二十八曲目『ウォレスVSロイド』
五戦目のロイドさん対ウォレスの試合の前に、舞台の修復作業が入るけど……マッチョなおっさんたちに構ってる暇はない。
次の対戦相手である、あのフードの奴のことで頭の中はいっぱいだった。
小柄な体格に見合わない、あの攻撃力。魔法によるものだとは思うけど、何を使ったのかまでは分からなかった。
とにかく言えることは、もしもあの拳がクリーンヒットした場合__確実に負けるということだけ。
だから、絶対に当たらないことが大前提で戦わなきゃいけない。
「それが出来たら、苦労しないんだよな」
ふぅ、とため息を吐いて天を仰ぐ。フードの奴は攻撃力はもちろん、スピードも速かった。
相手に攻撃をさせる暇を与えず、こっちからガンガン攻めるべきか。でも、そう簡単にやらせてはくれないはず。
一撃でも当たれば、ほぼ確実に終了。避けるか剣で防ぐしかない。頑丈な魔装なら壊れはしないだろうけど、衝撃までは防ぎきれないな。
八方塞がり。ガックリとうなだれて、頭を抱える。
「さて、どうしたもんか」
さすがに次の試合で剣術だけで戦う、なんて出来ないな。
レイ・スラッシュは予備動作が大きくて隙がでかすぎるし、本当なら決勝戦まで音属性魔法は隠しておきたかったけど、さすがに無理だ。
「……ん? あれ?」
ふと、何かが頭の中で引っかかる。
何だろう? 今、ヒントのような、答えのような……大事な何かが出そうだった気がしてならない。
「タケル! ねぇ、タケルってば!?」
必死に思考を巡らせていると、やよいに肩を揺らされて邪魔された。もう少しで引っかかっていたものが分かる気がしたのに。
「何だよ、やよい。今ちょっと考え事してるんだけど?」
「考え事? それよりもほら! ウォレスの試合始まるよ!」
やよいに言われて舞台を見てみると、ウォレスとロイドさんの試合が始まろうとしていた。
ウォレスは二本のスティックを両手に持ち、魔力刃を展開して今にも飛び込みそうな雰囲気を醸し出している。
それに対してロイドさんは静かに剣を構え、開始の合図と共に向かってくる気満々のウォレスを迎え撃とうとしていた。
この二人の戦いは見ておかないといけないな。出そうだった答えが気になるところだけど、とりあえず考えるのをやめて試合に集中する。
「__試合、開始!」
審判のかけ声が響き渡るのと同時に、ウォレスは予想通りロイドさんに向かって一目散に走り出した。
両手のスティックを思い切り振り被りながらジャンプし、全体重をかけて魔力刃を叩きつける。
ロイドさんはため息を一つ吐くと、流れるような足捌きでウォレスの初撃を避けた。
攻撃を外したウォレスは着地と同時にその場でコマのように回って回転斬りするも、トンッと軽いバックステップでまた避けられる。
「ぬがぁぁぁぁ!」
ウォレスは苛立たしげに叫びながら、ロイドさんに突進。怒濤の連続攻撃を、ロイドさんは軽々と余裕で避けていく。
「闘牛士みたい」
戦いを見ていたやよいが、クスッと小さく笑いながらそう表現する。たしかに、今のロイドさんはまるで闘牛士のようにウォレスを翻弄していた。
「ぜぇ、ぜぇ……あ、当たらねぇ……何でだ?」
肩で息をしているウォレスに、ロイドさんは呆れたようにため息を吐く。
「お前、緊張してるな?」
その一言に、ウォレスはグッと言葉を詰まらせている。ロイドさんはそのまま話を続けた。
「普段の変な行動で分かりづらいが、人目がある大舞台とか大事な場面で緊張する性格だろ、お前。試験の時もそうだったしな。そのせいで無駄に色々と考えて、頭ん中がごちゃごちゃになって動きが硬くなってる。それじゃあ、勝てる戦いも勝てなくなるぞ」
ロイドさんは剣をウォレスに向けて、言い放つ。
「__バカがごちゃごちゃと考えるな。本能に身を任せろ」
バカ、と真っ正面からはっきりと言われたウォレスは、ポカンとした表情で呆気に取られている。そして、すぐにニヤッと口角を上げて笑みを浮かべた。
「ハッハッハ! なるほどな、簡単でいいな! よっしゃ! 行くぜ!」
一頻り笑ったウォレスは、また一直線に走り出した。
一気に近づいたウォレスは、両手のスティックを十字を描くように振り下ろす。ロイドさんは避けずに剣で受け止めるも、ウォレスは防がれたのと同時にしゃがみ込み、そのまま足を払うように横薙ぎにスティックを振った。
