二十五曲目『互角』
中庭の中央で、俺たちは足を止めて剣と大剣を振り上げる。
「<フォルテッシモ!>」
振り上げながら一撃超強化を使って振り下ろすと、フェイルは面倒臭そうに舌打ちした。
「チッ……<ミュート>」
俺が使った魔法を打ち消そうと、フェイルは消音魔法を使ってくる。
だけど、そう簡単に消させはしない。
すぐに魔力波を意図的に乱し、打ち消されないようにする。
そして、フォルテッシモ状態の剣の一撃とフェイルが振り下ろした大剣がぶつかり合った。
「ぐ……ッ!」
「ちぃ……ッ!」
鈍い金属音と一緒に火花が散り、剣と大剣が拮抗する。
フォルテッシモを使っているのに、互角だ。
痺れが走る腕に顔を歪ませながら、俺とフェイルは弾かれたように距離を取る。
「チッ、小癪な真似を」
フェイルは吐き捨てるように呟くと、大剣をブンッと振り回してから構えた。
フェイルの消音魔法は、俺が魔法を使った時に必ず放たれる魔力波と同等の魔力波を放つことで、魔法を打ち消す魔法だ。
かなり厄介な魔法だけど、逆に考えれば同等じゃない魔力波を放てば、ミュートは無効化することが出来る。
その方法が、魔法を使った時に放たれる魔力波を意図的に乱すこと。それこそが、唯一のミュート対策だ。
それが分かっているフェイルは、心底面倒臭そうにため息を漏らす。
「たしかに有効な手だが、無駄な足掻きとしか思えないな」
「その足掻きに随分と苦戦してるみたいだけど?」
挑発するようにニヤッと笑いながら言い返してやると、フェイルは鼻を鳴らして大剣の柄をギリッと強く握りしめた。
「思い上がるなよ、雑魚が。だったら、魔力波を乱す暇がないようにしてやる」
そう言って、フェイルは地面を踏み砕きながら走り出す。
やっぱりそう来るよな、と想定内の行動に舌打ちしたい気持ちを抑えて、剣を構えた。
「<アレグロ!>」
敏捷強化を使って遅れて飛び出した俺は、フェイルより先に懐に飛び込む。
強化されたスピードにフェイルは大剣を振り上げながら、鼻を鳴らした。
「<ミュート>」
またミュートで魔法を打ち消されそうになり、すぐに魔力波を乱して無効化する。
そのまま振り下ろされた大剣をサイドステップで避けると、フェイルは即座に大剣を薙ぎ払ってきた。
「<クレッシェンド!>」
向かってくる大剣に俺も剣を薙ぎ払いながら、続けて魔法を使う。
使った魔法は徐々に威力を上げていく、クレッシェンド。
フェイルは俺に魔力波を乱す暇がないぐらいの連続攻撃をしてくるはずだ。
だから、こっちも連続攻撃で迎え撃つ。そのための魔法だ。
「フンッ! デァッ!」
「ぐッ! はぁッ!」
同時に薙ぎ払った剣と大剣が衝突し、その威力に俺の体が弾かれそうになる。
すると、フェイルは薙ぎ払った大剣を振り被り、俺の頭を狙って振り下ろしてきた。
弾かれそうになる体を必死に堪え、下からすくい上げるように剣を振り上げる。
そして、振り上げた俺の剣と振り下ろしたフェイルの大剣がぶつかり、同時に弾かれた。
「チィッ! <ミュート!>」
「まずい!? てぁッ!」
クレッシェンドの効果で一撃ごとに威力を増していく俺の攻撃に、フェイルは舌打ち混じりにミュートを使ってくる。
慌ててまた魔力波を乱してから、剣を斜め上から振り下ろした。
俺の剣と大剣が交差し、そのまま打ち合いにもつれ込む。
「ハァァァァァァッ!」
「てりゃあぁぁぁッ!」
縦振りの大剣に薙ぎ払った剣がぶつかり、振り上げてきた大剣に斜め上からの斬り下ろしで迎え撃った。
徐々に威力を増していく俺の攻撃に、少しずつフェイルは押され始めている。
「猪口才なぁッ! <ミュート!>」
「なッ!?」
六合目の打ち合いの直前で、フェイルは振り下ろしていた大剣をピタリと止めてきた。
フェイントだ。完全に騙された俺は薙ぎ払っていた剣を止めることが出来ずに空を斬る。
そして、フェイルはその場で背中を向けるようにグルリと回り、大剣をフルスイングしながらミュートを使ってきた。
