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漂流ロックバンドの異世界ライブ!  作者: 桜餅爆ぜる
第十章『漂流ロックバンドと魔族の女王』

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二十七曲目『失ったもの』

 __視界にノイズが走る。


 薄暗い部屋の片隅で、うずくまる俺の姿。

 

 __聴覚にノイズが入る。


 聴こえてくるのは男女の言い争う声、罵声、何かが壊れる音。

 聴きたくない、手で耳を覆い、俯く俺。


 __記憶が、ノイズで覆い尽くされる。


 俺は、いったい、誰だ……?


「__ケル、タケル!」


 必死に俺を呼ぶ声に、意識が浮上していった。暗い視界がゆっくりと開かれると、目に入ってくるのは白い天井。

 ここ、は? 動こうとすると、体中に痛みが迸っていく。

 痛みに顔をしかめていると、隣にいたやよいが抱きついてきた。


「タケル! よかった……よかったよぉ……ッ!」


 やよいは涙を流しながら、俺にしがみついて顔を押し付けてくる。

 痛む体をどうにか動かしながら、やよいの頭に手を乗せた。


「______」


 泣くなよ、やよい。

 そう言ったつもりが、声が出ない。口はパクパクと開くだけで、声が一切出なかった。

 やよいは俺から離れると、涙を拭いながら笑みを浮かべる。


「待ってて! 今、みんなを呼んでくるから! みんなぁぁ! タケルが起きたぁぁ!」


 嬉しそうに叫びながら、やよいは部屋を出て行った。


「____?」


 待って、やよい。

 そう呼び止めようとしても、やっぱり声が出ない。まるでフェイルが使う消音魔法のように、俺の声はやよいに届かなかった。

 疑問に思っていると、ズキンと後頭部__魔臓器に鋭い痛みが襲ってくる。

 声にならないうめき声で後頭部を抑えると、記憶が戻ってきた。


 そうだ、俺は__フェイルに負けたんだ。


 フェイルのことを思い出すと、途端に俺の体が震えてくる。

 これは、恐怖だ。フェイルが俺の刻みつけた、恐怖だった。

 あいつは俺なんかじゃ届かないぐらい、強かった。そして、あいつは俺の心を、みんなに隠していた本当の俺(・・・・)を暴いた。

 怖い。怖い、怖い。

 完全に俺は、フェイルに対して恐怖を抱いている。いつもなら、誰が相手でも戦う、今は無理でも諦めない、そう思うようにしていたのに__。


 __今の俺は心は……俺じゃフェイルに絶対に勝てない、と諦めていた。


 肩を抱きしめ、どうにか恐怖を押し殺そうとする。

 すると、やよいがみんなを連れて部屋に戻ってきた。


「タケル! 大丈夫!?」

「ヘイ、タケル! 生きてるな!? 生きてるんだよな!?」

「……タケル、どうしたの?」


 真紅郎が、ウォレスが、サクヤが俺に声をかけてくる。

 みんなに対して答えようとしても、俺の声は出ないまま口だけ開け閉めするしか出来なかった。


「た、タケル……?」


 明らかに様子のおかしい俺を、やよいが心配そうに見つめる。俺は喉を抑えてどうにか声を出そうとしても、全然出なかった。

 そんな俺を見て察したのか、真紅郎が唖然としながら口を開く。


「もしかして、タケル……声が、出ないの?」


 真紅郎の言葉に、俺は静かに頷いて返した。

 全員が愕然としている中、ストラが部屋に入ってくる。


「ヤァヤァ、タケル。目を覚ましたようだネ。それにしても、無理し過ぎだヨ? 幸い、魔臓器が破損することはなかったけど、かなり傷が深くなっているネ」

「______ッ!」

「……オヤオヤ? 声が出なくなってるのかナ? 少し、診察するヨ」


 俺の声が出ないことをすぐに理解したストラは、診断を始めた。

 口を大きく開き、ストラは中の様子をジッと観察する。

 そして、顎に手を当てながら短く息を吐いた。


「フムフム、異常はないようだネ」

「ストラ! どうしてタケルは声が出なくなったの!?」

「ハイハイ、まずは落ち着いてネ」


 異常はないと判断したストラは、必死になって掴みかかってくるやよいを落ち着かせ、ポリポリと後頭部を掻きながら話し始めた。


「見たところ、喉や口腔内に何も異常はないヨ。おそらくだけど、タケルの声が出なくなった原因は__精神的なもの(・・・・・)じゃないかナ?」

「精神的……タケルが?」


 信じられないとやよいが俺の方をチラッと見やる。俺はストラの言葉を否定することが出来ずにただ俯いた。


 やよいたちが知っている俺は__偽りの姿。


