二十三曲目『別れの時』
__<属性神大戦>と銘打たれた、世界を巻き込んだ戦争が終わってから、一週間後。
多くの人たちが傷つき、犠牲者を出しながらも……長かった戦いに終止符が打たれる。
戦いを見守っていた人たちは歓喜し、助かったことに安堵していた。
最初の数日は世界中が喜び、祭りのようになっていたけど、一週間もすればいつも通りに日常に戻っている。
戦争を終わらせた立役者の俺たちは城から運び出され、ヴァベナロスト王国で治療を受けた。
長い戦いによる疲労と傷を癒すのに三日ほどかかり、その間俺を含めた全員が目を覚まさなかったらしい。
最後に目を覚ました俺は、先に目覚めていたやよいたちに抱きしめられ、色んな人に感謝され、宴が模様されと、目まぐるしい日々を送っていた。
そして、一週間後の今日。ようやく落ち着いてきた頃に、キュウちゃん__光属性が俺たちを集めた。
「お疲れ様でした。本当に、本当にありがとうございます。皆さんのおかげで、この世界は救われました」
深々と頭を下げたキュウちゃんに、俺たちは照れくさそうにする。
「頭を上げてくれよ、キュウちゃん……キュウちゃんって呼んでいいのか?」
「えぇ、もちろん。私はキュウちゃんです。そう呼んでくれた方が、嬉しいですよ」
許可を貰ったので、キュウちゃんと呼ぶことにしよう。
すると、やよいはキュウちゃんを抱きしめ、頭を撫で始めていた。
「あー! 小狐のキュウちゃんも可愛いけど、今のキュウちゃんも可愛いー! 妹にしたいー!」
「ちょ、ちょっと、やよい、そんなに頭を撫でないで下さい! あと、私の方が年上ですよ!?」
「いいじゃーん! 可愛いんだもーん! あー、可愛いなぁ」
「もー! やよいってばー!?」
遥か昔に生きていた人だから、年上なんてもんじゃないんだけど、やよいはお構いなしにキュウちゃんを抱きしめ続ける。
まぁ、見た目は年下に見えるし、キュウちゃんも本気で嫌がってる訳じゃないから気にしないでおこう。
助けを求めるキュウちゃんから目を逸らしつつ、やよいが満足するまで放置しておく。
そして、ようやく開放されたキュウちゃんは髪を直しながら、コホンと咳払いした。
「えっと、とにかく。本当にありがとうございました。異世界のことなのに、皆さんには本当にご迷惑をおかけしてしまって」
「ハッハッハ! 気にすんなだぜ!」
「そうだね。それに、異世界だとかは関係ないよ。ボクたちがそうしたくてしたことだからね」
ウォレスと真紅郎の言葉に、キュウちゃんは目に涙を浮かべながら小さく頷いた。
そこで、俺は闇属性からの言葉を思い出し、キュウちゃんに伝える。
「あぁ、そうだ。闇属性から、キュウちゃんに託された言葉があるんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「__ごめん。そして、ありがとう……姉さん。だってさ」
闇属性からの言葉を伝えるとキュウちゃんは目を見開き、一筋の涙を流した。
「そう、ですか。ありがとうございます、タケル。まったく、あの子は最後の最後に……」
キュウちゃんは涙を拭うと、嬉しそうに笑みを浮かべる。
もう会えない闇属性に想いを馳せるように目を閉じると、気を取り直すように深呼吸した。
「さて、ここからが本題です。闇属性がいなくなった今__皆さんはもう、この世界にとどまることが出来ません」
「え!?」
思いがけない言葉に、全員が驚く。
特に、サクヤは目を見開いて愕然としていた。
言葉をなくした俺たちを見ながら、キュウちゃんは申し訳なさそうな顔で話を続ける。
「皆さんを召喚したのは、闇属性です。その召喚主である闇属性は、もういなくなりました。なので、本来なら皆さんはすぐにでも元の世界に戻されるはずでした」
「ヘイ! でもまだオレたちはこの世界に残ってるぜ!?」
「えぇ、そうです。それは、闇属性の召喚に干渉した音属性の属性神、アスカさんと私の力で、どうにかこの世界にとどまらせていたんです。せめて、皆さんの傷を癒やしてから戻って貰うために」
元々、俺たちは闇属性によってこの異世界に召喚された時、アスカさんがその召喚に干渉してくれたから、音属性の力を得た。
