十六曲目『地下闘技大会』
地下闘技大会、当日。
夜の街並みはいつもと違い、どこか浮き足立っているような気がした。
アスワドとベリオさん、ボルクと一緒に闘技場に向かう。一応、素性がバレないようにローブを身に纏い、フードを目深に被った俺たちが向かう先は崖の上。竜魔像が置いてあった広場だ。
「……あれだな」
先頭を歩くアスワドがボソッと呟く。視線の先には広場の中心に立つ一人の男。タキシードのような服を着た、白い仮面をつけた男は俺たちに声をかけてきた。
「……招待状はお持ちでしょうか?」
「ほらよ」
黒いローブの懐から一枚の羊皮紙を取り出したアスワド。仮面の男は羊皮紙を開いて確認してから、深々と頭を下げる。
「ベリオ様の代理として出場なさる、アスワド・ナミル様ですね。ようこそ」
「挨拶はいいから、早くしてくれ」
「かしこまりました。少々、お待ち下さい」
アスワドに急かされた仮面の男はコツコツと足を
鳴らすと、竜魔像が置いてあった台座がグラグラと揺れ始めた。
そして、台座は独りでに動き出し、地下へと続く階段が顔を覗かせる。
「……これ、どういう原理で動いてるんだ?」
思わずそう呟くと、仮面の男はクスクスと笑いながら仮面の口元に人差し指を置いた。
「それは秘密でございます。では、いってらっしゃいませ。アスワド様の御武運をお祈りしております」
頭を下げながら手で階段を指し示す仮面の男に、アスワドは鼻を鳴らして答えると階段を下り始める。
俺たちもアスワドを追って薄暗い階段を下りていく。何段あるのか数えるのも億劫な階段を進み、ようやく出口が見えてきた。
出口に近づいていくと、徐々に騒がしくなってきている。そして、出口を抜けた先に広がっていた光景は……。
「なんじゃこりゃ……ッ!」
口をあんぐりと開けて唖然とする。
そこには地下をくり抜いて出来た広い空間、中心にある石畳の闘技場をぐるりと取り囲む、観客席。
その観客席には多くの観客が座っていて、大会が始まるのを今か今かと待ちわびていた。
「この国の地下にこんなのがあるなんて……」
「ハッハッハ! こいつはすげぇ! ちくしょう……オレが出たかったぜ!」
「……王国の時を、思い出す」
ぱちくりとしながら驚く真紅郎に、興奮するウォレス。サクヤはマーゼナル王国で行われた魔闘大会のことを思い出して、顔をしかめていた。
それにしても……本当に凄いな。まさか地下にこんなに広い闘技場があるなんて、普通は考えられない。
「俺は受付してくる。てめぇらは適当に座って、俺の戦いを見てるんだな」
驚いている俺たちとは違い、アスワドは楽しそうにニヤリと笑みを浮かべながら受付に向かおうとする。
そこで、ベリオさんが申し訳なさそうにしながらアスワドに声をかけた。
「すまん、アスワド。死ぬなよ」
「ハンッ! 誰に言ってんだよ、おやっさん。俺は黒豹団の頭、アスワド・ナミル様だぜ? いいからおやっさんは黙って見てな……絶対に優勝してくるからよ」
鼻で笑いながら背中を向けたアスワドは、後ろ手を振りながら去っていく。なんだよ、ちょっとかっこいいじゃん……と、思っていると突然アスワドは立ち止まり、つかつかと戻ってきた。
「やよいたんは全力で俺を応援してくれよ! 俺、頑張るから! めちゃくちゃ頑張って、俺の勇姿に惚
れてくれ! いや、むしろ今から惚れてくれても……」
「はぁ……はいはい、応援してるから早く行ってよ」
「よっしゃあぁぁぁぁ! 全力でやってくるぜぇぇぇ!」
やよいの適当な応援でも嬉しかったのか、スキップしながら受付に向かうアスワド。少しでもかっこいいと思ってしまった自分を殴ってやりたい気分だ。
締まらないアスワドの態度にため息を漏らしつつ、俺たちは空いている席に座って大会が始まるのを待つ。
暇な間にこっそり周りを見てみると、観客席に座っている人たちは街の住人……川人たちが多くいた。
だけど、その中で何人かは素顔を隠しているのか仮面をつけ、身なりのいい格好をしている。多分、仮面をしているのは崖人……貴族の連中だろう。
川人も崖人も揃って観戦している地下闘技大会は、この国の一大イベントみたいだな。
「お、始まるみたいだぜ?」
ウォレスに言われて闘技場に方に目を向けると、そこにはさっき上にいた仮面の男が立っていた。
「ーーこれより! 地下闘技大会を開催する!」
仮面の男はすぅぅ、と深く息を吸い、この地下闘技場全体に響き渡るほどの大声を張り上げる。マイクもなしに凄い声量だな。
「今回出場する選手は八人! 三回勝利を掴み取った者に、優勝商品として貴族の位を授与する!」
八人でのトーナメント制のようだ。優勝商品は貴族の位……崖人になる権利を与えられる。俺たちが欲し
いのは、崖の上の土地だ。
ベリオさんの夢を叶えるためにも、アスワドには頑張って貰わないと。
「武器、魔法の使用に一切の制限なし! 勝利条件は闘技場の外に出すか、相手を戦闘不能……もしくは殺すこと!」
「え!? 嘘だろ!?」
思わず声を上げて驚く。この大会、命の保証がないのか!?
