十六曲目『終わらない戦い』
大変長らくお待たせしました。
アスカさんとロイドさんを追い抜いて、我先に闇属性へと向かって走る。
三体一、数で見ればこっちが有利だけど、正直それでも闇属性の力は侮れない。
そもそも、英雄と呼ばれた二人に比べて俺の実力はまだまだ下だ。どうにか体力と魔力は戦えるぐらいには回復して、平衡感覚を修正したけど……戦力になるかと言われれば微妙なところだ。
それでも、俺は戦う。ここまで来て、ただ見てるだけなんてごめんだ。
実力差は歴然。アスカさんとロイドさんと連携を取れるほど、器用に立ち回れない。
だったら、選択肢は一つだ。
「はあぁぁぁぁぁぁッ!」
先陣を切り、闇属性に向かって剣を振り下ろしながら肉薄する。
当然、闇属性は鼻で笑うように黒い泥状の魔力で壁を作り出して防御してくるけど、お構いなしに壁に向かって剣を叩きつけた。
同時に、闇属性の両サイドからロイドさんとアスカさんが追撃する。
「ぜあッ!」
「やぁぁぁッ!」
ロイドさんは剣を振り下ろし、アスカさんは剣を薙ぎ払う。
左右からの軌道が違う剣戟に闇属性は顔を顰めると、黒い泥状の魔力を操作して二人の攻撃を防いだ。
その隙に、俺は目の前にある壁を斬り捨ててさらに前へと飛び込む。
「くッ、面倒な……ッ!」
飛び込んだ俺を見て悪態を吐いた闇属性が、今度は黒い魔力弾を放ってきた。
足を止めて魔力弾を迎撃しようとする、その直前。
「行け、タケル!」
ロイドさんの呼びかけに、止めようとした足を動かす。
向かってくる魔力弾にそのまま突っ込むと、ロイドさんとアスカさんが魔力弾を斬り払ってくれた。
「俺たちが援護してやる! だから、お前は__ッ!」
「__やりたいように、動いて!」
二人の声に思わず笑みがこぼれ、言葉通り自分がやりたいように動く。
英雄と呼ばれた二人が援護してくれるんだ、これほど心強いことはない__ッ!
「うらあぁぁぁぁッ!」
声を張り上げ、光属性の魔力を剣身と一体化させる。
眩い白い光を放つ剣を構えながら闇属性の懐に飛び込み、勢いよく薙ぎ払った。
「<レイ・スラッシュ!>」
光属性のレイ・スラッシュが闇属性を守っていた黒い魔力の壁を真っ二つに斬り裂き、その向こうにいる闇属性へと向かう。
「この、死に損ないが……ッ!」
闇属性は杖で剣を防ぐも、その勢いに負けて吹き飛ばされた。
このまま一気に畳み込む__と思った瞬間、ゾクリと背筋が凍る。
「いい加減に、しろッ!」
吹き飛ばされた闇属性は床を滑りながら着地すると同時に、杖を俺たちに向けてきた。
そして、足元から黒い泥状の魔力が噴き出すと、無数の触手になって襲ってくる。
先端が鋭利な無数の触手が俺たち三人に向かってくるのを見た俺は、光属性の魔力を練り上げた。
「ロイドさん! アスカさん!」
二人に呼びかけながら、練り上げた光属性の魔力を剣に集めて床に突き立てる。
俺の声を聞いて察してくれたのか、二人は何も言わずに走り出した。
「はぁぁぁッ!」
そして、俺は床に注ぎ込んだ光属性の魔力を使って、白い魔力の壁を展開する。
襲いかかってきた無数の触手は白い壁に阻まれ、蒸発するように霧散していった。
闇属性が散々使ってきた防御方法。それを光属性で再現した俺に、闇属性は忌々しげに歯を鳴らす。
「よくやった!」
闇属性の攻撃を防いだ俺にロイドさんはニヤリと口角を上げると、走る速度を加速させた。
白い壁を突き抜けて駆け出すロイドさんとアスカさんは、闇属性に向かって剣を振る。
二人の猛攻を凌ぎながら魔力弾や触手で反撃してくる闇属性の攻撃を、俺は光属性の魔力で作り上げた壁やバリアでことごとく防いでいった。
「ちょこざいなぁッ!」
唾を吐き散らしながら叫んだ闇属性は、怒りの形相で猛攻を仕掛けてくる。
触手の本数や放たれる魔力弾の数が一気に増え、さすがのロイドさんとアスカさんも防戦を強いられていた。
