十二曲目『力の差』
まるでそれは、機関銃のように連射された砲弾だった。
絶え間なく降り注ぐ闇属性の魔力弾を、光属性の魔力を帯びたレイ・スラッシュを持続したまま剣を振り続ける。
白い斬撃が魔力弾を斬り払い、その衝撃に手がビリビリと痺れた。
「ぐ、あぁッ!」
それでも顔をしかめて歯を食いしばりながら堪え、縦横無尽に剣を振る。
広い玉座の間に轟音と爆音が鳴り響き、外れた魔力弾が壁や床を砕いていく。
闇属性との戦闘が始まって、まだ一分ぐらい。だけど、玉座の間は最初の絢爛豪華な内装が見る影もなく、ボロボロな廃墟のようになっていた。
「どうした勇者よ。一歩も前に進めていないぞ?」
視線の先、玉座に頬杖をついてふんぞり返っている闇属性がニタニタと笑う。
そして、闇属性の周囲に浮かんだ無数の黒い魔力の塊が、俺に向かって放たれた。
舌打ちしながら背中を向けるように半回転して、遠心力を使った薙ぎ払いで全て斬り払う。
「うる、さいッ!」
「クククッ、最初の威勢はどうしたことやら。このまま痛ぶるのもいいが……それでは芸がないな」
そう言って闇属性は顎に手を当てて考え込むと、ニヤリと口角を歪ませた。
「ふむ、これはどうだ?」
闇属性が杖を振るうと、頭上に大きな黒い魔力の塊が作り出される。
それを見た瞬間、ゾクリと背筋が凍った。明らかに今までと何かが違う。
「ほら、防いでみろ」
轟音を響かせて放たれた巨大な闇の魔力は、瓦礫を飲み込みながら俺に向かってきた。
言いようのない違和感を押し込め、光属性の魔力の出力を強める。
眩い白い光を放つ剣身を振り上げ、真っ向から立ち向かった。
「<レイ・スラッシュ!>」
振り下ろした軌道に合わせて光属性の斬撃を放ち、巨大な黒い魔力とぶつかり合う。
バチバチと音を立てながら拮抗し、そして__。
「__が、は……ッ!?」
拮抗していたのは、一瞬だけだった。
俺が放った光属性の斬撃にジワリと闇の黒色が滲んだ瞬間、俺の体は轟音と重い衝撃に吹き飛ばされる。
そのまま何もする暇もなく背中から壁に打ち付けられ、痛みに意識が飛びかけた。
今の衝撃で肺から血と共に空気が吐き出され、ズルズルと壁からずり落ちる。
「ま、さか……お前……」
膝を着く前に剣を床に突き立て、どうにか倒れるのを堪えた。
そして、一瞬しか見えてなかったけど間違いなく、闇属性がしたことが分かった。
口から滴る血を腕で拭い、離れた場所でニヤついている闇属性を睨みつける。
「お前、俺の光属性を飲み込んだのか?」
レイ・スラッシュの白い斬撃と巨大な闇の魔力が拮抗していた時、まるで滲むように闇属性が侵食してきた。
そのまま飲み込まれるように光属性の魔力が闇に塗り潰され、魔力コントロールが乱れた結果、暴発した光属性と闇属性の衝撃によって俺は吹き飛ばされた。
すると、闇属性はパチパチと拍手で返してくる。
「脆弱な人間にしてはいい眼をしているな。ほんの少し、闇の力を強めれば……貴様ごときの弱い光に我が闇を祓えるほどの力はない」
闇を祓える光の力でも、強力な闇の前では通用しない。
これが、光属性を宿した人間と闇属性そのものの力の差だった。
額が切れたのか、ダラリと流れた血が俺の視界を赤く染める。
「どうだ、勇者よ。いい加減、無駄だと諦めたか?」
嘲笑うように鼻で笑う闇属性に、俺は剣を構え直した。
「冗談。まだ戦いは始まったばかりだ。それと、この程度で諦めるほど__俺は、聞き分けがよくないんだよ」
腰にあるパワーアンプを起動して、魔力を練り上げる。
