二十一曲目『傲慢なマッスラー』
「うぉっぷ!?」
黒い渦に飲み込まれたかと思いきや、いきなり足元が柔らかくなってて顔から倒れちまった。
同時に、口の中に砂が入ってくる。
「うぇ、ペッペ! んだよ、これ」
どうにか口の中の砂を吐き出してから、起き上がってあぐらをかく。
「……ここ、どこだ?」
周りを見渡してみると、さっきまでいた場所じゃなかった。
足元は砂、周りは高い石造りの壁に囲まれ、その外側にはまるで観客席みたいなのがある。
それらを腕組みしながら眺めていたオレは何かに似てるなと考え、ふと答えが出た。
「まるで闘技場みてぇだな」
そうだ、闘技場だ。
でも、なんでこんなところにオレはいるんだ?
そんなことを考えていると、壁の向こう側からズシンッと重い音が聞こえてきた。
「あん?」
なんだ、と思ってそっちに目を向けると__。
「__フゥゥゥハッハッハァァァァッ!」
いきなり野太い高笑いが響いてきて、音が聞こえた壁の向こうから何かが跳び上がった。
天井スレスレまで跳んだそれは、空中でグルリと一回転してから地面に着地する。
その衝撃に砂煙が巻き起こり、地面がグラグラと揺れた。
「ぶわっ!? また砂が……ペッペ! ちくしょう! なんだってんだよ!?」
砂煙はオレにまで届いてきて、また口の中に砂が入ってきやがった。
そして、砂煙の中にオレよりもデカい男の姿が現れる。
「フゥゥゥハッハッハ! 俺様の名はヴィゴーレ! 鋼鉄の肉体を持つ、世界最強の男! ヴィゴーレ様だぁぁぁッ!」
丸太のように太い腕を振り回して砂煙を振り払い、男__ヴィゴーレはムンッと筋肉を見せつけるようにポーズを取っていた。
オレよりもデケェ身長、体格も二回りもデケェ。裸の上半身は分厚い筋肉を見せつけてくる。あいつの言う通り、まさに鋼鉄のように頑丈そうだ。
クリムゾンレッドの短い髪をツンツンと尖らせ、顔は岩のように厳つい。
まるで鬼のような姿をしたヴィゴーレは、ニタリと笑いながらオレを指差してくる。
「待っていたぞ! 貴様が俺様と戦う男だな!」
「はぁ? なんだお前、フェイルの仲間か?」
「仲間ぁ? フゥゥハッハッハ! 違う! 全然違うな! 奴は俺様の……俺様の……なんだッ!?」
「いや、知らねぇよ」
なんでお前が分からねぇんだよ。
待て。なんか調子が狂うな。オレがツッコミに回るなんて。
「で、お前はなんなんだよ」
「んん? 言っただろう? 俺様の名はヴィゴーレ! 鋼鉄の肉体を持つ」
「そうじゃねぇよ! お前の名前はもう知ってるっつの!」
マイペースというかどこかズレてるヴィゴーレに、頭をガシガシと掻きながら叫ぶ。
それから、深い深いため息を吐いてヴィゴーレをジロッと睨みつける。
「分かったぞ。お前、もしかして……バカだな?」
間違いねぇ。こいつはオレ以上のバカだ。
はっきりとそう言ってやると、ヴィゴーレはムッと顔をしかめながらムンッと胸の厚みをアピールするサイドチェストをした。
「俺様がバカだと!? この肉体を見てもまだそんなことを言えるか!?」
「いや、まぁ、いい筋肉はしてるけどよ……関係なくねぇか?」
「む? まっする? まっする……マッスル! うむ、なんと言ういい響きだ。そうか、マッスルか」
なんか分からねぇけど、ヴィゴーレはマッスルって響きが気に入ったみたいだ。
すると、サイドチェストから今度は背中を向けてバックダブルバイセプスをし始めた。
「どうだこの背中のマッスルを! これを見ても、まだ俺様をバカだと言うのか!?」
「あー、はいはい。分かった、バカって言って悪かったよ」
「うむ! それでよい! 素直が一番だ! フゥゥハッハッハ!」
仕方なくオレが謝ると、ヴィゴーレは満足そうに頷く。
頭が痛くなってきた。そうか、オレ以上のバカが、この異世界には存在してたんだな。
それよりも、こいつなんかに構ってる暇なんてねぇ。
「で、ヴィゴーレ。オレは早く仲間のところに戻りてぇんだ。ここ、どこなんだ?」
「うむ! それは無理だな!」
ヴィゴーレはアブドミナルアンドサイをしながら、ニヤリと笑った。
「なぜならば! 貴様はここで死ぬからだ!」
「……あぁ?」
「ここがどこかと聞いたな? ここは! 俺様が用意した特別地下闘技場だ!」
今、地下って言ったな。てことは、さっきまでいた城の下なのか。
すると、上から地響きと爆発音が聞こえてくる。
「貴様の仲間も城のどこかで戦っている! そして、死ぬ! 貴様も俺様に殺される! つまり! 貴様が仲間の元へ行くことは不可能!」
「あー、なるほどな……」
なんてことはねぇ、簡単だ。
魔装を展開して両手にドラムスティックを握ったオレは、作り出した魔力刃をヴィゴーレに向ける。
「要するに、テメェを倒せばいいってことだな?」
「俺様を、倒す? フゥゥゥハッハッハッハ!」
オレの言葉にヴィゴーレは腹を抱えて大笑いすると、思い切り地面を踏みつけた。
グラグラと地面が揺れ、砂が巻き上がる。
ヴィゴーレはニヤリとバカにするように笑うと、ビシッと指差してきた。
「貴様のような貧弱な筋肉で、俺様に勝てるとでも思っているのか?」
「__あぁ? オレの筋肉が、なんだって?」
「貧弱。そう言ったが?」
オレの筋肉が、貧弱? この、オレが?
