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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
第十一章『漂流ロックバンドと変革の歌声』

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十七曲目『迷いの果ての答え』

 __魂に刻まれていた、記憶が蘇る。


 それは、イズモ兄さんの生き方をトレースし続け、高校三年生になった秋のことだ。

 進路を決めないといけない時期だったけど特に将来の夢もなかった俺は、とりあえず大学を受験することにして、バイトをしながら勉強をする毎日を送っていた。


 そんなある日__俺は、運命(・・)に出会った。


 バイト帰りだった俺は夜道を歩き、家に帰ろうとしていた。

 肌寒さを感じ、早く家に帰ろうと駅に向かっていた時__ふと、遠くから何かの音が聴こえて足を止める。


「……ギター、か?」


 それは、ギターの音色だった。

 その音は俺が向かっている駅の方から響いている。

 誰か路上ライブでもしているのか? と、特に興味もなく駅に向かうと……駅までは人たがりが出来ていた。


「こんな時間に、迷惑だな」


 人の多さに少し驚いたけど、すぐに邪魔だなとため息を吐きながら俺は人たがりを避けるように歩き__ピタリ、と足が止まる。


 まるで誰かに捕まったように、俺は路上ライブをしている女性が奏でていた音に(・・・・・・・)、動けずにいた。


「なんだ、これ……」


 俺は、音が嫌いだ。

 俺にとっての音は、両親が喧嘩している怒鳴り声や、母親からの罵声、クラスメイトからの蔑みの声__雑音ばかりだった。

 だから、俺は音が嫌いだ。忘れたい、思い出したくない記憶が蘇るから。


 だけど、この音は違う。


 それは__俺が初めて聴く、音楽(・・)という音だった。


◇◆◇◆


「グ、ルルル……ッ!」


 ガーネットは牙を剥き出しにして、ゼェゼェと息を荒くしながら空を見上げていた。

 遠く離れた空を羨望の眼差しで見つめ、もう飛べないはずなのに大きく翼を羽ばたかせ、地面を蹴って走り出す。

 地面を踏み砕き、ただ真っ直ぐに空だけを見つめて跳び上がった。


「グルアッ!?」


 巨体がふわりと浮き上がり、不格好に翼を動かしたガーネットはすぐにバランスを崩して顔から地面に落下する。

 ズシンッ、と重い音と共に倒れたガーネットは地面を滑りながら顔をしかめていた。


 __ガーネット!?


 何度も地面に倒れていたガーネットだけど、今の倒れ方は危険だ。

 慌てて近寄り、起き上がれずにいるガーネットの首を縋り付くように抱きしめる。


 __もういい! やめろってガーネット! これ以上は危ない!


 必死に止めようとすると、ガーネットは悔しげに表情を歪めて俺を押し退けるように首を動かしてきた。

 それでも、俺は離れないように必死にガーネットの首を抱きしめ続ける。


 __お前が空を飛びたい気持ちは分かる! だけど、そんなに無理をしたら……このままじゃ、お前……ッ!


 ただでさえ年老いている上に、まだルガルたちにやられた怪我は完治していない。

 俺の中に眠っている謎の白い魔力の影響かは分からないけど、傷は塞がっている。でも、こんな自分を痛めつけるような行動をし続けていたら、傷が広がってしまうだろう。

 現にガーネットの甲殻に刻まれた傷跡から、血が滲み始めていた。


 __頼むからやめてくれ! 本当に死ぬぞ!?


 声にならない声で叫ぶと、ガーネットはギリッと牙を鳴らして長い首を振り回す。

 首に抱きついたままだった俺の体が浮かび上がり、そのまま振り払われてしまった。


 __グッ!? が、ガーネット……ッ!


 宙を待った俺は背中から地面に落下する。背中の痛みを堪えながら体を起こそうとすると……。


