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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
第十三章『漂流ロックバンドと世界の真実』

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十七曲目『黒龍との再会』

 夢を、見ている。

 暗い地の底のように真っ暗な空間で、俺は一人で立っていた。

 __いや、一人じゃない。暗い闇の中に、大きな息遣いが聞こえていた。


「……お前は」


 俺の声が闇の中に静かに木霊する。

 すると、反応するように闇の中で巨大な何かが蠢いた。


「グルルルル……」


 低い、大きなうなり声が響き渡る。

 闇の中に血のように赤い双眼が浮かび上がり、真っ直ぐに俺を睨んでいた。


「久しぶり、って訳でもないか」


 それは、見上げるほど大きな存在。

 この空間の中でも分かるほど黒くて堅い鱗で覆われ、背中に生えた巨大な翼は畳まれている。

 大木のように太い尻尾がズルズルと地面を引きずり、長い首をもたげて俺に近寄ってきた。

 鼻から吐き出された息が俺の髪を揺らす。圧倒的な存在感を放つそれに、俺は笑みを浮かべた。


「なぁ……<災禍の竜>」


 災禍の竜。

 世界を滅ぼす生きた災害と呼ばれていた、最強最悪のドラゴン。

 その昔、アスカ・イチジョウは災禍の竜と戦って封印したことで、英雄と呼ばれるようになった。


 __そして、俺たちも復活した災禍の竜と戦い、倒している。


 その災禍の竜は俺の呼びかけに鼻を鳴らし、ズイッと大きな顔を近寄らせた。

 戦った時はこの世界全てを恨み、滅ぼそうとしている憎悪に染まっていたけど、目の前にいる災禍の竜は違っている。

 とても穏やかで、本当にあの時戦った災禍の竜なのかと疑ってしまうほど、静かだった。

 俺は目の前にいる災禍の竜の鼻先を、ゆっくりと優しく撫でる。


「どうしてお前が俺の夢の中に出てきたのかは分からないけど……戦うつもりはないみたいだな」

「グルル……」


 災禍の竜は鋭い眼光を細め、気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。

 それどころか、甘えるように鼻先を俺に押し付けてくる。


「おいおい、やめろって」


 くすぐったくて笑いながら頭をポンポンと叩くと、災禍の竜は俺からゆっくりと離れた。

 それにしても、どうしてこんなに懐いているのか。

 これが夢なのは分かっているけど、目の前にいる災禍の竜は間違いなく本物(・・)だ。

 俺たちは暴れ回る災禍の竜を討ち取った。そして、トドメを刺したの俺だ。その時のことは、今でも脳裏に焼き付いている。

 恨まれていても仕方ないはずなのに、災禍の竜には殺意も敵意も感じられない。


「まぁ、いいけどさ」


 とはいえ、戦わずに済むならそれに越したことはないな。

 あの時の戦いはまさに死闘だった。もう一度戦うのは正直勘弁して貰いたい。


「で、災禍の竜。どうして俺を呼び出したんだ?」


 なんとなく、災禍の竜が俺を呼び出したように思えた。

 これは夢だけど、夢じゃない。精神世界で起きている現実だと、頭で理解している。

 すると、災禍の竜は首をもたげて空を見上げた。釣られて俺も見上げると、闇のような真っ暗な空間を照らすように、上から眩い光が降り注いでくる。

 そして、光は俺たちを差し込むと__災禍の竜の体が白い炎に包まれた。


「なッ!? お、おい、大丈夫か!?」


 慌てて災禍の竜に近づこうとすると、災禍の竜は穏やかな目で俺を見つめてくる。

 その目は、大丈夫だと言っている気がした。

