十四曲目『英雄たちの集い』
アスカさんは闇属性に背を向けて、俺の方へと近づいてくる。だけど、その姿には一切の隙が見当たらなかった。
闇属性がいつ攻撃してきてもすぐに対応出来るように油断せずに、アスカさんは優しく俺の頬を撫でて右耳を見つめる。
「鼓膜がやられてるね。とりあえず……<カランド>」
そして、アスカさんは音属性魔法の痛覚緩和を俺の右耳に使ってくれた。
ズキズキと痛んでいた右耳から痛みが消えるたけど、治った訳じゃない。まだ蓋をされたように聞こえない右耳に、アスカさんは眉をひそめる。
「音楽をやってる私たちにとって、大事な聴覚を奪うなんて……本当、酷いことをするね」
「あ、ありがとうございます。それより、どうしてここに」
ここにいるアスカさんは、俺たちのライブ魔法で召喚した精神体だ。
ライブ魔法を使ってない今、本当ならアスカさんは姿を保てずに消えるはず。なのに、アスカさんは姿を保ったままだった。
唖然としていると、アスカさんはニッと口角を上げる。
「まぁ、簡単に言うと__気合いと根性だよ!」
「え、えぇ……」
「というのは半分冗談で。神域にいる本体の魔力をどうにか引っ張ってきて、タケルたちが作ってくれたこの体を維持してるだけだよ。でも、そこまで長くは維持出来ないと思う」
気合いと根性というのは、あながち間違ってないみたいだ。
アスカさんは自分の手を握りしめると、小さく微笑んだ。
「時間は限られてる。だから、その短い時間で__私は、私がやらなきゃいけないことをしないと」
「やらなきゃいけないこと?」
首を傾げていると、アスカさんは思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ。それよりも……<ヴィーヴォ>っと」
そう言ってアスカさんが使ってくれたのは、活力上昇。アスカさんのおかげで、今までの戦闘の疲れがスッとなくなった。
すると、アスカさんはクスッと小さく笑みをこぼす。
「懐かしいね、覚えてるかな? キミたちがこの国から脱出する時に、ロイドと戦った時のこと」
そう言われて、思い出した。
ガーディ__闇属性に騙されてたことに気付いてこの国から逃げようとした俺たちだったけど、そこで立ち塞がってきたのはロイドさん……俺たちの師匠で、過去にアスカさんと共に戦場を駆けていた人と戦った。
そして、負けそうになって諦めかけていた俺は、琵琶の音色を聞いた。
その時に現れたのは、アスカさんの幻影。最初は分からなかったけど、俺はアスカさんに助けられたんだ。
そういえば、あの時もアスカさんは俺にカランドとヴィーヴォをかけてくれたな。
頷くと、アスカさんは俺の肩に手を置いて微笑む。
「さて、タケル。キミはちょっと休んでてね。選手交代だよ」
「そんな、俺も戦いま……ぐッ!」
一人で戦おうとするアスカさんに慌てて立ち上がろうとして、グラッと体がよろめいた。
アスカさんのおかげで痛みと疲労が取れたとしても、体力までは回復していない。体が限界を迎えていたことを自覚して顔をしかめていると、アスカさんはポンポンと俺の肩を叩く。
「いいから、ここはお姉さんに任せなさい」
「でも……」
「大丈夫」
それでも俺が戦おうとすると、アスカさんは俺に背中を向けた。
「__私もRealizeの一員なんでしょう? 仲間を信じて」
背中越しに口角を上げたアスカさんを見て、俺は何も言えなくなった。
そうだ。もう、アスカさんはただ憧れていた存在じゃない。
今は、俺たちRealizeの新メンバーだ。
素直に従うことにした俺にアスカさんは満足げに頷くと、改めて闇属性の方へと顔を向けた。
闇属性は忌々しげに顔を歪め、ギリッと歯を食いしばる。
「アスカ・イチジョウ、過去の英雄。我を討とうと属性神へと成り果て、何も出来なかった貴様が、今更何をしに来た?」
「当然、あんたを倒しに……って、言いたいところだけどね。生前にやり残していたことをしに来たんだ」
闇属性の言葉にアスカさんは肩をすくめると、剣を構えて言い放つ。
