十一曲目『最終決戦』
今話からタケル視点になります。ご了承下さい。
階段を登り終えた先にあったのは、見覚えのある大きな扉。
その扉の向こうにはガーディ__闇属性がいる、謁見の間がある。
「ようやく、たどり着いたな」
息を整えながら、扉に手を置く。鍵はかかってないようで、押せば開くだろう。
だけどその前に、一度深呼吸する。
この異世界に召喚された俺たちは、謁見の間で勇者として戦うことを決めた。闇属性に騙されてた訳だけど、俺たちは決意したんだ。
正義感でも義務感でもなく、ただ困っている人を見捨てたら、自分の中の何かを捨てるような気がしたから。そうすると、俺の歌声が__俺たちの音楽が死ぬような気がしたから。
それから俺たちは修行をして、戦う力を身につけた。この異世界について学んだ。
そして、闇属性の思惑から逃げるために、この国を飛び出して旅を始めた。
その旅の終着点。全ての元凶、闇属性が扉の向こうにいる。
「きゅー?」
感慨深いものが込み上げてきて目を閉じていると、肩に乗っていたキュウちゃんが心配そうに顔を寄せてきた。
キュウちゃんの頭を撫でながら、笑みを浮かべる。
「大丈夫。心配するなって、キュウちゃん」
ワシワシと撫でると、キュウちゃんはコクリと頷いた。
浮かべていた笑みを消して真っ直ぐに扉を見据え、静かに手で押していく。
旅を続けられたのも、ここまでたどり着けたのも、色んな人の助けがあったからだ。
街の外ではまだ多くの人が戦ってる。仲間たちもどこかで戦っている。世界中の人たちが、この戦いを見守っている。
恐怖はない。覚悟は出来ている。
あとは、闇属性を倒して元の世界に戻るだけだ。
「__行くぞ」
そして、一気に扉を開け放った。
見覚えのある赤い絨毯が敷かれた、汚れひとつない純白の壁に囲まれた謁見の間。
絨毯が伸びた先にある豪華な意匠が施された王座に、一人の男が座っている。
退屈そうに頬杖を突いた五十代ぐらいの壮年の男は、俺を見るとニタリを笑みを浮かべた。
「ようやく会えたな、ガーディ・マーゼナル……いや、闇属性」
かつて、英雄と呼ばれたアスカさんやロイドさんと共に戦っていた、マーゼナル王国三十二代目国王、ガーディ・マーゼナル。
その体を乗っ取った意志を持った属性魔法__闇属性。
闇属性はクツクツと笑うと、持っていた金色の杖を撫でながら鼻を鳴らした。
「おぉ、勇者よ。よくぞ戻られた……とでも言えばいいか?」
「ふざけるな。俺は、勇者なんかじゃない」
「クククッ、冗談だ。それにしても、ここまで来れたのは貴様だけか。まったく、なんという脆弱な存在だ」
呆れたようにやれやれと肩をすくめた闇属性は、杖を軽く振る。
すると、どこからともなく無数の黒い球体が現れ、俺と闇属性の周りをプカプカと浮かんでいた。
その球体から光が現れると、空中に映像が映し出される。
城下町の外で戦っている連合軍のみんな、ボロボロの姿で気を失っている真紅郎、足を引きずりながら歩くやよい、頭から血を流して倒れているウォレス、誰かにピアノを聴かせている傷だらけのサクヤ。
そして、凍りついた部屋の中で左腕と右足を失っているアスワド、心配そうに寄り添っているシエンの姿があった。
「みんな……ッ!」
今も続いている城下町の外での壮絶な戦いと、倒れていく連合軍のみんな。傷だらけでボロボロの仲間たちの姿を見て、拳を強く握りしめる。
すると、その映像を見た闇属性は嘲笑うように鼻を鳴らした。
「どうだ、見てみろ。矮小な存在の傷つき、倒れていく姿を。大事な仲間の姿を。弱さを自覚しない愚か者が我に逆らうからこうなるのだ」
「……なんだと?」
闇属性の言葉に、ピキリと額に青筋が浮かぶ。込み上げてくる怒りに握りしめた拳が震える。
だけど、闇属性は気にした様子もなく、口角を歪ませた。