俺もどうにか壁を作って防いでいるけど、光属性の魔力操作はかなり神経を使う。この数を全部防ぐのは難しかった。
「なら、攻めるしかない……ッ!」
防戦一方では勝てない。ここは、攻めるしかないと腹を括った。
ロイドさんとアスカさんに目配せすると、二人は同時に頷く。
それを見た俺は、防御に使っていた白い壁を消して、その魔力を剣に注ぎ込んだ。
防ぐ物がなくなり、一気に魔力弾と触手が襲いかかってくる。
「ナメんなッ!」
だけど、ロイドさんとアスカさんは目まぐるしく動き回りながらその全てを斬り払った。
立ち位置を絶え間なく入れ替え、洗練されたコンビネーションで闇属性の猛攻を防ぎ続ける二人の後ろで、俺は剣を構える。
強く発光する光属性の魔力と一体化した剣を闇属性に向け、足に力を込めた。
「__行きますッ!」
二人に合図を出して、走り出す。
闇属性に向かって一直線に駆け抜ける俺を守るように、二人は両サイドで攻撃を防いでくれていた。
二人をすり抜けてきた魔力弾が頬を掠め、俺の走りを阻もうと触手が腕を斬りつけてくる。
怯むな。前へ、駆けろ__ッ!
「__ああぁぁぁあぁぁぁぁッ!」
俺の感情に呼応するよう、光属性の魔力が脈動する。
剣身と一体化していた魔力が一際眩く光り出し、まるで大剣のような大きな刃を作り出した。
あと数歩で届く距離。タイミングを見計らっていたのか、ロイドさんとアスカさんはそれぞれ剣身と魔力を一体化させて俺の前へ飛び込んだ。
「__<レイ・スラッシュ!>」
二人同時に放ったレイ・スラッシュは三日月型の斬撃となって放たれ、十字に重なり合った。
十字の斬撃は魔力弾や触手を吹き飛ばしながら闇属性へと向かっていき、床から迫り上がってきた黒い壁にぶつかって爆発する。
爆風が吹き荒び、舞い上がった砂煙で前が見えなくなった。
だけど、あいつの居場所は分かっている。
__このまま、真っ直ぐ。その先に、闇属性がいる。
「な__ッ!?」
砂煙を突き抜けて、右足を踏み込む。
いつの間に、と言いたげに目を見開く闇属性に対して、腰を半回転させて光の大剣を弓を引き絞るように構えた。
「これで、終わりだ__ッ!」
ここしかない。
千載一遇のチャンス。絶対に逃せない。
体力も魔力ももう限界だ。これ以上戦闘が長引けば、負ける気がする。
だから、これで決める。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
渾身の力を振り絞り、闇属性の胴体に狙って、突きを放つ。
最後の抵抗で黒い魔力で壁を作ろうとした闇属性だけど、光属性の魔力がその全てを浄化させた。
そして__光の大剣がとうとう、闇属性の胴体を貫いた。
「が、アァァァァァァァッ!?」
ここに来て初めて、闇属性が悲鳴を上げる。
貫いた光の大剣が闇属性の魔力を蒸発させ、少しずつ霧散していった。
「決めろ、タケル!」
ロイドさんの声が背中を押す。
「そのまま魔力を流し込んで!」
アスカさんの言う通りに、光属性の魔力を振り絞ってどんどん闇属性へ流し込んだ。
魔力を流し込む度に闇属性の叫び声が大気をビリビリと震わせ、床が振動する。
あと少し。あと少しで、全部終わる。
「ガ、ア、アァァァ……」
闇属性の叫びが、徐々に弱くなってきた。
終われ、早く終われ。もう魔力が尽きそうだ。
天井を見上げながら白目を剥いている闇属性を見て、トドメを刺そうと剣の柄を強く握りしめる。
最後の一滴まで光属性の魔力を注ぎ込もうとした__矢先のことだった。
白目を剥いていた闇属性がギョロリと俺を睨み、光の大剣を両手で掴んできた。
まだ、そんな力が。目を見開いて驚いた、その時。
「う、ぐッ!?」
拳に横っ面を、殴られた。
メリメリと俺の頬にめり込んでいる拳に驚きながら、目を見開く。
闇属性の両手は、光の大剣を掴んでいる。殴れるはずがない。じゃあ、どこから殴られた?
