十五曲目『アスカの願い』
「それで? タケル、どう言うことなの?」
バジリスクとの戦闘を終え、俺たちは屋敷に戻っていた。
そして、アスカさんの部屋で俺は__やよいの前で、正座されている。
やよいは腰に両手を置きながら、俺を見下すように睨んでいた。
「どうして……どうしてッ!」
堪えきれない怒りが爆発したように、やよいは俺たちの様子をニコニコと笑いながら見守っていた、アスカさんをビシッと指差す。
「どうして、一条明日香がここにいるの!? しかも、Realizeに加入したってどう言うこと!? 全部説明しなさい、タケル!」
「だから、どうして俺が怒られてるんだよ……」
戦いが終わって、やよいは改めてアスカさんがここにいるのかを俺に問い詰めてきた。
ずっと眠ってて、目を覚ましてすぐにバジリスクとの戦闘に入ったから、やよいに詳しく説明する暇なんてなかった訳だけど……なんで俺が怒られなきゃいけないんだ?
ボソッと呟くと、やよいはキッと俺を睨んでくる。その華奢な体から、重苦しいほどの威圧感を醸し出しながら。
正直、怖い。何も言えずに黙り込んでいると、クスクスとアスカさんが小さく笑みをこぼす。
「本当に、キミたちは面白いね。見てて飽きないよ」
「あ、えっと……ごめんなさい、お恥ずかしいところをお見せして」
やよいは顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうにアスカさんにペコペコと頭を下げる。
一条明日香は俺たちにとって憧れの存在。やよいもまた、アスカさんを尊敬している一人だ。
モジモジとしているやよいに、アスカさんはコホンと咳払いする。
「まぁ、とりあえず座って座って。詳しくは私から説明するから」
アスカさんに言われ、やよいはおずおずと畳に座った。
ようやく解放された、と俺が足を崩そうとすると、ペチンとやよいに太ももを叩かれる。
「あいたッ!? なんで!?」
「タケルは正座のまま」
俺のことはまだ許してないらしい。何も悪くないのに……。
渋々正座に戻ると、アスカさんはやよいにこれまでの経緯、ここがどこなのか、アスカさんがどういう存在なのかを話し始めた。
話を聞いていたやよいは目を丸くして驚いたり、首を傾げたり、悲しそうな顔をしたりとコロコロと表情を変え、最後に闇属性の話になると眉をひそめる。
「何、それ? 魔法が親玉ってこと? ガーディが敵じゃないの?」
「ガーディは何も悪くないの。ガーディは闇属性に操られているだけ。倒すべきは、闇属性そのものだよ」
「……意思を持った属性そのものが敵って、どうやって倒せばいいの?」
やよいの疑問に、俺は話に割って入った。
「多分、俺しか倒せない。光属性を持つ、俺だけが」
光属性と闇属性は相反する属性。さっきのバジリスクや黒いヘドロのモンスターたちは、神域に侵入してきた闇属性の手のものだ。
音属性での攻撃は効かず、唯一俺が持つ光属性でしか倒せなかった。つまり、闇属性を倒せるのは、俺しかいない。
そう話すと、アスカさんは静かに首を振った。
「それなんだけど、もしかしたら光属性以外……キミたちが持つ、音属性でも倒せる可能性があるんだ」
「え!? 音属性でも、ですか?」
驚く俺たちにアスカさんは人差し指を立てながら、その可能性を説明し始める。
「さっきのバジリスクや、神域に現れた黒いヘドロのモンスター。それに、私が属性神になる前に戦ったことがある闇属性の眷属と化したモンスターを見て、ある法則に気付いたんだ」
「法則? それはどういうものですか?」
首を傾げる真紅郎の問いかけに、アスカさんは頷いてから口を開いた。
「まず、闇属性に支配されているモンスターの弱点は総じて光属性なのは間違いないよ。ただ、それが適応されない場合があるんだ」
「あん? ヘイ、その適応されない場合ってなんなんだ? オレにはさっぱり分からねぇぜ?」
「それはね、闇属性の支配力にだよ」
「……支配力? それが、何?」
話を聞いてもよく分からずにいる俺たちに、アスカさんは顎に手を当てて少し考えてから、分かりやすく説明する。
