十三曲目『絶望の淵の救い』
「あ、あ……?」
まるで蓋をされてるかのように、右耳から何も聞こえない。ただ、重い痛みが絶え間なく響き、脳みそを殴りつけられてるみたいだ。
鼓膜だ。今の断末魔を近距離で聴いたことで、右の鼓膜が破れたんだ。
立ち上がろうとすると、足がふらついて力なく尻餅を着く。
「あ、の、野郎……ッ!」
尻餅を着いたまま、拳を強く握りしめる。あいつは、闇属性は、大事な物を傷つけやがった。
聴覚。ボーカルの俺にとって、喉と並ぶほど大事な器官。
それを、あいつは嘲笑うように簡単に奪ってきた。怒りの感情が沸々と煮えたぎり、すぐにでもぶん殴りたい気分になる。
だけど、上手く立てない。バランスが取れない。このままだと、戦えない。
「く、クク……クハハハハハッ! 無様だなぁ、人間。滑稽だなぁ、人間ッ!」
そんな俺を見て、闇属性は高らかに笑っていた。
腹を抱え、目尻に涙を溜めながら大笑いしていた闇属性は、ニタリと口角を歪ませる。
「たったこれだけのことで、貴様はもう戦えない。大事な、おんがくとやらも出来ない。あぁ、無様だ。地面を這い回ることしか出来ない虫ケラが逆らうから、こんなことになるのだ」
そう言って、闇属性は無造作に手を横に振った。
放たれたのは、黒い衝撃波。避けようとしたけど、反応が遅れてそのまま衝撃波に吹き飛ばされる。
「あ、がッ!?」
地面を三回バウンドしながら転がり、壁に背中から叩きつけられた。
痛みに顔をしかめていると、無事な左耳に闇属性の声が聞こえてくる。
「どうした? もう終わりか? たかだか右の聴覚を失ったぐらいで、戦う気が失せたか?」
ニタニタと笑いながら、闇属性は杖を掲げた。
すると、闇属性の周囲に無数の黒い魔力弾が浮かび上がり、俺に狙いを定めている。
「こ、の……あ、<ア・カペラ>……ッ!」
解除されたア・カペラを使おうとしたけど、発動しない。
「な、なんで……? <ア・カペラ!><アレグロ!><フォルテッシモ!>」
もう一度使おうとしても、発動しない。それだけじゃない、他の魔法もそうだった。
その理由は、すぐに思い至った。
「音程が、分からない」
右の聴覚を失ったことで、左右の音のバランスが崩れているからだ。
音属性魔法の特性は、音。音波を魔力として放つことで、発動する魔法だ。
つまり、右の聴覚を失って音程が取れなくなっている今の状況では……音属性魔法は、使えない。
愕然としていると、闇属性はまるでようやく理解したかと言いたげに鼻を鳴らした。
「貴様が使う音属性魔法は、過去に一人しか使い手がいなかった。その使い手と、この体……ガーディは何年一緒にいたと思っている?」
闇属性は、杖を俺に向けて言い放つ。
「__貴様よりも、我の方が音属性について理解が深い」
そして、無数の黒い魔力弾が俺に向かって放たれた。
剣を杖にしながら壁に背をつけて立ち上がるも、すぐに膝が折れる。
避けられない。そう判断した俺は、纏っていた真紅のマントを引っ張って身を守るように広げた。
「ぐ、あぁぁぁあぁぁあぁぁぁッ!」
無数の魔力弾がマント越しに撃ち込まれ、衝撃に壁に体が押しつけられる。
絶え間なく襲い掛かる衝撃に、歯を食いしばりながら耐え続けた。
どのぐらい耐えていたのか、分からない。永遠にすら感じられた魔力弾の嵐は、徐々に静かになっていった。
「ほう?」
モウモウと立ち込める砂煙の中、闇属性の意外そうな声が聞こえる。
だけど、俺は何も答えることが出来ずに、ズルズルと壁に背中を預けたまま座り込んだ。
「そのマント、中々の逸品だな。まさか、今の猛攻を防ぎ続けるほどの防御力を持つとは」
俺が纏っている真紅のマントは、俺のことを助けてくれた魔女__先生がくれた餞別。
先生が作った、あらゆる攻撃から身を守るこの世界にたった一つしかない、最高傑作だ。
だけど__。
「だが、もはや限界だな」
砂煙がなくなるのと同時に、俺は前のめりに倒れた。
ふわりと揺れる真紅のマントは砂埃で汚れ、破れ、穴だらけのボロボロになっている。
あれだけの猛攻を耐え続けていたマントは限界を迎え、ボロ布と言ってもいい有様になっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
そして、俺自身もボロボロだった。