頭の中で、ブチッと何かが切れる音が響いた。
すぐにドラムスティックを地面に落としたオレは、グッと上着を掴む。
そして、一息で上着を脱ぎ捨てて上半身を露わにしてやった。
今まで鍛えてきた自慢の筋肉。これは、オレの誇りだ。
元の世界でも、この異世界に来てからも、オレはこの筋肉であらゆることを切り抜けてきた。
オレ自身を、Realizeのみんなを、多くの人を、オレはこの筋肉で守り、戦ってきたんだ。
それを、こいつは……ヴィゴーレはコケにしやがった。
「テメェはオレがぶっ飛ばす」
「フゥン、やれるものならやってみろ」
ヴィゴーレの体はオレよりもデケェ。フィジカルは確実にオレより上だ。
だが、負ける訳にはいかねぇ。
拳を構えようとすると、ヴィゴーレは鼻を鳴らして地面に落としていたオレの魔装に向かって顎をしゃくった。
「貴様の武器はそれだろう? 気にすることはない、存分に使うといい。貴様のような弱者は、武器を使ってようやく俺様と戦えるのだからな」
「あぁ? テメェ、余裕のつもりか?」
「余裕? いや、違うな。純然たる事実だ」
それぐらい自信があるってことか。傲慢な考えだな。
舌打ちしてから、地面に落ちてるドラムスティックを思い切り蹴り上げる。
そして、クルクルと回りながら落ちてくる二本のドラムスティックをノールックで掴んでから、魔力刃を展開して構えた。
「吐いた唾は飲めねぇぞ?」
「フゥン……準備はいいようだな」
ギロッと睨みつけてやると、ヴィゴーレはニヤリと笑いながら砂の中から小石を拾い上げる。
その拾い上げた小石を、ピンッと後ろに向かって指で弾き飛ばした。
飛んでいった小石は壁を越えて、観客席の後ろにあった銅鑼に向かっていく。
「__さぁて、楽しい殺し合いの始まりだッ!」
小石が銅鑼に当たり、低い金属音が闘技場に響いた。
戦いのコングが鳴ったのと同時に、オレとヴィゴーレは砂を蹴り上げながら駆け出す。
「うぉりゃあぁぁッ!」
先手必勝。
グンッとさらに砂を蹴り、ヴィゴーレの懐に飛び込んだ。
そのまま両手の魔力刃を振り上げ、ヴィゴーレの分厚い筋肉を斬りつける。
「なッ!?」
だけど、手に伝わってきた感触は硬かった。
オレの振り下ろした魔力刃はヴィゴーレの体に傷一つ付けられず、それどころかあまりの硬さに弾かれる。
すると、ヴィゴーレはニヤリと不敵に笑った。
「__貧弱ぅぅぅッ!」
丸太のように太い腕を振り上げ、鉄球のように硬くデケェ拳がオレの顎を狙ってくる。
すぐに魔力刃をクロスさせて防ぐ__ッ!?