「__大事な仲間を解放しに、ね」
アスカさんの仲間、それはロイドさんだけじゃない。
今もなお闇属性に支配されているガーディもまた、過去に共に戦ってきた仲間だ。
すると、闇属性はクツクツと笑い出す。
「ククッ、クハハハハッ! 何を言うかと思えば、くだらんことを。ガーディを解放する? 無駄だ。我とガーディはもはや同化し、一体となっている。解放など出来ぬわ!」
アスカさんの覚悟を嘲笑った闇属性は杖を振り、いくつもの黒い触手を向かわせた。
うねりながら向かってくる触手に、アスカさんは自分から前に出る。
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
声を張り上げて地面を蹴ったアスカさんは右から伸びてきた触手を剣でいなし、流れるように半回転して左からの触手を受け止めた。
だけど、触手の勢いに負けて吹き飛ばされる……いや、違う。自分から後ろに跳んで衝撃を逃した。
そのまま壁に向かっていったアスカさんは空中で姿勢を整え、壁に足をつける。
「てやぁぁッ!」
「ちぃッ!」
追いかけてくるいくつもの触手に対してアスカさんは壁を走りながら避けると、弾丸のように闇属性がいる玉座へと飛び込んだ。
舌打ちした闇属性は行手を阻むように触手を束ね、飛び込んでくるアスカさんに向けて一直線に伸ばす。
「<レイ・スラッシュ>」
だけど、アスカさんは飛び込みながら一瞬で剣身と魔力を一体化させると、レイ・スラッシュで一気に触手を薙ぎ払った。
俺とは比べ物にならないほど速く、洗練されたレイ・スラッシュだ。
衝撃と共に薙ぎ払われた触手の間を潜り抜けたアスカさんは、闇属性へと肉薄する。
「せやぁッ!」
「ぐッ!?」
一瞬で距離を詰めたアスカさんは剣を振り下ろし、闇属性は杖で受け止めた。
ギリギリと火花を散らしながら剣と杖がせめぎ合い、拮抗する。
「なめ、るなッ!」
そこで、闇属性はアスカさんの剣を杖で跳ね除けると、頭上に三つの黒い魔力弾を作り出して放った。
アスカさんはすぐに後ろに跳び、華麗にバク転しながら魔力弾を避けて距離を取る。
そして、アスカさんが地面に着地したのと同時に、闇属性はまた黒い触手を飛ばして攻撃してきた。
「くッ!」
左右から伸びてくる触手を剣で打ち払いながらアスカさんは玉座から降り、闇属性を見上げる。
闇属性は攻撃の手を止めると、憎々しげにアスカさんを見下ろしていた。
「さすがは、英雄と呼ばれた女だ。属性神と成り果てても、その力は健在か」
「甘く見ないで欲しいね。私だって、これでも鍛錬を続けてきたんだ。この時を、ずっと待ってた……私の手で、ガーディを解放するこの時を」
「ふん、無駄な努力を。音属性しか使えん貴様に出来るはずがないだろう」
アスカさんの今までの努力を嘲笑うと、闇属性はニタリと口角を上げる。
すると、アスカさんは剣の切っ先を闇属性に向け、体から音属性の紫色の魔力を勢いよく噴き上げた。
「そうだね、たしかに闇属性のあんたには音属性の攻撃は効かない。だけど、ガーディの体にはダメージを与えられる。だったら……ぶん殴って、無理矢理にでもガーディの目を覚まさせてやる」
「ククッ、世迷言を。ガーディの意志は我が闇の深淵へと閉じ込めている。貴様のような属性神へと成り果てた過去の遺物に、出来るはずがない」
「何度も言わせないで。出来る出来ないじゃない……やるんだ!」
地面を踏み砕きながら、アスカさんは玉座へと駆け抜ける。
闇属性は笑いながら杖を振り、無数の魔力弾を放った。
「<レイ・スラッシュ>」
アスカさんは音属性の魔力と剣身を一体化させ、レイ・スラッシュを持続したまま魔力弾を斬り払う。
まるで舞を踊っているかのように、流麗で苛烈な動きでいくつもの魔力弾を斬り捨て、打ち払いながら前へと突き進んでいた。
「__ガーディ! いつまでそんなのに支配されてるの!?」
アスカさんは魔力弾を斬り払いながら、叫んだ。
