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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
第十四章『漂流ロックバンドと終曲の胎動』

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九曲目『竜の招き』

「あの日ひとひらの 花が流れた 水面を揺らす 白い流れ星__」


 ヴァべナロストに向かっている機竜艇の甲板で空を眺めながら、俺は一人で歌を口ずさむ。

 歌っている曲は、<ホワイト・リアリスト>。元はロックテイストのこの曲を、バラード調に編曲したものだ。

 アスカさん曰く、俺の歌声はバラード向き。もしも、バラード調の曲で<ライブ魔法>__Realize全員で使う魔法を使えば、本来の力を発揮出来るかもしれない。そう言われていた。


「僕はささやいた あと少しだよ 明日は会える いつかの明日__」


 俺の歌声が風に流され、静かに消えていく。

 みんなの協力でこの曲の編曲は終わっている。あとは担当ごとにそれぞれ練習をして、全員で合わせるだけだ。

 アスカさんの言う通り、正直ロックよりもバラードの方が歌いやすい。喉の負担も少なく、流れるように淀みなく歌うことが出来た。

 もちろん、今までのロックを捨てるつもりはない。ただ単純に、ボーカルとしての武器が増えただけだ。

 いずれRealizeはメジャーデビューする。そうなると、ロックだけじゃなくて色んなジャンルを歌えた方がいいからな。

 そんなことを思っていると、後ろから杖をつく音が聞こえてきた。俺は振り返りながら、近づいてきた人物に声をかける。


「ミリアか。どうかしたか?」

「あ、その……申し訳ありません、お邪魔でしたか?」


 ミリアは杖をキュッと抱きしめながら、おずおずと聞いてきた。

 申し訳なさそうにしているミリアに、俺は笑みをこぼしながら首を横に振る。

 

「いや、大丈夫だよ」

「それでしたらよかったです。お隣、よろしいですか?」

「あぁ、いいぞ」

「それでは、失礼します」


 そう言ってミリアは俺の隣に来ると、嬉しそうに頬を緩ませた。

 閉じられた瞼で景色を眺めながら、風に靡く金色の癖っ毛を手で抑えるミリア。

 