「絆だなんだと馬鹿馬鹿しい戯言をほざき、我の救いを拒む脆弱で無様で愚かな馬鹿ども。どれだけ足掻こうとも無意味だと悟らないで、無駄な争いを続ける雑魚ども。見ていて滑稽だと思わないか? なぁ、勇者よ」
頭の血管がちぎれそうになる。握りしめた拳から血が滲んでいく。
怒りが頂点に達した俺は魔装を展開して剣を握り、切っ先を闇属性に向けて叫んだ。
「__誰が思うか馬鹿野郎ッ!」
ビリビリと俺の叫びが空気を震わせた。
込み上げてくる怒りを、歯が砕けそうになるほど食いしばって堪える。
「全部お前が始めたことだろうッ! 何が救いだ、ふざけるなッ! お前がやってることは救いなんかじゃない、ただこの世界を滅ぼそうとしているだけだッ!」
「それが救いだとまだ分からないか」
「そんな世迷言、理解したくもないッ!」
闇属性が言ってることは理解出来ない。逆に、俺が言っていることを闇属性も理解出来ないだろう。
考え方が違いすぎる。どうやっても、俺たちは理解し合えない。
だったら、やることは一つだ。
「お前を倒して、このくだらない戦争を終わらせる!」
「貴様に出来るとでも? 仲間は傷つき、助けなど来ない。貴様一人で、我を止められるとでも? クククッ……思い上がりも甚だしいな」
余裕そうに玉座にもたれかかる闇属性に向かって剣を構え、魔力を練り上げる。
白い魔力__闇属性と対をなす光属性の魔力が俺の感情に呼応するように噴き上がった。
「思い上がりだろうが関係ない。俺が、お前を倒す」
「無理だな。貴様には出来ない。例え光属性の魔力を持とうとも」
そう言って闇属性は杖を振り上げると、杖の先端にドス黒い魔力の塊が作り出される。
全てを飲み込む闇の塊は、バチバチと紫電を纏わせながらどんどん大きくなっていった。
「我は闇属性。貴様は光属性を身に宿したただの人間。この差がどういう意味か、分かるか?」
あいつは属性魔法そのもの。ほぼ無限と言っていいほどの魔力を持ち、自由自在に闇を操ることが出来る。
対して俺は光属性の力を使えるだけの、魔力に限りがあるただの人間。
その力の差は、火を見るよりも明らかだろう。
だからと言って、諦めることはない。
ゆっくりと深呼吸しながら、光属性の魔力を剣身と一体化させる。
「……無茶だろうが無謀だろうが、どれだけ力の差があろうが知ったことか。そんな些細なことで、俺は止まらない」
白い光を放つ剣を構え、姿勢を低くする。いつでも飛び込める準備を整えると、闇属性は鼻で嘲笑った。
「愚かな。まぁ、いいだろう。この世界の終わりを、貴様の死で告げさせて貰おう」
大きく膨れ上がった闇の塊が、ギュッと勢いよく小さく圧縮される。
あれをまともに喰らえば、間違いなく一撃で死ぬだろう。
「キュウちゃん、危なくないところに避難してくれ……キュウちゃん?」
肩に乗っていたキュウちゃんに声をかけると、キュウちゃんは返事をせずにジッと闇属性を見つめていた。
すると、闇属性もキュウちゃんを見つめているのに気付いた。
「……去れ。目覚めてもいない貴様など、目障りだ」
闇属性の言葉にキュウちゃんは静かに俺の肩から降りると、そそくさと避難していく。
なんだ? まるで、キュウちゃんのことを知っているような口振りだった。
疑問を覚えていると、闇属性は気を取り直すように杖を振り上げる。
「さぁ、決着をつけようか。貴様を殺し、この世界を終わらせる」
「__終わらせない。絶対に」
白く発光する剣を構えたまま、一気に床を蹴って走り出した。
同時に、闇属性は杖を振って圧縮された闇の塊を放ってくる。
白い光の尾を引きながら走る俺と、黒い光の尾を引きながら向かってくる闇の塊。
避けない。強く足を踏み込んで、剣を薙ぎ払う__ッ!
「__<レイ・スラッシュ!>」
白い三日月の剣撃と、闇の塊がぶつかり合う。
そして、轟音が響き渡り、壁や床に大きな亀裂が走っていった。
闇属性との最後の戦いが、幕を開けた。




