二十九曲目『タケルVS謎の少年』
魔闘大会一日目、最後の試合。その六戦目は__俺とフードの奴の試合だ。
これに勝てば次の日の決勝戦、ロイドさんと戦うことになる。
今までの成長を見て貰う絶好の機会でもあるし、何よりいつも稽古ではボロボロにされてるから、そのお礼をしてやりたいと思っていた。
ま、何にせよこの試合に勝たないと、どうにもならないけど。
一つ深呼吸をしてから舞台に上がる。すると観客席から大歓声が上がった。こんな歓声を受けるのはライブの時ぐらいだ。
ここでライブをしたら気持ちいいだろうな、と思っていながら、やよいたちがいる方を見ると……やよいは手を振り上げて応援し、真紅郎は俺が見てるのに気付いたのか小さく手を振っている。
ウォレスは白い歯を見せながら笑みを浮かべ、俺に向かって拳を突き出していた。
あいつらが見てるんだ__格好つけないとな。
みんなに見えるように剣を掲げると、何かのアピールかと思ったのか観客たちがより一層盛り上がりを見せた。
「ははっ、いいね。テンション上がってきた」
緊張はなりを潜め、高揚感が体を駆け巡っていく。
掲げた剣の先を正面に立つ人物に向けると、剣を向けられたフードの奴は特に反応せずに静かに立ち尽くしていた。
「……調子狂うな」
冷静な相手を見て少し気恥ずかしくなり、頬を掻きながら剣を下げる。
「俺、タケルって言うんだ。いい試合にしようぜ……えっと、名前は?」
話しかけると。少し顔を上げたフードの奴の顔が少しだけ見えた。
フードの奥から見えたのは、まだ幼さの残った少年の顔立ち。真っ白な白銀の髪にやや褐色の肌。瞼が半分閉じた目と黒い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。
「……言う必要、ある?」
少年は声変わりしていないのか、高めの声で答えると首を傾げる。
その声は感情が入ってないし、表情もピクリとも変えていなかった。無表情で、何を考えているのか分からないな。
「いや、まぁ、別にないけど」
名乗る必要があるか、と言われたらないけど……少しぐらい教えてくれてもいい気がする。
俺と会話する気がないのか、それ以上は何も言ってくれなかった。
「両者、構え!」
審判のかけ声に少年は右足を前に出して半身になると軽く握った右手を前に突き出し、左手を腰の辺りに置いて構える。
それに対して俺も半身になり、上体を低くしながら右手に持った剣を向けて構えた。
数秒の間を空け、審判は右手を振り下ろす。
「__始め!」
試合が始まり、出方を伺うけど少年は構えたまま動こうとしない。俺からの攻撃を待ってるのか?
妙な緊張感にゴクリと喉を鳴らす。予想では合図と共に近づいてくると思っていたのに、予想が外れた。
「来ないなら……こっちから行くぞ!」
待ってても仕方がない。俺から攻撃を仕掛けることにする。
左足を蹴り出して、少年に向かって剣を振り下ろした。そこでようやく動き出した少年は前に突き出していた右手を動かし、剣の腹を軽く殴ってきた。
軌道を逸らされた俺の剣は少年ではなく、地面に向かって振り下ろされる。
マズい、と思う間もなく少年は左足を上げ、俺の側頭部を狙ってきた。
「あっぶな!?」
体勢が崩れている状態じゃ防ぐことは出来ない。一瞬の判断で崩れた体勢に逆らわずにそのまま前に倒れ込んで蹴りを避け、ゴロリと地面を転がってからすぐに立ち上がる。
鞭のように速くしなるあの蹴りを食らっていたら、一発で終わってた。
「やっぱ、強いな……」
それなりに速く剣を振り下ろしたはずなのに、少年は読んでいたのか見えていたのかは分かんないけど俺の剣を殴ることで、最小限の動きで攻撃を防いできた。
これは本当に油断出来ないな、と気合いを入れ直す。
「__フッ!」
鋭く息を吐きながら、次は右から横薙ぎに剣を振るう。横からの攻撃ならいなすことは難しいはずだ。
