十六曲目『光属性とは』
「まずは、音属性についてだね。キミたちは独学で音属性を使えるようになったみたいだけど、私から見るとまだまだ無駄が多い。そうだね、最初は……」
武家屋敷の敷地内にある庭先で、アスカさんはやよいたちに音属性の基礎を教えていた。
音属性を使える人は歴史上、アスカさんしかいない。だから俺たちは独学で音属性を身につけるしかなかった。
音属性の元祖とも言える人で、しかも属性神になったアスカさんからすると、俺たちはまだまだ改善の余地があるようだ。
それからアスカさんは音属性について話し始め、やよいたちは真剣な眼差しで聞き入っている。
そして、俺はというと……みんなから離れたところで座禅を組み、瞑想していた。
「……いいなぁ」
ポツリと、思わず独り言が漏れる。
すると、やよいたちに説明をしていたアスカさんが目を光らせながら俺の方にグルッと顔を向けてきた。
「__そこ! 集中する!」
ビシッと鋭く言い放ち、アスカさんは何かを投擲してくる。
それは真っ直ぐに俺の額へと向かっていき、カコンッと音を立てて直撃した。
「あいた!?」
衝撃で俺は仰け反り、そのまま背中から地面へと倒れる。俺の額を直撃したそれは、真っ白なチョークだった。
額を抑えながら悶えていると、アスカさんは呆れたように鼻を鳴らす。
「タケル、ちゃんと集中しなさい! これで三回目だよ!」
「うぅ……す、すいません」
アスカさんに叱られた俺は、ふらふらとまた座禅を組んだ。
この容赦ない感じ、ロイドさんとの特訓を思い出すなぁ……。
「と、集中集中……」
また怒られたくないから、慌てて目を閉じて自分の中__精神に埋没する。
目を閉じると自分の体を血管のように巡っている魔力を感じ取れた。その魔力は後頭部にある魔力を練る器官、<魔臓器>に繋がっている。
その魔臓器に集中すると、紫色の魔力__音属性の魔力の塊が脈動するように動いていた。
「ここから、その奥へ」
ここで終わりじゃない。
音属性の魔力を掻き分けるように、その最奥に眠っている光属性の白い魔力に神経を集中させる。
俺がやっている特訓は、やよいたちとは別の特別メニュー。その内容は、光属性の魔力を自由自在に引き出す練習だ。
光属性の引き出し方のコツは、なんとなく掴んでいる。だけど、まだ完璧じゃない。
自分の意思で引き出したい時に引き出せるようにならないと、いずれ勃発するマーゼナルとの戦い__俺の宿敵、フェイルとの戦闘が厳しくなる。
「__ダメだぁ、難しい」
ブハッと息を吐きながら、集中し過ぎで滲んできた汗を腕で拭った。
その瞬間、またチョークが放たれて俺の額を捉える。
「痛ぁ!?」
「そこぉ、ちゃんと集中しなさい。で、話の続きなんだけど……まず、音属性の効果は重複出来ないってのは誤解があるんだ。ブレスを使わなくても音属性同士は連続で使えるんだよ」
俺の集中力が切れたのをすぐに察したアスカさんは勢いよく振り返りながらチョークを投げ、それからまた音属性について話を始めた。
厳しい、本当に厳しい。スパルタだ。 地面に倒れたまま空を見上げ、頭を悩ませる。
「光属性は、俺の心に呼応している。それは分かってるんだけどなぁ……」
俺は光属性の魔力を引き出せた時のことを、改めて思い返した。
どの場面でも光属性は俺の心__誰かを守りたいって想いに呼応するように目覚める。
俺の心や魂が燃え滾っている時……簡単に言うと、テンションが上がった時に決まって光属性は力を貸すように使えた。
「だからって、そんな簡単にテンションは上がらないっての」
熱くなっている時は、大抵自分や仲間のピンチの時。逆に言えば、追い込まれた時じゃないと引き出せない。
しかも、これから先に待ち受けているマーゼナルとの戦いは間違いなく長丁場になるだろう。そんな長時間、テンションが持つとは思えなかった。
つまり、テンションに関係なくいつでも引き出せるようにならないと、すぐにガス欠になって戦力外になってしまう。
「それだけは、絶対に避けたいな」
グッと体を起こし、また座禅の態勢に戻る。
マーゼナルとの戦いにおいて、俺の役割はかなり重要だ。
だからこそ、俺はここで光属性の制御を出来るようにならないとな。
「集中、集中__ッ!」
目を閉じ、また魔臓器に神経を研ぎ澄ませる。
瞑想の海に潜った俺の視界に、紫色の球体が見えた。その表層をゆっくりと引き剥がすようなイメージで掻き分けると、その奥に白い光が見え隠れしている。
ゆらゆらと揺らめく光属性の魔力は、静かに眠りについていた。
「それを、引っ張り上げる……」
フェイルとの戦い、やよいたちがピンチの時の記憶を呼び起こす。
サクヤと同じダークエルフ族の男。褐色の肌に、色が抜けたような白い髪を短く切り揃えてオールバックにしている姿。
猛禽類のような鋭い灰色の目。機械のように無感情な表情。身に纏っている黒い闇属性の魔力。
フェイルの姿を思い浮かべると、心に火が灯った。そして、呼応するように見え隠れしていた光属性の魔力がドクンと脈打つ。
だけど、それで終わり。それ以上は何も反応しなかった。
「これでもダメか……もっと深くまで」
さらに意識を埋没させる。深く、もっと深く、もっともっと__。
「__ブハァ! キツい……ッ!」
無意識に息を止めていた俺は、思い出したように呼吸をする。
ゼェゼェと息を荒くさせながら、俺は頭をガシガシと掻いた。
「なんでだ? どうして、引き出せない?」
腕組みしながら、思考を巡らせる。
光属性は音属性に比べて、かなりのじゃじゃ馬だ。引き出すのも難しければ、消費量も激しい。気を抜くと使えなくなるし、使えても制御が出来ない。
細やかなコントロールが出来ず、アクセル全開で使うしかないのが現状だ。
「そもそも、いつから光属性が使えるようになったんだ?」
今思うと、どうして光属性が発言したのか分からなかった。
気付いたら俺の中に眠ってて、認識してから使えるようになったけど……。
「最初からあったのか? でも、だったらどうして最近になって使えるようになった? わからないなぁ……」
グルグルと思考の渦に囚われた俺はガックリと項垂れ、ゾクリと寒気を感じて勢いよく顔を上げた。
その視線の先には、アスカさんが腕を振り上げている姿。
「ま、待った待った! アスカさん、ストップ!」
「ちっ……バレたか」
今、舌打ちしたか?