「つまりね、闇属性の支配……魔力の侵食率って言えばいいかな? 今回戦ったバジリスクは中身まで闇属性に染まってけど、私が戦ったことがあるモンスターは魔力を纏う程度だったり、侵食している最中だったりしてたの」
「なるほど、そういうことですか。侵食されていればされているほど、闇属性に近い存在になる。逆に言うと闇属性の影響が弱ければ、ボクたちの音属性でも倒せるってことですね?」
話を聞いて理解した真紅郎の言葉に、アスカさんは力強く頷いて返した。
闇属性の侵食が進めば進むほど、闇属性に近くなる。それが、アスカさんが言う支配力ってことか。
ここでようやく理解が追いついたウォレスは、ニヤリと笑いながらパシンッと手のひらに拳を打ちつけた。
「てことは、その支配力ってのが弱ければオレでもぶっ飛ばせるってことだな!」
「……そういうのと、戦ったことがあった」
サクヤの言う通り、俺たちは闇属性に操られていたモンスターと戦ったことがある。
巨大化していたり、凶暴性が増していたりと強い相手だったけど、光属性を使わなくても俺たちは勝ってきた。
アスカさんは「あくまで仮説だけどね」と言いながら、俺をジッと見つめる。
「だから、闇属性に侵食されているモンスター全てをタケル一人で倒す必要はないかもしれない。他のみんなでも支配力が弱いモンスターなら戦力外になることはないと思うの。ただ、今回のバジリスクみたいな支配力が強い大物相手は……」
「俺が倒すしかない、ってことですね」
光属性を持つ俺だけで戦う必要がないってのは、かなり助かるな。
まだ制御出来ていない光属性の引き出す方法はなんとなくコツが掴めてきているけど、完璧じゃないからどうやっても時間がかかる。
その時に俺しか戦えない状況は厳しい。だから、やよいたちでも倒せるならありがたかった。
それから俺たちは闇属性との戦いでどういう動きをするのか考えていると、アスカさんは顔を俯かせながらポツリと呟く。
「それと、一つキミたちにお願いしたいことがあるんだ」
「お願いしたいことですか? なんでも言って下さい! あたしたちに出来ることがあるなら、なんでもしますよ!」
「おい、やよい。話も聞いてないのに安請負するなよ……」
「はぁ? 何、タケル。アスカさんのお願いが聞けないって言うの? ぶん殴るよ?」
「怖いって。聞くけど、まずは話をだな……」
どうもやよいは、アスカさんのことになると当たりが強いな。別にお願いを聞かない訳じゃないってのに。
アスカさんは俺とやよいの会話に頬を緩ませると、どこか悲しげに見つめながら口を開く。
「__ロイドを、助けて欲しいんだ」
「ロイドさんを?」
ロイド・ドライセン。
正義の独立組織<ユニオン>のマーゼナル王国支部。そのトップの<ユニオンマスター>で、異世界に召喚されたばかりの俺たちを鍛えてくれた……俺の師匠。
属性神になる前のアスカさんや闇属性に操られる前のガーディと共に旅をしていた、俺が知る中で最強の剣士。
俺が使っているレイ・スラッシュや戦い方などを教えてくれた、大恩人。
そして__闇属性に操られているガーディに協力し、俺たちを捕らえようとしてきた人だ。
俺はロイドさんと戦ってどうにか勝ち、最後には俺たちを逃すためにマーゼナルの追っ手と戦ってくれたけど……その後、どうなったのかは分かっていない。
そのロイドさんを助けて欲しいとお願いしたアスカさんは、胸元で祈るように手を組みながら涙を流していた。
「助けたいけど、ロイドさんが生きているかどうかは……」
「ううん、生きてる。私には分かるの」
「ヘイ、なんでだ?」
確信を持ってロイドさんが生きていると言ったアスカさんに、ウォレスは訝しげに問う。
すると、アスカさんは涙を浮かべながら真剣な眼差しで俺たちを見つめて、答えた。
「神域にいる私には、ロイドがどこで何をしているのかは分からない。でもね、聞こえるの。ロイドの心臓の鼓動が」
「……聞こえる? どこから?」
サクヤは耳に手を当てて目を閉じ、何も聞こえないと首を傾げる。
