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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
最終章『漂流ロックバンドの異世界ライブ!』

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十七曲目『孵りし絶望』

「ガーディ! ねぇ、ガーディ!」

「う、ぐぅ……」


 アスカさんが必死に呼びかけると、ガーディは目を閉じたままうめき声を上げた。

 どうにか生きてるみたいだけど、長いこと闇属性に支配されていた肉体への負担は相当だったようで、かなり消耗している。

 すると、ロイドさんは懐からビンに入ったポーションを取り出し、まだ目を覚さないガーディーの口に無理やり注ぎ込み始めた。


「おい、ガーディ! 飲め!」


 憔悴していたガーディの顔が、ポーションを飲んだことで少しずつ生気を取り戻している。あれなら、命に別状はないだろう。

 それよりも今一番気にしなくてはならないのは、ガーディの体から離れた黒い球体、闇属性の方だ。

 俺の中では絶え間なく光属性が警鐘を鳴らし、本能が警戒心を高めさせる。

 あらゆる光を飲み込む漆黒の球体……いや、まるで今にも何かが孵りそうなタマゴ(・・・)のような物体を見ていると、自然と肌が粟立った。

 息を呑みながら恐る恐る床に転がった剣を拾い上げ、静かに構える。


「やるなら、今しか……」


 あの球体が孵れば、まずいことが起きる。ならその前に先に攻撃を、と思った。

 だけど、同時に……本当に攻撃していいのかと疑問が浮かぶ。

 あのままにしておくのはヤバイ、だけど変に刺激するのもどうなのか。


「……いや」


 頭に浮かんだ疑問を振り払うように、剣を構え直す。

 どちらにせよ、あれをそのままにしておく訳にはいかない。

 先手必勝。そう思って一気に黒い球体に向かって走り出そうとした。


 だけど、一足遅かった。


 俺が動き出そうとしたその時、球体が一際大きく脈動する。


 そして__。


「__アァァアアァァァアァァッ!」


 絶叫が、轟いた。

 それはまるで、この世に生を受けた赤ん坊が産声を上げたかのような叫びだった。

 だけど、そこに命の神秘も純粋無垢な感情もない。

 生まれ落ちたことを恨むように、世界の全てを否定し、絶望を振り撒くような叫びだ。

 ビリビリと空気を震わせ、叫びが暴風にような衝撃となって襲いかかってきた。


「ぐッ、な、なんだ……ッ!?」


 剣を地面に突き立てて、暴風に耐える。

 ロイドさんとアスカさんも、ガーディを守りながら吹き飛ばされないように堪えていた。

 そして、赤ん坊の産声のような絶叫が、徐々に少年のような声色になっていく。

 そう思えば次は、少年から青年の叫びに。まるでこの短時間で急激に成長しているように、その声色は歳を取っていった。


「__ガアァアァァァァァァアッ!」


 耳をつんざき、聞いた全ての者に不幸を押し付けるような青年の叫び。

 思いつく限りの負の感情を全部ごちゃ混ぜにして、強引に一つにしたみたいに聞こえるその絶叫が、徐々に静かになっていった。

 これから起きることを暗示する、嵐の前の静けさ。一瞬の静寂の後に、黒い球体がドクンッと脈を打つ。


 そして、黒い球体にヒビが入ると__。


「__ッ!?」


 今まで感じたことがないほどの、重圧を感じた。

 タマゴが孵るように黒い球体にどんどんヒビが入っていき、パラパラと剥がれていく。

 亀裂が入った箇所から、黒い煙が噴き出した。煙はモクモクと大きく広がっていき、まるで空を黒く覆う暗雲になっていく。

 暗雲が晴れていくと、そこにしゃがんでいる人影が見えてきた。


「なんだ、あれは(・・・)


 ロイドさんが唖然としながら呟く。明らかに人の影だけど、ロイドさんはそれを人と見てなかった。

 それは、俺も同じだった。

 あれは、人じゃない。いや、人として見てはいけない(・・・・・・・)類のものだ。

 震える手を必死に抑えながら剣の柄を握りしめていると、その人影がゆっくりと立ち上がる。

 そして、煙が晴れて、その姿が明らかになった。


「あれは……ダークエルフ族?」


 アスカさんが言ったように、それはダークエルフ族の男だった。

 褐色の肌に、床に着きそうなほど長い銀髪、尖った耳。うつむき、長い前髪が目元を隠しているせいでその顔は見えないけど、間違いなくダークエルフ族だ。

 身長は俺より少し小さいぐらい。だけど何も着ていないその裸体は、病的なほどに痩せ細っている。

 正直、見るからに弱そうな風貌だ。肋骨が浮き出るほど痩せた体は、触れただけで折れそうなほど頼りない。


 __その体から感じる、重圧感さえなければ。


 男はうつむいていた顔を上げる。

 長い前髪が動くと、目元が少しだけ見えた。


 赤い、血よりも紅い瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いた。


「う、お……ッ!?」


 咄嗟にその場から飛び退く。本能が、少しでもあの男から離れろと命令してきた。

 たった一歩、後ろに下がっただけなのに……息が荒くなり、冷や汗が止まらない。

 男はそのまま顔を上げていき、天井を見上げる。そして、パカッと口を開いた。


「ア、アア……」


 男は掠れた声を漏らすと、ゆっくりと深呼吸をして__。


「__アァァァァアアァァァァァッ!」


 咆哮。

 世界中に届かせるように男は、全ての生きとし生ける物に対する怨嗟、嫉妬、憤怒__あらゆる負の感情を込めた雄叫びを上げる。

 そのあまりの声量に、周りの瓦礫が吹き飛んだ。

 思わず目を細めると、狭まった視界の先にいた男は天に向かって叫び続けている。

 