マントのおかげで致命傷は避けられたけど、全身が痛い。頑丈な防具服も破れ、そこから覗く肉体には打ち身のような内出血が至る所に出来ていた。
「ぐ、う、おぉ……ッ!」
ビキビキと骨と筋肉が悲鳴を上げ、全身に鋭い痛みが迸っていく。
それでも、どうにか体を起こし、剣を杖にしながら片膝を着いた。腕が震え、力が入らない。今すぐにでも剣を取り落としそうだ。
「まだ、だ__ッ!」
だけど、まだ生きてる。なら、戦える。
ボロボロになったマントを脱ぎ、グルグルと剣を持つ右手に柄ごと巻きつけた。
そして、力の入らない左手と口を使って、絶対に外れないようにしっかりと強く縛る。
これで、剣を手放さずに済む。震える足に鞭を打ち、壁に手を付きながらどうにか立ち上がることが出来た。
そんな俺の姿を見た闇属性は、呆れたようにため息を漏らす。
「その諦めの悪さは、もはや賞賛に値するかもしれんな。どうしてまだ戦おうとする? そんな体で、我に勝てるとでも?」
左耳に届いた闇属性の呆れの声に、歯を食いしばりながら笑って見せた。
「言った、だろ……この程度で諦めるほど、俺は聞き分けがよくないって」
玉座に立っている闇属性に、剣の切っ先を向けて言い放つ。
「__人間、舐めんなよ」
右の聴覚は失い、音属性魔法は使えない。体はボロボロで、今にも倒れそうなほどフラフラだ。
だけど、俺の心はまだ折れてない。負けを認めていない。
「帰るんだよ、俺は……みんなと、一緒に。夢半ばで、死ぬ訳にはいかねぇんだよ」
一歩、また一歩と歩き出す。
向かう先は、闇属性がいる玉座。俺を見下している、あいつの元へ。
「それに、俺にはまだ残ってる。音属性が使えなくても__もう一つ、残ってる」
そして、体から白い魔力が噴き上がった。
俺が使える、もう一つの属性。闇を祓う、光の力。
光属性の魔力がボロボロの俺の体に、ほんの少し活力を与えてくれた。
「そうか……ならば、その弱く儚い光をも飲み込んでやろう」
そう言って、闇属性はまた無数の黒い魔力弾を生み出す。
「ふぅぅぅぅ……」
正念場だ。
強がっていたけど、正直もう限界を超えている。ここで負ければ、間違いなく終わりだ。
音属性が使えない以上、光属性だけでどうにかするしかない。だけど、俺はまだ光属性の全てを引き出せていない。
光属性には、他の魔法と比べて特定の魔法は存在しない。だから、今まで俺はレイ・スラッシュでしか光属性を使ってこなかった。
だけど、それは違う。俺は、光属性の使い方を履き違えていた。
集中する。極限状態、死ぬ一歩手前の俺の集中力は、今までの比じゃないほど鋭く洗練されているのを感じた。
「終わりだ」
そして、闇属性が無数の黒い魔力弾を放ってくる。
空気を切り裂きながら向かってくる魔力弾に対して、俺は光属性の魔力と剣身を一体化させた。
「__<レイ・スラッシュ!>」
ふらつきながら、剣を薙ぎ払う。
白い三日月型の斬撃が、向かってくる黒い魔力の半分を斬り払った。
だけど、残りの半分。それを防ぐ手立ては、ない。
__今までだったら。
「お前が教えてくれたんだ」
ボソッと呟きながら、左手に光属性を集める。
そして、勢いよく左手を振り払った。
俺の手の軌道に合わせて、白い衝撃波が放たれる。そのまま、残った半分の黒い魔力弾をかき消した。
「……何?」
その光景を見た闇属性が、訝しげな表情を浮かべる。
これで終わらせるつもりだったであろう闇属性に向かって、左手を伸ばして人差し指を向けた。
「お前の魔法を見て、分かった。俺の中に宿る光属性も、似たようなものだって。光と闇の魔法には、他の魔法とは違って特定の魔法名は存在しない……つまり、どんな魔法でも使えるんだろ?」
今まで闇属性の攻撃は、無詠唱だった。だけど、闇属性は魔力弾やバリア、衝撃波とあらゆる魔法を操っている。
てことは、似たような光属性も同じなはずだ。
そして、その考えは当たっていた。
「自分がイメージした通りに、魔法を放てる。それが、本来の光属性の使い方だ」
詠唱しなくても、攻撃も防御も出来る。それだけじゃない、自身の強化だって出来る。
それこそが、光属性の本来の使い方。扱い方だ。
すると、闇属性は呆気に取られた表情を浮かべていた。
「……そうか。それが、貴様の答えか」
ふと、違和感を感じる。
闇属性は驚いているというより……呆れている?