油断していた俺は魔力波を乱すことが間に合わず、ミュートの効果でクレッシェンドの効果が打ち消される。
「や、ば……ッ!?」
咄嗟に剣身を縦に構えて防御の姿勢に入った。
その瞬間__強い衝撃が全身を襲ってくる。
「ぐ、が__ッ!」
まるでデカイ何かが衝突してきたような衝撃に顔をしかめながら、衝撃を殺すために自分から跳んだ。
フェイルは防御なんて関係ないとそのまま大剣を振り抜き、俺の体は軽々と宙を舞う。
腕の痛みと防御を貫いてきた衝撃に脇腹が痛むけど、動けないほどじゃない。
「ぐぅぅぅ! <アレグロ!>」
数メートル飛んだ俺は足から着地し、地面を滑りながら堪える。
そして、すぐにアレグロを使ってフェイルに向かって走り出した。
紫色の光の尾を引きながら中庭を駆け抜けた俺は、フェイルの目の前で急ブレーキ。
「<エネルジコ!>」
フェイルの目の前で止まった俺は腰を半回転させながら剣を横にして構え、筋力強化を使う。
メキメキと音を立てて盛り上がった筋肉の力と、腰のバネを使った遠心力をフルに使って剣を薙ぎ払った。
「その程度の力でッ!」
フェイルはミュートを使う必要もないと判断したのか、大剣を縦にして防ごうとしている。
そのまま剣を大剣に向かって薙ぎ払いながら、俺はニヤリと笑ってみせた。
「__<アジタート!>」
薙ぎ払った剣が大剣とぶつかり合ったその瞬間、俺は魔法を追加で使う。
重い金属音を轟かせながら俺の一撃はフェイルの大剣に防がれた__だけど、それで終わらない。
俺の剣の軌道を追うように魔力で出来た剣が、フェイルの首元を狙って襲いかかった。
「こ、のぉッ!」
アジタート__一回の攻撃に合わせて魔力で出来た剣が現れ、連続で攻撃する魔法。
予想外の攻撃に目を見開いて驚いていたフェイルは、ギリッと歯を鳴らしながら魔力で出来た剣を腕で打ち払う。
だけど、防がれるのは__織り込み済みだ。
「__うらあぁぁぁぁッ!」
フェイルがアジタートの攻撃に気を取られている隙に、薙ぎ払った剣を振り抜いて背中を向けるように回る。
そして、跳び上がりながら正面を向き、空中で弧を描くように左足を振り回した勢いで放った右の回し蹴りを、フェイルの側頭部に喰らわせた。
「ご、ふ……ッ!?」
エネルジコによる強化された筋力、全身のバネと遠心力で放たれた空中回し蹴り、さらに不意を突けたこと。
それらが全て合わさった結果、完璧に蹴りを喰らったフェイルは地面を転がりながら吹っ飛んでいった。
「ぐ、が……ナメた、真似を……ッ!」
数メートル転がったフェイルは片手で地面を押して起き上がり、大剣を突き立てながら勢いを殺す。
地面に膝を着きながら口の中に溜まった血を吐き出したフェイルは、怒りに染まった視線で俺を睨みつけていた。
トンッと着地した俺は睨んでくるフェイルを見据えながら、肩をすくめてため息を吐く。
「なぁ、フェイル。ナメてるのは、お前の方じゃないのか?」
俺が言い放った言葉に、フェイルは呆気に取られたように目を見開いた。
「……なんだと?」
「だから、さっきから俺のことを思い上がってるだとか、ナメた真似をとか言ってるけど……それは、お前の方じゃないのかって言ってんだよ」
フェイルは何かにつけて俺のことを雑魚と呼び、何かすれば思い上がるななどと言ってくる。
だけど、思い上がったりナメた真似をしているのは__驕りがあるのはお前の方だ。
「俺を格下と決めつけて、雑魚とバカにして……ナメるなよ? 俺はお前より下じゃない」
「ククッ、クハハハッ! なんだ? 雑魚分際でオレに説教か? なら、貴様は__オレよりも上だと言いたいのかッ!?」
俺の言葉に笑っていたフェイルは、いきなり鬼のような形相で拳を地面に叩きつけて立ち上がる。
「その考えが思い上がりだと言っているんだッ! 貴様など、オレに踏み潰される雑魚でしかないッ!」
「勘違いするなよ、別に俺はお前よりも上だなんて思ってない」
俺は自分が強い人間だと、フェイルよりも上だと言うつもりはサラサラない。
だけどなぁ__ッ!