「ごッ!?」
瞬間、とんでもねぇ衝撃が襲ってきた。
足の踏ん張りも効かず、そのまま吹っ飛ばされる。
防いだのに衝撃が身体中に伝わり、グラッと視界が揺れた。
「ぐ、ぬぅッ!」
歯を食いしばって意識が飛びそうになるのを堪え、空中で一回転して衝撃を逃す。
どうにか地面を滑らせながら着地すると、モクモクと砂煙が巻き上がった。
ビリビリと両腕が痺れてやがる。まだ揺れている視界に首を振ってから、口元に流れた血を腕で拭うと、思わず笑みが溢れた。
「ハンッ……いいパンチを打ちやがるな、こんちくしょうが」
溢れた笑みが引きつってるのが、自分でも分かる。
なんつーパンチだ。その筋肉は、伊達じゃねぇってことかよ。
ヴィゴーレは鼻を鳴らすと、ムンッとサイドチェストのポーズをした。
「どうした? 俺様の本気はこんなものではないぞ? もう諦めるのか?」
「んな訳ねぇだろ。オレだってまだ本気じゃねぇ」
そうは言ってみたものの、本音を言うと__結構、本気だった。
舐め腐った態度のこいつを一撃でぶっ飛ばしてやるつもりで攻撃したのに、魔力刃は全然通らなかった。
間違いなく、ヴィゴーレは今まで戦ってきた奴らの中で__かなり強い。
ギリッとスティックを握りしめてから、構える。
「まだまだ、バトルはこれからだぜ」
「フゥン! その無謀さは賞賛に値する! だが、現実が見えていない! 貴様が俺様を倒すことは不可能! 何故なら! 俺様にはこの自慢の肉体……鋼鉄のマッスルがあるからな!」
拳を胸に打ち付けながら、ヴィゴーレは高笑いする。
普通に攻撃するだけじゃ、あの筋肉の鎧は突破出来ねぇ。
「<アレグロ><エネルジコ><フォルテッシモ!>」
だったら、魔法で強化してやる。
敏捷強化に続いて、肉体強化と一撃超強化を使い、一気に駆け出した。
強化されたスピードで余裕そうに構えているヴィゴーレに突進し、魔力刃を振り上げる。
「__吹っ飛べ!」
メキメキと強化した筋肉を盛り上げさせ、超強化した一撃をヴィゴーレに喰らわせた。
重い衝撃音と共にヴィゴーレの足がズズッと後ろに下がるが……それ以上、吹っ飛ばすことが出来ねぇ。
「貧弱! 軟弱! 脆弱ぅぅぅぅッ!」
オレの攻撃を耐えたヴィゴーレは、ピッチャーみてぇに拳を思い切り振り上げる。
そして、そのままオレに向かって殴りかかってきた。
防げねぇ。なら、避けろ。
「ぐッ!」
首を曲げてヴィゴーレのパンチを避けると、つんざくような轟音が耳元を通り過ぎた。
当たってねぇのに感じる衝撃と風圧に歯を食いしばって堪え、下から掬い上げるように魔力刃を振り上げる。
「<クレッシェンド!>」
ヴィゴーレの腹を斬りつけたけど、やっぱり通らねぇ。
なら、連続で攻撃する!
攻撃する度に徐々に威力が上がっていくクレッシェンドを使ってから、何度も何度もヴィゴーレの体に魔力刃を浴びせてやった。
「む、むぅ?」
防御しないで体で受けていたヴィゴーレが、徐々に威力が上がっていく攻撃に顔をしかめる。
足も少しずつ後ろに下がっていき、ヴィゴーレの体が仰け反り始めていた。
このまま押し切ってやる、そう思っていると__。
「小賢しい!」
フンッとヴィゴーレが鼻を鳴らすと、分厚い筋肉がバンッと膨れ上がった。
そして、オレの魔力刃が勢いよく弾かれ、逆にオレの体が仰反る。
「んなッ!?」
「いくら攻撃しようとも! 俺様の肉体には効かぬ!」
予想外の反撃に驚いていると、ヴィゴーレは右腕を薙ぎ払ってきた。
ラリアットのように襲いかかってくる右腕に、咄嗟に反応してしゃがんで避ける。
頭上を轟音と暴風が通り抜けてから、グルリとその場で回転して後ろ回し蹴りをヴィゴーレのこめかみに放った。
「無駄だ!」
だけど、ヴィゴーレはオレの蹴りを掴んだ。
マズイ__と思った瞬間、オレは勢いよく引っ張り上げられた。
「むぅぅぅぅぅん!」
ヴィゴーレはオレの足を掴んだまま持ち上げると、グルグルと回転してオレを振り回す。
ジャイアントスイングされたオレは、抵抗することも出来ずに振り回された。
「どぉりゃあぁぁぁぁぁぁッ!」
そして、オレは壁に向かって投げ飛ばされた。
猛スピードで壁に向かって飛んでいったオレは、どうにか空中で姿勢を整えて地面に足を付ける。
「ぐ、お、おぉぉぉぉッ!」
砂煙を上げて地面を滑り、必死に勢いを殺していく。
なんとかスピードを落としたオレは壁ギリギリで止まり、トンッと壁に背中を付けた。
「危ねぇ、どうにか__ッ!?」
ホッと一安心したのも、束の間。 顔を上げると、目の前に拳を振り上げているヴィゴーレの姿があった。
「速……ッ!?」
「むぅぅぅんッ!」
あの巨体で、猛スピードで吹っ飛んだオレに追いつきやがった。
目を見開いて驚いていると、ヴィゴーレがフルスイングで殴りかかってくる。
慌てて地面を転がって避けると、後ろで爆音と共に分厚い石造りの壁が粉砕した。
「ぐぉぉッ!?」
地面を揺らすほどの衝撃と砕かれた石の破片が、オレに向かってくる。
もしもあの一撃を喰らってたら、と嫌なイメージが頭を過った。
__それが、仇になった。
「ちょこまかと、逃げるなぁぁッ!」
嫌なイメージのせいで一瞬だけ体が硬直したオレに、ヴィゴーレは振り向き様に左拳を振り上げてくる。
間に合わねぇ__ッ!