「私が知ってるあなたは、そんな柔じゃない! 立派な王様になるために、身分を隠してまで! 私たちと一緒に戦ってきた!」
言葉一つ一つに込められた想いが、闇属性に囚われているガーディへとぶつけられる。
「災禍の竜と戦うと私が言った時、あなたは最初は止めた! それでも、最後には私たちと一緒に戦ってくれた! ボロボロになっても! 私が諦めそうになった時も! あなたは、諦めなかった!」
玉座への階段を魔力弾を打ち払いながら一歩ずつ、アスカさんは登って行く。
闇属性は苛立たしげに舌打ちしながら、杖を振り上げて頭上に巨大な黒い魔力弾を作り出した。
それでも、アスカさんは歯を食いしばり、ガーディに向かって叫んだ。
「__立派な王様になって、国民と愛する国を守るんでしょう!? 違うの、ガーディ・マーゼナル!」
闇属性が杖を振り下ろして巨大な魔力弾を放とうとした、その刹那。
「____ッ」
その動きが、一瞬だけ止まった。
そして、その隙を突いてアスカさんは剣を投げ捨て、一気に玉座へと飛び込んだ。
力強く握り締められた右拳を振り上げ、闇属性へと肉薄し__。
「__いい加減、目を覚ませッ!」
思い切り、ガーディの頬に拳をめり込ませた。
アスカさんに殴り飛ばされた闇属性はたたらを踏み、グラリと倒れそうになる。
「こ、の……ッ!?」
「きゃッ!?」
すると、闇属性は怒りに染まった表情で杖をアスカさんに向け、泥のような黒い魔力を放った。
アスカさんは避けることが出来ず、泥に飲み込まれていく。そして、そのまま泥はアスカさんの体を包み込み、大きな黒い球体になった。
アスカさんを拘束した闇属性は口角から流れる血を指で拭うと、ニヤリとほくそ笑んだ。
「我が殴られるとはな……それに、まさか我が闇の深淵へと完全に閉じ込めていたはずのあいつが、ほんの少しでも顔を出すとは。だが、無意味だ」
闇属性はアスカさんを閉じ込めている黒い球体を蹴ると、ゴロゴロと階段を転がって地面へと落ちる。
そして、闇属性は杖を向けてトドメを刺そうとしていた。
「うるさい羽虫はいなくなった。あとは、駆除するのみ。属性神へと成り果てた過去の英雄、アスカ・イチジョウ。二度と現世に戻れないよう、徹底的にすり潰してやろう」
黒い球体は徐々に萎んでいき、中にいるアスカさんを圧殺しようとしている。
「アスカさん!」
アスカさんを助けようと俺が駆け出そうとした__その時。
「__邪魔だ、タケル。退いてろ」
俺の横を、一陣の風が通り抜ける。
ここにいないはずの、聞き覚えのあるその声に驚いているのも束の間、風は一気に黒い球体へと一直線に向かっていった。
チャキ、と鞘から剣を抜き放ち、黒い球体に向かって剣を薙ぎ払う。
「__おらぁッ!」
一閃。
風を斬る音が遅れて聞こえるほどの速度で振られた剣は、黒い球体を斬り払った。
球体は破裂し、黒い泥が地面へボタボタと滴る。そして、中にいたアスカさんは無傷のままクスッと小さく笑みをこぼした。
「遅かったね?」
「うるせぇっての。俺は人間で、しかも怪我人だぞ? これでも急いだ方だ」
その男はアスカさんに向かって呆れたようにため息を吐き、剣を肩に乗せて首を横に振る。
「ったく、片や神になってるし、片や変なのに支配されてるし。お前らは何をやってんだ」
「あなただって騙されて、囚われてたでしょ? 人のこと言えないよ」
「やかましい。一緒にすんな馬鹿野郎」
頭や腕に包帯を巻いた、ボロボロの姿。肩で息をしながら汗を流したその人は、短く切り揃えた銀髪をガシガシと掻きながら、鋭い眼光で闇属性を睨む。
「揃いも揃って馬鹿ばかりだ。俺を置いて勝手に盛り上がってんじゃねぇよ」
「その馬鹿の仲間のあなたは、どうなの?」
「あぁ? 決まってんだろ」
左頬に大きな傷がある、四十代ぐらいの男。
ユニオンマーゼナル支部のユニオンマスターにして、俺たちの師匠。
過去にアスカさんとガーディと共にあらゆる戦場で戦ってきた、この世界で指折りの剣士。
「__俺も、馬鹿の一人だ」
ロイド・ドライセンが、そこにいた。