「タケル様、先程のは新しいおんがくですか?」


 どうやら口ずさんでいたのを聞かれていたようだ。

 少し照れ臭くなって頬を掻きながら、答える。


「あぁ。まだ披露してないし編曲もしてるから、新曲って言っていいかもな」

「へん、きょく?」


 聞き覚えのない単語に、首を傾げるミリア。

 この異世界には音楽という文化がない__いや、音楽という概念(・・)がなくなっている、と言った方が正しい。

 闇属性と戦ったアスカさんが使った、<概念魔法>。それによって、この異世界から音楽という概念が消費された。

 その結果、アスカさんは属性神になるほどの力を得たけど……闇属性を倒すことは出来なかった。

 そういう経緯から、ミリアを含めたこの世界に暮らす人々は音楽を知らない。だから、編曲って単語が分からないのは当然だった。


「すまん、分からないよな。まぁ、簡単に言えば元々の曲を違う曲に変えるというか、アレンジするっていうか……」

「よく分かりませんが、新しいものに変えたということですか?」

「うん、そんな感じかな」

「なるほど。フフッ、聴くのが楽しみです」


 俺の説明で納得してくれたのかは分からないけど、ミリアはクスクスと笑う。

 そして、ミリアはグッと背伸びをした。


「ふぅ……ほんの少しでしたあが、タケル様と旅が出来て楽しかったです。本当にありがとうございます」

「俺は何もしてないって。でも、楽しかったんならよかったよ」

「えぇ。近い内に始まるマーゼナルとの戦争、その前に楽しい思い出が出来て嬉しかったです」


 この旅が終わってヴァべナロストに戻れば、幽閉されている俺たちの師匠__ロイドさんの救出作戦が始まる。

 そして、その作戦が終わればマーゼナル王国……闇属性との全面戦争だ。

 俺たちはこの戦争に勝ち、元の世界に戻る。だけど、戦争は間違いなく熾烈な戦いになるだろう。

 もしかしたら、誰かが死ぬかもしれない。俺が知らない人、知っている人、もしかしたら俺たちの誰かが__。


「……戦争が終わってからでも、楽しい思い出は作れるって」


 俺は頭に過った嫌な想像を打ち払うように、ミリアに言った。

 ミリアはポカンとしてから、小さく笑みをこぼした。


「フフッ、そうですね。これから先、きっと多くの楽しいことが待っている。その通りです」

「だから、勝とう。誰も死なずに、無事に」


 そうだ。俺はそのために戦う。

 誰も死なず、誰もが追い求めるハッピーエンドを勝ち取るんだ。

 俺たちが元の世界に戻るついでに、この異世界を救う。そんな夢物語を、全力で歌うと心に決めたんだ。

 嬉しそうに笑うミリアの横で、俺は拳を握りしめる。


「__絶対に」


 決意を込めた俺の声が、風に乗って流されていく。

 すると、甲板に誰かが出てくるのが見えた。


「あ__」


 それは、やよいだった。

 やよいは俺とミリアを見ると漏れ出したような声を上げ、気まずそうにしてからフンッとそっぽを向く。

 そして、やよいは俺たちを無視してズカズカと甲板を歩いてき、船首の方に向かっていった。


「おい、やよ……」

「タケル様」


 俺がやよいを呼ぼうとすると、ミリアが腕を掴んでくる。

 ミリアは申し訳なさそうに顔を伏せてから、優しく頬を緩ませた。


「私、船内に戻りますね」

「え、あぁ……分かった」

「それでは」


 そう言ってミリアは杖をつきながら、船内に戻っていく。

 その背中を見送ってから、俺は離れたところにいるやよいに目を向けた。

 やよいは不機嫌そうに柵に寄りかかり、遠くの景色を眺めている。


「……なんだって言うんだよ」


 深いため息を吐いて、空を見上げた。

 今日のやよいは、かなり機嫌が悪い。特に、ミリアと一緒にいると。

 そんなにミリアと一緒にいるのが気に食わないのか。それとも他に理由があるのか。

 答えの出ない悩みにまたため息を吐いていると、アスワドが甲板に出てきた。


「よう、色男」

「誰かだよ。なんの用だ? またシエンから逃げてきたのか?」


 ニヤニヤと笑いながら声をかけてくるアスワドを、ジトっと睨む。

 だけど、アスワドは気にした様子もなく、ヘラヘラと笑いながら俺の隣に立った。


「シエンならベリオのおやっさんと話してる。その間に逃げ出してきたんだよ。てめぇ、絶対に居場所を教えるなよ?」

「さぁ? もしかしたら口が滑るかもな」

「ハンッ、言ってろ赤髪色男。それより、やよいたんのことだ」


 鼻を鳴らしてから、アスワドはやよいの方を顎でしゃくる。

 やよいがどうしたのか、と訝しげに見ていると、アスワドはニヤリと口角を上げた。


「やよいたんの機嫌、俺が直してくるぜ」

「お前が? 無理だろ」

「ハンッ! てめぇは王女様のお相手でもしてればいい。黙って指咥えて見てろ。や、よ、い、たぁぁぁん!」


 そう言ってアスワドはスキップしながら、やよいに向かっていく。

 やよいは面倒臭そうに顔をしかめて、アスワドと何か話しているのをぼんやりと眺める。

 すると、俺の肩にポンッと手が置かれた。


「ヘイ、タケル! 何してんだ?」

「ウォレスか。それに、真紅郎たちも来たんだな」


 振り返るとそこには、俺の肩に手を置くウォレス。その隣に真紅郎とサクヤ、そしてサクヤの頭の上にはキュウちゃんがいた。


「きゅきゅー」


 キュウちゃんはサクヤの頭の上から飛び降りると、アスワドと話しているやよいの方に走っていく。

 それを目で追っていると、アスワドが<氷属性>魔法を使って、何体もの氷像を作り出していた。


「おぉ、すげぇなあれ。やるじゃねぇか、アスワド」

「そうだね。ただでさえ氷属性は風と水の<混合魔法>。魔力コントロールが難しいはずなのに、あんな細やかな氷像を作れるなんて」

「……見かけによらず、器用」


 アスワドが作り出した氷像を見て、ウォレスたちが感嘆の声を上げる。

 自由自在に氷像を動かすアスワドに、やよいは目を輝かせていた。

 なんか、その姿を見ると……。


「……腹立つな」


 ボソッと考えていたことが口から出る。

 すると、それを聞いたウォレスがニヤニヤと笑いながら俺の肩に手を回してきた。


「ほっほーう? タケル、嫉妬(ジェラシー)か?」

「は? なんで俺が……」

「ハッハッハ! まぁまぁ、タケル。ここにはオレたちしかいねぇんだぜ? 素直(オネスト)になれよ!」

「だから、どうして俺が!」


 どうして俺が嫉妬しないといけないんだよ。

 そう反論しようとすると、俺の背中にサクヤと真紅郎がポンッと手を置いた。


「……心は、正直」

「ようやく気付き始めたんだね」


 サクヤと真紅郎もよく分からないことを言ってくる。なんか、馬鹿にされている気がしてきた。

 俺はウォレスの腕を払いのけて、その場から離れる。


「あー、もう! なんなんだよ、お前ら! 俺は別になんとも思ってないっての!」


 そう叫んでも、真紅郎たちはやれやれと呆れたように肩をすくめていた。

 本当、なんなんだ。ガシガシと後頭部を掻いてから俺は、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。


「__ん?」


 そこで、俺はポケットの中に何かが入っているのに気付く。

 静かにそれを取り出して見ると、それは__小さな赤い鉱石だった。


「あぁ、そう言えば忘れてたな」


 炎のような魔力が揺らめいている、赤い鉱石。

 この鉱石は前にアスカさんの暮らしている神域で、とある夢を見た時。目を覚ました俺の手に握られていた物だ。

 今までずっとポケットに入れてて忘れてたな、と俺は鉱石をジッと見つめる。

 その時__。


「熱ッ!?」


 鉱石が赤く発光して、熱を帯び始めた。

 びっくりして落としそうになっていると、鉱石がドクンッと脈打ったのを感じる。

 

