十六曲目『黒との邂逅』
「くそ! <アレグロ!>」
男を追って本部内を走る俺たち。音属性魔法の敏捷強化を使って走っても、黒い魔力を纏った男は動きが速くなっていて、追いつけそうになかった。
それでも追い続けていると、男は走りながらチラッと俺たちの方に目を向ける。
そして、懐に手を突っ込むとまた油が滲んだ皮袋を取り出し、俺たちに向かって投げてきた。
「やばい!?」
ふわりと投げられた皮袋に向かって、男は火を着けたマッチも一緒に投げる。マッチは皮袋に当たり、爆発するように火の手が上がった。
一気に燃え上がった炎に思わず足が止まりそうになったけど、すぐに身に纏っていた深紅のマントで顔まで隠し、そのまま突っ込む。
「あちち!?」
僅かに熱さを感じたけど、そこまでじゃない。
マントで火を振り払いながら、また走る。その間に男との距離はかなり離れていた。
しかも、男は走りながらどんどん油の入った皮袋をそこら中に投げ放ち、火を着けている。
本部内に火は燃え広がり、ユニオンメンバーたちは慌てて消火活動をしていた。
「あいつ、好き勝手やりやがって……ッ!」
このままだと炎は燃え広がっていき、本部が大変なことになる。すぐにでも止めたいけど、男との距離は離される一方だ。
そう思っていると、分かれ道の前で男がピタリと立ち止まった。
「……しつこいな」
男はそう呟くと、手に持っていた丸い物体を床に向かって投げつける。
そして、爆音が響くと白煙がブワッと充満した。
「煙玉か!?」
煙によって男の姿が見えなくなる。立ち込める煙の中に突っ込んで男を探すと、男の姿はなかった。
右と左、二手に分かれたどちらかに逃げたんだろう。
くそ、と歯噛みしていると後ろから真紅郎の声が聞こえた。
「タケル! みんな!」
「よかった! みんな無事だよね!?」
「真紅郎! それにやよいも!」
手に袋を持った真紅郎と、キュウちゃんを抱きしめたやよいが俺たちに近づいてくる。
すると、真紅郎は手に持っていた袋を俺に渡してきた。
「これ! 魔装だよ!」
「お、マジか! 助かる!」
どうやら没収されていた魔装を持ってきてくれたようだ。急いで袋から魔装を取り出し、ウォレスとサクヤにも投げ渡す。
革紐を通してネックレスにしていた魔装を首にかけてから、二人に状況を説明した。
話を聞いた真紅郎は顎に手を当てて思考を巡らせる。
「……分かった! 二手に分かれてその男を探そう! ボクとサクヤは右を、タケルとウォレスは左を探して! やよいはシリウスさんにこのことを伝えて、ユニオンマスターたちにも協力を求めて!」
「よし、行くぞ!」
真紅郎の指示でそれぞれ動き出した。
やよいは来た道を戻り、指示出しをしているシリウスさんの元に。俺とウォレスは分かれ道の左、真紅郎とサクヤは右に向かって走った。
走っている最中に周りを見ると、火の手がどんどん広がっている。
「ヘイ、タケル! まずいぜ! 本部は洞窟の中だ! このまま煙が充満すると窒息しちまう!」
「分かってる! だけど、今はあいつを捕まえるぞ! 火は他の人たちに任せるしかない!」
ユニオン本部は山の中をくり抜いて作られた、密閉空間だ。
空間が広くても逃げ場がない煙が充満していけば、窒息死に繋がる。
だけど、消火は任せてまずはあの男を捕まえないと。そのままにしておけば、あいつはもっと火を着けるかもしれない。
焦燥感に駆られながら男を探して走り回っていると、ウォレスが声を上げる。
「いたぞ! あそこだ!」
ウォレスが指差した方向に、男はいた。男は建物の入り口にいて、外に出ようとしている。
「逃すかよ!」
首にかけていた魔装を掴み、展開して剣を握り締めた。そのまま剣身に音属性の魔力を纏わせ、一瞬で一体化させる。