 そのまま白い炎は災禍の竜の巨体を全て覆い尽くし、炎が消えるとそこに残されていたのは__。


「た、タマゴ……?」


 銀の光を放っている純白の大きなタマゴだった。

 何が起きたんだ、と俺はタマゴに手を伸ばす。


「__うわッ!?」


 俺の手がタマゴに触れそうになった瞬間、突然俺の体が後ろに引っ張られるように吸い込まれた。

 一気にタマゴから引き離され、一瞬で目の前が暗転する。


「__ぐえッ!?」


 そして、腹部に衝撃を感じた。

 カエルが潰れたようなうめき声と共に、目をパチクリさせながら天井を見つめる。

 顔だけ上げて腹を見てみると、そこには足が乗っていた。

 その足の正体は__ウォレスだ。


「……お前かい」


 ウォレスはうるさいイビキをかきながら、グースカと眠っている。

 夢の中にいた俺は、目を覚まして武家屋敷の部屋に戻っていた。

 俺の周りではウォレスだけじゃなく、サクヤと真紅郎も眠っている。


「寝相、悪過ぎだろ」


 俺の腹に乗っかっているウォレスの足をどかしてから、深く息を吐いた。

 夢の中で出てきた災禍の竜。白い炎に包まれた災禍の竜のいたところに残された、白い大きなタマゴ。


「あれは、なんだったんだ……ん?」


 ふと、俺は右手を握りしめていたことに気付いた。

 ゆっくりと手を開くと、そこには真っ赤な小さい鉱石。


「なんだこれ?」


 じっくりと見てみると、赤い鉱石の中で炎のような魔力が揺らめいていた。

 その鉱石はまるで災禍の竜の目のようだ。

 これが何かは分からないけど、何か重要な物だと本能的に感じた。


「とりあえず、持っておこう。それにしても災禍の竜は何を伝えようとしてたんだ?」


 結局、災禍の竜が俺に何を伝えようとして呼び出したのか、分からないままだ。

 だけど、どうにも気になる。これは一度、災禍の竜を倒した場所に行ってみた方がいいかもしれないな。


「あとでみんなにも話すか__ッ!?」


 ゾクリ、と危機を察知する。

 即座に飛び起きると、俺の枕にサクヤの裏拳が叩き込まれた。ドスンッと鈍い音を立てて、枕がくの字に変形している。

 だけどサクヤは静かな寝息を立てていた。


「こいつも寝相が悪いな、本当に……」


 危うく俺も枕のように裏拳を叩き込まれるところだったな。

 わざとじゃないにしても、穏やかに眠っているウォレスとサクヤにイラッとする。

 だから、この二人を引きずって隣り合わせにしてやった。


「フヘヘへへ……」

「……うーん、うーん」


 すると、ウォレスは眠ったままサクヤに抱きつき、よだれを垂らす。抱きしめられたサクヤは苦しそうにうめきながら、どうにか離れようとしていた。

 いい気味だ、とほくそ笑みながらこっそりと部屋を出る。


「ふわぁ……」


 部屋を出て縁側でアクビをしながら体を伸ばす。

 この神域に来て、アスカさんからの修行を受けてから二日が経過した。

 やよいたちもどんどん実力を伸ばし、俺も少しずつだけど光属性の制御が出来るようになってきている。

 これも全て、アスカさんのおかげだな。静かに深呼吸していると、離れたところから何かを振っている音が聞こえてきた。

 音がする方へと歩いていると、庭先でアスカさんが立っているのを見つける。


「アスカさん? 何をしてるんだろう」


 アスカさんは動きやすそうな着流し姿で、剣を持って立っていた。

 その剣は、俺の剣だ。正確にはアスカさんの物だけど。

 どうやら魔装をアクセサリー状態にするのを忘れたまま、寝ていたみたいだ。


「フゥゥゥゥ__」


 アスカさんは長く息を吐いて剣を構えると、素早い動きで前へ踏み込む。

 そして剣を振り、流れるように動きながら次は剣を薙ぎ払った。

 その動きはまるで舞を踊っているかのように流麗で、振われる剣は鋭い。

 