「__俺とお前は、互角だッ! 上も下もないッ!」
たしかに俺よりもフェイルの方が膂力は上。でも、力が上なら技術で対抗すればいい。
剣技は互角。魔法の差もそんなにない。現に、こうして俺は立ってるし戦えている。
だから、俺とフェイルは互角だ。俺たちの実力は拮抗してる。
「俺は! お前に踏み潰されるような雑魚じゃない! 驕りでも思い上がりでもなく、事実だ! そして、この戦いで俺はお前よりも上に行く! お前を倒して、闇属性もぶっ飛ばす!」
「ふざけるなッ! オレと貴様が互角? この戦いでオレよりも上に行く? それが驕りだと言っているんだッ!」
俺の意見とフェイルの意見が、真っ向からぶつかった。
だけど、引くつもりはない。
「貴様如きがオレを、偉大なるガーディ様をぶっ飛ばすなど、万に一つもありはしないッ!」
「それでも! やらなきゃこの世界も、俺たちの世界も闇属性の手に堕ちる! だから、俺はお前には負けない! お前を倒して、先に行く!」
「図に乗るなよ、雑魚がァァァァァッ!」
憤怒したフェイルに呼応して、体から闇属性の魔力が勢いよく噴き上がった。
大剣の赤い核が脈動し、どんどん魔力が強くなっていく。
血走った目で射抜くように俺を睨んだフェイルは、大剣を構えた。
「貴様のような雑魚はッ! 貴様らのような虫けらはッ! 踏み潰されてガーディ様の覇道の礎になるのが運命だッ! 貴様らの敗北は、決まっているッ!」
「お前らが決めたことなんて知らないッ! 俺たちの運命は、俺たちが決めて掴み取るッ!」
「ほざけェェェェェェェェッ!」
地面を爆散させながら一瞬の内に俺の目の前まで飛び込んできたフェイルは、大剣を思い切り振り被る。
大剣の剣身に闇属性の魔力を纏わせたフェイルは、怒りに顔を真っ赤に染めて全力で振り下ろしてきた。
「<ピアニッシモ><フォルテッシモ><スピリトーゾ!>」
向かってくる大剣に対して、俺は三つの魔法を使う。
最初の一撃超弱体化の効果でフェイルの一撃を一気に弱らせ、逆に俺はフォルテッシモで一撃を超強化させながら、それをスピリトーゾでさらに強化した。
そして、振り下ろされた大剣に剣を横薙ぎに振り、衝突。
「グアッ!?」
弾き飛ばされたのは、フェイルの大剣だ。
大剣の一撃は超弱体化され、対して俺は超強化をさらに強化した渾身の一撃。
怒りに我を失っていたフェイルはミュートを使うことなく、そのまま大剣が弾かれて体を仰け反らせた。
「<アレグロ><クレッシェンド><アジタート!>」
今がチャンス。
すぐにアレグロで強化されたスピードで仰け反っているフェイルの懐に飛び込み、クレッシェンドによる連続攻撃を放つ。
フェイルは咄嗟に大剣を縦に構えて防御するけど、気にせず連続で剣を振った。
「ぐ、ぬ、あ、あぁッ!」
縦横、上下、斜めと剣を大剣の剣身に叩き込み、その軌道に合わせてアジタートによって作られた魔力の剣が追いかけ、剣戟の嵐を喰らわせる。
攻撃を与える度にクレッシェンドの効果で徐々に威力が上がっていく俺の攻撃に、フェイルは反撃する暇がないようだ。
絶え間ない金属音が中庭に響いていき、少しずつフェイルの足が後ろに押されていく。
「調子に、乗るなァァァッ!」
そこで、フェイルは一瞬の隙を狙って大剣を振り払い、俺の剣を弾いた。
そのまま大剣を振ろうとしているフェイルに、俺は続けて魔法を使う。
「<ペザンテ!>」
使ったのは、重量増加。それを、フェイルの大剣にかける。
すると、フェイルは一気に重くなった大剣に驚き、動きが止まった。