紫色の魔力を放つ剣を水平に構え、体をグッと捻った。
「__<レイ・スラッシュ・スラップ!>」
そして、剣を突き出して真紅郎の固有魔法<スラップ>の力をレイ・スラッシュで撃ち放つ。
銃声のような音が響くと、高密度に圧縮された魔力が一直線に外に出ようとしている男へと向かっていった。
「何ッ!? ぐぅッ!?」
男は向かってくる魔力に気付き、咄嗟にナイフで防ぐ。だけど、そのままナイフは砕かれ、腹部に魔力が着弾した。
血を吐きながら外に吹き飛ばされた男を追って、俺たちも本部から出る。
淡く光るユニオン本部の建物に照らされた薄暗い空間で、男は腹部を抑えながら地面に倒れていた。
「やっと追いついたぞ……!」
「グッ……本当に、しつこい……ッ!」
男は忌々しげに顔をしかめると、血を吐き捨てながら立ち上がる。
そして、腰元から新たにナイフを二本抜き放ち、逆手に持って構えた。
「二人がかり、か。卑怯とは思わないのか、勇者?」
「俺たちは勇者なんかじゃない! 多勢に無勢でも、お前を捕まえる!」
「ハッハッハ! そういうことだ! 大人しくお縄につきな!」
剣を構えた俺の隣で、ウォレスも魔装を展開して二本のドラムスティックを構える。
男は舌打ちすると、ググッと姿勢を低くした。
「ならば! 最後まで抵抗させて貰う!」
地面を蹴り、男は疾走する。
俺に向かって同時に振り下ろしてきた両手のナイフを、剣で防ぐ。
そのまま鍔迫り合いをしていると、横からドラムスティックに魔力刃を展開したウォレスが割り込んできた。
「オラァァッ!」
「ちっ!」
魔力刃を振り下ろしてきたウォレスに、男はバックステップで避ける。
するとウォレスは俺にチラッと目配せして、魔力刃を振り抜くとまるで足台になるようにしゃがみ込んだ。
察した俺はウォレスの背中を踏み台にして跳び上がり、距離を取った男に向かって全体重を乗せて剣を振り下ろす。
「__てやぁぁぁッ!」
「ぐぅッ!?」
男はナイフを十字に構えて防ぐも、攻撃の重さに片膝を着いた。
__ここだ!
「ウォレス!」
「オーライ!」
俺の呼びかけにウォレスが返事をする。
地面に足が着いた瞬間、俺はグルリと半回転して後ろから走ってきていたウォレスと入れ替わった。
ウォレスは両手の魔力刃を振り下ろし、片膝を着いていた男の両肩から胸にかけてをクロスするように斬り付ける。
「__ガァッ!?」
「ヘイ!」
「おう!」
血を噴き出しながら仰反る男。その隙を狙い、ウォレスが俺を呼んだ。
短く返事をしながら走り、屈んでいるウォレスの背中に片手を乗せて飛び越える。
四つん這いになるように仰け反っている男の前に着地してから横回転して背中を向けつつ、男の顎を掬い上げるように下から蹴り上げた。
「ゴ……ッ!?」
「もう一丁!」
「任せろ!」
顎を蹴り抜かれた男は、口から血を吐きながら体を浮かばせる。
四つん這いの状態から蹴り上げた体勢の俺は、叫びながらゴロっと地面を転がった。
そして、ウォレスは地面を転がっている俺を飛び越えてジャンプすると、宙に浮かんでいた男に向かって指を組んだ両手をハンマーのように振り下ろす。
プロレス技のダブルスレッジハンマー。それを脳天に喰らった男は、声にならない悲鳴を上げながら地面に顔から叩きつけられた。
「決めるぜ!」
「分かってる!」
地面に叩きつけられ、その衝撃でバウンドした男に向かって俺は走り出す。
白目を剥いている男の襟首を掴んだ俺は、その場で一回転。遠心力を使って男を思いきり岩の壁に向かって投げ放った。
「ガッ、ハ……ッ!」
背中から壁に叩きつけられた男は、ズルズルと壁から崩れ落ちようとしている。
これで終わりだと思うなよ?
