三十六曲目『豪雷雨の脅威』
「面倒だから、あんまり抵抗しないでくれよぉ?」
アシッドはいつも通り怠そうに剣を構え、ウォレスはスティックに魔力を込めて魔力刃を形成する。
その後ろでは真紅郎がベースを構え、ヘッドの先をアシッドに向けていた。
ウォレスは鼻を鳴らすと、ニヤリと笑みを浮かべて言い放つ。
「悪いが、全力で抵抗させて貰うぜ!」
「そうだね。ボクたちはここで捕まる訳にはいかないんだ」
「はぁ……だよねぇ。じゃ、ちょっとばかり痛い目を見て貰いますかぁ。<我纏うは戦神の鎧>__<ライトニング・ストレングス>」
アシッドはその身に雷を纏わせると、一瞬で姿を消す。
そして、いつの間にかウォレスの背後まで移動し、そのまま剣を振り被った。まず最初に、ウォレスから倒そうとしているようだ。
だけど、それを真紅郎が許すはずがない。
「__させない!」
真紅郎はベースの弦を勢いよく弾くと、ヘッドの先にある銃口から紫色の魔力弾が射出された。
真っ直ぐにアシッドに向かう弾丸は、すぐに察知したアシッドの剣により斬り裂かれる。
その隙を狙ってウォレスは、振り返りながら二本の魔力刃で薙ぎ払った。
「__おりゃぁぁぁ!」
「おっと、危ない」
胴体を狙った魔力刃は、ヒラリと躱される。返す刃でウォレスを攻撃しようとしたアシッドを、また三個の魔力弾が襲った。
アシッドは面倒臭そうに舌打ちをすると目で追いきれないほどの速度で剣を振り、魔力弾を斬り払う。
「やっぱり二人相手は面倒だねぇ。せめて、どっちか一人に集中させて欲しいんだけどなぁ」
そう言いながらアシッドは次に真紅郎に狙いを定め、稲妻のような速度で近づいていく。真紅郎は走り寄ってくるアシッドに慌てることなく、冷静にヘッドを向けていた。
「まずは真紅郎からやらせて貰うよぉ」
「そう簡単にやられると思わないで欲しいな__<アレグロ>」
真紅郎はアレグロで素早さを上げてから、弦を連続で弾く。
真っ直ぐに飛んでくる魔力弾を剣で斬りながらアシッドは無傷で真紅郎の前までたどり着いていた。
そのまま薙ぎ払われた剣を、真紅郎は素早い動きで躱しながら魔力弾を放つ。
避けながらでも撃てるように真紅郎はこの半年間、回避と射撃の訓練を重点的に行っていた。それにより真紅郎は、アシッドの攻撃を紙一重で避けつつも攻撃を仕掛けている。
「くっ、本当に面倒だねぇ。いい加減、当たってくれないかなぁ?」
「それは、こっちの、台詞だよ! <ソステヌート!>」
真紅郎はソステヌートで素早さ向上の効果を持続させ、アシッドから離れた。そして、ヘッドをアシッドの上の方に向けながらベースのボディにあるコントロールノブをいじる。
「<ブレス><クレッシェンド!>」
ブレスで魔法を接続させ、新しい魔法を唱える。だんだん強くという意味を持つクレッシェンドの効果は__威力を徐々に上げる、だ。
魔法を唱えた真紅郎は三本の指で弾く、スリーフィンガーでベースを速弾きしながらアシッドの上、左右と、本人ではなく別の方向にヘッドを向ける。
十個の魔力弾はアシッドから外れていくけど、別にそれは闇雲に撃った訳じゃないことは__俺には分かっていた。
そのまま外れるはずだった魔力弾は軌道を変え、弧を描きながらアシッドに向かっていく。
左右と上から向かってくる魔力弾に驚きながらも、アシッドは剣で振り払おうとした。それは、悪手だ。
「なっ!? ぐ、がぁ!?」
最初は軽々と振り払えていた。だけど、そのあとの魔力弾はクレッシェンドの効果で、威力が一つ一つ上がっている。
油断していたアシッドは二個、三個と魔力弾を斬る度に剣が弾かれていき、そして……とうとうアシッドの腹部に直撃した。
