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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
第一章『ロックバンド、異世界に渡る』

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三十七曲目『居場所』

「__シッ!」


 ナンバー398が息を鋭く吐きながら、右拳を突き出す。

 風を切り裂くように放たれた拳を、やよいは険しい顔をしながらなんとか避けていた。


「ま、待ってってば!? あたし、キミとは戦いたくない!」


 やよいは攻撃を躱しながら、説得を試みている。だけど、ナンバー398は何も答えることなく右回し蹴りを放っていた。


「くっ! き、聞いてよ!」


 斧型ぎたーで防いだやよいは、その威力に負けて後退りする。

 やよいの華奢な体じゃ、あいつの攻撃は防ぎきれない。防ぐよりも回避に専念した方がいいだろう。

 防戦一方のやよいは一度も反撃せずに、必死にナンバー398を説得し続けていた。


「お願い、少しでいいからあたしの話を……ッ!」

「__必要、ない!」


 やよいの話を突っぱねながら右足を強く踏み込み、左拳を突き出す。

 あの攻撃は、音属性が込められた一撃だ。避けきれないと判断したのか、やよいは斧で防ぐもその威力に吹き飛ばされてしまった。


「__きゃあぁぁぁ!?」

「やよい! クソ……ッ!」


 音の衝撃波に吹き飛ばされたやよいは悲鳴を上げながら宙を舞い、地面をゴロゴロと転がる。

 その姿に咄嗟に飛び出したくなったが、ロイドさんの視線を感じてギリッと歯ぎしりしながら耐える。

 やよいのピンチだってのに、動けない自分が情けない。

 うつ伏せに倒れていたやよいは斧を地面に突き立て、立ち上がろうとしていた。俯いていた顔を上げてナンバー398を見つめるその瞳は、今にもこぼれ落ちてしまいそうな涙が浮かんでいる。


「どうして……どうしてキミは、そんなに追い込まれた表情をしているの?」


 その言葉にナンバー398は、歯を食いしばりながら拳を強く握りしめる。

 やよいの言った通り俺にもあいつが焦り、追い込まれているように見えた。

 

「__黙れ! ここでお前たちを捕らえないと、ぼくは居場所をなくす! 捨てられる!」


 我慢していた本心をたがが外れたように叫び始め、激情のままに地面が砕けるほどの強さで地団駄を踏み、ギロリとやよいを睨みつける。


「ここで汚名をそそがないと、ぼくは……ッ!」


 構えたナンバー398は力強く足を踏み出し、やよいに向かって走った。

 その姿は洗練された動きとはほど遠く……まるで、子供が癇癪を起こしたような姿だ。

 跳躍し、膝を着いたままのやよいに右拳を振り下ろす。やよいが地面を転がってその一撃を避けると目標を失った拳は地面を殴りつけ、爆発音と共に砂埃を舞い上げた。


「だから、ここで捕まれ!」

「くっ……それは無理! <アレグロ!>」


 アレグロで素早さを上げたやよいは、ナンバー398の怒濤の攻撃を避け続ける。

 俺と戦った時のような動きは見る影もなくなったナンバー398の攻撃なら、避けるのは難しくないはずだ。

 中々攻撃が当たらないことに、ナンバー398は苛立たしげに舌打ちをする。


「しぶとい! 鬱陶しい! 大人しく、しろ!」

「だから、話を、聞いてってば!?」

「黙れ! 聞く必要、ない!」

「__この、分からず屋!」


 聞く耳を持たないナンバー398に、やよいはとうとうぶち切れた。

 攻撃を避けてからギターのネック部分を握りしめて思い切り振り被り、全体重を乗せて斧を振り下ろす。

 その攻撃はナンバー398には当たらずに地面に振り下ろされ__そして、まるで隕石が落下したのかと思うほどの轟音と衝撃がビリビリと地面を揺らした。

 予想外の威力にナンバー398は目を見開きながら驚き、すぐに距離を取る。

 そりゃ、驚くだろう。普通の女の子らしく華奢で非力なやよいは、斧に振り回される時が多いけど__一度でも振り下ろされれば、その一撃は俺たちの中で一番の威力を誇っているのだから。