すると、音属性の紫色の魔力と白い光属性の魔力が混じり合い、体から勢いよく噴き出した。
闇属性は呆れたようにため息を漏らすと、また周囲に無数の黒い魔力を生み出す。
「愚かだな。本当に、愚かだ。その諦めの悪さ、見苦しいにも程がある」
「それが人間だ。覚えておけ」
どんな状況でも、諦めずに前を向いて歩く。
それが人間だ。それが、生きるってことだ。
ゆっくりと深呼吸してから足に力を込め、真っ直ぐに玉座にふんぞり返っている闇属性を見据える。
「__<ア・カペラ>」
そして、ア・カペラを発動した。
噴き出していた魔力が俺の体を極限まで強化し、蹴り抜いた足が床を踏み砕く。
白混じりの紫色の光の尾を引きながら一気に玉座の間を駆け抜け、闇属性の元へと向かっていく。
同時に、闇属性は杖を振って俺に向かって無数の魔力弾を放ってきた。
「__うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
声を張り上げ、向かってくる無数の魔力弾を無数の斬撃で応戦する。
斬り払い、打ち払い、弾きながら、前へ。
斬るのが間に合わなかった魔力弾は避け、頬や体を掠めても、前へ。
少しずつ、一歩ずつ前へと進み、徐々に闇属性がいる玉座に近づいていく。
「ちッ……ならば、これでどうだ?」
着実に近づいてくる俺を見て恨めしげに舌打ちした闇属性が、魔力弾の数を増やしてきた。
だけど、数を増やした時に一瞬だけ魔力弾の嵐が止み__ほんの少し、隙が生まれる。
「てあぁぁッ!」
その隙を、俺は見逃したりしない。
勢いよく振り上げた剣を、床に向かって叩きつける。
そして、その衝撃に砂煙が舞い上がり、俺の姿を隠した。
「な__ッ!?」
砂煙の中、ずっと余裕そうだった闇属性の驚いた声が聞こえる。
同時に、床を蹴り抜いて加速した俺は、玉座の間に向かって跳び上がった。
弾丸のように砂煙から抜け出すと、眼下にさっきまで俺がいた場所を見つめている闇属性の姿を捕捉する。
「そ、こ、だぁぁぁぁぁぁッ!」
天井に足をつけた俺は、そのまま下にいる闇属性に向かって落下した。
俺の気付いた闇属性が顔を上げる姿を睨みつけながら、剣身と魔力を一体化させる。
「ちょこざいなッ!」
怒りに顔を染めた闇属性は身を守るように、黒い魔力で出来たドーム型のバリアを張っていた。
だけど、関係ない。どれだけ硬い防御だろうと__。
「__<レイ・スラッシュ!>」
打ち砕いてみせる。
落下するスピードのままバリアに向かって剣を叩きつけたけど、バリアに阻まれて闇属性には届かない。
着地した俺はすぐに駆け出し、レイ・スラッシュを持続させたまま今度はバリアに向かって薙ぎ払う。
「<二重奏!>」
重い轟音が響き渡り、バリアがビリビリと振動する。
まだだ。今度はバリアの側面に移動して、背中を向けるように回転しながら振り向き様に剣を振り抜く。
「<三重奏!>」
ギャリギャリと金属同士を擦り合わせたような音と共に、バリアに剣撃を叩き込んだ。
もっとだ。剣を振り抜いた体勢から跳び上がり、今度はバリアの上部に向かって剣を振り下ろす。
「<四重奏!>」
バリアと剣がぶつかり合い、火花が散る。
そのままバリアを飛び越えて反対側に着地した俺はミシミシと柄を強く握りしめ、右足を強く踏み込んで剣を振り上げた。
「__<五重奏!>」
最後に、渾身の一撃をバリアに叩き込む。
音属性レイ・スラッシュのバリエーション、五重奏までの連続攻撃。一瞬の間のあとに、その全てが効果を発動する。
最初の音の衝撃が、バリアを大きく震わせた。
次にバリアの正面に二回の衝撃が迸る。
