二曲目『概念魔法』
「そ、そんなバカな……属性が、意思を持っているって」
衝撃の事実に頭が一気に混乱した。
アスカさんが言っていることは属性__魔法そのものが意思を持っているという、突飛な話だ。
そう簡単に信じられないことに唖然としていると、アスカさんはジッと俺と目を合わせながら話を続ける。
「本当のことだよ。闇属性は意思を持っている。この世界に対して強い怨恨を抱いてて、滅ぼそうとしているの。ガーディは闇属性に操られているだけ」
「そんな……」
ずっと敵だと思っていたガーディが、実は操られているだけ。
なら、俺たちが戦わないといけない本当の敵は__。
「闇属性、そのもの……」
「そう、キミたちが倒すべきは闇属性。人でも国でもない__意思を持った魔法となんだよ」
そう言うとアスカさんは暗い表情を浮かべ、顔を俯かせる。
「本当なら私が倒すべき相手だったけど……私では弱体化させることしか出来なかった。神格化したとしても、音属性しか使えない私には、無理だったんだ」
「属性神の力でも勝てないなら、どうやって倒せば……」
「この世界で唯一、闇属性に対抗出来る力は一つだけ。闇属性と対をなす属性__光属性」
闇に対抗出来るのは、光しかない。そして、光属性を持つ存在は俺が知る限り一人だけ。
つまり__。
「俺しか倒すことが出来ない、ってことか」
胸元で拳を握りしめ、俺の中に眠っている光属性の魔力に想いを馳せる。
この異世界で英雄となり、その後神格化して属性神になったアスカさんですら、倒すことが出来なかった存在。
それを俺が倒すしかない。光属性の魔力を持つ俺が。
世界の命運という重荷がズシっとのしかかってくる。思わず唇を噛み締めていると、アスカさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに……」
「いや、アスカさんのせいじゃないですって」
「ズルして神格化したっていうのに、結局何も出来ずに終わっちゃった。英雄なんて持て囃されて、調子に乗ってたのかもしれないね」
アスカさんは自嘲するように鼻で笑い、表情を暗くさせる。
アスカさんは何も悪くないはずだ。元々この異世界の住人じゃないのに英雄と呼ばれるようになり、世界を守るために神格化して闇属性を倒そうとしていた。
結果的に倒すことは出来なかったとしても、アスカさんを責めることは誰にも出来るはずがない。
そもそも、光属性じゃないと倒せない相手なんだ。相手が悪かったとしか言えないだろう。
ふと、神格化した時にアスカさんがしたズルって部分が気になる。
「あの……そのズルってなんなんですか?」
そう聞くと、アスカさんは静かに目を閉じた。
そして、アスカさんは琵琶を持つと弦を弾き鳴らす。
「……ねぇ、タケル。この異世界に来てから、ずっと気になっていたことはない?」
「と、言うと?」
「どうしてこの世界には、音楽がないのか」
アスカさんは琵琶でメロディーを奏でながら、呟く。
たしかにこの異世界には音楽文化がなく、誰も音楽を知らないことがずっと疑問で、気になっていた。
頷くと、アスカさんは琵琶を奏でながら語り始める。
「音楽は太古の昔からあらゆる文化と共にある、生物の歴史と切っても切り離せないほど当たり前に存在しているもの。だけど、この異世界には存在していない」
「それが、何か関係あるんですか?」
「あるんだよ。だって、この異世界にはちゃんと音楽文化があったんだから」
「え!?」
音楽文化がないこの異世界に、音楽があった? だったらどうして、今はなくなってるんだ?