「今のは……」

「ヘイ、タケル。どうしたんだ?」


 手のひらに鉱石を乗せて見つめると、鉱石は淡く赤色の光を発しながらまたドクンッと脈打つ。

 ウォレスたちが近づいてくると、俺の手のひらにある鉱石を見て首を傾げた。


「なんだこれ? 宝石(ジュエル)か?」

「綺麗な石だね。でも、なんか発光してるよ?」

「……食べ物じゃなかった」


 ウォレスたちが何か話しているけど、俺の耳には届いていない。

 ジッと鉱石を見つめていた俺は、確信を持って呟いた。


「__呼んでる(・・・・)


 間違いない。この鉱石は、俺を呼んでいる。

 俺はすぐに甲板にある伝声管に向かって走り、操舵室にいるベリオさんに呼びかけた。


「ベリオさん! ヴァべナロストに帰る前に、寄って欲しいところがある!」

「あぁ? 血相変えて、いきなりどうした?」


 伝声管越しにベリオさんが驚いているのを感じる。

 だけど、俺は気にせず言い放った。


「__<災禍の竜>と戦ったところに、急いで向かって欲しいんだ!」

「なッ!? さ、災禍の竜だとぉ!?」


 災禍の竜__世界を滅ぼす、生きた災害と呼ばれていた伝説のモンスター。 最強最悪の黒竜で、その力は国を一夜にして滅ぼすほど凶悪。

 生前、アスカさんが災禍の竜と戦って封印したことで、英雄と呼ばれるようになり……復活した災禍の竜を、俺たちが倒した。

 その時、ベリオさんにも協力して貰ったから、災禍の竜のことを知っている。だからこそ、ベリオさんは俺のお願いに声を荒げていた。


「おい、タケル。どういうつもりだ?」

「説明するのは難しいけど……呼んでるんだ。あいつが、俺のことを」


 アスカさんが暮らしている神域にいた時に、俺は夢の中で災禍の竜と出会っている。

 その時の災禍の竜は敵意がなく、大人しかった。

 そして、夢の中で災禍の竜は白い炎に包まれると、銀の光を放つ純白のタマゴに姿を変え、その夢から覚めた時__俺の手に、この赤い鉱石が握られていた。

 だから、この鉱石は災禍の竜が俺に託した物なんだと思う。

 全部を説明するのは難しい。とにかく、災禍の竜が俺のことを呼んでいるとしか言いようがない。

 すると、伝声管越しにベリオさんの深いため息が聞こえてきた。


「ったく、どいつもこいつも好き勝手しやがって……タケル、俺は船長としてこの船を守ることと、船員を守る義務がある。それに、俺の許可なく忍び込んでいた王女も乗ってるんだ。もし、災禍の竜がお前を待っているとして、一戦交えることになったらどうするつもりだ?」


 ベリオさんの心配も理解出来る。災禍の竜は俺たちにとって強大な敵で、戦うことになればこの船にいる戦力じゃ足りないだろう。

 でも、大丈夫。


「心配ないよ。あの時の災禍の竜はもういない。俺を呼んでいるのは、災禍の竜だけど前みたいに暴れるようなことはない」

「……フンッ、やけにはっきりと言い切りやがって」


 俺の言葉にベリオさんは鼻を鳴らすと、静かに呟いた。


「__いいだろう、付き合ってやる。ただし、そこまで長居は出来んぞ」

「あぁ、分かってる。ありがとう、ベリオさん」

「フンッ、礼なぞいらん。総員に告ぐ! これより進路を変更し、寄り道してからヴァべナロストに向かう! 取り舵いっぱい!」


 伝声管越しにベリオさんが言い放つと、機竜艇は進路を変えて動き出す。

 俺は手のひらに乗せた赤い鉱石をギュッと握りしめると、甲板にいる全員に声をかけた。


「悪い! 俺のわがままに付き合ってくれ!」


 ウォレス、真紅郎、サクヤは仕方ないなと肩をすくめてから頷く。

 そして、船首の方にいるアスワドとやよいにも呼びかけた。


「おーい! 進路変更だ! 寄り道するぞー!」


 すると、アスワドは氷属性魔法で、やよいの実寸大氷像を作っているのが見えた。

 妙にリアリティのある氷像を作ったアスワドは、自慢げに親指を立てる。

 そして、やよいは魔装を展開して斧型の赤いエレキギターを握ると、勢いよく振り回して氷像を砕いた。


「んなぁぁぁァァッ!?」

「分かったー!」


 やよいは斧を持ったまま俺に手を振り、返事をする。

 アスワドは砕け散った氷像を見て、膝をついて打ちひしがれていた。

 そんなこんなで、俺たちは災禍の竜と戦った場所に向かうのだった。



 


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