十曲目『ケンタウロス族』
「タケル! そっち行った!」
「あいよ! てあッ!」
やよいの声に剣を構えると、額に一本の螺旋状の角を持つウサギ型モンスター<アルミラージ>が飛び出してきた。
飛び跳ねて空中にいるアルミラージに向かって薙ぎ払った剣は胴体を斬り裂くが、黄色の体毛が思ったよりも堅くて浅くしか斬れていない。
顔をしかめながら着地したアルミラージは、額の角を突き出しながら突進してくる。
「__えいッ!」
俺に向かっていた角は、やよいが振り下ろした斧によってポッキリと折れ、その隙に突き出した剣で貫く。
暴れていたアルミラージが動きを止め、絶命したのを確認してから剣を抜き、付着していた血を払っているとやよいが呆れたようにため息を吐いた。
「タケル、油断し過ぎ」
「わりぃ」
アルミラージの体毛の堅さを見誤った俺のミスだ。
素直に謝ってからアルミラージの後ろ足を縄で縛って木に逆さに吊してからナイフを取り出し、首を斬り裂いて血抜きを始める。
しっかりと血抜きをし終わってから、エルフ族に借りた布袋に詰め込んだ。
「今ので三匹目だな」
「でもアルミラージが三匹じゃ全然足りないよね? もう少し大きなモンスターがいればいいんだけど」
「この辺だといなさそうだし、もっと奥の方に行ってみるか」
俺たちが知っているウサギよりも一回り以上も大きいとは言え、エルフ族全員に行き渡るほどじゃない。大きい獲物を求めてやよいと森の奥の方に歩き出す。
これでモンスターみたいな危険な生き物がいなければ平和な光景なんだけどな。どこからか聞こえる鳥の鳴き声を聞きながらそう思う。
鬱蒼とした森の中を進んでいくと、かすかに川のせせらぎが聞こえてきた。
「……タケル、あれ見て」
何かを見つけたのか、やよいは姿勢を低くして川の向こうを指さした。その方向にはヘラジカのような大きな角を持つシカ型のモンスター、<アクリス>が川で水を飲んでいた。
「アクリスか。今なら狙えそうだな」
「一気に攻める?」
「それで行くか。俺は右から行くから、やよいは左から頼む。アレグロを使って速攻で狩るぞ」
ざっくりと作戦を決めてやよいと分かれる。アクリスは俺たちに気付いてないようだ。
やよいに目配せすると、コクリと頷いた。よし、行くぞ。
「<アレグロ>」
魔法で素早さを上げ、茂みから一気に躍り出る。
その音で驚いたアクリスが首を上げ、俺たちを見るなり逃げようとした。だけど、気付くのが遅かったな。
川を渡り、俺とやよいで挟み撃ちにする。そして、剣を振り上げて攻撃しようとしたその時__どこからか飛んできた矢がアクリスの頭を射抜いた。
「__なッ!? 誰だ!」
突然のことにすぐに足を止めて矢が飛んできた方向に目を向ける。
すると、森の奥から蹄が地面を叩く音と共に矢を放った犯人が姿を現した。
「__貴様らこそ、何者だ。ここで何をしている?」
低く威圧感のある声をした男性は俺たちを鋭い眼差しで睨み、手に持った弓を構えていた。
金色の髪を短く切りそろえた、筋骨隆々の上半身に革製の鎧を身に纏ったその男性は……人間じゃなかった。
上半身は人間そのもの。だけど下半身は馬になっている。半人半馬のその姿は、俺たちの世界でもファンタジーの存在としてよく知られていた。
その種族の名は__。
「ここは我ら<ケンタウロス族>の領域。もう一度問う……貴様らはここで何をしているのだ?」
ケンタウロス族。エルフに次いで誰もが知っている種族だった。
まさかこんなところで本物のケンタウロスに会えるとは思ってもみなかったから唖然としていると、ケンタウロス族の男性は静かに矢をつがえて弦に力を込めていた。
と、マズい。何も答えない俺たちを警戒してるみたいだ。
「す、すいません! 俺はエルフ族の集落でお世話になっているタケルと言います! こっちはやよいです!」
「……エルフ族、だと?」
「はい! ここがケンタウロス族の領域とは知らなかったんです!」
俺の答えで納得したのか、弓を下げてくれた。
「見たところ人間のようだな。この川からこちら側は我らの領域。知らなかったようだから、今回は許そう。次からは入らないことだ」
「分かりました!」
「__二度目はないぞ」
そう言って蹄を鳴らしながら背中を向けるケンタウロス族に、やよいは絶命しているアクリスを指さしながら呼び止めた。
「ねぇ! これ、どうすればいいの?」
「……先に狙っていたのは貴様らだろう。我らの領域内とは言え、横取りするのは我らの矜持が許さぬ。勝手にするがいい」
吐き捨てるようにそう言うと、森の中に消えてしまった。
取り残された俺たちはチラッと横たわっているアクリスに目を向ける。
「……意外といい人だね」
「人、じゃないけどな」
初めて出会ったケンタウロス族をそう評価し、俺たちはアクリスの血抜きを始めた。
「よし。血抜きも終わったし、一度戻るか」
「うん、ちょっと疲れたし帰ろう!」
思いの外、大きな獲物が手に入ったから一度戻ることにした。
集落に帰るとエルフ族たちがアクリスを見て歓喜し、すぐに捌き始めたのを見ているとリフが声をかけてくる。
「さすがはタケルさんとやよいさんですね! まさかアクリスを狩ってきてくれるなんて!」
「いやぁ、正確に言うと俺たちが狩った訳じゃないんだよ」
「え? じゃあ、誰が?」
「ケンタウロス族だよ。間違って領域に入っちゃったみたいで、その時に……」
やよいが答えるとリフは石のように固まってしまった。数秒の間を空け、我に返ったリフが突然叫び出す。
「えぇぇえぇぇぇ!? け、ケンタウロス族の領域に入っちゃったんですか!?」
「あぁ……やっぱり、マズかったよな」
「マズいも何も! よく無事でしたね!?」
「無事? ケンタウロス族、優しい人だったよ? あ、人じゃないんだった」
リフはケンタウロス族が優しいと言ったことに目を丸くしていた。
「あいつらが、優しい? そんな訳ないじゃないですか……」
「そうかな?」
「そうですよ! だってあいつらは野蛮で、脳味噌まで筋肉のバカですよ!?」
「そ、そんなに言わなくても」
どうやらエルフ族とケンタウロス族はあまり仲がいい訳じゃないらしい。
リフが落ち着いたところで話を聞いてみると、エルフ族とケンタウロス族はこのセルト大森林をさっきの川で区切り、半分ずつにして暮らしているようだ。
「とにかく、今度からはあいつらの領域には近づかないようにして下さいね?」
「あ、あぁ。分かったよ」
了承するとリフは安心したのか一息つき、ふと思い出したように俺たちの後ろを指さした。
「で、その生き物はタケルさんたちのペットか何かですか?」
「は?」
俺たちにペットなんていないんだけど、と後ろを振り返る。
そこにいたのは、白い毛玉がいた。