その疑問に、演奏を止めてアスカさんは答える。
「__私が、音楽そのものを消したからだよ」
アスカさんが言った言葉が、すぐに理解出来なかった。
言葉が出ずに口をパクパクと開け閉めする。
「な、え? 消した? 音楽そのものを?」
ようやく口から言葉が出てくるけど、理解が追いつかない。
どうしてアスカさんがこの異世界から音楽を消すのか。そもそもどうやって消したっていうのか。
意味が分からない。理解出来ない。頭が混乱して、思考が鈍くなっている。
すると、アスカさんはゆっくりと深呼吸をしてから、静かに説明し始めた。
「音楽文化……ううん、音楽という概念そのものを、私は消したんだよ。神格化するために、ね」
「が、概念?」
「ねぇ、タケル。<概念魔法>って聞いたことない?」
概念魔法__聞いたことがあるけど、その内容は抽象的でほとんど謎に包まれている魔法だったはずだ。
たしか、強大な力を求めるのに世界すら巻き込む代価が必要……って書かれていたような。
「__待て。世界すら巻き込む、代価?」
思い出した記述の内容に、俺はハッとする。
まさか、概念魔法って言うのは__ッ!
「そうだよ。概念魔法はその名の通り、概念を消費する魔法。使用者の魂と同等の価値がある概念そのものを消費し、強大な力を得ることが出来る諸刃の剣。そして、その概念消費は自身だけじゃなく……世界の概念をも消費するんだ」
アスカさんにとっての魂と同等の価値があるものが、音楽だった。
使う代償に、音楽という概念__歴史や世界中の人の記憶から、音楽そのものが消える。
比類なき力を得るために、世界すら巻き込む魔法。それこそが、概念魔法なのか。
「これが、この異世界に音楽文化が存在していない理由。闇属性を倒すために、心の奥底から愛している音楽という概念を消費して、私は神格化したんだよ」
自分の魂と同じぐらい大切で愛している、音楽。
アスカさんはその音楽を、その概念を消してまで闇属性を倒そうとしたけど倒すことが出来ず、音属性の属性神となった。
愛する音楽を代償にしたのに倒せなかったことがどれほど辛く、悔しかったことか。
同じ音楽を愛する俺には、その辛さが理解出来る。いや、それ以上にアスカさんは辛かったことだろう。
思わず拳を握り締めていると、アスカさんは儚げに笑みを浮かべた。
「これが英雄として持て囃されていたアスカ・イチジョウの過去。この世界の真実だよ」
「だから不自然なほどに音楽文化がなかったのか……」
「神格化した後、私は後悔した。大好きだった音楽を、この世界の人々が愛していた音楽を、私の手で消し去ってしまったんだから」
今にも泣きそうな顔で、アスカさんは目を伏せる。
自分の手で愛していた音楽を消してしまったアスカさんは、悔やんでも悔やみ切れないだろう。
だけど__。
「大丈夫ですよ、アスカさん」
優しくアスカさんの名前を呼ぶ。
アスカさんは顔を上げ、目をパチクリさせながら俺を見つめていた。
俺はニッと口角を上げ、胸をドンっと叩く。
「たしかに今、この世界では音楽文化がないです。でも、俺たちがいます」
「俺、たち?」
「そう、俺たちRealizeがいます!」
アスカさんが概念魔法を使ったから、今の世界には音楽文化がない。それは変えようのない事実だ。
だけど、今は違う。俺たちが、Realizeがこの世界にはいる。
「俺たちのライブを楽しんでくれる人がいます! 曲を聴いて盛り上がってくれます! 音楽って概念がなくても、みんなの魂に刻み込まれてる! 音楽が最高に楽しいって!」
今まで旅をしながら、俺たちはライブをしてきた。音楽を知らなって人たちを前に、堂々と自分たちらしく音楽を演奏してきた。
そして、誰もが楽しんでくれていた。盛り上がり、熱狂してくれていた。
それってつまり、概念なんか関係なく__魂に音楽が最高の文化だってことが刻まれているからだ。
「音楽がないって言うなら、また一から伝えていけばいい! 俺たちRealizeが音楽の素晴らしさを、改めてみんなの心に、歴史に刻めばいい!」
「タケル……」
「だから大丈夫ですよ、アスカさん。これ以上、悔やまないで下さい」