だから、こうして一週間はこの世界にとどまり、傷を癒すことが出来たみたいだ。
だけど__。
「ですが、もう猶予はありません。元はこの世界の住人ではない皆さんは、言い方は悪いですが世界の異物。これ以上、この世界にとどまることを世界が許してくれないんです」
「……世界の修正力、みたいな感じかな?」
真紅郎の言葉に、キュウちゃんは悲しげに小さく頷いた。
よく分からないけど、要するに俺たちはもう元の世界に戻らないといけないってことか。
寂しいけど、俺たちの最終目標は元の世界に戻ること。そのためにこの世界を旅してきたんだ。
何事もなかったように元に戻るだけだ。ただ、それだけのことさ。
ここで、ずっと黙っていたサクヤが重い口を開く。
「……戻らないといけないのは、いつ?」
「……明日の正午です」
「あし、た……」
キュウちゃんの答えに、サクヤは俯いてしまった。
拳を握りしめ、肩をプルプルと震えている。
サクヤは、この世界の住人だ。元の世界に戻るのは、俺たち四人。
つまり、サクヤだけが取り残されることになる。
俺も、他のみんなもそれが分かっているのか、サクヤにかける言葉が見つからずに黙り込む。
静まり返る部屋の中で、キュウちゃんは口を開いた。
「他の皆さんには、もう伝えてあります。明日の正午前に、皆さんを見送るために集まるとのことです。それまで、休んでいて下さい」
それでは、とキュウちゃんが部屋を後にする。
残された俺たちはいきなりのことにどうしていいか分からず、ただただ口を閉じたままだ。
すると、サクヤは突然走り出し、部屋から飛び出していった。
「サクヤ!」
「待て、やよい」
やよいがサクヤを追いかけようとするのを、俺は呼び止める。
責めるように俺を見つめるけど、首を横に振って返した。
「今は、そっとしておこう。サクヤも、一人で考えたいだろうし」
「でも……」
「大丈夫だって。明日までには、戻ってくるさ」
やよいは俺の言葉にまだ納得してない様子だったけど、真紅郎に肩を軽く叩かれ、俯きながら頷く。
ウォレスは腕を組んだまま目を閉じ、静かにしていた。
俺たちはそのまま部屋で、異世界での最後の一晩を過ごす。
サクヤは、戻ってこなかった。
そして、次の日の朝。
俺たちの部屋にアスカさんがやってきた。
「やぁ、みんな」
「アスカさん!? どうして?」
アスカさんの体は、俺たちのライブ魔法によって作られた魔力で構成されている。
本来なら、こんな長い時間アスカさんの体が保つことはない。
だから、ここにアスカさんがいることに驚いていると、アスカさんはクスクスと小さく笑う。
「驚いたよね? 今、この体は光属性……キュウちゃんの力でどうにか保たせてるんだ」
「な、なるほど。それで、どうしたんですか? こんな朝早くに」
納得しつつ問いかけると、アスカさんは真剣な表情で話を始めた。
「昨日、キュウちゃんに聞いたと思うけど。あなたたちは今日の昼には、元の世界に戻る。この世界と元の世界は、時間が流れる速度が違うのは、知ってるよね?」
アスカさんの言葉に、俺たちは頷いて返す。
元の世界でアスカさんが消えて三年経っていたけど、この世界では三十年近く経っているのが証拠だ。
俺たちがこの世界を旅してから、数年経っている。だから、元の世界に戻れば数日しか経ってないだろうけど……それでも、その間は行方不明になっているはずだ。
今頃、元の世界ではライブ中に姿を消したと事件になっているだろうな。
そこで、アスカさんは話を続けた。
「だけど、私とキュウちゃんの力を使って、あなたたちを召喚された時の少し前に戻すことが出来そうなんだ」
「えぇ!? ど、どうやってですか!?」
俺たちの言葉を代弁するように、やよいが叫ぶ。
すると、アスカさんは顎に手を当てながら考えつつ、答えた。
「えっと、私も難しいことは分からないんだけど。世界が矛盾した出来事を戻そうとする力とか、修正力を利用するとか、因果がどうのとか……うん、よく分かんない!」
「え、えー?」
「とにかく! 私の力とキュウちゃんの力でどうにかこうにかして、あなたたちを召喚される直前の時間軸に戻せるってことだよ!」
めちゃくちゃ心配になるんですけど。