今度はバリアの側面に三回の衝撃が刻まれ、ビキビキと音を立ててヒビが入った。
続けてバリアの上部に四回の衝撃が走り、さらにヒビが大きくなる。
そして最後に、五回の音の衝撃が叩き込まれた。
「__砕けろぉぉぉぉぉぉッ!」
一。バリアに大きな亀裂。
二。バリア全体にヒビが入る。
三。砕けたバリアが空気に溶けるように霧散する。
四。大きく砕けたバリアの先で、目を見開く闇属性の姿が見えた。
五。一際大きな音の衝撃波が、強固な闇属性のバリアを完全に吹き飛ばした。
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁッ!」
「だあぁぁぁぁぁぁッ!」
バリアが打ち砕かれたことに激昂する闇属性に向かって、剣を振り上げながら肉薄する。
闇属性は舌打ちすると、俺が振り下ろした剣を杖で防いだ。
鈍い金属音が玉座の間に轟き、闇属性と鍔迫り合いになった俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「ここまで来たぞ、闇属性……ッ!」
「人間、ごときがぁ……ッ!」
闇の魔力弾の嵐を潜り抜け、強固なバリアを打ち砕き__長い長い旅の果てに、俺はとうとうここまで来た。
ギリギリと火花を散らしながら剣と杖がせめぎ合い、憤怒に染まった鬼のような形相で睨む闇属性が、目の前にいる。
闇属性はギリッと歯を鳴らすと、杖をグルリと回して俺をいなしてきた。
「ナメんなッ!」
受け流されそうになるのを必死に堪え、闇属性の首に向かって剣を薙ぎ払う。
それを闇属性は杖で防ぎ、恨めしげに舌打ちした。
「こ、の、脆弱で愚かな人間がぁ! 虫ケラの分際で我に剣を振るうとは、身の程を知れッ!」
「その脆弱で愚かな人間にここまで肉薄されておいて、偉そうに!」
「えぇい! 離れろぉッ!」
すると、闇属性は足を踏み込み、そこから闇の魔力が噴き上がる。
魔力に吹き飛ばされた俺は玉座に至るための階段を転げ落ち、受身を取って即座に立ち上がった。
見上げるとそこには肩で息をしている闇属性の姿。闇属性は歯をギリギリと食いしばると、俺を見下すように睨みつけてくる。
「貴様を侮っていたことは認めよう。虫ケラごときが我が玉座まで至り、肉薄するなど思ってもいなかった」
「今度は、斬る」
俺を侮っていたことを悔しさを滲ませながら認める闇属性に、俺は剣を向けた。
惜しいところまで行ったんだ、今度は完璧に斬ってやる。
だけど、闇属性はまだ余裕なのかニタリと口角を歪ませていた。
「少しばかり、本気を出してやろう。光栄に思えよ、人間」
そして、闇属性は杖を振った。
すると、俺の周りに黒い塊が生み出され、ユラユラと近づいてくる。
「なんだ……?」
「貴様、耳がよかったな?」
プカプカと浮かぶ攻撃する意志を感じられない黒い塊に警戒していると、闇属性が問いかけてきた。
何を、と俺が口を開こうとした__その時。
浮かんでいた黒い塊が俺の右耳近くに来ると、まるで人間のような大きな口がパカッと開いた。
__キィヤァァァァァアァァァァアァァァァァァァァッ!
そして、黒い塊から耳をつん裂く断末魔が放たれる。
「あ…………?」
バツン。
右耳からそんな音が聞こえると、グラリと視界が揺れ動いて立ってられなくなる。
足に力が抜けた俺は両膝を着き、口をワナワナと開けながら天井を見上げた。
右耳からダラッと、暖かい液体が垂れるのを感じる。それが血だと分かるのに、数秒かかった。
そして、俺の右耳から__音が、聞こえなくなった。