そんな話は聞いてない、とベリオさんを見ると、ベリオさんは険しい表情で首を横に振った。
「アスワドはそれを承知で、俺の頼みを聞いてくれたんだ」
「そんな……」
アスワドは死ぬかもしれない戦いに躊躇なく参加したのか。
怒号のような歓声を上げる観客たちの中、俺はギリッと歯を食いしばる。
人が死ぬかもしれないのに、観客たちは喜んでいる。そのことが許せずに拳を握りしめていると、真紅郎が俺の肩に手を置いてきた。
「落ち着いて、タケル。ここで怒っても、この大会はなくなったりしない。ボクたちの世界でも、昔はこういった戦いを娯楽としていたんだから」
「でも、だからって……」
「大丈夫だよ、タケル」
俺と真紅郎の話に割り込んだやよいは、真剣な眼差しで闘技場を見つめながら口を開く。
「あのアスワドだよ? そう簡単に死ぬような奴じゃないって」
「ハッハッハ! そりゃそうだ! アスワドなら大丈夫だろ!」
「……あいつは、殺しても死なない」
「きゅー!」
やよいに続いてウォレスが、そしてサクヤとキュウちゃんまでもアスワドが死なないと信じていた。
みんなの言葉で落ち着いた俺は、ゆっくりと深呼吸してから頷いて返す。
「そうだな。アスワドが死ぬはずないか」
アスワドの実力は、何度も戦っている俺には分かっている。なら、俺が信じない訳がない。
そうこうしている内に大会が始まっていた。最初に戦うのは……アスワドだった。
「初戦か。相手は……」
闘技場に立つアスワドと対面しているのは、上半身裸の屈強そうな男だ。ニヤニヤと笑っている男の手には、肉厚な鉄の斧が握られている。
男とアスワドの体格差は歴然。身長二メートルはある男に対して、アスワドは百八十センチぐらい。横にも大きな男と比べると、アスワドが華奢に見えた。
自分の肉体に自信があるからこそ、男は余裕そうに笑っている。重そうな斧を軽々持ち上げ、開始の合図を待ち切れなさそうにしていた。
「第一回戦! 始めぇぇぇぇぇッ!」
審判の合図と同時に、男は走り出す。
ズンズンと重い足音を立てながら斧を振り上げた男に対し、アスワドは魔装を展開せずに立ち尽くしていた。
「どぉぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁッ!」
観客席にまで聞こえるほど雄叫びを上げた男は、無防備に立っているアスワドに向かって斧を振り下ろす。
これで決まるかと観客たちが盛り上がる中、アスワドは呆れたようにため息を吐いていたのが見えた。
そして爆音が響き渡り、砂煙が上がる。ビリビリと闘技場を揺らすほどの威力を持った斧は、アスワドの体を真っ二つに……。
「なっ!?」
なるはずもない。
驚く男を後目に、アスワドは最初の立ち位置から一歩横にズレることで軽々と斧を避けていた。
男は舌打ちしながら追撃のために斧を振り上げようとして、動きを止める。
地面に振り下ろされていた斧を踏みつけたアスワドによって。
「離れろ!!」
それでも力任せに斧を振り上げると、その力を利用してアスワドが空高く飛び上がる。空中を舞ったアスワドは、いつの間にか魔装からナイフを取り出し、落下しながらナイフを男に向かって投げ放つ。
投げられたナイフが肩に突き刺さり、痛みに怯んでいる男の隙を狙って空中で一回転したアスワドは、思い切り足を振り上げた。
「ーーおらぁぁぁぁッ!」
振り下ろされた足は、男の脳天を捉える。全体重を乗せたかかと落としを食らった男は、白目を剥いて力なく地面に倒れ伏した。
スタッと着地したアスワドは、倒れた男に見向きもせずに鼻を鳴らしながら歩き出す。