ウォレスですら「アンビリーバボー」と唖然としている。
と、とりあえず、アスカさんとキュウちゃんがどうにかしてくれるってことだけは分かった。
ものすごく心配だけど。
「だから、あなたたちの今の姿のまま戻ったら、色々と混乱を生む可能性があるんだ。元の世界に戻る前の服はある?」
「あぁ、ありますよ」
そう言って俺たちは魔装の収納機能を使い、ずっと仕舞っていた服を取り出した。
中世ヨーロッパ風のライブ衣装をそれぞれが持つと、アスカさんは満足げに頷く。
「よし! じゃあ、それに着替えてね! 防具服は……元の世界に持っていけないから、置いてって貰うけど」
俺たちが着ている防具服は、魔物の素材やら異世界の鉱石やらで作られた特別性だ。これを元の世界に持っていくのは、色々と問題だろう。
愛着があるけど、仕方ない。これは置いていくしかなさそうだ。
そこで、やよいが「あ!」と慌てた様子でアスカさんに話しかける。
「あの! 魔装はどうすればいいんですか!?」
ずっと使い続けてきた、俺たちの武器__魔装。
これもまた、この異世界で作られた大事な物だ。
これを置いていくのは、本当なら嫌だ。だけど、置いていかなきゃいけないんなら、諦めるしかない。
だけど、アスカさんは優しく微笑みながらやよいの頭を撫でる。
「大丈夫。流石に魔力がない元の世界で、魔装を展開することは出来ないけど……ただの指輪としてなら、そのまま持っていっても問題ないよ」
「よ、よかったぁ」
魔装を展開して武器にすることは出来なくても、待機状態の指輪のままなら持っていけるようだ。
胸を撫で下ろすやよいを微笑ましそうに見つめるアスカさんを横目に、俺は魔装を展開すた。
そして、マイクだけになった魔装を見つめつつ、考える。
「……ずっと、使ってきた大事なマイク」
元の世界に戻れば、このマイクを使うことは二度とない。
そう考えた俺は、あることを思いついた。
そこで、部屋のドアからノックされる。
「皆さん、準備はよろしいですか?」
「キュウちゃん。ちょっと待ってくれ、今着替えるから」
入ってきたのは、キュウちゃんだった。
もう、別れの時間が近づいている。
急いで俺はライブ衣装に着替えようと服を脱いで__。
「外で脱げー!」
やよいに追い出された。
それから、追い出された俺たち男陣は他の部屋でライブ衣装に着替え、やよいも衣装の状態で部屋から出てきた。
この数年で鍛えた体には、少しキツさを感じる。
それでも、懐かしさと共に本当に元の世界に戻るんだと、改めて実感した。
キュウちゃんとアスカさんに連れられたのは、ヴァベナロスト王国の広場。
そこには、多くの人たちが集まっていた。
「よ、英雄たち」
「ロイドさん!」
まだ包帯を巻いたままのロイドさんが、俺たちに向かって手を上げて声をかけてくる。
俺たちが近づくと、ロイドさんは感慨深そうに俺たちを見渡しながら笑みを浮かべた。
「ったく、あの時のひよっこたちがこんなに成長して、世界を救うまで強くなるなんてな。本当、驚きだっつの」
「……ロイドさん。本当に、ありがとうございました。あなたがいなかったら俺たちは、ここまで戦い抜けなかった」
俺たちが深々と頭を下げると、ロイドさんは鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
「やめろっての。俺は、大したことをしたつもりはねぇ。頑張ったのは、お前たちだ」
「だけど……」
「いいから、やめろって! まったくよ」
照れ臭くなったのか頬を赤らめたロイドさんは、俺の肩をポンッと叩いた。
「俺はもう引退だ。あとは、若い奴らに任せて隠居することにした。本当なら、もう死んでてもおかしくなかったんだがな」
そう言って、ロイドさんはニヤリと口角を歪ませる。
「だけど、お前たちのおかげでこうやって生きながらえた。ま、礼は言っておくぜ……ありがとな、我が愛すべき弟子たち。元の世界に戻っても、頑張れよ」
「……はい!」
師匠の最後の言葉に、俺たちは同時に返事をした。
すると、ロイドさんは真紅郎に声をかける。
「真紅郎、ライトから伝言だ」
「ライトさんから?」
「あぁ。と言っても、ライトじゃなくて……その親父からだ」
