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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
第十一章『漂流ロックバンドと変革の歌声』

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十五曲目『成長とは』

 イズモ兄さんが、死んだ。

 その言葉を聞いた俺は、母親と一緒に病院に向かった。

 無機質な床を歩き、コツコツと靴音が酷く響いていく。そして、母親はある部屋の扉を開けると、薄暗い空間にポツンと置かれたベッド。

 そのベッドには、白い布を顔に被せて横たわっている__イズモ兄さんの姿があった。


「イズモ、兄さん……?」


 カラカラに乾いた喉をゴクリと鳴らして、ゆっくりとイズモ兄さんに近づく。

 ピクリとも動かないイズモ兄さんの横に立った俺は、恐る恐る顔に被せてあった布を取った。


 イズモ兄さんはまるで眠っているかのように、静かに目を閉じたまま……息をしていなかった。


「そん、な……」


 ガクッと膝から崩れ落ちる。震える手でイズモ兄さんの手を握ると、ヒヤリと冷たかった。

 それが、イズモ兄さんが死んでいるという現実を……まざまざと、思い知らされる。

 誰よりも正義感が強く、カッコよくて、最高の兄が死んでいる姿を__俺は、ただ呆然と見つめることしか出来なかった。

 それから、イズモ兄さんの上司の人が俺と母親に事の経緯を語る。非番だったイズモ兄さんは、偶然ある事件に巻き込まれたそうだ。

 それは__強盗事件。

 ある男が銀行に押し入り、強盗を働いた現場に立ち会ったイズモ兄さんは、男を取り押さえようとしたらしい。

 その時、男は逆上して持っていたナイフを振り回して暴れ、抵抗したそうだ。

 最初は落ち着かせようとしていたイズモ兄さんだったけど……男は人質として、銀行にいた一人の女の子に襲い掛かろうとした。

 イズモ兄さんは女の子を守ろうと男と取っ組み合いになり__ナイフで刺されてしまった。

 それでも、イズモ兄さんは男をどうにか取り押さえ、通報を受けた警察に身柄を受け渡した……だけど、ナイフの刺さりどころが悪かったらしい。

 すぐに救急搬送されたけど__間に合わなかった。


 正義感の強い、イズモ兄さんらしい行動だ。例えナイフで刺されても、女の子を守るためにイズモ兄さんは頑張ったんだろう。


 その結果……命を落としたとしても。きっとイズモ兄さんは、後悔してない。


「……だけどさ、イズモ兄さん。残される身にも、なってくれよ……ッ!」


 上司の話を聞いた俺は、拳を握り締めながら穏やかな表情をしているイズモ兄さんを見て……そう、呟いた。

 それから時間だけが過ぎていき、いつの間にかイズモ兄さんの葬儀は終わっていた。

 その時の記憶は、曖昧だ。イズモ兄さんが死んだっていうのに俺は涙一つ流さず、心ここにあらずだった。

 そして、火葬場の長い煙突からゆらゆらと煙が空に向かっていく。今まさに、イズモ兄さんが焼かれていた。透き通るような夏の空に向かって、イズモ兄さんが旅立とうとしている。

 俺は一人でその煙を、ぼんやりと目で追っていた。無表情に、ただジッと、その煙を見つめ続ける。


「__イズモ兄さん」


 ようやく訪れた平穏の日々が、音を立てて崩れていった。

 元に戻ろうとしていた心が、粉々に壊れていった。


 そして、最後に残ったのは__中身のない空っぽの人形に戻った、俺だけだった。


 俺にとってのヒーローで、憧れの人で、いつかはこうなりたいと思っていた目標。

 それがこうも簡単にいなくなってしまった。手の届かない場所に旅立ってしまった。

 目に映る光景が、色を失っていく。灰色の世界で俺は一人……決意した。


 __俺が、イズモ兄さんになろう(・・・・・・・・・・)


 憧れたイズモ兄さんがいないなら、俺がなればいい(・・・・・・・)

