十九曲目『時間稼ぎ』
お待たせしました。
完結まであと少し!
最後までよろしくお願いします!
「ガーディ!」
「分かっている!」
アスカさんの言葉を皮切りに、一番最初に前に出たのはロイドさんだった。
ロイドさんはガーディに声をかけると同時に、ダークエルフ族の男__闇属性へ向かって一直線に走り出す。
そして、ガーディは杖を構えると、詠唱を始めた。
「<我貫くは龍神の牙>__合わせろ、ロイド!」
「あいよ!」
「<アクア・ニードル!>」
ガーディが放った無数の水の針が、先行していたロイドさんを追い越して闇属性に襲いかかる。
避け切れないほどの数の水の針に対し、闇属性は拳の連打で対応した。
水の針を拳で迎撃している闇属性の隙をつき、ロイドさんは一気に懐に入る。
「うらぁッ!」
闇属性の胴体に向かって、ロイドさんの剣が薙ぎ払われた。
躱せるタイミングじゃない。ガーディが放った無数の水の針に動きが止められている闇属性に、ロイドさんの攻撃を躱す余裕はないはずだ。
「__んなッ!?」
ガキンッと硬い音と、ロイドさんの驚いた声が響く。
胴体に向かって薙ぎ払われたロイドさんの剣を、闇属性は肘と膝で挟み込んで止めたからだ。
並外れた動体視力だ。もしくは、直感か?
無数の水の針を全て打ち壊し、その上で剣を防いで見せた闇属性は、驚いているロイドさんの側頭部に向かって蹴りを放つ。
鞭のようにしなりながら、空気を切り裂いて放たれる回し蹴り。その蹴りはロイドさんの側頭部を捉える前に、剣によって阻まれた。
「油断しない!」
ロイドさんの背後から飛び出したアスカさんが、闇属性の蹴りを剣で防ぐ。
足と剣が当たった音とは思えない、鈍い金属音。それが、闇属性の蹴りの威力を表していた。
もしもあの蹴りが当たってたら、ロイドさんの首は……。
俺が嫌な想像をしていると、ロイドさんは舌打ちしながらアスカさんと入れ替わるように前に出て、グルリとコマのようにその場で回る。
「分かってるっての!」
そう叫びながら、ロイドさんは闇属性に仕返しするように後ろ回し蹴りを放った。
顎を狙った一撃を闇属性は仰け反ることで避け、そして何かに気付いたのかそのままバク転して距離を取る。
同時に、さっきまで闇属性がいた場所に上から水で出来た鞭が振り下ろされた。
その鞭は後方に控えているガーディが放った、<アクア・ウィップ>だ。
「まだだッ!」
避けられるのが分かっていたのか、ガーディは杖を振って水の鞭を操作し、闇属性へ向かわせる。
闇属性はバク転を繰り返して水の鞭を避けると、一気に駆け出した。
絶え間なく振り下ろされる鞭をジグザグに走りながら避けつつ、ガーディに近づいていく。
「ふんッ!」
近づいてくる闇属性に、ガーディは水の鞭を襲わせた。
薙ぎ払い、振り下ろし、どうにか闇属性を近づかせないようにしている。
だけど、闇属性はその全てを走りながら避けていき、とうとうガーディの目の前に躍り出た。
拳を握りしめ、殴りかかろうとする闇属性に、ガーディは焦るどころかニヤリを笑みを浮かべる。
「__魔法使いが、そう簡単に近づかせるとでも?」
そう言うと、闇属性の足元の床がメキメキと隆起した。そして、下から水の鞭が飛び出し、闇属性の顎に向かっていく。
殴りかかろうとしていた闇属性は攻撃を止め、腕をクロスさせて水の鞭を受け止めた。
水圧に吹き飛ばされた闇属性が宙を舞う中、待ってましたと言わんばかりにロイドさんが剣を振り被っていた。
剣身と魔力を一体化させたロイドさんは、剣を思い切り振り下ろす。
「<レイ・スラッシュ!>」
ロイドさんがレイ・スラッシュを放つと、宙を舞っていた闇属性は体を捻りながら腕で剣を受け止めた。
だけど、空中でロイドさんのレイ・スラッシュを受け止め切れるはずもなく、今度は逆方向に吹き飛ばされる。