「行くぞ、ウォレス!」
「ハッハッハ! 合わせろよ、タケル!」
隣にいるウォレスに声をかけてから俺は剣身と紫色の魔力を一体化させ、ウォレスは目の前に紫色の魔法陣を展開した。
俺とウォレスはタイミングを合わせ、同時に魔法陣に向かってそれぞれの武器を叩きつける。
「__<ストローク!>」
「__<レイ・スラッシュ・ストローク!>」
ウォレスの固有魔法<ストローク>に合わせ、同じようにレイ・スラッシュで俺も<ストローク>を放った。
腹に響く重低音を響かせながら、魔法陣から極大な音の衝撃波が男へと向かっていく。
衝撃波は壁に寄りかかっていた男へと襲いかかり、男を中心に大きく壁が陥没した。
男はもはや声も出ずに、岩の壁と衝撃波に挟まれる。すると、陥没した壁にビキビキと音を立てながらヒビが入っていき、轟音を響かせて大きな穴が開いた。
それなりに厚い岩の壁に開いた大穴は外にまで届いていて、極寒の風が洞窟に入り込んでいく。
「……やべ、やりすぎた」
調子に乗ってやりすぎたと反省する。
ユニオン本部に火を着け、好き勝手暴れていた男に対して怒っていたのは確かだけど、ここまでやるつもりはなかった。
大きく開いた穴の先には、ドルストバーン山脈の光景が広がっている。
顔を引きつらせていると、ウォレスが笑いながら俺の肩をバシバシ叩いてきた。
「ナイスコンビネーション! さすがタケルだぜ!」
「言ってる場合か!? これは絶対怒られるぞ!?」
「あー……そこはほら、コンビだから。一緒に怒られようぜ?」
ハッハッハ、と笑うウォレスに俺は手で顔を覆う。
いや、それよりまずは男だ。俺たちの攻撃で外に吹っ飛んだ男を追って、俺とウォレスは穴を抜けて外に出る。
穴の先は広めの高台のようになっていて、足元が埋まるほど雪が降り積もっていた。
極寒の風にブルリと体を震わせながら男を追うと、男は雪の中で力なく倒れている。
「……やった、よな?」
「それはフラグだぜ、タケル。だけど、まぁやっただろ」
俺とウォレスは警戒しながら男に近づいていくと、男はピクリと指を動かした。
「まだみたいだな」
「はぁ……しぶといぜ」
あれだけの攻撃を受けて、まだ動けるなんてな。
俺とウォレスが構えると、男は体に纏っていた黒い魔力を蠢かせながら立ち上がろうとしている。
「ま、だ、だ……」
男は血まみれで、吐血しながらふらふらと立ち上がった。
これだけやられて、この執念。それほどまでにあいつを……ガーディを崇拝しているんだろう。
もはや狂信者だな、と思いつつ剣を握りしめる。
「タケル! ウォレス!」
すると、俺たちが開けた大穴からやよいの声が聞こえてきた。
いや、やよいだけじゃない。真紅郎とサクヤ、それにシリウスさんとユニオンマスターたちも向かってきた。
そして、シリウスさんは一歩前に出ると俺たちをジッと見つめる。
「お見事です、タケル。それにウォレス。敵を追い詰めただけではなく、これほどの大穴を開けるとは……いやはや、その豪胆さには感服しますね」
これ、褒めてるつもりで俺たちを非難してるよな?
やっぱりやりすぎだったか、と苦笑いを浮かべていると、シリウスさんは男を睨みつける。
「さて、あなたももう観念したらどうでしょう? タケルたちに加え、ユニオンマスターが勢揃いです。そのようなボロボロの状態では、もはや抵抗しても無駄だと思いますが?」
諦めようとしない男を説得するシリウスさん。
だけど、男はクツクツと笑い出した。
「そうだろうな。ここまで追い詰められれば、もはや無駄だろう」
「そうですか。なら……」
「あぁ__私一人ならなぁ!」
男はそう叫ぶと、目の前の地面から黒い魔力が噴き出す。
突然のことに驚いていると、男はニタリと口角を上げる。
「私の役目はここまでだ。あとは頼みました……」
誰かに向かってそう言うと、男はがっくりと倒れ伏した。
地面から噴き出した黒い魔力は徐々に竜巻のように渦を巻き、そして__。
「__あぁ、ご苦労だったな。ゴミの割に、よくやったと褒めてやろう」
渦を巻く黒い魔力の中から、男の声が聞こえた。
その瞬間、俺の中に眠っていた白い魔力が反応する。
聞き覚えのある声に、俺は白い魔力を抑えるように胸元を掴んだ。
「やっぱり、お前か……」
黒い魔力がブワッと弾け、そこに一人の男の姿が現れた。
藍色のロングコートに、黒いマフラー。短い白髪をオールバックにした、能面と言っていいほど無表情の褐色の男。
猛禽類のように鋭い灰色の瞳は、右目だけ血のように紅くなっている。
そいつを見た俺は、ギリッと歯を鳴らした。
「__フェイル!」
俺の宿敵、フェイルの名前を叫ぶ。
フェイルは鼻を鳴らすと、雪を踏みしめながら一歩前に出た。
「__また会ったな、虫けら……いや、タケル」
俺の名前を口にしたフェイルは、体から黒い魔力を漂わせながら口角を歪ませる。
同時に、俺の体からも白い魔力が反応するように流れ出てきた。
俺とフェイル__白と黒は再び、邂逅するのだった。