「う、ぐぬぬぬぅぅ……もう! 抜けない……ッ! えい!」


 地面に深くめり込んだ斧を必死に抜いたやよいは、ナンバー398を目に涙を浮かばせながら睨む。


「次に遮ったら、こうなるよ!」


 亀裂が入り、ポッカリと開いた穴を指さして言い放つと、さすがのナンバー398も冷や汗を流しながら足を止める。これをまともに食らえば……想像して体が震えた。

 フンッと鼻を鳴らしたやよいは口を開く。


「居場所がなくなることの怖さは……あたしも、知ってるよ」


 やよいはそう言うと顔を俯かせ、キュッと唇を噛んだ。

 居場所がなくなる怖さ……そうだよな。それはやよいが一番、知っているはずだ。


「あたしは、普通の女子高生とは価値観が違ってたみたいなんだ。みんなが好きだって言うものが分かんなかったし、あたしが好きだって言うものが理解されなかった」


 俺がRealizeのメンバー入りして少しした時に、やよいは自分のことを話してくれた。

 簡単に言うと、やよいは__イジメられていたらしい。 

 身体的に傷つけられていた訳ではなく仲間外れや無視をされ、クラスの中で孤立していたようだ。


「クラスではあたしはいないように扱われていたし、声をかけても無視されてた……学校に、あたしの居場所なんてなかった」


 ナンバー398にはクラスや学校って言われても、分からないだろう。それでも、伝えたいことは分かるはずだ。その証拠に動くことなく静かに、やよいの話を聞いている。

 俯いていたやよいは顔を上げて俺を、ウォレスと真紅郎を見て笑みを浮かべた。


「でも、あたしには音楽があった。ウォレスと真紅郎と一緒にRealizeを作って、途中でタケルが入って……今のRealizeがある」


 そう言ってやよいはギターを構えて弦を鳴らすと、アンプに繋げた時と同じように歪んだギターの音色が響いた。


「みんなと演奏するのは凄く楽しいよ。あたしの奏でたギターの音色が、ウォレスのドラムと真紅郎のベースで彩られて、タケルが歌って初めてあたしたちの音楽が完成する。完成したあたしたちの音楽を、色んな人が聴いてくれる……本当、楽しくって仕方ない」


 楽しそうに、踊るようにギターをかき鳴らしたやよいは真っ直ぐにナンバー398を見据えた。


「あたしは分かったんだ。居場所は、誰かから与えられるものじゃない__自分で作るもの(・・・・・・・)なんだって」


 誰かが作ったものじゃない。与えられたものじゃない。

 やよいが作り、俺たちが集まって出来たRealize。


 それこそが、やよいの居場所だ。


「今キミが求めている居場所は、楽しい? 本当にそこにいたいって思ってる?」

「ぼくは……」


 やよいの問いかけにナンバー398は一歩後退ると頭を抱え、目を見開きながらガタガタと体を震わせていた。

 

「わ、分からない……ぼくには、あそこしか、研究所しか知らない……楽しいって、何? ぼくには、分からない……ッ!」


 その震えは分からないことへの恐怖感なのか、研究所での生活を思い出してなのか……俺には分からない。

 それでも、分かることが一つだけあった。

 あいつの居場所は__研究所なんかじゃないってことだ。

 やよいは怯えているナンバー398に静かに近づいていく。


「キミの居場所はきっと、そんなところにはないよ」

「でも、ぼくにはあそこしか……」

「違う。絶対に、違う。キミの世界は凄く狭い……世界はもっと広くて、楽しいはずだよ」

「楽しいなんて、思ったことない。分からない、知らない!」

「__だったら!」


 ナンバー398に向かって手を伸ばし、やよいは静かに微笑んだ。


「__あたしたちが教えてあげる。居場所が欲しいなら、あたしたちと一緒に行こうよ。きっと、楽しいはずだよ?」


 やよいの言葉にナンバー398の震えは止まり、信じられないと言わんばかりに唖然とした表情で、やよいを見つめる。


「どう、して?」

「放っておけないからだよ」


 間髪入れずに答えるやよいに、ナンバー398は何も言わずに膝を着いた。

 目の前にまで近づいたやよいはしゃがみ込み、目線を合わせて優しく声をかける。


「一緒に旅をして世界を見て回ろうよ。そしたら、きっと楽しいことが見つかるはず……あ、そうだ! 音楽やろう! 絶対に楽しいよ!」

「おんがくって言われても、分からない……」

「大丈夫。最初はみんな、何も分からないところから始めるんだから。まずはやってみようよ。全部、そこから始まるから」


 やよいの言葉を聞いたナンバー398は、見た目相応にポロポロと涙を流して静かに泣き始め、やよいはあやすように頭を撫でた。

 そして、ナンバー398は泣きじゃくりながらも、はっきりと答えた。


「__ぼくを、連れて行って……お願い……ッ!」

「__うん! 一緒に行こう!」


 満面の笑みでやよいは、ナンバー398を一緒に連れて行くことを決める。俺もやよいの決定に異論はない。むしろ、やよいが言わなかったら俺が言っていたぐらいだ。 

 二人の戦いはこれで終わりを告げた。あとは……。


「ちっ。おいおい、残ったのは俺だけかよ」


 ロイドさんは面倒臭そうに頭を掻きながら呟く。

 残るはロイドさんとの戦いだけだ。出来るなら俺も話し合いで解決したいところだけど、この人相手には無理そうだ。


「どうしますか、ロイドさん?」


 それでも一応聞いてみると、ロイドさんは深くため息を吐く。


「面倒だな、俺一人で全員捕まえる(・・・・・・)のは」


 予想通り、ロイドさんは退くつもりはなさそうだ。

 真紅郎、ウォレス、やよい……三人は凄く頑張ってくれていた。なら、俺も負ける訳にはいかないな。

 相手は異世界に来て一番お世話になっている人で、俺の師匠で……俺が知る中で、一番強い敵だ。

 覚悟を決め、恩人(ロイドさん)に向かって剣を構えた。


 

 


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