二十三曲目『英雄の再臨』
やよいが静かに奏でるアコギの音色から、イントロが始まる。
優しく、そして徐々に力強くなっていく演奏に追従するように、サクヤは魔力で出来たキーボードの鍵盤を滑らかな手付きで弾き鳴らしてピアノサウンドを響かせた。
アコギとピアノの二重奏に、静かな立ち上がりでウォレスのドラムと真紅郎のベースが混じる。
俺はイントロに耳を澄ませながら深呼吸してから、語りかけるようにマイクに向かって歌い始めた。
「しがらみばかりの日々に あの日の夢は 消えてしまった 灰に染まった空を 眺めてキミは 何を思うの?」
マイクを通した俺の歌声が、戦場に波紋のように広がっていく。
同時に、俺たちの魔力が合わさり、地面に巨大な紫色の魔法陣が展開された。
俺たちの魔力を吸収して光り輝く魔法陣に何かを感じたのか、モンスターたちが警戒して後退りしている。
「探したいなら 歩き出して 信じて前に 踏み出して きっと見つかる 追いかけて」
サビに向かって盛り上がっていく演奏。ゆっくりと目を閉じると、瞼の裏に昔の光景が浮かんできた。
夜の街で一人、アコギを持って弾き語りをしている女性の姿。
長い黒髪の上から目深に帽子を被り、白シャツにジーパンとラフな格好。
遠くにまで届く透き通った、力強さと儚さを感じさせる歌声とアコギの演奏。
この曲から、タケルという人間は生まれ変わったんだ。
懐かしさに頬を緩ませながら、サビを歌い始める。
「Today is the day 想いを胸に 涙を拭いて」
昔、あの人が弾いていた__俺にとって大事な思い出の曲。
その曲をロックバラードにアレンジした演奏が、戦場に雄大に広がっていった。
すると、魔法陣が強く発光し、そこから光の柱が闇属性の魔力で宵闇よりも深い黒に染まっていた空を切り裂くように、天に向かって伸びていく。
光の柱から放たれた音属性の波紋が、周囲にいたモンスターと闇の兵士を吹き飛ばした。
「翼を広げて 心のままに 前だけ見つめ」
サビを歌い上げると、光の柱は徐々に細くなっていく。
光の柱が消えると、一人の女性の姿が露わになった。
「……そん、な。本当に……」
光の柱から現れた人の背中を見て、ロイドさんがワナワナと声を震わせる。
長い黒髪を後ろで結び、着物姿ではなく金の装飾が施された純白の鎧を身に纏ったその後ろ姿。
夜風に白いマントが揺れ、その手には柄にマイクが取り付けられた細身の両刃剣を握っている。
ロイドさんは目を見開いて驚愕しながら、その人の名前を呟いた。
「__アスカ、なのか?」
鎧を纏った女性__アスカさんはチラッとロイドさんの方を振り返り、優しく微笑む。
そう、今まさにここに姿を表したのは、アスカさんだ。だけど、音属性の属性神としてのアスカさんじゃない。
__英雄としての、アスカ・イチジョウだ。
「__フッ!」
アスカさんはロイドさんを一瞥してから、短く息を吐いて地面を蹴る。
その瞬間、アスカさんの姿が掻き消え、気付いた時には兵士たちの目の前に移動していた。
一瞬で懐に飛び込んできたアスカさんに兵士たちは反応が遅れ、その隙にアスカさんは手に持っていた剣を薙ぎ払う。
「ぐあぁぁぁぁッ!?」
薙ぎ払った剣は一気に兵士たちを吹き飛ばし、剣圧が後ろに控えていた兵士たちにまで届いていく。
そのままアスカさんは洗練された動きで剣を振り、どんどん兵士たちを斬り払っていった。
「迷ってばかりの日々に あの光は 見えなくなった 色を失った未来を 見つめてキミは 何を願うの?」
アスカさんの舞い踊るような剣技に目を奪われつつ、二番の歌詞に入る。
俺たちが演奏している<Today is the day>は、元々はアスカさんの曲だ。
それをロックバラードにアレンジしたライブ魔法の効果は__英雄アスカ・イチジョウを現世に召喚する、召喚魔法。
今この瞬間、俺たちの演奏によって__英雄が現世に再臨した。
「<レイ・スラッシュ>」
アスカさんは剣身と魔力を一瞬で一体化させると、呟きながら剣を振り下ろす。
魔力の斬撃が地面を切り裂きながら兵士の軍勢を襲い、蹂躙していった。
「<アレグロ><フォルテ>」
そして、アスカさんは音属性魔法、敏捷強化を使って戦場を駆け抜ける。
一撃強化が施された剣を薙ぎ払い、兵士たちが宙を舞った。
俺たち以上に使いこなしている音属性魔法を織り交ぜながら剣を振るその姿は__まさに、英雄。