すると、ロイドさんはニヤリと笑みを浮かべた。
「まずは一撃。そして__」
地面を跳ねながら転がっていく闇属性。その先には、指揮者のように剣を構えたアスカさんの姿。
その剣身は、音属性の紫色の魔力と一体となっている。
「__<レイ・スラッシュ・協奏曲!>」
アスカさんの必殺技が、闇属性の腹部に直撃した。
防御する暇もないロイドさんとアスカさんのコンビネーションをまともに喰らった闇属性は、体をくの字に曲げながらまた吹き飛ぶ。
一撃、二撃、三撃とどんどん音の衝撃が重なっていき、吹き飛んだ闇属性を加速させていった。
そして、闇属性はそのまま背中から壁に勢いよく叩きつけられる。
「これで二撃……三撃目? ま、いっか。そして__」
そう言ってアスカさんがガーディの方に目を向けると、ガーディの杖からバチバチと紫電が迸っていた。
ロイドさんとアスカさんが闇属性と戦っている中、詠唱を終わらせていたガーディは杖を掲げる。
「これで終わりだ……<ライトニング・フォール!>」
杖を振り下ろすのと同時に、壁に寄りかかっていた闇属性に向かって雷が落ちた。
闇属性は叫び声も上げずに、バチバチと紫電に飲み込まれる。
さっきの水の鞭の一撃で体が濡れている闇属性に、雷の一撃はかなりのダメージのはずだ。
そして、轟音を響かせながら爆発する。
「……すげぇ」
そんな粗末な感想しか出てこないぐらい、三人の流れるような連携に唖然とした。
ロイドさんとアスカさんの二人だけの時も凄かったのに、そこにガーディが加わるとここまで強いのか。
思わず息を呑んでいると、光の属性神__キュウちゃんが険しい表情を浮かべながら俺を魔力で出来た白い繭で包み込む。
「キュウちゃん?」
「……終わってないよ」
あの三人のコンビネーションで、闇属性は爆炎に包まれた。あのまま終わってもおかしくないほどの攻撃だった。
なのに、キュウちゃんは首を横に振って俺の治療を続ける。むしろ、急ぐように。
すると、爆発による砂煙の中でゆらりと影が動いた。
「そんな……」
終わってない。キュウちゃんが言った意味を、俺は理解させられた。
砂煙の中、足音が響く。同時に、ロイドさんは面倒臭そうに舌打ちを漏らした。
「ちっ、まぁこれで終わるような奴じゃないだろうな」
「むしろ、ここからが厳しいね」
ロイドさんに同意するように、アスカさんは油断一つせずに剣を構え直す。
ガーディもずっと砂煙の中を警戒していた。
そして、砂煙が晴れると、そこからヌッと闇属性が姿を表した。
砂埃と煤で汚れた闇属性の体には、傷一つない。
アスカさんの一撃を喰らった腹部にも。
コキッと首を鳴らすと、闇属性の体が黒い魔力に覆われる。
汚れた体はそれだけで綺麗になり、闇属性は全てを飲み込みそうなほど黒いローブ姿になった。
__まるで、ここからが本番だと言いたげに。
「……さっき、あの人たちは時間稼ぎをするって言っていた」
ポツリと、キュウちゃんは俺の治療をしながら呟く。
キュウちゃんは綺麗な空色の瞳を涙で滲ませながら、絞り出すように言葉を続ける。
「それは、本当にそのままの意味。あの人たちは、最初から勝つつもりなんてない__勝てると思ってない」
「それって……」
「そう、命懸けでタケルを待ってる」
あれだけ強くても、あれだけ圧倒しているように見えても。
ロイドさんたちは、闇属性に勝てない。
そして、闇属性に勝てるのは__この世界でただ一人。
「俺だけだって、言うのかよ」
あの三人はこの戦いに勝てるのは、俺だけだと信じている。
だから、俺の治療が終わるまで勝てない戦いだとしても命懸けで戦っている。
それだけが、この戦いを終わらせる唯一の方法だと信じて。
その信頼が、重みが一気にのしかかってくる。
あの三人でも勝てないような相手を、本当に俺が倒せるのか?