ライトさんはレンヴィランス神聖国のユニオンマスターだ。
戦後処理で動き回っててここにいない他のユニオンマスターたち同様、ライトさんもこの場にはいない。
そのライトさんからの伝言……いや、その父親のエイブラさんからの伝言を、ロイドさんは真紅郎に伝える。
「__元気でやれよ、もう一人の息子よ……だとさ」
「エイブラさん……」
真紅郎は父親と確執があった。それを、エイブラさんと重ねて色々あったことを思い出す。
そして、最後には解決し、エイブラさんは真紅郎をもう一人の息子として見ていた。
そんなエイブラさんからの伝言に、真紅郎の目に涙が浮かぶ。
「ロイドさん、エイブラさんに伝言をお願い出来ますか?」
「おう」
「__ありがとう、ボクのもう一人の父さん。ちゃんと話し合って、認めさせてきます……と、伝えて下さい」
「分かった。絶対に伝えておく」
元の世界に戻ったら、真紅郎は実の父親と話し合うことを決めていた。
きっと、今の真紅郎なら大丈夫だろう。
この旅を通じて、成長した真紅郎なら。
ロイドさんと入れ替わるように話しかけてきたのは、ガーディだった。
「本当にありがとう。そして、申し訳なかった」
頭を下げたガーディは、晴々とした顔をしている。
闇属性に操られたガーディに罪はない。だけど、ガーディは自分が至らなかったせいだと、俺たちに謝ってきた。
「……大丈夫。俺たちはあんたを恨んでない」
「そう言って貰えると助かる。だが、約束しよう。私の全てを賭してでも、マーゼナル王国を復興してみせると」
その目には、確固たる信念が見えた。多分、ガーディなら大丈夫だろうと確信する。
すると、ガーディの隣にヴァベナロスト王国の女王__ガーディの妻、レイラさんが立った。
「安心してちょうだい、私も手伝うわ」
「……別に、レイラの力がなくとも私ならば」
「何言ってんのよ、ガーディ。闇属性に操られていたとはいえ、姿はあなたのままだったのよ? 民衆は分かってたとしても、そう割り切れる訳じゃないわ。それを、私がどうにかしてやるって言ってるのよ?」
「む、むう……」
呆れた様子のレイラさんに言われ、ガーディは気まずげに目を逸らす。
これは尻に敷かれそうだな、と笑っていると、後ろから誰かに抱きしめられた。
「え!? み、ミリア!?」
俺を抱きしめていたのは、ヴァベナロスト王国の王女。ガーディとレイラさんの娘、ミリアだった。
ミリアは何も言わず、俺を強く抱きしめる。
背中に感じる柔らかな感触に顔が熱くなっていると、ミリアは力を抜いて離れた。
「ミリア……?」
「タケル様」
俯いていたミリアはゆっくりと顔を上げ、閉じていた瞼を開く。
光を通さない、盲目の翡翠色の瞳が、俺を真っ直ぐに見つめていた。
そして、ミリアは頬を緩ませると、その頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。
「本当は、別れたくありません。本当なら、あなたと共に行きたいです。ですが、それは叶いません……」
祈るように手を組み、ミリアは本音を吐露した。
どう声をかけていいのか分からずにいると、ミリアは涙を拭って笑う。
「私は、この地で生きていきます。やらないとならないことが、いっぱいですから」
「……あぁ。頑張れ、ミリア」
「__はい。そのお言葉だけで、私はこれから頑張っていけます」
嬉しそうに頷いたミリアは、今度は正面から抱きしめてきた。
俺の胸に額を置きながら、ミリアは呟く。
「私は、誰とも結婚しません。生涯、タケル様以外の人を好きになることはありません」
「それは……」
「タケル様は気にしないで下さい。これは、私の決意ですから」
生涯を独身で過ごす。その決意は硬いのか、俺が何を言っても変えるつもりはないんだろう。
そして、ミリアは俺から離れると、悪戯げに笑った。
「ですが、これぐらいは許して下さいね?」
「へ?」
そう言って、ミリアは俺の肩に両手を置くと、背伸びをして顔を近づけてくる。
突然のことに動けなかった俺の頬に、ミリアの唇が軽く触れた。
「あー!?」
「え、え?」
後ろからやよいの声が聞こえるけど、今の俺はそっちを気にしている余裕がない。