「__グルル」


 ガーネットは、俺をジッと見つめていた。

 真っ赤な瞳が射抜くように俺に向けられている。瞳の奥に炎が燃えている気がした。

 ガーネットは何かを俺に伝えようとしている。そして、その何かは__はっきりと、伝わってきた。


 __そこで見てろ、だって?


 唖然としながら声にならない声で呟くと、ガーネットは鼻を鳴らしながら頷く。

 そして、踵を返すとまた翼を羽ばたかせ、勢いよく地面を蹴った。


「グルォォォォォォォォォンッ!」


 自分を鼓舞するように雄叫びを上げ、ボロボロの翼膜を広げたガーネットは思いきり跳ぶ。

 だけど、また倒れて地面を揺らした。


「グ、ルアァァァァァッ!」


 すぐに立ち上がったガーネットは、また走り出す。それを何度も、何度も繰り返していた。

 傷が開いたのか甲殻から血を流し、砂と土で塗れた体を動かし、空を飛ぼうと__もがいている。


 __どうしてだ……どうして、お前はそんなに空を飛ぼうとするんだ?


 ガーネットがまた飛びたいと想っていることは、知っている。

 だけど、どうしていきなり飛ぶことにチャレンジし始めたのかは分からなかった。

 たしかに、ガーネットの命はそこまで長くない。それに加えてルガルたちにやられたことで、その命はもっと短くなっただろう。

 だからって、一日二日で尽きるような命じゃないはずだ。こんなにボロボロになるまで焦る必要はないはずだ。


 __なんでだよ、ガーネット。


 俺の問いに答えることなく、またガーネットは地面を転がった。

 辛そうに息を荒くしながら地面に倒れたまま立ち上がろうとしないガーネットを見て、俺は慌てて駆け寄ろうとすると__。


「きゅー!」


 胸に飛び込んできたキュウちゃんによって、足を止められた。


 __キューちゃん!? どうして止めるんだ!?


 俺を止めてきたキュウちゃんに驚いていると、キュウちゃんはガーネットのところへ行かせないとばかりに俺の前に立ち塞がる。

 

「きゅ! きゅきゅ! きゅー!」


 そして、キュウちゃんは必死に俺に向かって鳴き始めた。

 ブンブンと首を横に振り、何があっても止めようとするキュウちゃんに、俺は呆気に取られる。


 __行くなっていうのか? なんで……。


 キュウちゃんがどうして止めようとするのか疑問に思っていると、キュウちゃんの目から涙がこぼれ落ちた。

 ポロポロと泣きながら、キュウちゃんはガーネットを見つめている。

 キュウちゃんだってガーネットが危険な状態なのは分かっているはずだ。それでも、キュウちゃんはガーネットを止めようとしない。

 涙を流し、止めたい気持ちを押し殺しながら……キュウちゃんは、ガーネットのチャレンジを見守っていた。


「……グ、ル、オォォォォ……ッ!」


 起き上がれずにいたガーネットが、ゆっくりと体を起こす。

 プルプルと震える両足で地面をしっかりと踏みしめ、首をもたげたガーネットは空に向かって、咆哮した。

 ビリビリと空気を震わせるガーネットの咆哮。遥か遠くに広がる空に、その先にいる誰かに届くように叫ぶガーネットを見た俺は、ブルリと体が震える。


 いや、体だけじゃない。心が__魂が、震えていた。


 __そうか……。


 ガーネットの想いが、願いが、魂に伝わってくる。

 ドクンドクンと鼓動が激しくなっていくのを感じながら、拳を胸に押し当てた。

 

 __お前は、俺のために(・・・・・)飛ぼうとしているのか……ッ!


 ガーネットは俺に、思い出させよう(・・・・・・・)としている。

 飛びたいと願っていた、空に向かって。諦めず、何度も挑戦する自分の姿を俺に見せつけることで。


「__グルオォォォォォォォォォォォッ!」


 夢に向かって(・・・・・・)、何度も挑戦する心を__ッ!