腹部を向かって振った剣を少年はバックステップで避ける。だけど、避けられることは想定済みだ。
剣を振り抜かずにすぐに止め、左足を蹴って前に出ながら反対に左から剣を薙ぎ払う。避けられないと判断した少年は右腕で剣を受け止めた。
金属がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。
どうやらローブの下に防具を隠していたようだ。まぁ、さすがに防具もなしに武器に対して徒手空拳で戦わないよな。
攻撃を防いだ少年は、右腕を剣に擦り付けるようにくっつけたまま近づいてくると、そのまま左拳を俺に向かって突き出してきた。
防御を、と思ったのと同時にゾクリと背筋が凍った。
何か、嫌な予感がする。
体を捻りながら、大げさに思えるぐらいに大きな動きで左拳を避ける。顔の横を左拳が通り過ぎると、何もない空間を殴りつけたように拳から衝撃波が放たれた。
ビリビリと衝撃の波を背後から感じながら地面を転がるようにして距離を取ると、少年は残念がることもせずにまた静かに構えていた。
「あれは……ッ!」
頭の中でパズルのピースがはまるように、ある答えに行き着いた。
少年のあの攻撃力。金属の剣や鎧を突き抜けるあの威力。魔法を使っての攻撃ということまでは分かったが、その正体までは分からなかった。
だけど、ようやく分かった。
あれは、俺が……俺たちがよく知っている魔法。
「__音属性魔法」
俺たち以外で使い手はただ一人、英雄であるアスカ・イチジョウが使っていた属性。少年が使っていたのはその、音属性魔法だ。
放たれた衝撃波は音の奔流。空気振動による強力な一撃。音属性同士の戦いはウォレスとだと思っていたのに、まさかの伏兵だ。
少年は俺の言葉にピクリと反応を見せる。それが、この事実の証明だった。
「こりゃあ、四の五の言ってられないな」
相手が音属性を使ってくるなら、こっちも同じ音属性で対抗するしかない。本当なら決勝戦まで温存しようと思ってたけど、仕方がないな。
俺が音属性魔法を使おうとすると、何かを察したのか少年は一気に近寄ってきた。使わせない気なんだろう。
無表情で分かりづらいけど、その動きはどこか焦っているように見える。
「くっ!」
怒濤の攻めを必死に避け、防ぎ、躱していく。魔法を使う暇がない。だけど連続攻撃の中、音属性を使っている様子はなかった。
多分、多少の溜めが必要なんだろう。俺のレイ・スラッシュと同じだ。これだったら少しぐらい受けても問題はない。
対抗してこっちも剣を振る。少年は大体の攻撃を避けていたけど、何回かは腕の防具で防いでいた。体格差があるおかげで、少年の体勢が少し崩れる。
「__てあぁぁっ!」
一瞬の隙をついて剣を振り下ろしたけど後退することで避けられ、振り抜いた剣は地面を叩いた。
だけど、これで魔法が使える。
剣の先を地面に突き立てたまま、柄の先に取り付けられたマイクを口元に持っていった。
「__<フォルテ>」
そして、魔法を唱えた。
その瞬間、俺は一気に前に出て少年に近づいてから、剣を振り下ろす。同じように少年は後退することで剣を避け、避けられた剣はまた地面を叩いた。
__違うのは、その威力だ。
叩きつけた剣は爆発したような音を立てながら、地面を砕く。その威力に少年は半分だけ開いた瞼を丸くして、驚いていた。
しん、と静まりかえった観客たち。静かな時が流れている中、俺は地面から剣を離し、ゆっくりと少年に剣の先を向ける。
「音属性を使えるのは……お前だけじゃないぞ?」
ニヤリと笑いながら言い放つと、少年は少しムッとした表情になった。なんだ、ずっと無表情かと思ったけど……ちゃんと表情が変わるじゃん。
見た目と同様の、年相応の反応を見せた少年は俺を睨みながら構える。
こっからが本番だ。そう伝えるように俺も剣を構えて見せた。