アスカさんはずっと頑張ってきたんだ。この世界の住人じゃないのに多くの人を助け、守ってきた。英雄と呼ばれるぐらい、戦ってきたんだ。
無念が残る結果になったとしても、大丈夫。
アスカさんの意思は__俺が受け継ぐ。
「本当の敵はガーディじゃなくて闇属性? 意思を持った魔法? 関係ない! 光属性だとか、世界の命運だとか、全然関係ない! 俺が戦う理由は何一つ変わらない!」
アスカさんの話を聞いて、世界の命運がのしかかってきたような気がしていた。
だけど、よく考えたら全部関係なかった。俺が戦う理由は、一つだ。
「__俺たちは元の世界に戻る。ただそれだけだ」
元の世界に戻り、メジャーデビューする。それが俺の、俺たちの戦う理由だ。
呆気に取られているアスカさんに、ニヤリと口角を上げて笑ってみせる。
「ま、そのついでにこの世界も救ってやりますよ。相手が誰であろうとも、俺たちRealizeが揃っていれば無敵ですから」
そうだ。相手がガーディから意思を持った魔法、闇属性に変わったとしても__俺たちが揃っていれば無敵なんだ。
それがロックバンドRealizeだ。
「音楽がないって言うなら、俺たちが広めます。この世界も救ってやります。なので、大丈夫ですよアスカさん。全部俺たちに任せて下さい」
「……そっか。そうだったね。キミは、キミたちはそういう人たちだった。だから私はキミたちを__」
アスカさんは目に涙を浮かべながら、静かに微笑む。
「ありがとう、タケル。キミたちはキミたちらしく、ずっとそのまま突っ走って」
頬に一筋の涙を流しながら、アスカさんは優しく俺に笑いかけてきた。
なんか照れ臭くなって頬をポリポリと掻きながら、目を逸らす。
「それに、その……俺の憧れの人がそんなに悲しそうにしているのが見てられないっていうか……俺、あなたのストリートライブを見たことがあるんですよ。そのおかげで音楽を始めたんです。まぁ、覚えてないと思いますけど」
アスカさん__一条明日香は俺にとっての憧れで、俺が音楽を始める切っ掛けになった原点の人だ。
音楽の素晴らしさを、楽しさを教えてくれて、どん底だった俺の人生を変えてくれた人が悲しそうにしているのは、放っておけない。
そう言うとアスカさんはジッと俺の顔を見つめると……。
「あ。あー!?」
突然、素っ頓狂な声を上げた。
ビックリして目を丸くしているとアスカさんは俺に駆け寄り、手で頬を挟んで顔をズイッと近づけてくる。
美人の女性で、しかも憧れている人が目と鼻の先にいることに、顔が一気に熱くなった。
「ちょ、ちょっとアスカさん!?」
「うん、うん! やっぱり! ずっとどこかで見たことがある気がしてたんだよ!」
俺の顔をジッと見つめながら、納得したように何度も頷くアスカさん。
いきなりどうしたのかと思っていると、アスカさんは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「キミ! 私がメジャーデビューする前にやってたストリートライブで泣いてた高校生でしょ!?」
「え、えぇ!? お、覚えてたんですか!?」
「覚えてるっていうか、思い出した! 凄く印象的だったからね! いきなりポロポロ泣き出すんだもん、ビックリしちゃったよ」
思い出してくれて嬉しい反面、あの時の自分はメンタルがどん底だったからあまり思い出して欲しくないなぁ。
アスカさんは嬉しそうに笑いながら、俺の頭を優しく撫でる。
「そっかそっか、あの時の高校生がキミだったんだね。髪の色が変わってるし、あの時はまるで自分の人生なんてどうでもいいみたいに思っている顔してたから……今と大違いで気付かなかったよ」
「まぁ、あの時はちょっと色々ありましたから……」
「でも、よかった。キミは自分の道を見つけることが出来たんだ__大きくなったね」
「……あなたのおかげですよ」
アスカさんのストリートライブがなかったら、俺は今みたいに音楽をやってなかった。
まるで弟を見るような優しい眼差しを向けてくるアスカさんに、俺はその時のことを話す。
それから俺たちは、昔の話に花を咲かせるのだった。