よろめくアシッドの背後にウォレスは走りながら跳躍し、飛び蹴りを放った。
「吹っ飛べ!」
どうにか反応したアシッドは腕でガードしたけど、ウォレスの飛び蹴りは錠前が取り付けられた鉄製の扉を開け放つほどの威力だ。
体勢を崩しているアシッドにその威力を防ぎきれる余裕があるはずもなく、ウォレスの言葉通り吹っ飛ばされる。
その隙を、真紅郎が逃すはずがない。
「__そこだ!」
真紅郎は宙を舞っているアシッドに狙いを定めて、弦を弾き鳴らす。
ベースの重低音と共にいくつもの魔力弾が放たれ、途中で軌道を変えてアシッドを取り囲むように向かっていった。
向かってくる魔力弾にいつもの眠そうな目を見開き、アシッドは急いで魔法を詠唱を始めた。
「<我落とすは戦神の怒り>__<ライトニング・フォール!>」
アシッドが詠唱を終えると、上空から雷が落ちてきた。
その雷はアシッドを守るように降り注ぎ、魔力弾を防ぐ。それでも取り逃した魔力弾がアシッドを襲い、爆発した。
どうやら真紅郎はコントロールノブをいじり、魔力弾の軌道を変えながらその弾が爆発するように調節していたようだ。
爆風に飲み込まれたアシッドは、服を焦げ付かせながら着地する。
「あいたたた……まったく、容赦ないねぇ。少しぐらい手加減してくれてもいいと思うんだけどぉ?」
「アシッド相手に手加減出来るほど、ボクたちは強くないよ」
油断なく真紅郎が睨みながら言うと、アシッドはため息混じりに肩を竦めた。
「いやいや、そんなに評価されるほど俺は強くないんだけどねぇ。それにしても、強くなっちゃって。こりゃあ、俺はもう引退かねぇ」
「ハッハッハ! だったら降参するか?」
「そうしたいのも山々だけど……こんな俺でも、ちょっとぐらいは意地ってもんがあるんだよねぇ」
アシッドはため息を吐きながら砂埃を払い、剣を構える。
「__だから、もう少しだけ付き合って貰うよぉ?」
まだまだ戦う気どころか、これからが本番と言わんばかりのやる気をアシッドから感じられた。
それは真紅郎とウォレスも感じたのか、二人は魔装を構え直す。
「魔法ってのは面白いもんでさぁ。魔力量の調節や、やりようによっては色んな使い方があるんだよねぇ」
「それがどうしたってんだよ?」
いきなり語り始めたアシッドにウォレスが訝しげにしていると、アシッドはニヤリと笑みを深めた。
「つまりさぁ……こういう使い方もあるんだよぉ。<我貫くは戦神の投槍>__<ライトニング・スピア>」
そう言ってアシッドが使ったのは、雷で出来た槍を放つ魔法だ。
だけど、それは一本だけじゃない。アシッドの周りに何十本もの小さな雷の槍が浮かんでいる。
その矛先は、当然……ウォレスと真紅郎だ。
「魔力を分散させて、いくつもの槍を作り出す……こんなことも出来ちゃうんだよねぇ」
そして、アシッドはまるで弓矢を持った兵隊に号令を出すように、右手を伸ばす。
「名付けて、豪雷雨。雨のように降り注ぐ雷__避けられるかなぁ?」
アシッドがパチンと指を鳴らすと、一気に無数の小さな雷槍が放たれた。この攻撃を避けるのは至難の業だ。このままだと二人は、雷槍に撃ち抜かれてやられてしまう。
だけど、二人がこれぐらいで諦めるほど柔じゃないのを、俺は知っている。
「__真紅郎!」
「分かったよ、ウォレス! <レント><ブレス><デクレッシェンド!>」
ウォレスが呼ぶと真紅郎はすぐに速度を低下させるレントを唱え、続いてだんだん弱くという意味を持つ、対象の攻撃力を徐々に下げる魔法<デクレッシェンド>を使った。
