二十五曲目『反撃の前奏曲』
「ケンタウロス族がどうして……?」
一緒に戦うことを拒否していたケンタウロス族がいること、そして仲が悪いはずのエルフ族と一緒にいることに驚く。
目を丸くして唖然としていると、ケンさんが一歩前に出てきた。
「タケル殿、すまなかった」
突然頭を下げ、ケンさんが謝る。
そして、ケンさんは頭を上げると真っ直ぐに俺を見つめていた。
「タケル殿の言葉で、我らは目が覚めた。我らケンタウロス族は誇り高き戦士。何かを守るために戦う者。それなのに、古くからの因縁に固執して、我らはその本質を見失っていた……」
打ちのめされたように顔をしかめるケンさんは、すぐに蹄で地面を強く踏みしめる。
「だが、我らは決意した。例えエルフ族だとしても関係ない。誰かが助けを求めているのなら、我らは守るために戦うと。誇り高き戦士として、戦い抜くと」
ケンさんは「それに」と一度話を切り、ニヤリと口角を上げて笑った。
「__助けるのに理由はいらない。そうだろう?」
俺が前に言ったことと同じことを言ったケンさんに、思わず吹き出してしまった。
俺の言葉は、想いは、ケンタウロス族に届いたんだ。嬉しくなり、俺もニヤリと笑い返す。
「一緒に戦ってくれるか?」
「無論、そのつもりだ」
迷うことなく力強く頷いて即答したケンさんはケンタウロス族とエルフ族に顔を向け、大きく息を吸った。
「__我ら誇り高き戦士、ケンタウロス族! 我らが肉体は戦うためにあり!」
ケンタウロス族は一斉に蹄で地面を踏む。腹に響く重い音に、心臓が高鳴っていくのを感じた。
「__我らが武器は敵を屠るためにあり!」
次にケンタウロス族はそれぞれ手に持っていた武器を掲げる。そこにエルフ族も混ざり、杖を掲げている。
気付いたらウォレスも一緒に魔装を掲げていた。
「__我らが心は、守るためにあり!」
ケンタウロス族は左胸を右拳でドンッと強く叩く。
エルフ族も、そしてウォレスも一緒に叩いた。
「__叫べ! 歴戦の戦士たちよ! 諸君の雄叫びは、百万の敵をも怯ませるであろう!」
ケンさんの呼びかけに、ケンタウロス族、エルフ族、ウォレス……いや、ここにいる全員が示し合わせたように「オォォォォォォッ!」と雄叫びを上げた。
全員の心が一体になる。想いが、気持ちが、熱気が、混ざり合って一つになっている。
最後に、ケンさんは鞘から剣を引き抜き、クリムフォーレルに向けて叫んだ。
「__全軍、突撃ぃぃぃぃぃッ!!」
ケンさんの号令で、俺たちは動き出した。
ケンタウロス族の背中には、頭や腕に包帯を巻いている怪我をしたエルフ族が乗っている。
心許した者にしか背中に乗せないはずのケンタウロス族が、仲違いしていたはずのエルフ族を背中に乗せて戦場を駆け抜けていた。
その光景をみた俺は、嬉しさがこみ上げてきて笑いが堪えきれない。
「グルゥオォォォォ!」
向かってくるケンタウロス族にクリムフォーレルは咆哮し、上空に飛び上がった。
「弓矢部隊、前へ!」
空を飛び回るクリムフォーレルに対し、タウさんが弓矢部隊に指示を出す。弓を構えた十人のケンタウロス族は横並びになり、矢をつがえてクリムフォーレルを狙う。
「__放て!」
タウさんの号令に矢が放たれる。
ケンタウロス族の強靱な肉体に耐えるほどの丈夫な弦から放たれた矢は、真っ直ぐにクリムフォーレルに向かっていった。
その威力は、堅い外殻すら貫く。一度食らったことがあるクリムフォーレルは、すぐに避けようと体を捻ろうとしていた。
「エルフ族! 魔法だ!」
そこで後方部隊を指揮するロスさんがエルフ族に指示を出していた。
エルフ族は手に持った杖を前に突き出し、魔力を練り始める。その中にはリフの姿もあった。