「あの人たちだけじゃないよ。私も……この世界に住む全ての命が、あなたが勝つことを信じてる」
キュウちゃんの言葉に、時が止まったように体が止まる。
そうだ。この戦いは、世界中の人たちが見てるんだ。
そして、今もこの城の外ではみんなが戦っている。
「そのためにあの人たちは戦ってる。あなたが戻ってくることを待ってる」
ロイドさんたちに目を向けると、三人は闇属性と戦っていた。
その戦いはさっきまでとは真逆だった。
黒いローブ姿になってから、闇属性の攻撃は一気に激しくなっている。
数え切れないほどの黒い触手がガーディの魔法を全て打ち払い、ロイドさんとアスカさんの動きを阻む。
「くッ!?」
「ロイド! きゃッ!?」
「ぐあッ!」
触手に気を取られると、闇属性の拳が襲いかかる。
剣ごと殴りつけられたロイドさんが吹き飛ばされ、流れるような動きで放たれた蹴りがアスカさんの腹部に打ち込まれた。
ガーディの魔法の援護も触手で防がれ、反撃を受けたガーディが床を転がる。
剣を杖にして立ち上がろうとするロイドさんを、闇属性は蹴り飛ばした。
触手を斬り払っているアスカさんの体が、どんどん薄くなっていく。
「あと、少し……ッ!」
キュウちゃんも俺の治療に必死になっている。
外ではみんなが闇属性の軍勢と戦っている。
世界中がこの戦いを見守り、祈っている。
この戦争が終わることを信じて。
そして、終わらせることが出来るのは__俺だけ。
「重い……」
覚悟はしていたはずだ。戦いを終わらせようと本気で思っていた。
だけど、改めてその重圧が俺の体にのしかかる。
重すぎる。ただのロックバンドのボーカルでしかない俺には、重すぎる。
「それでも……」
闇属性を中心に、黒い触手が薙ぎ払われた。その一撃で三人が吹き飛ばされる。
ロイドさんは壁に激しくぶつかり、額から血を流して項垂れていた。
ガーディは杖をへし折られ、床に突っ伏して動けなくなっている。
アスカさんは魔力で出来た体を維持することが難しくなり、体のほとんどが薄くなっていた。
もう限界だ。これ以上、あの三人は戦えない。
「あと少しなのに……ッ!」
キュウちゃんの必死な声。貫かれた腹部の傷はほとんど塞がっているけど、完治していない。
その間にも闇属性は、ロイドさんにとどめを刺そうと拳を握りしめていた。
「ありがとう」
「え? あ、タケル! まだ治療が!」
キュウちゃんの頭に手を乗せて軽く撫でながら、呟く。
そして、床に転がっていた剣を拾いながら走り出した。
後ろから聞こえるキュウちゃんの静止の声を振り切り、闇属性に向かって駆け抜ける。
「体は動く。魔力も休めたおかげでだいぶ回復した」
あとは、覚悟だけ。
ロイドさんたちやキュウちゃんの信頼、世界の命運は俺の体に重くのしかかったままだ。
それに答えられるかは、分からない。覚悟してたつもりでも、こうして改めて思い知らされて潰されそうになっている。
「それでも__」
剣身と光属性の魔力を一体化させ、白く眩く光り出す。
ロイドさんに向かって拳を振り被る闇属性は、動きを止めて俺の方へ振り返った。
「それでも俺は__ッ!」
走りながら闇属性に向かって、剣を振り下ろす。
放たれた白い三日月型の斬撃を、闇属性は拳で殴り飛ばした。
それでも止まらずに、そのまま剣を薙ぎ払う。
「やるしかないんだッ!」
世界の命運も、信頼も、重圧も。
その全てを背負ったまま、剣を振る。
俺の剣と闇属性の拳がぶつかり合った。