英雄の力によって、なすすべもなく兵士たちは戦闘不能になっていった。
「__アスカ! 後ろだ!」
そこで、ロイドさんが声を張り上げる。
兵士たちと戦っているアスカさんの背後から、狼型の黒いヘドロのモンスターが牙を突き立てようとしていた。
だけど、アスカさんは冷静に判断して攻撃を避け、すれ違い様に剣を薙ぐ。
「ダメだ! 罠だ!」
すると、ロイドさんは空を指差しながらまた叫んだ。
剣を振り抜いた体勢のアスカさんの頭上から、ワイバーン型の黒いヘドロが尻尾を叩きつけてきていた。
今のアスカさんに避ける暇はない。そのまま振り下ろされた尻尾はアスカさんの体を__すり抜ける。
「__セアッ!」
アスカさんはジャンプし、剣を振り上げながらワイバーンの首を斬り落とした。
そして、華麗に着地してから驚愕して唖然としているロイドさんに優しく笑いかける。
「叶えたいなら 手を伸ばして 信じた夢に 届かせて きっと掴める その先へ」
ロイドさんには予想外でも、俺たちにとっては予想通りだ。
今のアスカさんに心配はいらない。そのまま二番のサビに向かっていく。
俺たちのライブ魔法によって召喚されたアスカさんは__いわゆる、精神体だ。
実体を持たず、俺たちの魔力によって構成されたアスカさんの体には、物理攻撃は無意味。
今のアスカさんを倒すには、俺たち以上の魔力をぶつけるしかない。
「Today is the day 願いを糧に 自信を持って 瞬く星まで 赴くままに 勇気を出して」
二番が終わり、間奏に入る。
Cメロに向かって、やよいたちの演奏が勢いを増していった。
俺は地面から剣を引き抜き、走り出す。
「アスカさん!」
アスカさんの背後を襲おうとしていた兵士を斬り倒し、アスカさんと背中合わせになった。
背中からアスカさんがクスッと小さく笑っているのを感じ取りながら、剣を構える。
「さぁ、タケル。ビートを上げていくよ」
「はい!」
元気よく返事をしてから、光属性の魔力を練り上げた。
同時に、アスカさんも音属性の魔力を体から噴き出させ、剣を構える。
アスカさんの攻撃は兵士には効くけど、黒いヘドロのモンスターを倒すことは出来ない。その証拠に、首を斬り落としたワイバーンは元通りになり、空を飛び回っている。
だから、モンスターは俺の光属性で倒す。アスカさんには、兵士たちを倒して貰おう。
「タケル、合わせて」
「分かりました、アスカさん」
俺は光属性、アスカさんは音属性の魔力を剣身と一体化させた。白と紫の魔力の光が合わさり、戦場を照らしていく。
そして、俺たちは合図なしで同時に動き出した。
「__<レイ・スラッシュ・協奏曲!>」
「__<レイ・スラッシュ・讃美歌!>」
アスカさんは兵士の軍勢に、俺は黒いヘドロのモンスターにそれぞれ魔力を込めた一撃を叩き込む。
アスカさんは何重にも重なった音の衝撃波を放ち、兵士の軍勢が暴風に巻き込まれるように錐揉み回転しながら吹き飛んでいった。
俺は眩く光る白い魔力の斬撃を放ち、黒いヘドロのモンスターを消し飛ばしていく。
__オーケストラのような音の波紋と、祝福するような鐘の音色が重なり合い、闇属性の手に堕ちたマーゼナル王国に響き渡っていった。
「ナイス、タケル!」
俺とアスカさんはパチンとハイタッチする。
すると、俺たちをジッと見つめていたロイドさんの消え入りそうな声が、耳に届いた。
「__どうして俺は、あの場にいない。俺だって、あいつと……ッ!」
悔しさを滲ませた声で呟いたロイドさんは、ギリッと拳を握りしめている。
今のロイドさんは戦うことは出来ない。だけど……本当は、戦いたかったはずだ。
昔のように、アスカさんと共に。
「ロイドさん……」
顔を俯かせているロイドさんに目を向けつつ、やよいたちの元へと走る。
もうすぐ間奏が終わり、Cメロに入るところだ。
すぐに定位置に着いた俺が剣を突き立て、マイクを口元に持っていくと__。
「すまん、遅れた!」
空からローグさんの声が聞こえた。
見上げるとそこには、ワイバーンに乗ったローグさんとヴァイクの姿。
さっきの攻撃で頭上を飛び回っていた黒いヘドロのワイバーンが消し飛んだから、ローグさんたちは来れるようになったんだろう。
__ようやく、作戦通りこの国から脱出することが出来そうだ。
体力の限界を迎えている体に鞭を打ち、俺たちはライブ魔法を続けた。




