十二曲目『捕まるロックバンド』
「な、なんだ?」
俺たちは演奏を止めて目を丸くさせる。もしかしてゲリラライブをしたことを怒られるのかと思ったけど、それにしては雰囲気が物々しい気がした。
観客たちの後ろには、ずらりと並んだ鎧姿の兵士たち。その兵士たちに守られるように一人の身なりのいい貴族らしき男と、隣には……。
「あれは、ルオ?」
貴族の男の隣にいたのは、ルオだった。
ルオはニタリと口角を歪ませて笑うと俺たちを指さし、唾を吐き散らしながら叫ぶ。
「あいつらです! あいつらが私に危害を加え、ルオ商会の倉庫を荒らした張本人たちです!」
「はぁ!?」
まるで俺たちが盗人のような言い方に唖然とする。すると、ルオの話を聞いた貴族の男はコクリと頷くと、鋭い眼差しで睨んできた。
「我が名はハルト! ルームブルクの貴族が一人! 貴様らのことはこのルオに聞いている! 暴行に加え、倉庫を荒らして商品を持ち出したと!」
「ヘイ、オレたちは盗みなんかしてねぇぜ!? そもそも、そいつがオレたちの仲間を……」
「黙れ! ハルト様のお言葉を遮るとは何事だ!?」
貴族の男、ハルトの話に割り込んだウォレスに対し、兵士たちが手に持っていた槍を構えて怒声を上げる。
さすがにここで戦うのは得策じゃないと判断したウォレスは「ぐっ……」とうめきながら口を噤んだ。
ハルトはゴホンッと咳払いすると、話を続ける。
「他にも匿名だが、貴様らがこの国を陥れようと目論でいるという情報が入った!」
「ちょっと待って下さい! ボクたちはユニオンメンバーです! 陥れようなんて、考えてません!」
「ユニオンメンバーだと? 証拠はあるというのか?」
ユニオンメンバーと聞いて眉を潜めるハルト。証拠、と言われてもすぐに証明出来る物はなかった。
この国にユニオン支部があればすぐに俺たちがユニオンメンバーだと分かるけど……ムールブルクにユニオン支部はない。
何も言えない真紅郎にハルトはため息を吐いて兵士たちに目配せすると、兵士たちは槍を構えながらジリジリと俺たちを取り囲んでいった。
「貴様らがユニオンメンバーという証拠がない以上、全員大人しく捕まれ! 何を企てていたのか、牢屋でしっかりと聞かせて貰う!」
ハルトの中では完全に俺たちは悪人のようだ。ここで騒ぎを起こすのは逆に俺たちの立場が悪くなるだろう。
チラッと真紅郎の方を見て、頷き合う。抵抗せず、大人しく捕まっておこう。
俺たちは魔装をアクセサリー形態に戻し、両手を挙げる。最初は抵抗しようとしていたウォレスだったけど、すぐに真紅郎に止められて渋々大人しくなっていた。
俺たちは一列に並び、両手首を縄で縛られながら身体検査を受ける。魔装も没収されてしまった。
「お、おい! タケル兄さんたちは何も悪いことしてねぇよ! ふざけウプッ!?」
そこでボルクが俺たちを庇おうとして、すぐにベリオさんに手で口を抑えられる。
すると、ベリオさんはジッと俺を見つめていた。その視線に首を横に振って答えるとベリオさんは頷き、暴れるボルクの口を抑えたままこっそりと人波に消えていく。
ベリオさんとボルクに迷惑をかける訳にはいかない。ここで俺たちを庇おうとしたら、共犯だと思われるかもしれないからな。二人には無関係を装ってここから離れてくれた方がありがたい。
「ククク……」
ふと、兵士たちに混ざってルオが下卑た笑みを浮かべながら俺たちに近づいてきた。
ルオはジロジロと俺たちをなめ回すように見つめながら、鼻を鳴らす。
「貴様らが悪いんだ……言っただろう、私を怒らせたらどうなるかをな」
「てめぇ……ッ!」
ボソッとルオが呟いた言葉で、今回の騒動を起こした張本人がルオだと分かった。
こいつは俺たちに復讐するために貴族に嘘八百並べて俺たちを陥れてきたんだ。多分、俺たちがこの国に対して何かを企てているという情報も、こいつが流したんだろう。