頬にキスをしてきたミリアは、クスクスと笑うとガーディとレイラさんの方へ歩いていく。
「あ、やよい」
「へ?」
その途中で、ミリアはやよいに声をかける。
呆然としているやよいに、ミリアはコソッと耳打ちした。
「あなた以外は認めませんので、頑張って下さいね?」
「へ? え? はぁあぁ!?」
「ふふっ」
何を言ったのか聞こえたけど、その意味は二人にしか分からないだろう。
やよいは顔を真っ赤にして驚き、ミリアは笑いながら可愛らしくクルリと回ってまた歩き出した。
「……どういうこと?」
「はぁ……ありえねぇ」
「はぁ……これは、教育が必要かもね?」
首を傾げると、ウォレスと真紅郎はため息を吐く。なんか、呆れた様子で。 すると、ガーディは俺とミリアを交互に見てから、やれやれと首を振った。
「まぁ、いい。今更、私が言うことではないからな」
「そうですよ。あぁ、そうだ。リリアのことですが」
レイラさんが言った、リリア。
ガーディとレイラさんのもう一人の娘で、闇属性に洗脳されていた子だ。
レイラさんの話では、洗脳が解けたリリアはまだ意識を取り戻していないらしい。
だけど、闇属性がいなくなった今、元のリリアに戻ることは間違いないだろうと言う診断のようだ。
「これからは家族四人で、この世界を元通りに……いえ、今まで以上に良くしていくわ」
「はい。頑張って下さい!」
闇属性によってバラバラにされた家族だけど、きっと大丈夫なはず。
この世界がどうなっていくのかは、元の世界に戻れば知ることが出来ない。
それでも。この人たちなら大丈夫だ。
「……さて、そろそろ時間だよ」
そこで、アスカさんが声をかけてくる。
どうやら、もう時間みたいだ。
集まってくれていた人たちが離れると、アスカさんとキュウちゃんが魔力を放出させる。
すると、俺たちの下に魔法陣が展開され、光を放ち始めた。
「ねぇ、タケル」
魔法陣の光に照らされる中、やよいが声をかけてくる。
心配そうなその瞳に、俺は頷いて返した。
分かってる。やよいだけじゃない、俺もウォレスも真紅郎も。
最後の一人を、待っていた。
大事な仲間、Realizeのメンバーの一人を。
そして、その一人はようやく、姿を現した。
「……みんな」
Realizeのキーボード担当、サクヤだ。
サクヤは悲しそうに険しい表情を浮かべたまま、俯いている。
まだ、気持ちの整理が出来てないんだろう。拳を握りしめながら黙り込んでいたサクヤは、絞り出すように話し出す。
「……ぼくも、ぼくも……ッ!」
そして、サクヤは顔を上げ、今にも泣き出しそうな顔で言い放った。
「__ぼくも、連れて行って。あの時みたいに、ぼくも一緒に!」
俺たちが旅を始めた時。
実験体として生きていたサクヤを連れ出した。
何も知らないサクヤに音楽を教え、Realizeのメンバーに入れた。
音楽の才能があったサクヤはメキメキと上手くなり、もう俺たちにとってなくてはならない存在になっていた。
俺たちだって、連れて行けるならサクヤも一緒に元の世界に連れていきたい。
だけど……だけど__ッ!
「それは、出来ない……」
はっきりと、サクヤの願いを切り捨てる。
愕然とするサクヤに、俺は拳を強く握りしめた。
「どう、して……」
「お前は、この世界の住人だ。だからきっと、俺たちの世界に来ることが出来ない。そうでしょう? アスカさん、キュウちゃん」
アスカさんとキュウちゃんは悲しげに頷く。
「うん。多分、元の世界はサクヤを異物として拒絶すると思う。そうなると、サクヤ自身が危ない」
「はい。サクヤは世界の修正力に巻き込まれ、その存在を消されてしまいます。それだけじゃない、タケルたちにも何かしらの影響が……」
二人の言葉に、サクヤは唇を噛み締めた。
サクヤ自身も、分かっていたんだろう。
それでも、言わずにはいられなかった。
もしかしたら、という可能性に……わずかな希望を抱いていたんだ。
だけど、現実は甘くない。サクヤを連れて元の世界に戻ることは__出来ない。
「……だから、ごめん。サクヤを連れて行けない」
俺だって、俺たちだって連れて行きたいさ。
でも、それでサクヤがいなくなってしまうのは__もっと嫌だ。
