二十五曲目 『ウォレスVSバカ貴族』
「アシッドの野郎……どこ行きやがった」
試合を終えたロイドさんは俺たちがいる観客席に戻ってくるなり、姿を消したアシッドを探していた。その目は怒りに満ち溢れていて、正直怖い。
まぁ、何はともあれ初戦が終わり、今から試合によって壊れた舞台の修復作業が始まろうとしている。
「なんか、みんなざわついてない?」
周りを見たやよいが、首を傾げている。
たしかに観客たちは舞台の修復作業が始まると聞いてから、騒がしくなっていた。何かを待っているような、期待している様子だ。
いったいどうしたのか、と疑問に思っていると舞台の方から爆発音が聞こえた。
「な、何だ?」
驚いて見てみると、もくもくとした煙の中に五つの人影が見えた。
そして、観客席から歓声が上がると一気に盛り上がる。
「待ってました!」
「キャー! こっち向いてぇ!」
まるでアイドルが登場したライブ会場のような盛り上がりを見せる声援の中、煙が晴れていく。
そこから現れたのは……え?
「鍛冶屋の店主、ガジーオ!」
一人目はスキンヘッドのいかつい顔のおっさん。
「大工の棟梁、セルゲイ!」
二人目は角刈りのいかつい顔のおっさん。
「魚屋の店長、ビガー!」
三人目はねじり鉢巻きを巻いた坊主頭のいかつい顔のおっさん。
「酒場のマスター、ヘイザム!」
四人目はアフロ頭のいかつい顔のおっさん。
「ぬいぐるみ職人、ゼファー!」
五人目はオールバックのいかつい顔のおっさん。
「五人揃って……マッスルぅぅぅぅぅ」
__ファァァァァァァイブ!!
観客席にいる全員が示し合わせたように叫ぶと、五人のおっさんの後ろが爆発した。それはそう、戦隊もののヒーローが登場した時のように。
マッスルファイブ。その名の通り、上半身裸のマッチョな五人のおっさんがそこに立っていた。
「……きも」
やよいがボソッと呟く。真紅郎は口をあんぐりと開けて、呆然としていた。
何だあれは。あんなのが人気なのか?
異世界、半端ねぇと思っていると、突然ウォレスが立ち上がった。
「素晴らしい! かっけぇぇぇぇ!! 最高の筋肉だ……イエェェエェェェイ!」
分からない。結構長いこと一緒にいるけど、ウォレスの感性が分からない。
テンションマックスになったウォレスや観客たちが騒いでいる中、マッスルファイブたちは黙々と舞台の修復作業に入っていた。
登場シーンは派手だけど、やってることはかなり地味だな。
そして、一時間ぐらいかけて舞台の修復作業が終わり、二戦目が始まろうとしている。
二戦目はウォレス対バカ貴族だ。
舞台にはあのテンションのままのウォレスと、ゴテゴテとした派手な剣をカッコつけて構えるバカ貴族。
「試合、開始!」
審判のかけ声により試合が始まったけど、どっちも動こうとしない。
どうしたのか、と思っているとバカ貴族は鼻で笑いながらウォレスに声をかけた。
「どうした、庶民。かかってきたらどうだ?」
「あん? なんでだよ?」
「ふん、これだから庶民は……どうしてこの俺が動かないといけない? 庶民ごときに本気を出す必要もない。何故なら俺は由緒正しき名門貴族、モ……」
「はんっ。つまり、ビビってんだろ?」
鼻で笑い返すウォレスに、バカ貴族はピクリと口元を引きつかせる。
「しょ、庶民ごときがこの俺に生意気なことを……まぁいい、俺は寛大だからな。貴様のような貧乏庶民に怒るようなことはしない。何故なら俺は大貴族であるモ……」
「オリャアァァァァァ!」
「ごふぅ!?」
ウォレスの前蹴りが。バカ貴族の腹部を捉えた。見事な不意打ちだったな。
バカ貴族はゴロゴロと転がると、痛そうに腹を押さえながら立ち上がる。
「き、貴様、卑怯だぞ……し、しかもこの俺を足蹴にするだと? 庶民ごときが! この国でも五本の指に入ると言われそうなほどの大貴族であるモ……」
「いや、お前から来いって言うから攻撃したんだぜ? 俺、悪くなくね?」
「黙れ! ナメた真似を……万死に値する! 我が剣の錆びにしてくれる!」
バカ貴族はガシャガシャと重そうな鎧を動かしながら、剣を振り被る。その速度はかなり遅く、振り方も滅茶苦茶だ。
ウォレスはドラムスティック型の魔装に魔力を纏わせて魔力刃を作り出し、攻撃を防ぐ。そのままバカ貴族は剣を振りまくるも、ウォレスは楽々と防ぎきっていた。
「くっ! このっ!」
「ヘイヘイどうした? そんな攻撃じゃ欠伸が出るぜ?」
「黙れ黙れ黙れ! クソがっ!」
「そんな汚い言葉を使うなよ。あぁ、怖い怖い。少しは落ち着けって」