「まぁ、いい。なら、これならどうだ?」
感じた違和感に疑問を持っていると、闇属性はまた魔力弾を生み出して放ってきた。
すぐに俺は光属性の魔力を集め、同じように魔力弾として放つ。
光と闇の魔力弾はぶつかり合い、相殺することが出来た。
「ほら、どうした? 終わりか?」
だけど、闇属性は続けて魔力弾、衝撃波と攻撃を続けてくる。俺も同じように魔力弾と衝撃波を放ちながら、歩みを進めた。
光と闇、白と黒がぶつかり合い、相殺し、消えていく。
その間に一歩ずつ、少しずつ闇属性がいる玉座へと向かっていった。
「くッ、がぁッ!?」
だけど、相殺し切れなかった魔力弾が、俺の左手に当たって仰け反る。
俺の光属性の扱い方と、そもそも闇属性そのもののあいつとは、練度が違い過ぎた。
それでも、傷つきながら光属性の魔法を放ち、前へと進む。
「次はこれだ」
今度はレイ・スラッシュのように、黒い三日月型の斬撃を放ってきた。
すぐに剣を振り、俺も白い斬撃を放つ。
「ぐぁッ!?」
斬撃同士がぶつかり、爆発した。
その衝撃に吹き飛ばされそうになるのを、剣を床に突き立ててどうにか堪える。
今のは、俺の魔力が少なかったせいで相殺出来なかった。次は見誤らない。
そう思って顔を上げた俺は__。
「は?」
愕然とした。
闇属性の頭上にあったのは、漆黒の巨大な球体。
それを見た瞬間、悟ってしまった。
__あれは、防げない。
「あぁ、そうだ。一つ、貴様の間違いを正してやろう」
闇属性は出来の悪い生徒に言い聞かせるように、呟く。
その目には、俺を憐れんでいるような感情が篭っていた。
「貴様の光属性の扱いは、間違ってはいない。だがな__それは、本来の使い方ではない」
「……え?」
闇属性の言葉に、唖然とする。
はっきりと、闇属性は俺が考えていた光属性の本来の使い方を否定した。
そして、それが真実だと本能が理解していた。
「終わりだ、人間。その間違った考えと共に、闇に飲まれて消えろ」
足を止めた俺に、闇属性は巨大な漆黒の球体を放ってくる。
床を削り、飲み込みながら向かってくる球体に対して、俺は。
「そん、な……」
__絶望に打ちひしがれ、動けずにいた。
目前にまで迫ってきた球体に、俺はゆっくりと剣を下ろして目を閉じる。
ごめん、みんな。
心の中でみんなに謝罪した俺は、そのまま闇に体を飲み込まれ__。
「諦めるなんて、らしくないよ?」
優しい声が左から聞こえると、風が吹き抜けていった。
目を見開くと、そこには一人の女性の背中。
「__<レイ・スラッシュ>」
俺なんかとは比べ物にならないほど洗練されたレイ・スラッシュが放たれ、巨大な球体が真っ二つに斬り裂かれる。
轟音と共に吹き付けてくる暴風に目を細めながら、俺はその背中を見つめ続けた。
華奢な背中のはずなのに、そこから感じる歴戦の剣士の気迫。
吹き付ける暴風をもろともせずに、悠然と立つその姿。
振り抜いた剣を払い、ゆっくりと振り返る彼女は優しく微笑んだ。
「そうでしょ、タケル?」
「アスカ、さん……ッ!」
俺の憧れで、音楽を始めるきっかけをくれた人。
そして、この世界で英雄と呼ばれ、幾多もの戦いをくぐり抜けてきた人。
__アスカ・イチジョウが、そこにはいた。