 目頭が熱くなり、頬に涙が伝っていく。

 強く握りしめた拳を胸に押し付けながら、挑戦し続けているガーネットの姿を見つめた。


 __これはお前なりの、応援なんだな……ガーネット。


 自分がこれからどうするのか、何をしたいのか。

 そのことをずっと悩んでいた俺に、ガーネットは見ていられなくなったんだろう。

 だから、ガーネットはずっと想い続けていた空を飛ぶ夢を、そのために直向きに頑張る姿を見せつけることで__俺を焚き付けようとしていた。

 心の奥底では気付いているはずなのに、それが本当に俺が求めていることなのかウジウジと悩んでいる俺を、ガーネットは……。


 __がん、ばれ……。


 空に向かって走るガーネット。


 __頑張れ……。


 翼を必死に羽ばたかせ、夢に向かって跳ぶガーネット。


 __頑張れ……ッ!


 地面に倒れても、立ち上がろうとするその姿。


 __頑張れ、ガーネット!   


 その姿はまるで__昔の自分を(・・・・・)見てるようだった。


◇◆◇◆


 高校三年生になった俺が、初めて聴く音楽という音。

 それを聴いた俺は、自然と足が動いていた。

 路上ライブをしている彼女が奏でるギターの音色、響く歌声に誘われるように、人混みを抜けて誰よりも前に行こうと、足が進んでいく。

 人混みを抜けた先で、俺は立ち尽くした。


 長い黒髪の上から目深に被った帽子。白いシャツにジーパンとラフな格好。

 あぐらをかきながらギターをかき鳴らし、遠くにまで届くような透き通った、力強さと儚さを感じさせる歌声を紡ぐ、その姿。


 その目は観客を捉えず、どこか違う場所を見つめている気がした。


「……すげぇ」


 はしゃぐ少女のように楽しそうに、嬉しそうに歌う姿に、俺は目を奪われていた。


 いや、目だけじゃない__耳も、心も。


 大嫌いだった音にこんなにも心を奪われたのは、生まれて初めての経験だ。

 音色が、歌声が__まるで一陣の風のように、俺に吹きつけてくる。

 そして、気付くと演奏は終わり、周りの観客が歓声と拍手を彼女に送っていた。

 その中で彼女はゆっくりと息を吐いてから、俺に気付くと目を丸くし、頬を緩ませる。


「__ねぇ、そこのキミ。どうして泣いてるの(・・・・・)?」


 最初は俺だと思わずに黙っていると、彼女は俺を指差してきた。

 俺が、泣いてる? そんなバカな、と思って自分の目に手を持っていくと__。


「……え? あれ?」


 たしかに俺は、涙を流していた。

 ポロポロと絶え間なく、俺の意思に反して涙が止まらない。

 慌てて手で目を抑えても、涙は俺の目から止めどなく流れていった。


「な、なんで泣いてるんだ、俺……?」


 どうして泣いているのか、俺も分からない。

 イズモ兄さんが死んだ時も涙を流さなかった俺が、どうして?

 拭っても拭っても流れる涙に困惑していると、彼女は俺を見つめて優しい笑みを浮かべていた。


「ねぇ。キミには、将来の夢ってある?」


 彼女からの問いかけに、俺はゆっくりと首を横に振る。

 すると、彼女は「そっか」と呟いてから、ギターをじゃらんと鳴らした。


「まるでキミは、迷子だね。どこに向かえばいいのか、どこに行けばいいのか__迷っているように見える」


 彼女の言葉が、心の中に優しく入り込んでくる。

 包み込むように語ると、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。


「でもね、大丈夫。いつか必ず、キミにも夢が見つかる……本当の自分に(・・・・・・)なれるよ」


 彼女は見透かしているかのように、俺に言い放った。

 その言葉は俺に、突き刺さる。


 本当の自分じゃなく__イズモ兄さんになろうとしている、俺の心に。


 唖然としていると、彼女はギターを弾き始めた。


「キミだけじゃない。誰もがきっと、本当の自分のままでいたい。でも、色んな事情があって、本当の自分を押し殺してる(・・・・・・)人がいる。この曲は、そんな人を応援する曲__聴いて下さい」


 スゥ、と息を吸い込んでから、彼女は歌い始めた。

 静かでじんわりと心が暖まる、優しいギターの音色。ゆっくりと語るように歌声が響いていく。

 誰かを応援するように、支えるような、優しい歌詞。彼女はギターの音色と歌声に乗せて、背中を押すように心へ届かせる。

 彼女の演奏を聴いていると、俺の心が__魂が、震え始めた。

 イズモ兄さんになろうと分厚い仮面で隠していた、情けなくて弱い自分が、声を上げる。

 本当の自分が(・・・・・・)、叫んでいる。求めている。


 __俺も彼女のような、音楽をやりたい(・・・・・・・)


 曲が終わり、歓声が響き渡った。だけど、俺の耳には遠く感じられた。

 心臓がうるさい。心の奥底から湧き上がってくる想いが、願いが、抑えきれない。


 俺は心の赴くままに__走り出した。


 彼女から背を向け、集まっている人たちを押し退けて走る。


 感動して興奮している金髪の外国人(・・・・・・)

 女の子に見える(・・・・・・・)小柄な男。

 ギターケースを背負った、女子中学生(・・・・・)