そんなサクヤにアスカさんは静かに首を横に振った。
「私にしか聞こえないよ。でも、間違いない。ねぇ、タケル……キミの剣って、昔私が使っていたのだよね?」
「はい。ロイドさんに託された物です」
そう言って俺は魔装を展開し、柄の先にマイクが取り付けてある細身の両刃剣を握る。
俺が持っていた元々の剣は、ロイドさんとの戦いで折れてしまった。だから、俺の本来の魔装はマイクだけだ。
そして、俺はロイドさんにこの剣を……アスカさんが使っていた剣を託された。
それがどうしたのかと疑問に思っていると、アスカさんは懐かしそうに剣を見つめながら話し始める。
「私が使っていた剣と、キミが持っていた元々の剣はほとんど同じ。私も柄にマイクが取り付けてある剣を使っていた。マイクはタケルの魔装だけど、私のマイクはどうしたの?」
「えっと、アスカさんのマイクはロイドさんに返しました」
「そう、それだよ」
どういうことだ? よく分かってない俺に、アスカさんは俺が持っている剣を指差した。
「私のマイクは、ロイドが持っている。そのマイクがロイドの心臓の鼓動を、私に伝えているんだ。だから、ロイドは間違いなく生きてる。でも……闇属性の影響が強いせいで、マーゼナル王国のどこかにいるってことしか分からないんだ」
俺が返したマイクを、ロイドさんは片時も離していないらしい。そのマイクが心臓の鼓動を、本来の持ち主のアスカさんの元へと伝えているようだ。
だからアスカさんはロイドさんが生きていると確信しているのか。
「ロイドは闇属性に操られているガーディの甘言に乗ってしまって、キミたちに牙を剥いた……だけどね、ロイドはただ純粋に死んでしまった私に会いたかっただけなの。許して欲しいとは言わない。でもね、お願い__ロイドを、あいつを助けてあげて」
涙を流し、懇願するようにロイドさんを助けて欲しいとアスカさんは言う。
ロイドさんはただ、アスカさんに会いたかっただけだ。その結果、俺たちを捕らえるために戦ったけど__最後には、俺たちを助けてくれた。
だったら、俺たちの答えは一つだ。
「__もちろん。お願いされなくても、助けますよ」
俺の言葉にアスカさんは呆気に取られたように目を丸くする。
そんなアスカさんに俺たちは笑い合った。
「ハッハッハ! 当然だっての! 最初からロイドを助けるつもりだったぜ!」
「うん、ロイドさんの救出も視野に入れて作戦を練ってます」
「そうそう! 最初からそのつもりだったから、心配しないで下さい!」
「……そういう、こと」
ウォレスが、真紅郎が、やよいが、サクヤが。
俺たち全員が最初からロイドさんを助けるつもりだったことに、アスカさんは目をパチクリとさせる。
俺は口角を上げて、アスカさんに向かって口を開く。
「ロイドさんは右も左も分からない異世界に召喚されたばかりの俺たちに、色々と教えてくれました。修行は死ぬほどキツかったけど、そのおかげで俺たちはこうして生き抜いている。全部、ロイドさんのおかげですよ」
ロイドさんが教えてくれたことは、今も俺たちの中に根付いている。
俺たちがこうして笑えているのは、ロイドさんがいたからだ。
ロイドさんは俺たちの師匠……生きてると確証が得られているなら、救出しない訳がない。
「だから、大丈夫ですよ。心配しなくても、ロイドさんは絶対に助け出して見せます!」
力強く言い放った俺の言葉に、頷く俺たちにアスカさんは涙を拭いながら明るく笑みを浮かべた。
「そっか。やっぱり、キミたちは最高だよ……改めて、お願いします。あのどうしようもない馬鹿を、助けて」
「任せて下さい!」
ロイドさんを助け出すと、俺たちはアスカさんと約束する。
そして、アスカさんは勢いよく立ち上がると、胸を張って俺たちに向かって声を張り上げた。
「さぁて、そうと決まれば! Realize諸君! 私から提案があるんだ!」
いきなりどうしたのか、と驚く俺たちにアスカさんは不敵に笑う。
「__私と特訓しない?」
「……特訓、ですか?」
突拍子もない提案に唖然とする俺たちに、アスカさんはどこか悪戯げに頬を緩ませていた。