無数に飛び交う雷槍が遅くなるとウォレスは避けることなく迎撃するために自分から向かっていった。
「<アレグロ><ブレス><スピリトーゾ!>ーーおらおらおらおらおらぁぁぁぁぁ!」
気合いと共にウォレスは両手に持った魔装を振りまくる。アレグロで素早さを上げ、さらにスピリトーゾで強化したウォレスは、目で追えないほどの速度で的確に雷槍を斬り裂いていった。
速度と威力が下がっている雷槍など意にも介さず、ウォレスは前に前にと進む。その間に真紅郎もベースをかき鳴らし、雷槍を魔力弾で撃ち落としていた。
「<ソステヌート!>」
撃ちながら真紅郎はソステヌートを使い、速度と威力低下の効果が切れないようにしている。
無数と思われていた雷槍は二人によって減らされていき、最後の一本をウォレスは斬り払った。
「ぜぇ、ぜぇ……どうだ、アシッド……避けられねぇなら、正面から斬るしかねぇだろ」
「正直、強引すぎると思うけどね。でも、ウォレスならやり遂げるって思ってたよ」
息を荒くさせながら自慢げに魔力刃を向けるウォレスと、額に汗を流しながら笑みを浮かべる真紅郎に、アシッドは唖然とした表情をしていた。
「こりゃまいったねぇ。まさか、突破されるとは思わなかったよぉ」
「ハッハッハ! オレたちに不可能はねぇんだよ!」
「で、どうする? まだやるの?」
真紅郎の問いに、アシッドは深く深くため息を吐く。そして、魔装である剣をアクセサリーに戻すと両手を上げた。
「降参だよぉ。これ以上は無理だねぇ」
「おい、アシッド! どういうつもりだ!」
潔く降参するアシッドに、ロイドさんが怒鳴る。
アシッドは面倒臭そうに小指で耳の穴をほじりながら、怠そうにため息を吐いた。
「だって、俺の必殺技が破られちゃったんですよぉ? 魔力だってもうほとんど残ってないし、面倒だし、二人相手じゃ不利だし、怠いし」
「面倒なだけだろ! ふざけてないで戦え!」
「……ふざけてんのは、どっちですかねぇ」
耳の穴に入れていた小指にフッと息を吹きかけ、アシッドはロイドさんをジロッと睨んだ。
「いつものマスターじゃないですよぉ? 前途ある若者を犠牲にしようだなんて……らしくない」
「黙れ! いいからお前は……ッ!」
「悪いですが、今のアンタはユニオンマスターじゃない。ただの__ロイド・ドライセンだ。そんなオッサンに従う気はない」
きっぱりとロイドさんの命令を無視したアシッドは、踵を返した。
「それにもう夜中ですし、業務時間外ですぅ。眠いし、怠いし、面倒くさいし……俺はもう帰りますよぉ」
「おい、待て!?」
「待ちませぇん。じゃ、俺は帰りまぁす……あ、そうだ真紅郎、ウォレス」
帰ろうとしたアシッドが足を止め、二人を呼ぶ。そして、ニッと笑みを浮かべながら親指を立てた。
「本当、強くなったねぇ。何があったのかは分かんないし、知るつもりもないけど__まぁ、頑張れるんだねぇ」
「……おう!」
「うん、ありがとう」
アシッドの激励の言葉に、二人は笑いながら親指を立てて返事をした。
それを見たアシッドは、手を振りながら去っていく。その背中を睨みながらロイドさんは、苛立たしそうに舌打ちをした。
「あの野郎……らしくねぇなんて、言われなくても分かってるっての」
ボソッと呟いた言葉は、俺の耳にも届いていた。
真紅郎とウォレスは、どうにかアシッドに勝つことが出来た。次は……やよいか。
やよいの方を見ると、ナンバー398の攻撃を必死に避けていた。ナンバー398の実力は、俺がよく知っている。
やよいに勝つことが出来るのか、見守ることしか出来ない俺はギリッと歯を食いしばった。