 フェイルが言ったように本当の俺は……何も出来ない、人に憧れる人形(・・・・・・・)だ。

 俺とフェイルが戦っている時、やよいたちは倒され気絶していた。だから、暴かれた俺の本当の姿について、何も知らないでいる。

 ストラは一度頷くと、口を開く。


「もしかしたら違う可能性もあるし、一応ミリアを呼んで魔力に異常がないか調べて貰おうネ。精神的ではなく、無理をした魔臓器によるものの可能性もあるからネ」


 そう言ってストラは部屋を出ようとすると、ふとやよいたちに声をかけた。


「キミたちも一度、部屋から出ようカ」

「でも……」

「一人の時間も必要だヨ」


 最初は残ろうとしたやよいは、ストラに言われて渋々部屋から出ていく。

 やよいに続いて真紅郎、ウォレス、サクヤも後ろ髪を引かれるような表情で俺を見てから、部屋からいなくなった。

 一人、部屋に残された俺は、頭を抱える。


「_____ッ!」


 ちくしょう、と悪態を吐く声すら出てこない。無音の部屋の中で、俺は頭を掻きむしった。

 ミリアに調べて貰う必要はない。声が出ないのは、精神的なものに間違いなかった。

 俺は、フェイルに全否定された。隠していた本当の自分を、暴かれた。

 心に突き立てられた言葉のナイフは、今も俺に刺さっている。深く刺さったナイフは抜けることなく、俺の心を痛めつけている。

 偽善、偽りの勇者、自分の命なんてどうでもいいと思っている異常者、人に憧れる人形。

 ぶつけられたフェイルの言葉を、俺は否定することが出来ずにいる。


 何故ならそれは、本当のことだから。


「____」


 声が出なくなったのは、今まで被っていた仮面を無理やり剥がされたからだ。

 ずっと信じていた音楽すら否定され、俺は何も言い返せなかった……それが、心の奥底でへばりついている。


 今の俺に、歌う資格なんてない(・・・・・・・・)


 そう思ってしまっているから、俺の声は出なくなったんだ。


「____ッ!」


 血が出るほど拳を握りしめ、ベッドを殴りつける。

 ビキビキと体と魔臓器に痛みが走り、歯を強く食いしばった。

 人形のくせに、痛みがあるなんてな。自嘲するように笑うと、ノックと共にミリアが入ってきた。


「タケル様、お目覚めになってよかったです」

「きゅー!」


 ミリアと一緒に部屋に入ってきたキュウちゃんは、一目散に走り寄ると俺に飛び込んでくる。

 痛む体でどうにか受け止めると、キュウちゃんは俺の体に顔をすり寄せてきた。


「____」


 心配かけてごめんな、そう言ったつもりだけど声が出ない。

 悔しさに顔をしかめていると、ミリアが俺の肩に手を乗せてきた。


「ストラから聞いています。声が出なくなったんですよね? 一度、魔力を確かめさせて下さい」


 そう言ってミリアは俺の頭に手を乗せ、集中し始める。

 そして、ゆっくりと首を横に振った。


「以前よりも魔臓器の傷が深くなっています。魔力の流れも悪いです。ですが……声が出なくなったこととは、関係ありません」


 やっぱり、か。

 分かっていたけどはっきり言われてしまい、顔を俯かせるとミリアはスッと俺の手を伸ばす。

 そして、優しく俺を抱きしめてきた。

 フワリと花の匂いが鼻腔をくすぐり、柔らかな感触に困惑すると、ミリアは静かに俺の背中を撫でる。


「タケル様のおかげで、私は殺されずに済みました。本当に、ありがとうございます」


 違う。俺は、何も出来なかった。

 首を横に振って否定するとミリアは優しく微笑む。


「いいえ、タケル様のおかげです。あなた自身が否定しても、誰かが否定しても……私は、そう思っています」


 子供をあやすように、静かに優しく語りかけるミリア。

 何も出来なかった俺に、ミリアは助けてくれたとお礼を言ってくれている。


 こんな、人形の俺に。


 思わず涙が頬を流れた。女の子の前で泣くなんて、と我慢しようとすると、ミリアは俺の顔を胸に押し付けるように抱きしめる。


「いいんですよ。私は何も見ていません」


 その言葉に、栓が抜けたように涙が止まらなくなった。

 体を震わせ、声も出せずに嗚咽して泣く。

 ミリアは俺の顔を見ず、だたギュッと抱きしめながら背中を撫で続けてくれた。


 敗北だ。完全な、敗北だった。


 俺は__フェイルに、負けた。


 悔しさと、恐怖と、情けなさに涙が止まらない。

 ミリアの優しさに甘えたまま、俺は涙が止まるまで泣き続けるのだった。


 


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