「な、んだ、それ__?」
その疑問はすぐに解消された。
俺の頬に叩き込まれた拳が伸びてきた方向。
それは、闇属性の胴体からだった。
光の大剣が貫いている胴体、そこから黒い腕が生えていた。
その黒い腕で殴られた俺は驚愕しながら、そのまま殴り飛ばされる。
床を転がった俺を支えてくれた二人も、闇属性の姿を見て目を見開いて驚いていた。
「おいおい、なんだありゃ?」
思わず声をこぼすロイドさんの視線の先で、闇属性の胴体から生えた黒い腕が苦しそうにのたうち回っている。
「う、ぐ、おぉ、ぉぉぉ……」
闇属性はうめき声を上げながら黒い腕を掴み、自分の体内に戻そうとしていた。
だけど、まるで溢れ出すように黒い腕が押し戻し、苦しそうに暴れている。
「__が、あが、アァァァァァァァッ!」
黒い腕が胴体を貫いていた俺の剣を引き抜くと、傷口から黒い泥状の魔力が勢いよく噴き出した。
闇属性の悲痛の叫びと共に、黒い魔力がとめどなく溢れ出ていく。
噴き出した黒い魔力は球体になっていき、徐々に大きくなっていった。
「もしかして……」
その光景を見つめていたアスカさんが、ボソッと呟く。
俺とロイドさんが目を向けると、アスカさんはごくりと息を呑みながら口を開いた。
「さっきのタケルの攻撃で、闇属性……ガーディの体内に巣食っていた本体が、引きずり出されたのかも」
「てことは、あれが闇属性の本体ってことか?」
闇属性__ガーディは白目を剥きながら両手を広げて天を仰ぎ、胴体から噴き出した黒い魔力が天井に向かって浮き上がっていく。
体内から魔力を吸い上げられたようにガーディの顔は青ざめていき、最後のチュポンという音がすると、傷口から魔力が噴き出るのが止まった。
ガーディは力なく膝をつき、顔から床に倒れる。
「ガーディ!」
慌ててアスカさんが倒れたガーディに駆け寄ろうとすると、ロイドさんが肩を掴んで止めた。
ロイドさんの視線の先には、天井に浮き上がる巨大な黒い球体。
「待て、アスカ……」
ドクンと脈打つ黒い球体を、ロイドさんは冷や汗を流しながら見つめる。
ドクンドクンと徐々に大きく脈動していく黒い球体に、ゾワリと寒気がした。
「__動くぞ」
ロイドさんの呟いた言葉通り、脈動していた黒い球体が腹の奥底に響くほどの低く大きな脈動を放った。
大きな脈動は衝撃波となり、波紋のように広がる。
離れている俺たちにまで届いた衝撃波に吹き飛ばされそうになり、床に手を着きながら俺たち三人は堪えた。
そして、一番近くにいたガーディがその衝撃波に吹き飛ばされ、俺たちの前までゴロゴロと転がってくる。
「が、ガーディ!」
「おい、大丈夫か!」
アスカさんとロイドさんがガーディに駆け寄って息をしているのか確認すると、青ざめて憔悴しているけど息があった。
アスカさんとロイドさんがホッと安堵の息を吐いている中、俺は脈動する黒い球体を睨みつける。
さっきから、俺の中に眠っている光属性の魔力がざわついている。心臓の鼓動が張り裂けそうになるほど、うるさい。
「まだ、か」
間違いない。光属性の魔力が警鐘を鳴らしている。叫んでいる。
ギリッと歯を食いしばり、拳を握りしめて光属性の叫びを代弁するように、呟いた。
「__まだ、終わってねぇのかよ」
最後の戦いは、まだ終わっていない。
その言葉を肯定するように、黒い球体がまた脈を打った。