 中身のない空っぽの人形の俺に、生きる価値はない。だったら、この無価値な命は……イズモ兄さんがこの先助けただろう人のために、使う。

 イズモ兄さんの代わりに、俺が__誰かを助け、守る。


 これが、誰かを助けるために自分の命を蔑ろにして突っ走る__偽物の俺が、生まれた日だった。


「そういう、ことだったのね。亡くなった兄の代わりに__いえ、兄そのものに(・・・・・・)なろうとした。それが、坊やが決めた生き方だった……」


 魔女の悲しげな声が、頭に響く。

 俺はゆっくりと頷き、目を閉じた。


 __そうだ。俺なんかより、イズモ兄さんが生きるべきだった。だから、俺がイズモ兄さんになればいい、そう思ったんだ。


 また記憶の映像が切り替わる。

 それは、イズモ兄さんが死んでからの俺の人生だ。

 とにかく、俺はイズモ兄さんのように、イズモ兄さんならするだろう行動をしてきた。

 長い髪を短くして、暗かった性格を変えて明るく振る舞い、勉強も運動も頑張った。

 困っている人がいたら誰よりも先に声をかけ、助け、守り、戦った。

 イズモ兄さんの生き方をトレースする毎日。誰にも弱さを見せず、分厚い仮面を被って生きてきた。

 イズモ兄さんの死により活力を失い、上の空になっている母親を__俺を虐げてきた母親を支えた。イズモ兄さんなら、そうすると思ったから。

 そうやって仮面を被ったまま、高校生活を終える。その頃には俺は、まるでイズモ兄さんのようにみんなから慕われるようになっていた。


 だけど、それは俺じゃなく__イズモ兄さんだからだ。


 本当の俺は、弱くて情けない、中身が空っぽの人形。どれだけ人を助けても、努力しても……それは、俺じゃない。

 でも、それでよかった。それが、無価値な自分に出来ることだと本気で思っていたから。


 カラカラという音が、遠くなっていく。

 記憶の映像は徐々に薄れていき、意識が遠のいていくのを感じた。

 どうやらこれで記憶の読み取りは終わりらしい。俺は遠のく意識に身を任せ、目を閉じる。


「……坊や」


 魔女の声が聞こえて瞼を開くと、俺は自分の部屋のベッドにいた。

 記憶の読み取りをした時は、外にいたはず。どうやらまた、魔女は俺を運んでくれたようだ。


 __近いって。


 俺の顔を覗き込んでくる魔女から離れると、魔女は深くため息を吐く。


「坊やの過去、あなたの兄との記憶の読み取りはこれで終わりよ。これ以上は脳への負担が大きいわ」


 __ありがとう。


 声にならない声でお礼を言うと、魔女はわずかに目を見開いてから肩を竦めた。


「お礼なんていらないわ。坊やの過去に興味があったし、これは私の知的好奇心を満たしただけよ」


 __それでも、ありがとう。久しぶりにイズモ兄さんの顔が見れた。もう俺は、過去から目を逸らさないと決めたんだ。あんたのおかげで、忘れようとしていた記憶を見ることが出来た。だから、ありがとう。


 礼を受け取ろうとしない魔女に、素直な気持ちをぶつける。すると、魔女は頬を少し赤らめながらフンッとそっぽを向いた。


「まったく、この子は……分かったわよ。坊やのお礼は受け取ることにするわ。それで……どうだった?」


 どうだったかと聞かれた俺は、深く息を吐きながら目を閉じる。


 __イズモ兄さんは、今でも変わらずカッコいい俺のヒーローだったよ。俺もそうなりたいし、憧れる。だけど……それってやっぱり、真似事に過ぎないよな。


 改めて過去を見つめ直しても、俺にとってイズモ兄さんはヒーローだ。でも、俺もそうなりたいと思うこの気持ちは……結局、真似してるだけに過ぎない。

 イズモ兄さんの影を追い、トレースする生き方。それが本当に俺がしたいことなのか?

 そう思い悩んでいると、魔女は優しく微笑んで口を開いた。


「このまま真似し続けることが悪いことなのか。それが、坊やの悩みでしょう? 今までそうやって過ごしてきた坊やは今、そのことに対して疑問に思うようになった……いえ、違うわね。疑問に思えるように(・・・・・・)なった」


 魔女はベッドに腰かけると、俺を抱きしめる。

 優しく、包み込むように抱きしめられた俺は慌てて離れようとすると、魔女は離さないとばかりにギュッと抱きしめる力を強めた。


「疑問に思わなかったことを、疑問に思えるようになったのは……坊やが次の段階(・・・・)に成長しようとしているからよ」


 __次の段階?


「えぇ。いい、坊や? 人は誰しも、誰かの真似をしているのよ。思想、生き方、考え方、技術や学問……その全ては、過去の誰かが作り上げたものを真似て、取り入れ__別の新しい何かにしている」


 魔女は言い聞かせるように語りながら、俺の頭を撫でる。


「誰かの真似をすることは、決して悪いことじゃないわ。ただ、真似だけで終わる(・・・・・・・・)のはダメよ? 真似たことを吸収し、自分の中に落とし込み、誰とも違う自分だけの何かを作り上げる。それが、成長するということよ」


 __俺は真似てばかりだった。イズモ兄さんになろうとしていた……それで止まっていた。


 ただ人の真似事をするだけじゃなく、自分だけの何かを作り上げること。俺はその段階で止まり、成長することを諦めていた。

 そして俺は……ようやく、その段階に足を踏み入れようとしている。成長しようとしている。

 思いもしなかった言葉に驚いていると、魔女は俺の目をジッと見つめた。


「あなたが今よりも成長するためには、あなた自身(・・・・・)がしたいこと、成すべきことを見つけ出さないといけない。それこそが私があなたに求める、興味がある答えよ」


 そう言って魔女は笑みを浮かべながら、俺の頭をポンっと叩く。


「頑張りなさい。坊やはその答えにあと少しで手が届く……あなたの魂は、その答えに気付いているわ。あとは、坊やが気付くだけ(・・・・・)よ」


 __俺が気付くだけ、か。


 俺は自分の胸に拳を押し当て、考えた。

 俺が本当にしたいこと、求めること。それは__。


 __ちょっと散歩してくる。


 一度一人でゆっくりと考えたい。そう思っていると魔女はクスッと小さく笑みをこぼした。


「えぇ、いいわよ。ちなみに、記憶の読み取りにかなり時間が経ったから、もう朝になっているわ。約束の期限まで、残り三日。坊やが出す答えを待ち望んでいるわ」


 ベッドから降りた俺は楽しそうに笑う魔女に背を向け、部屋から出て外に向かう。

 扉を開くと朝の爽やかな風が頬を撫でた。


 __とりあえず、歩くか。


 そう呟いてから歩き出す。

 その足取りは、ほんの少しだけ__軽く感じた。



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