「勝負あり!」
危なげなく勝利をもぎ取ったアスワドに、観客たちは爆発したように歓声を上げる。
「まぁ、一回戦ぐらい余裕だよな」
「ハッハッハ! マジでオレも参加したかったぜ!」
観客と一緒にテンションを上げているウォレスが悔しげに笑う。ウォレスほどじゃないけど、俺も参加してみたかったな。
余裕で二回戦目に進んだアスワド。他の選手の戦いも見てたけど、アスワドほどの実力者はいなさそうだな……一人を除いて。
「あれ、強いな」
「うん、かなり強いね」
俺の言葉に同意するように真紅郎が頷く。
俺たちが見ていたのは、一回戦目の最後の戦い。そこで勝ち進んだ選手は、遠目から見ても強いのが分かった。
アスワドが当たるのは決勝戦になりそうだけど……あの選手を相手にするのは、さすがに骨が折れそうだ。
と、その前に二回戦目だな。アスワドの次の相手は、さっきの大男とは真逆な細身の男だ。
「ーー二回戦目! 始めッ!」
開始と同時に男が先手を取る。男が腕を薙ぎ払うと、黒いダガーが投げ放たれた。
側転しながら避けると、着地と同時にまたダガーが放たれる。アスワドは向かってくるダガーを手に持っていたナイフで薙ぎ払い、その動きのままナイフを男に向かって投げた。
「キシシ!」
男は向かってくるナイフを頭が地面に着くぐらい仰け反って避け、足を振り上げる。すると、その足からダガーが放たれた。
アスワドと戦っている男は暗器使い。軟体な動きで相手を惑わせ、隠し持っている暗器で戦うタイプのようだ。
だけど、アスワドだって負けてない。魔装からナイフを取り出したアスワドは向かってくるダガーにナイフを投げて打ち落とした。
それからアスワドはナイフを、男はダガーを投げ合う。まさかの暗器使い同士の戦いに観客たちは狂ったように盛り上がっていた。
「き、キシシ……ッ!」
暗器使い同士の戦いは、男が競り負けている。すると、男はダガーじゃなく、袖から取り出した鎖をアスワドに向けて投げ放った。
鎖はアスワドの右腕を絡み取り、男はニヤリと笑う。アスワドの動きを制限した男は、ダガーを投げようとしていた。
「あぁ?」
だけど、アスワドは腕に絡まっている鎖を睨みつけながら、左手で鎖を強く握りしめる。
そして、思い切り引っ張った。
「ぐぇ!?」
いきなり引っ張られた男はダガーを投げる前に体勢を崩す。それを見たアスワドは、歯を剥き出しにしながらニタァ……と楽しそうに笑った。
「おらぁぁぁぁぁ!」
「あぐっ!?」
アスワドが力任せに鎖を引っ張ると、男は地面に勢いよく倒れる。するとアスワドは鎖を握りしめたまま、その場でぐるりと一回転した。
最初は抵抗していた男も、力ではアスワドに勝てなかったのか体が浮き上がり、アスワドの周りを回り始める。
まるでジャイアントスイングのようにぐるぐると回る男。袖から鎖を外そうとしているけど、中々外れないようでされるがまま。
「飛んでけやゴラァァァァッ!」
そして、アスワドは無理矢理腕から鎖を取り外して、手を離す。男は悲鳴を上げながら宙を舞い、地面をボールのように跳ねながら場外に出た。
「勝負あり!」
「しゃあッ!」
アスワドが拳を突き上げると、観客が歓声を上げる。これでアスワドの決勝進出が決まったな。
場外に出た男は目を回しながら運ばれていた。さすがに可哀想だな……。
男に同情しながらも大会は続く。熱戦に次ぐ熱戦が終わり、とうとう決勝戦。
アスワドの相手は、俺たちが強いと判断していた相手。
全身を強固な鎧に包んだ、身の丈ほどある大剣を持った男だった。