それが分かったウォレスが歯を剥き出しにしながら睨みつけると、ルオはほくそ笑みながらウォレスに歩み寄る。
「二度と日の光を拝めると思うなよ……ふんっ!」
「痛ッ!? てめぇ!」
そして、ルオは兵士たちに見えないように思い切りウォレスの足を踏みつけた。
痛みに顔をしかめたウォレスはルオに噛みつかんばかりに怒鳴ると、気づいた兵士に地面に組み伏せられる。それを見たルオは、ざまぁみろと言いたげにニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「お? それは私の商品じゃないか。ほら、こっちに来るんだ」
ルオは次にやよいの頭の上にいたキュウちゃんに目を付ける。
「きゅー!」
「ぐあぁっ!?」
口角を歪ませながらキュウちゃんに手を伸ばしたルオだったが、毛を逆立てて威嚇していたキュウちゃんにその手を噛みつかれていた。
不意打ちを食らったルオが尻餅を着くと、キュウちゃんは鼻を鳴らして兵士たちの足下を掻い潜って逃げ出す。
ルオは噛みつかれた手を抑えながら怒りに顔を真っ赤に染めて立ち上がる。
「私を愚弄しおって……畜生如きが私の手を……ッ!」
「うぐ!?」
ブツブツと恨めしげに呟いていたルオは、八つ当たりするように真紅郎を突き飛ばした。突き飛ばされた真紅郎は抵抗出来ずに地面に倒れ伏す。
「お前、よくも……ッ!」
「タケル」
さすがにやりすぎだ、と俺がルオに食ってかかろうとすると、地面に倒れていた真紅郎が呼び止めた。
真紅郎はゆらりと立ち上がると、突き飛ばしてきたルオにニコッと笑みを向ける。
真紅郎の反応が面白くなかったのか、不機嫌そうに鼻で笑って背中を向けるルオ。だけど、俺にはその笑顔が寒気を覚えるぐらいに恐怖を感じた。
今の笑顔は、真紅郎が本気で怒っている時の物。真紅郎はルオを完全に敵認定したようだ。こうなった時の真紅郎は容赦がないことを、俺は知っている。
ルオにはあとで思い切り仕返ししてやろう。だけど、今はとりあえず大人しくしてないとな。
そんなことを考えていると、身体検査を終えた兵士がハルトに声をかけていた。
「ハルト様! 他に武器はなさそうです!」
「分かった。お前たち、こいつらを投獄しろ! じっくりと尋問し、この国に何をしようとしていたのか吐き出させるんだ!」
「分かりました!」
兵士たちは俺たちを牢屋へと連れて行く。さっきまで盛り上がっていたライブは一転し、楽しんでいた観客たちはヒソヒソと内緒話をして遠巻きに俺たちを見ていた。
せっかく楽しかったライブに水を差したんだ、この報いは受けて貰うからな……ルオ。
最後に俺たちをニヤニヤと笑いながら見送っているルオを睨みつつ、兵士たちと一緒に歩き出す。
歩いている途中で、ふと屋根の上に誰かいるのに気づいた。兵士たちにバレないように屋根の上を見ると、そこにいたのはアスワドだ。
アスワドは連れて行かれる俺たちを黙って見下ろしている。その頭には、さっき逃げ出したキュウちゃんの姿があった。
アスワドと一緒にいれば、ルオに捕まる心配はないだろう。
俺が見ていることに気づいたアスワドは俺を見つめ、そして何も言わずに屋根から飛び降りて姿を消す。正真正銘、盗賊のアスワドが兵士たちに見つかる訳にもいかないからな。
さて、どうするか。歩きながら思考を巡らせる。
今の俺たちに無罪を証明するものはない。ユニオンメンバーだと分かれば釈放されるかもしれないけど……期待は出来そうにないな。
「今はとにかく、流れに身を任せるか……」
ボソッと口に出しながら方針を決める。
これからどうするのかは、みんなと話し合う必要があるだろう。牢屋で話し合いが出来るかは分からないけど、今は何もすることが出来ない。
俺たちは兵士たちと一緒に、牢屋へと向かうのだった。