 その全員を抜き去って、走り出した。


◇◆◇◆


 必死に空を飛ぼうと挑戦しているガーネットから、俺は目を逸らせない。


「__グルォォォォォォォォッ!」


 ガーネットも昔は当たり前のように空を飛んでいたはずだ。それが、老いと共に力を失い、翼が傷ついたことで空を飛べなくなった。

 当たり前のように出来たことが出来なくなって、初めてガーネットは空を飛ぶことの大切さを知った。


 __俺も、同じだ……。


 声にならない声で呟き、喉をソッと撫でる。

 フェイルに惨敗し、情けない本当の自分を引きずり出されたことで、俺は当たり前のようにあった声を__歌声を失った。

 音楽すらも誰かの真似をしているだけの偽物と言われ、俺は否定出来なかった。

 だから、俺は声を失ったんだ。俺の歌声が、音楽が……自分のものじゃなく誰かの模倣だと思ってしまったから、無意識に声が出せなくなったんだ。

 そのせいで俺は、気付いているはずの答えを疑い、自信が持てずにいた。本当は違うんじゃないのか、と。


「ガァッ!?」


 ガーネットは地面に倒れると、すぐさま起き上がった。

 その姿を見て、俺は思い出した。俺が出会った、路上ライブをしていた女性の音楽を。

 憧れ、自分もそうしたいと初めて思えた、本当の俺が求めている夢(・・・・・・)を。


 あの時、心の赴くまま走り出した俺が向かったのは__楽器店だった。


 そして、勢いよく店に入った俺は店員に向かって、叫んだ。


『__ギターを下さい!』


 今までバイトで貯めていた金で、俺はアコースティックギターを買った。でも、音楽経験ゼロから始めた俺は、譜面も読めないし歌すらもまともに歌ったことがない。

 それでも、俺は必死に練習した。がむしゃらに、夢中になって、ギターと歌を練習し続けた。

 飛べずにもがいているガーネットと同じように、上手く出来ない音楽をもがきながら……何度も何度も失敗し、何度も何度も挑戦した。

 その時の俺と、ガーネットが重なる。


「グルルル……」


 ガーネットは一度立ち止まると、息を整えていた。

 もう体力も限界のはずだ。だから、これは__最後の挑戦。

 ガーネットは今までよりも長い助走をつけて、走り出した。


 __頑張れ、ガーネット!


 ガーネットの走る速度が、グンっと上がる。


「きゅきゅきゅー!」


 翼を大きく羽ばたかせ、ボロボロの翼膜が風を受けてバサリと広がる。


「__グ、ル、オォォォォォォッ!」 


 ガーネットは雄叫びを上げながら、思い切り地面を蹴った。

 今までで一番高くジャンプしたガーネットは、苦しそうに牙を剥き出しにしながら翼を大きく動かす。

 二度、三度と翼が羽ばたいていると、一陣の強い突風がガーネットを押し出した。

 追い風に乗ったガーネットの巨体が、フワリと浮かび上がる。翼が風を捉え、ガーネットの足がどんどん地面から離れていく。


「グルォォォォォォォ__ッ!」


 遠くにまで轟くような雄叫びと共にガーネットは__そのまま大空を舞った。


 俺は遥か遠い空へと向かっていくガーネットに向かって、拳を突き上げる。


 __よっしゃぁぁぁぁぁぁッ!


 雄大な青空を、赤い巨体が悠々と旋回しながら飛び回っていた。

 ずっと長い間、夢見続けていた……憧れだった空を、懐かしの空を飛ぶガーネット。

 ガーネットは涙を流しながら、喜びの雄叫びを上げていた。その姿を見た俺は、背中から地面に倒れて大の字になる。


 __ありがとう、ガーネット。


 ガーネットのおかげで、俺は……ようやく答えが出た。

 色々考えたけど、やっぱり俺の答えは一つ。自信がなくて迷っていたけど__もう、大丈夫。

 俺は気付いてて見ないようにしていた答えを離さないように、胸の前でギュッと拳を握りしめる。


 __あと残っていることは、あれ(・・)だな。


 そう呟きながら俺は、覚悟を決めた。

 そして、その日の夜。俺は一人で、ある場所に向かっていた。

 暗い森の中を進み、目的地にたどり着いた俺は、ゆっくりと深呼吸する。


 __よし、行くぞ……ッ!


 俺は意を決して洞窟__修練の洞窟(・・・・・)へと、足を踏み入れるのだった。



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