チョークを投げるのをやめたアスカさんにホッと胸を撫で下ろしつつ、俺が悩んでいることをアスカさんに聞いて貰おうと近づく。
「あの、アスカさん。ちょっといいですか?」
「はいはい、いいよ。やよいちゃんたちはこのまま頑張ってねー。ブレスなしでも音属性が使えるように」
「はーい」
やよいが返事をすると、アスカさんは改めて俺に向き直った。
「で、どうかしたの? 光属性については何も分からないから、私に答えられるかな?」
「あのですね、アスカさんって俺たちのことを神域から見てたんですよね?」
「うん、見てたよ。こっちから干渉することはあまり出来なかったけど」
アスカさんはずっと、俺たちのことを神域から見守っていたらしい。
だったら、もしかしたらアスカさんなら分かるかもしれないな。
「俺の<適性属性>が変化したタイミングって、分かりますか?」
「え? 適性属性が? どういうこと?」
適性属性。ロイドさんなら火と風属性、俺たちなら音属性って感じで、基本となる五属性のどれかに適性を持っている。音属性は五属性に含まれないけど。
でも、俺が最初に調べた時は音属性だけだったはず。その時には光属性の存在すらも分からなかった。
そう話すとアスカさんは顎に手を当てて考え事を始める。
「うーん、さすがに分からないなぁ。毎日見守ってた訳じゃないし。それで、それがどうかしたの?」
「……俺の中に眠っている光属性の魔力なんですけど、なんか音属性の魔力に覆われてるっていうか。奥深くにありすぎて引き出せないんですよ」
俺が感知した光属性は、球体の音属性の塊に覆われてかなり奥の方で眠っていた。
だから音属性の魔力を引き剥がさないと、その存在が確認出来ない。
最初から俺の中に宿っていたのか、それとも後天的に発現した<後天属性>なのか。
「それが少し気になったんですよ。光属性を使うなら、ちゃんと理解しないといけないと思って」
そう言うと、アスカさんは何度か頷いてから、驚くことを伝えてきた。
「タケル、キミは一つ勘違いをしているよ。キミの<先天属性>は、音属性じゃない。光属性だよ」
「……え!?」
先天属性とはその人が元々持っていた適性属性のこと。
アスカさんは俺の先天属性は音属性じゃなく、光属性だと俺に言ってきた。
思ってもなかった言葉に目を丸くしていると、アスカさんは静かに語り始める。
「これはあくまで私の予想なんだけど、多分キミの持つ先天属性__光属性はタケルを守るために深い眠りについたんだと思う」
「俺を? どうして?」
「キミはこの異世界に召喚された時、初めに出会ったのはガーディ……闇属性だったでしょ? 闇属性にとって光属性は唯一の天敵。召喚されたばかりで弱かったキミには太刀打ち出来ない。だから、光属性は後天的に発現した音属性で自らを覆ったんじゃないかな?」
たしかに、俺たちが最初に出会ったのはガーディだった。
その時には闇属性に操られている訳だから、光属性のことがバレてしまったらすぐにでも殺されていただろう。
召喚されたばかりで弱い俺を守るための防衛本能から、後天属性の音属性の魔力の中で眠り、俺を守ったのか。
なるほどと納得する俺に、アスカさんは人差し指を立てて笑みを浮かべる。
「光属性が制御出来ないのは、音属性を使うことに慣れ過ぎたからだと思うんだ。だからこそ、今のキミに必要なのは音属性を使わないで光属性だけを使う訓練をすることだよ」
「音属性を使わないで、ですか」
「そうだね……語りかけてみたらいいんじゃないかな? 俺はもう弱くない! だから力を貸してくれ! ってさ」
語りかける、か。
光属性が意思を持っているかは分からないけど、やってみる価値はあるかもな。
俺を守るために、自らを覆い隠して眠りについていたんだ。だったら感謝しないといけない。
「……やってみるか」
アスカさんから離れて、また座禅を組む。
精神を落ち着かせ、神経を研ぎ澄ませた。
「__よう、光属性さん。ちょっと俺と話さないか?」
深い眠りについている光属性に、語りかける。
今までは無理やり引き出すことしか考えてなかった。
でも、今は違う。光属性と対話して、力を貸して貰う。
「まずは、ありがとうな。俺を守ってくれて」
俺がお礼を言うと、光属性がゆらりと脈動した気がした。
そのまま俺は光属性に話しかけ、対話を図る。
__なんとなく、喜んでいる気がした。