下からの攻撃にロイドさんはジャンプして避けると、そのまま右足をしならせてウォレスの側頭部を狙って蹴りを放った。
「ハッハァァァァ!」
ウォレスは向かってくる右足をバク転して避けるとすぐにジャンプし、まだ空中にいるロイドさんに向かって飛び蹴りを放つ。
「__ウォレスキック!」
「甘い!」
飛び蹴りに対して、ロイドさんは蹴った勢いのまま回転し、剣の腹でウォレスの蹴りを防いだ。
空中でぶつかり合った二人は、無傷のまま地面に着地。今までと違ってウォレスは生き生きと戦っている。
「まだ動きが固いぞ! もっと研ぎ澄ませろ!」
「ハッハァ! これからだぜ!」
ロイドさんの叱咤に、ウォレスは楽しそうに笑いながら突っ込んでいく。動きがよくなってきているのは一目で分かるけど、それでもロイドさんには追いついてない。
ずっと攻め続けていたウォレスはスピードが落ちてきて、もう体力の限界が近そうだ。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……」
苦しそうに息をしながらも、ウォレスは攻撃を仕掛ける。その速度は緩慢で、ロイドさんはひらりと身を翻して避けるとスッと足を差し出し、ウォレスの足にかけた。
反応できなかったウォレスは、前につんのめって地面に転がる。
それでもウォレスは膝に手を起きながら必死に立ち上がり、魔力刃をロイドさんに向けた。
膝が笑い、汗を大量に流しながらも__目は真っ直ぐにロイドさんだけを見つめている。
その姿にロイドさんはククッと笑いながら、剣を下げた。
「ま、多少は動きがよくなってきたな。だが、他にもまだ直すところはあるぞ。例えば攻撃が単調すぎて読みやすいとか、色々あるが……今回はこれぐらいにしてやろう」
「おいおい、まるでもう勝負がついたみたいな言い方じゃねぇか。オレはまだやれるぜ?」
息が絶え絶えになりながらもやる気を見せるウォレスに、ロイドさんは小さく笑う。
そして、剣を構えるとトンっと軽い足音を鳴らしながらたったの一歩でウォレスの目の前まで移動していた。
「__なっ!?」
ウォレスは咄嗟に動こうとしたが、今のバテている状態じゃ間に合わない。ロイドさんは剣に魔力を纏わせながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
「__<レイ・スラッシュ>」
俺とは比べものにならないほど自然に、流れるように魔力を操作したロイドさんは剣を横に薙ぎ払ってレイ・スラッシュを放つ。
どうにか防御が間に合ったウォレスはスティックを十字に構えて魔力刃で防ぐも、ロイドさんは構わず剣を振り抜いた。
衝撃で吹き飛ばされたウォレスは地面をゴロゴロと転がり、大の字で倒れる。体力の限界が来たのか、立ち上がることが出来ないでいた。
「俺からしたらこれは勝負じゃなくて、稽古だよ。まだまだ精進が足りねぇな__出直して来い」
そう締めくくると剣を鞘に納刀し、踵を返した。
もう戦えないと判断した審判はロイドさんの方に手を挙げ、勝者を叫んだ。
「勝者、ロイド!」
勝者が決まると。観客は爆発したように歓声を上げる。
大歓声の中、倒れたままのウォレスは肩で息をしながら空を見上げている。ロイドさんに本気を出させることは出来なかったけど、充分健闘した方じゃないか?
「……ウォレス、負けちゃった」
やよいが残念そうに呟く。ロイドさん相手なら仕方ないとは思うけど、どうせだったら決勝戦でウォレスと戦いたかった。あいつが言ってた通り、来年の魔闘大会の時までお預けだな。
「タケル、ウォレスの仇を取ってよ?」
「あの、やよい? ウォレス死んでないからね?」
やよいの中だと、ウォレスは死んでいるようだ。
真紅郎が窘めているのを見て思わず吹き出しつつ、ようやく立ち上がって舞台を降りているウォレスを見つめる。
「ウォレスも頑張ってたからな。俺も、負けてらんねぇ」
俺の次の試合は……あのフードの奴とだ。
最初は色々と悩んでたけど、やめた。今の試合でロイドさんがウォレスに言っていたことは、俺にも当てはまる。
俺もウォレスと同じバカな部類に入るんだ。
__だったら、俺もごちゃごちゃ考えるのはやめよう。
「よし! 行くか!」
両頬をパチンと叩き、気合いを入れてから立ち上がる。やよいと真紅郎の応援を背に、舞台に向かった。