「__貴様ぁぁぁぁぁ!」
バカ貴族を煽りながら、魔力刃で剣を防ぐウォレス。
怒りで顔を真っ赤にしたバカ貴族は、仕切り直すように後ろに飛び退いた。
「はぁ、はぁ……ふ、ふん、庶民の割にはやるじゃないか。いいだろう、少し本気を出してやる。光栄に思うがいい、この誰もが憧れる大機族であるモ……」
「オラァァ!」
「グフゥゥゥ!?」
あ、またウォレスの前蹴りがバカ貴族の腹に入った。
しかも結構いい感じに入ったから、痛そうだな。その証拠に、バカ貴族はうずくまって体を震わせてるし。
「に、二度も蹴った。母上にも蹴られたことがないのに……」
「息子を蹴る母親とかありえねぇだろ。いや、待てよ、オレのママならやりかねないな……」
「許さんぞ! <我貫くは龍神の牙>__<アクア・ニードル!>」
バカ貴族は右手をウォレスに向けると、そこから針を模した水__アクア・ニードルが射出された。その魔法をウォレスは側転をして避ける。
「おっと危ねぇ。次は水遊びか? 生憎と水着は用意してないんだ」
「貴様は我が水属性魔法で、二度とその生意気な口がきけないように躾てくれる! この俺、王にも一目置かれている気がする大貴族であるモ……」
「御託はいいから早くかかってこいって。ヘイ、来いよ!」
「この、庶民がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
激高したバカ貴族が次々にアクア・ニードルを放つけど、ウォレスは側転やバク転をしてアクロバティックに避けていた。
元々身体能力が高い上に厳しい修行をしたからこそ出来ることだろうな。
ウォレスは避けながらバカ貴族に近づいていき、接近戦に持ち込んでいた。両手のスティックで攻撃し、時に変則的な動きをしながらバカ貴族を翻弄していく。
「ぐぁ!?」
そして、ウォレスの攻撃がバカ貴族の剣を弾く。その時、剣の飾りだった宝石が外れてウォレスの足下に転がった。
宝石を見つけたウォレスは無言でそれを見つめると、無言で拾い上げてズボンのポケットに仕舞い、また攻撃を仕掛けていった。
攻撃をする度にバカ貴族の剣から宝石が外れていき、ウォレスはまた無言で拾ってポケットに仕舞う。見た感じ、ウォレスは宝石を狙って攻撃していた。
「き、貴様! 我が剣の宝石を狙っているな!? この盗人め!」
「え? マジで? 俺にはさっぱり」
「しらばっくれるな!」
怒声を上げながら攻撃するもウォレスに楽々と防がれてしまい、しかも剣の宝石が奪われ続けている。バカ貴族のプライドはズタズタだろうな。
もうほとんどの宝石がなくなった剣は、かなりみすぼらしい姿に変わっていた。
「わ、我が剣が……この盗人庶民め! 絶対に許さんぞ! この魔法で終わらせてやる! この国の中でも水魔法を使わせれば世界一と自称しているモ……」
「はいはい。はよ来い」
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁ! <我放つは龍神の一撃>__<アクア・スラッシュ!>」
バカ貴族が放ったのは、細く放射された水。ウォーターカッターのように相手を切り裂く魔法__アクア・スラッシュだ。
ウォレスはスティックを十字に構え、その攻撃を受け止める。
「う、おぉぉぉぉぉぉぉ!」
驚くことにウォレスは魔法を受け止めながら一歩、また一歩と足を進めていた。
近づけば近づくほど水の勢いが上がっているはずなのに、ウォレスは強引に歩き続けている。
そして、ウォレスは気合いと共に両手のスティックを振り、魔法を打ち破った。
「な、何だと!?」
「せいっ!」
「グフゥ!?」
そのままウォレスは、バカ貴族の腹にまた前蹴りを放った。
三発目は耐えきれなかったのか、バカ貴族は力なく崩れ落ちる。ピクピクと体を震わせながら倒れ伏したバカ貴族は、絞り出すように口を開いた。
「ま、まさかこの俺が負ける、だと……あ、あり得ない。お、俺はこの国でも悪みょ……じゃなくて有名な大貴族、モ……」
最後まで言えずに、バカ貴族は気絶した。
戦闘不能になったバカ貴族を確認した審判は、ウォレスの方に手を向ける。
「勝者、ウォレス!」
二戦目はウォレスの勝利に終わった。
勝ったウォレスは雄叫びを上げると、観客からの大歓声が上がる。というか、結局あのバカ貴族の名前は何だったんだ?
そんなことを思いながら次の三戦目……俺の出番が来た。
「よし! 行ってくる!」
やよいたちに声をかけてから、俺は舞台に向かった。