即死なのは明白だ。
衝撃と恐怖を一気に感じつつ、やよいを抱きしめたまま地面を転がる。
「た、タケル……?」
「あ、あっぶねぇ……やよい、無事か?」
「う、うん。大丈夫」
やよいが無事なことに安堵しつつ俺たちを襲ってきたオークを見ると、オークは悔しそうに地団駄を踏んでからまた俺たちに向かってくる。
その目標は、俺とやよいだ。
「まずい! くっ、何だ……オークがなんでこんな連携した動きを……ッ!」
俺たちの危機を知ったアシッドが助けに来ようとしているけど、阻むように立ち塞がるオークたちに邪魔されていた。
アシッドの助けは期待できない。俺が__やよいを守らないと。
「た、タケル?」
やよいの呼びかけを無視して立ち上がり、オークから守るように前に出る。
恐怖と緊張から口の中がカラカラになり、ゴクリと喉が鳴る。
今、やよいを守れるのは__俺しかいない。
足下に転がっていたツルハシを拾い上げ、オークに向けた。その姿はへっぴり腰で情けない姿だと思う。でも、それでも俺は、やよいを守らなきゃいけないんだ。
「__来いよ、豚野郎」
精一杯の笑みを浮かべながら言うと、言葉が通じなくてもバカにされたのが分かったのか、オークは雄叫びを上げながら棍棒を振り上げ___ッ!?
「__がっ!?」
棍棒じゃなくて、オークは何も持っていなかった左手で俺を振り払ってきた。
腹部に重い衝撃を受けながら地面を転がる。今まで受けたことがない衝撃に息が詰まった。
「あ、ぐっ……や、よい……ッ!」
地面に倒れながらやよいの方に顔を向ける。
オークは尻餅を着いているやよいにゆっくりと近づき、棍棒を振り被っていた。
「まずい!?」
アシッドが必死に助けに行こうとするも、オークたちが邪魔をしている。
「やよい! 早く逃げて!?」
真紅郎が必死に、やよいに叫ぶ。
「この野郎! ぐぁ!?」
やよいを守ろうとオークに殴りかかったウォレスが、まるで虫を払うように振り払われたオークの腕に吹き飛ばされる。
オークは血走った目をやよいに向け、棍棒を振り下ろそうとしていた。
「ぐっ……うぉぉぉぉぉおぉぉぉッ!」
渾身の力を込めて立ち上がり、震える足を思い切り踏みしめ、全速力でオークに向かう。
何の策もない。どうしたらいいのかも分からない。
__それでも。今動かなかったら俺は……一生後悔するッ!
少しでも威力が上がるように手に持っていた魔鉱石を力の限り握りしめ、オークに殴りかかる。
その時、どこかで聴いた気がする__琵琶の音色が聴こえてきた。
「__うわっ!?」
琵琶の音色が聴こえたと思った瞬間、手に持っていた魔鉱石が光り輝き始めた。
目が眩むほどの眩い輝きに、オークも攻撃をやめて俺の方を見ている。
そして、光が収まると俺の手には魔鉱石じゃなくて__剣が握られていた。