「リフ! しっかり合わせろよ!」
「__はいッ!」
一人のエルフ族がリフに声をかける。
リフは必死な形相で魔力を練り、エルフ族は同時に魔法を詠唱した。
「<我が力の根元たる鬼神に願う>」
「<我の守りの礎たる闘神に祈る>」
半分のエルフ族が詠唱し、次にもう半分のエルフ族が詠唱を続ける。これは普通の魔法じゃない。
火属性と土属性、二つの属性を混ぜ合わせる<混合魔法>だ。
ただでさえ難しい混合魔法を、エルフ族たちは全員の魔力を合わせる合体魔法で放とうとしていた。
「<手を取り、かの者を滅する蒼き力を>」
「<我放つは闘鬼神の粛正>」
詠唱が終わり、エルフ族が声を揃えて魔法名を叫ぶ。
「__<ブルー・フレイム!>」
魔法陣が展開され、そこから土属性で発生させたガスと混ざり合い、摂氏約一〇〇〇度を超えて蒼くなった炎が矢を避けたクリムフォーレルに放たれた。
「__グオォォォォンッ!?」
ブルー・フレイムがクリムフォーレルに直撃する。
炎に強いはずの外殻が焼け焦げ、蒼い炎に巻かれたクリムフォーレルが苦痛の叫びを上げた。
ケンタウロス族の矢で注意を引き、エルフ族の魔法で攻撃する。仲が悪い割には、息が合った連係攻撃だ。
「__ははっ、すげぇや」
二つの種族が協力したら、これほど強いとは。驚きを通り越して笑ってしまう。
これは、俺たちも負けてられねぇな。
「__やよい、ウォレス、真紅郎。俺たちも、やるぞ」
剣を地面に突き刺し、マイクを口元に持ってくる。
それだけで何をしようとしているのか察したやよいたちは、笑みを浮かべて魔装を構えた。
「ケンさん! 時間を稼いでくれ!」
「__心得た! 弓矢部隊は継続して矢を放て! 遊撃部隊はエルフ族と連携して戦場を駆け抜けろ! 後方部隊、魔法で援護!」
ケンさんは俺たちが何をしようとしているのか察し、すぐに全員に指示を出す。
遊撃部隊はエルフ族を背中に乗せ、戦場を走り回ってクリムフォーレルの気を引いている。
弓矢部隊は次の矢をつがえ、放った。
後方部隊のエルフ族は、また魔力を練って魔法の準備をしている。
ここにいる全員が、俺たちのために時間を稼いでくれていた。
「こんなにお膳立てしてくれてるんだ……燃えないはずがないだろ」
心が震えている。テンションが振り切っている。
乾いた唇をペロッと舐め、マイクを握りしめた。
「__ハロー! ケンタウロス族、エルフ族! 二つの種族が協力して戦うその姿、最高に心が熱くなったぜ! そんな勇敢で、誇り高いお前たちのために、俺たちRealizeがライブ魔法で援護させて貰うぜ!」
マイクを通した俺の声が、森中に響き渡る。
でも、それじゃあ足りない。もっとだ。森を越えて、世界に__この異世界全域に届かせる勢いで、やってやるよ。
「トカゲ野郎! ここから始まるのは反撃の前奏曲だ! 乗り遅れるんじゃねぇぞ!」
最後にクリムフォーレルに向かって人差し指を向け、鼻で笑ってやる。
暴れることしか脳がないトカゲ野郎には、俺たちの音楽は理解出来ないだろうな。
少しでも乗り遅れてみろ。その時が、お前の最後だ。
「行くぜ__<リグレット!>」
曲名を叫び、ウォレスがバスドラムを模した魔法陣を響かせる。
ドンッ、ドンッ、と陣太鼓のような力強い音に、やよいのディストーションをかけたギターが静かに混ざった。
そして、真紅郎の重低音のベースラインが入り、イントロが始まる。
俺たちは魔力を合わせ、ライブ魔法を発動させた。
さぁ、俺たちのライブを聴け。音楽を感じろ。
__反撃の狼煙を上げろ。
俺は、ゆっくりと息を吸って……歌った。