 いた、はずだ。


「え」


 一回。たった一回だけ瞬きをした瞬間、その姿が消えていた。

 唖然としながら声を漏らすと、男はもう目の前にいた。


「は」


 俺と男の距離は、五十メートルぐらいは離れていたはず。

 それなのに、男は瞬き一回の時間でその距離を詰めていた。

 男は俺を、下からすくい上げるように殴ろうとしている。


「や、ば……ッ」


 剣で防御。間に合わない。

 避ける。無理だ。

 反撃。もう、遅い。


 死、ぬ__。


「させ、るかぁ!」

「させ、ないッ!」


 死を覚悟した俺の両隣を、風が吹き抜けた。

 鈍い金属音が轟くのと同時に、膝が折れて尻もちを着く。

 目の前ではロイドさんとアスカさんが、男に向かって剣を振り下ろした体勢で止まっていた。

 男はというと、俺への攻撃を中断して二人の剣をそれぞれ片腕で受け止めている。

 いや、違う。

 剣は腕に当たっていない。見えない壁があるみたいに、何もない空間で二人の剣が止まっていた。

 すると、男はゆっくりとした動作で二人に向かって腕を伸ばす。


「う、おッ!?」

「きゃあッ!?」


 同時に、二人が勢いよく吹き飛ばされる。

 まるで腕を伸ばしただけで二人が吹き飛んだように見えるけど、はっきりと俺には見えていた。

 二人は、投げ(・・)飛ばされた。

 男は目で追うのが難しいぐらいの速度で二人の剣を掴むと、軽々と二人を投げていた。

 その痩せ細った肉体では考えられないほどの力と速度だった。

 投げられた二人は床を滑りながら剣を突き立てて勢いを殺し、顔をしかめる。


「クソ、速すぎるだろ……ッ!」

「力も尋常じゃないよ。ロイド、気を付けて」


 圧倒的な力と速度に、実力者の二人は警戒を強めた。

 立ち上がった二人に対して、男は緩慢な動きで右手をかざす。

 すると、二人の足元から黒い霧が噴き上がった。


「なんだこれは!?」

「これは……マズイ! ロイド、逃げて!」


 ロイドさんを助けようとアスカさんが動こうとしたけど、間に合わない。

 黒い霧は二人の体に纏わり付き、動きを止めた。


「ぐ、ガアァアァッ!?」

「きゃあぁぁぁぁッ!」


 そして、黒い霧に纏わり付かれた二人が、悲鳴を上げる。

 黒い霧は徐々に侵食していくように、二人の足を黒く染め上げていた。

 ロイドさんは白目を剥いて天井に向かって叫び、アスカさんは魔力で構成されている体が崩れ始めている。


「この野郎……ッ!」


 急いで立ち上がり、男に向かって走り出した。

 二人に手をかざしている男の背後から、剣を振り上げる。


「やめろぉぉぉぉッ!」


 光属性の魔力と剣身を一体化させ、白い光を放ちながら男に剣を振り下ろした。

 男は静かに振り返っている。このタイミングなら、避けられないはずだ。


「は……?」


 剣は男ではなく、何もない空間に振り下ろされる。

 さっきまでそこにいた男の姿が、消えていた。

 どこに、と脳が男を探そうとすると__。


「なッ!?」


 男は、俺の横にいた。

 長い銀色の前髪から覗く赤い瞳が、俺を真っ直ぐに見つめている。


 その瞳には、感情がなかった。


 驚きながら反射的に剣を薙ぎ払うと__。


「また、消え」


 男の姿が、また消える。

 どこに、と探そうとした瞬間、背後に気配を感じた。 

 後ろに向かって振り返りながら剣を振り__。 


「が、は……ッ?」


 ドスッと、肉を貫く音が静かに木霊する。

 体が震え、力が入らなくなった手から剣が落ち、床にカランと転がった。

 迫り上がって来た血が口角から流れ、ポタポタと滴る。

 腹部からじんわりと熱さを感じて、ゆっくりと下を見てみると__。


 __男の腕が俺の腹部を貫いていた。


「ご、ふ……」


 咳と共に血を吐き出す。

 男は無感情な赤い瞳を前髪から覗かせながら、俺の腹部から腕を引き抜いた。

 俺の血で染まった腕をだらりと下げた男の前で、ガクッと両膝を着く。


「あ、あぁ……」


 貫かれた腹部に手を当てると、血が絶え間なく噴き出していた。

 痛みはなく、熱さだけを感じる腹部から手を離すと、その手には大量の赤黒い血。

 間違いなくそれは死ぬ量だと、やけに冷静な思考が判断を下していた。


「ちく、しょう……」


 そして、視界がグラリと揺れる。

 圧倒的な力の差を前に、俺は床に倒れ伏すのだった。


 

 

 

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