「ぐッ! この、程度……ッ!」
「まだまだぁッ! <エネルジコ><スピリトーゾ!>」
大剣を重くしたけど、フェイルの膂力なら軽々と大剣を振ってくるだろう。
だから、その前に追撃する。
エネルジコをさらに強化したことで、俺の肉体が一回り太く膨れ上がった。
「うらあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「ゴフゥッ!?」
メキメキと握りしめた右拳を、フェイルの腹部に叩き込む。
強化された筋力で打ち込まれた拳に、フェイルは口から血を吐きながら体をくの時に曲げた。
「<ソステヌート!>」
「グフッ!?」
ソステヌートで魔法の効果を持続させてから、体をくの字に曲げて無防備になったフェイルの顎を右足で蹴り上げる。
顎をかち上げられたフェイルに向かって、蹴り上げた右足を戻しながら軸足で跳び、今度は左足を蹴り上げて二段蹴りを喰らわせた。
「ゴ、ホ……」
顎に二段蹴りを喰らったフェイルは脳が揺らされたのか、たたらを踏む。
これで、決めるッ!
「<フォルテッシモ!>」
フォルテッシモで一撃を超強化し、剣を斜め上に振り上げた。
「__はぁぁぁぁぁぁッ!」
怒声を上げて、剣を斜め上から斬り下ろす。
フェイルに避ける暇も防御する暇もない。
これで終わりだ、と思った瞬間__仰け反っていたフェイルが、ギョロリと俺を睨んだ。
「__ガアァァァァァァァァァァァァァァッ!」
獣のような雄叫びと共に、闇属性の魔力が爆発した。
爆発した闇属性の魔力はミュートと混ざり合い、黒い魔力波が波紋のように広がる。
押し寄せてくる黒い魔力波に俺が使っていた魔法が塗り潰され、無効化された。
そして、俺自身も吹き飛ばされる。
「ぐ、あ……ッ!」
地面を転がりながら吹き飛ばされた俺は、剣を突き立てて膝を着く。
フェイルは両腕を広げて空に向かって雄叫びを上げながら、闇属性の魔力を噴き上がらせていた。
「はぁ、はぁ……ま、そう簡単に決着をつけさせてくれないよな」
倒すつもりでいたけど、そう易々と負けてくれるほどフェイルは弱くない。
むしろ、ここからが本番だろう。
苦笑いを浮かべながら立ち上がった俺は、腰元に手を伸ばす。
「さぁて、ギアを上げるぞ」
闇属性の魔力と混じり合ったミュートは、通常のものとは違くなる。
同等の魔力波をぶつけることで相手の魔法を無効化するミュートだけど、闇属性と合わさると相手の魔力波を塗り潰すことで無理やり無効化してくる。
だから、今までみたいに魔力波を乱す程度じゃ意味がない。
「ふぅぅぅぅ……」
ゆっくりと深呼吸してから、腰元にあるパワーアンプのつまみを回した。
すると、パワーアンプから高く細い音が中庭に響いていく。
「行くぞ__<ア・カペラ>」
闇属性の黒い魔力に包まれたフェイルに対抗するように、俺の体から紫色の魔力が噴き上がった。
ア・カペラによって俺の体が強化され、膨れ上がる魔力をパワーアンプが調節する。
「殺シテ、ヤル……ッ!」
歯を剥き出しにしたフェイルは口角からヨダレを流し、赤く染まった片目を俺に向けて呟いた。
殺意と敵意に、俺はニッと笑みを浮かべて指をクイッと曲げて挑発する。
「来いよ」
「ガアァァァァァァァァァァッ!」
挑発に乗ったフェイルが、黒い魔力を爆発させながら走り出した。
俺も足に力を入れて、飛び出す。
黒色の魔力の塊と紫色の魔力の塊がせめぎ合い、戦いがより一層激しさを増していった。