「綺麗だな……」


 思わず、そんな感想が口から漏れた。

 アスカさんが持つ剣は、元の持ち主に振られてまるで喜んでいるような感覚に陥る。

 そのままアスカさんはコマのように回転しながら剣を振り、その風圧が離れたところにいる俺にまで届いた。


「……あれ、タケル? 起きたんだね、おはよう」


 俺に気付いたアスカさんは微笑みながら挨拶し、思い出したように自分が持っている剣を見て慌て始める。


「あ、ごめんね! なんか久しぶりで、ちょっと借りちゃった……」

「いいんですよ、元々はアスカさんの剣なんですから」


 おずおずと剣を返したアスカさんに笑いかけてから、剣をアクセサリー状態に戻して指にはめた。

 それから俺たちは縁側に座り、談笑する。


「アスカさん、まだまだ現役でもいけるんじゃないですか?」

「あはは……どうだろうね? それにしても、タケルの剣はロイドにそっくり」

「まぁ、師匠ですから」


 俺の剣はロイドさんに叩き込まれたものだ。

 あの時の修行は本当に厳しかったなぁ……隣にいるアスカさんも、相当だったけど。

 苦笑いを浮かべていると、アスカさんはため息を吐きながら空を見上げた。


「あのロイドが弟子を、ねぇ。想像出来ないなぁ。歳を取ったって、こういうことなのかな?」

「全然まだ若いじゃないですか」

「もうオバさんだって」


 クスクスと笑うアスカさんは、遠い目をしながら口を開く。


「不思議だよね。我流で剣術を使っていたロイドの弟子が、私が使っていた音属性魔法で戦うなんて」

「そうですね。二人のいいとこ取りが、俺ってことです」

「こら、調子に乗らない」


 俺の冗談にアスカさんは頬を緩ませた。

 ロイドさんの剣術と、アスカさんの音属性魔法を使う俺だからこそ、二人は俺にとって憧れの存在だ。


「__アスカさん」


 真剣な眼差しを向けながら、アスカさんに声をかける。

 俺にとって憧れの存在の二人は、旅をしていた仲間同士だった。

 その間には、固い絆で結ばれているはず。そして、少なくともロイドさんはアスカさんのことを__。


「俺から、お願いがあります。俺たちがロイドさんを救出することが出来たら__ロイドさんに、会ってくれませんか?」


 俺のお願いに、アスカさんは目を見開く。

 そして、静かに首を横に振った。


「それは、難しいかな。今の私は属性神……死んでいる存在。いつまでも死人が出張る訳にはいかないからね」


 悲しげにアスカさんは答える。

 死んでしまった人が生きている人に会うのは、アスカさんとってはそう簡単に了承出来ることじゃないんだろう。

 だけど__ッ!


「ロイドさんは、アスカさんにもう一度会うために俺たちに剣を向けました。あなたに会いたい一心でガーディと、闇属性と手を組みました。やり方は間違ってたかもしれないですけど、その想いは純粋そのものだと思います」


 ロイドさんが俺たちを捕まえようとしたことは、もう恨んでない。

 むしろ、俺にはその気持ちが理解出来た。

 もう一度、大切な人と会えるなら……俺でも、ロイドさんと同じことをすると思う。


「たしかにアスカさんはもう……死んでいます。だけど、こうやって俺と話すことが出来る。だったら、一度だけでいいんです。ロイドさんと、会って下さい。話して下さい。お願いします」


 深く頭を下げて、懇願する。

 俺はロイドさんとも、アスカさんとも話すことが出来ている。二人のことを知っている。

 だからこそ、二人がもう二度と出会えないままなのは、嫌だった。

 アスカさんは静かにため息を吐くと、小さく笑う。


「本当、そっくりだね。頑固で真っ直ぐ。人のために頭も下げれるし、命だって賭けられる。キミとあいつは、似たもの同士だよ」


 そう言うとアスカさんは俺の肩をポンッと叩いた。


「ほら、頭を上げて」

「じゃあ、会ってくれるんですか?」

「……少し、考えさせて欲しい。お願い」


 この場ですぐに答えは出せないと、アスカさんは儚げに笑いながら言う。

 これ以上、俺が口を出す訳にはいかないか。

 俺とアスカさんは黙り込み、静かな時間が流れ__。


「おはようございます、アスカさ……タケルぅぅぅぅぅッ!」

「グエッ!?」


 寝ぼけ眼のやよいが縁側に来たかと思うと、やよいはいきなり俺の背中にドロップキックをかましてきた。

 咄嗟に反応出来なかった俺は蹴り飛ばされ、ゴロゴロと庭先を転がる。


「い、いきなり、なんだよ、やよい……」

「何をアスカさんと二人きりで話してるの!? タケルのくせに!」


 なんて物言いだ。

 ズキズキと痛む背中に悶えていると、そこに目を覚ましたウォレスたちが加わった。


「ふわぁ……おはよう、みんな。って、何してるのタケル?」

「ハッハッハ! いやぁ、いい夢見てたぜ!」

「……酷い夢を、見てた気がする」


 真紅郎は庭で倒れている俺に目を丸くし、ウォレスは大声で笑い、サクヤは気持ち悪そうに吐き気を堪えている。

 一気に賑やかになった縁側でアスカさんはポツリと、どこか愛しげに呟いていた。


「__ロイド」


 ロイドさんの、名前を。



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