「ぐごッ!?」
振り下ろされた左拳に、魔力刃をクロスして防ぐ。
だけど、ヴィゴーレは防御した魔力刃ごとオレを殴り飛ばした。
一瞬、衝撃で意識が飛んだ。気付いたらオレは地面をボールのように跳ねながら吹っ飛んでいた。
「ぐ……は……ッ!」
ようやく止まると、体中に痛みが走り抜ける。
あまりのダメージに、体が動かねぇ……。
「ゴリラかよ、テメェ……ッ!」
いや、ゴリラの方がまだ可愛いぐらいだ。
ペッと口から血を吐き捨てて立ち上がろうとすると、ヴィゴーレの姿がねぇ。
どこに、と思っていると、上から気配を感じた。
「__フゥゥゥゥハッハッハァァァァッ!」
ヴィゴーレは天井近くまで跳び上がると、両手を組んで振り上げている。
落下する速度のまま、オレに向かって組んだ両手をハンマーのように振り下ろして攻撃してきた。
あんなの喰らったら、一発でゲームセットだ。
痛む体に鞭を打って、側転しながらその場から離れる。
__轟音。
つんざくような音と風圧の暴力に、オレはまた吹き飛ばされた。
「ちくしょう……ッ!」
ヴィゴーレが打ちこんだ衝撃に、砂が天井まで巻き上がる。
モウモウと立ち込める砂煙の中で、ヴィゴーレの大きな影が立ち上がった。
「ぬぅ、なんというすばしっこさ。まさか、俺様の『超強力な拳の鉄槌』を避けるとはな」
残念そうに顎を撫でながら、ヴィゴーレが呟く。
もしかして、今の攻撃の名前か? センスねぇな。
「そんなふざけた名前の技で死にそうになるのかよ……ハハハッ」
バカだが、強い。
乾いた笑い声を上げていると、ヴィゴーレはやれやれと呆れたように肩をすくめていた。
「やはり脆弱だ。ただ逃げるだけの臆病者め。こんなのが俺様の相手なのか……」
ヴィゴーレの言葉にキレそうになるが……落ち着け、オレ。
どうにかしてあいつに勝つ方法を考えねぇと。
ない頭をフル回転させて作戦を考えていると__。
「まだ他の奴らの方が楽しめそうだな。特に、あの赤髪は面白そうだ。筋肉は全然足りないがな」
赤髪? もしかして、タケルのことか?
ゾワリ、と怒りに背筋が凍る。
「他の三人はつまらなそうだ。女と、女みたいな男と、ガキ……俺様なら二秒で殺せるな。赤髪はフェイルに取られてしまっ__」
独り言の途中で、ヴィゴーレは眉をピクリと上げながらオレを見つめてきた。
ビキビキと筋肉が盛り上がり、オレの感情に呼応して魔力が噴き出す。
「__テメェ、オレの仲間に手を出そうって言うのか?」
落ち着け? ふざけるな。
作戦? 考える必要なんてねぇ。
こいつはオレの仲間に__家族に手を出すつもりなのか?
オレでもキツイ一撃を、あいつらに?
「__Screw you」
あいつらは誰が相手だろうと、絶対に勝つ。
だけどここでオレがやられれば、ヴィゴーレはあいつらを襲いに行くだろう。
それだけは、許さねぇ。
「ヴィゴーレ。テメェはここで、オレが倒す。絶対に、あいつらの元へは行かせねぇ……ッ!」
魔装を指輪に戻して、拳を構える。
すると、ヴィゴーレはニタァと嬉しそうに笑った。
「中々の気迫だ。面白くなってきたではないか」
「Shut up」
面白くなってきただぁ? テメェを楽しませるために戦ってんじゃねぇよ。
グググッと足に力を入れて、一気に地面を蹴って飛び出す。
ヴィゴーレに向かって駆け出したオレは、拳を振り上げた。
「ぶっ飛ばしてやるよ! You bastard!」
「フゥゥゥハッハッハ! かかってこい!」
オレが殴りかかるのと同時に、ヴィゴーレも拳を振り下ろしてくる。
そして、闘技場に重い衝突音が響き渡った。