俺たちの気持ちが伝わったのか、サクヤは涙を流して俯いた。
「分かって、たんだ……でも、ぼくは……みんなといたい。みんなと、音楽がしたい……みんながいなくなったら、ぼくは……一人に」
「__ならないよ!」
サクヤの話を遮り、やよいが叫ぶ。
涙を流し、わなわなと震えながら、やよいは叫び続けた。
「例えあたしたちが元の世界に戻っても! サクヤはずっと、あたしたちの仲間だよ! 一人なんかじゃない!」
「あぁ、そうだ!」
やよいに続いて、ウォレスも叫ぶ。
ウォレスも目に涙を浮かべながら、泣くのを堪えながら続ける。
「オレたちはこれから先も! 永遠に! 家族だ! それにお前はもう、一人じゃねぇだろ!?」
「そうだよ、サクヤ!」
今度は真紅郎が叫ぶ。
涙を流しながら、優しく微笑みながら、真紅郎はサクヤに語りかける。
「ボクたちとの旅で、サクヤは色んな人に出会った。家族にも出会えたじゃないか。音楽を通じて、サクヤは大事な人たちと繋がれた。だから、サクヤはもう一人じゃないよ」
「みん、な……ッ!」
やよい、ウォレス、真紅郎の言葉に、サクヤは堪えきれずにポロポロと涙を流した。
拭っても止まらない涙に、サクヤは空を見上げる。
最後に、俺もみんなに続く。
「サクヤ」
「……タケ、ル」
泣きじゃくっているサクヤに、俺は指輪を__魔装を展開した。
その手にずっと使い続けてきた大事なマイクを握りしめると、サクヤに向かって投げる。
弧を描いて投げられたマイクを、サクヤはしっかりと受け取り__目を見開いていた。
「これ、タケルの……」
「やるよ」
「な、なんで……」
「__サクヤ」
俺は空を見上げ、ゆっくりと深呼吸する。
頭に過ぎるのは、今までの思い出。
マーゼナル王国から飛び出して、色んな国を回ってきた。
多くの戦いを経て成長し、ライブをしてきた。
ずっと、ずっと__。
「サクヤ。俺たちはもう、この世界で音楽は出来ない。ようやく世界中の人に音楽が届いたのに、もう聴けないのは可哀想だろ?」
涙が、流れる。
泣くつもりなんてなかったのに、自然と涙が流れていった。
でも、笑う。笑って、サクヤに伝えないと。
「だからさ、これからはお前がみんなに音楽を届けていって欲しい」
「タケル……」
「俺たちに出来ないことを、お前に託す。そのマイクは、餞別だ」
俺たちが届けてきた音楽を、今度はサクヤに託したい。
これは、サクヤにしか出来ないことだ。
俺たちの音楽を繋ぎ、そしてその先の未来にまで届くように__音楽を続けていって欲しい。
「__Realizeキーボード担当、サクヤ!」
声を張り上げ、サクヤと目を合わせる。
困惑していた真っ赤な瞳には、今は覚悟が込められていた。
「任せたぜ?」
ニヤリと笑って拳を突き出すと、サクヤは力強く頷いて拳を突き出した。
「__はい!」
あぁ、安心した。
サクヤなら、やってくれるはずだ。
世界が違ってたとしても、時間の流れが違っていたとしても__。
「音楽がある限り、お前と俺たちはずっと繋がってる。頑張れ、サクヤ。お前なら、出来るさ」
その言葉を最後に、魔法陣の光が強くなる。
もう、お別れの時間みたいだ。
アスカさんはその手に琵琶を構えると、小さく笑みをこぼす。
「__さぁ、始めるよ」
そう言って、アスカさんは琵琶を弾き鳴らした。
荘厳で綺麗な琵琶の音が、鳴り響く。
そして、アスカさんは俺たちに向かって、微笑んだ。
「本当にありがとう。あっちの世界でも、音楽をやり続けてね……私の分まで」
視界が白く染まる。
ふわりと、体が浮かぶ感覚がした。
俺たちは元気よく返事をすると、サクヤの声が聞こえた。
「またね、みんな。頑張るから……みんなの世界にまで届くように、音楽を続けるから」
意識が遠くなる。
琵琶の音が遠くなる。
それでも、サクヤの声だけはすぐ近くに聞こえる。
「__ありがとう」
そして、俺たちの体は一気に浮かび上がった。
意識が戻ってくると、何か音が聞こえる。
それは、歓声だ。
__ンコール! アンコール! アンコール!
割れんばかりの拍手と、歓声。
俺たちを待つ、観客たちの叫び。
俺たちは元の世界に__戻ってきた。




