四曲目『奪われた竜魔像』
ボルクを探して商業区を回ってみたけど、どこにも見当たらなかった。
仕方なく俺は……俺とアスワドは貴族である崖人が住む崖の上に向かう。
崖の上に繋がっている長い階段を上ると、そこには白を基調としたきれいな街並みが広がっていた。
道行く人たちの身なりは小綺麗で整っている。川人が住む崖の下とは大きく違っているな。
「あの、すいません」
「ん? どうかしましたかな?」
一人の貴族らしい男に声をかけ、竜魔像がある広場がどこにあるのか聞く。すると、その男は不思議そうに首を傾げていた。
「竜魔像? あんなのに興味がおありですか?」
「あんなの?」
貴族の口振りからするに、どうやら竜魔像の価値を知らないようだ。
場所が違うと、竜魔像の扱い方は全然変わるんだな。
ユニオンなら属性を知るための道具、エルフ族では危険な兵器、ダークエルフ族では御神体として。
そして、この国では特に価値のないただの石像として。
男は顎に手を当てて「ふむふむ」と頷くと、口を開いた。
「まぁ、人によっては見方は変わるものですし、いいですよ。広場まで案内しましょう」
「え? いいんですか?」
「もちろん。貴族として、困っている人を無視する訳にはいきませんからな」
この国の貴族はどうやら腐ってないようだ。少なくとも、この人はいい貴族だな。
ご厚意に預かって男に道案内して貰うと、たどり着いたのは切り立った崖に木の足場を打ち込んだ広場。サーベルジ渓谷を見渡すことが出来る絶景ポイントだ。
その広場の中央に竜魔像が置いてあるようだけど……。
「むむ? おかしいですね……なくなってますな」
男の言う通り、広場の中央にある台座には竜魔像の姿はなかった。
最初は竜魔像がないことに目を丸くしていた男だったけど、すぐに興味をなくしたようにため息を吐く。
「残念ですが、誰かが撤去したのでしょう。運がありませんでしたな」
「……そう、ですね。道案内、ありがとうございました」
「いえいえ。では、私はこれで」
去っていく男を見送ってから、俺は台座をジッと見つめる。
多分だけど、誰かが撤去したんじゃない。魔族が奪っていったんだろう。
証拠はないけど、どこか確信を持って台座に近づく。特に争った形跡もないし、他の住人たちも竜魔像がないことにあまり興味を示していない。
盗まれたとしても、大事にはなりそうにないな。
「おい、もしかして盗まれたのか?」
「あぁ、多分な。盗むとしたら、魔族ぐらいだと思う」
そう答えると、アスワドは琥珀色の瞳でジッと台座を見つめ、それから周囲を観察し始める。
「魔族、な。レンヴィランスで戦ったあの化けもんが、この国にいるのか」
「いつ盗まれたのか分からないけど、近くにいるだろな」
「見た感じ、盗まれて一日も経ってねぇ。盗んだのは間違いなく深夜だ」
「は? どうして分かるんだよ」
どうしてそこまで詳しく分かるのか聞くと、アスワドはニヤリと笑みを浮かべた。
「何人か竜魔像がねぇことに気づいて驚いてんだろ。てことは、なくなってからそんなに時間が経ってねぇってことだ。人の目がある昼間に盗むバカはいねぇから、やるなら夜中。寝静まった深夜にやるのが定石。それと、よく見てみろ。台座に少しだけ引きずった跡があるだろ?」
流れるように説明しながら台座を指さすアスワド。たしかに台座には微かに引きずったような跡があった。
アスワドは肩を竦めながら呆れるように説明を続ける。
「残っている跡は最近出来た物だ。こんな風通しのいいところなのに砂や小石が残っている。これらの情報を合わせると……昨日の深夜に盗んだ可能性が高い。しかも、証拠を残すような杜撰さからやったのは素人。もしくは、バレても気にしない奴らってことだ」
たったそれだけでそこまで分かるものか?
さすがは盗賊団のリーダー。盗みに関することなら他の追随を許さないな。まぁ、誉められたもんじゃないけど。
「……遅かったか。もう一日早ければ、魔族に会えたかもしれないのに」
正直、魔族とは会いたくないけど会わなければならない理由がある。
どうして竜魔像を狙うのか。魔族の本当の狙いはなんなのか。出来れば戦わずに情報を集めたかったけど……一足遅かった。
ため息を吐きながら、竜魔像が置いてあった台座に触れる。その瞬間ーー。
「ーーッ!?」
ゾワリ、と寒気が走る。
まるで誰かに見られているかのような視線を感じた。
いや、誰かじゃない。
巨大で禍々しい、血のように赤い瞳孔が縦に裂けた目が俺をなめ回すように睨んでいるような気がした。
咄嗟に俺は後ろを振り返る。だけど、そこには何もないし誰もいない。
警鐘を鳴らすように心臓の鼓動が早くなっていく。ブワッと脂汗が吹き出し、呼吸が荒くなった。
「あん? どうした?」
俺の様子がおかしいのに気づいたアスワドが声をかけてくる。どうやら今の視線を感じたのは、俺だけみたいだ。
ゆっくりと深呼吸しながら汗を拭い、「なんでもねぇ」と返す。
少し落ち着いてから、俺はさっき感じた視線を思い出す。恐怖を覚えるほど禍々しい真っ赤な瞳には、心当たりがあった。
それは、夢の中。前に立ち寄った国<アストラ>で見た夢で、その姿を見たことがある。
平和だったアストラのほとんどを滅ぼし、恐怖と憎悪を振りまいていた強大な存在。
空を覆うほど巨大な体と双翼、闇よりも黒い鱗と外殻。全ての属性魔法を操り、天候を変えるほどの力を持った存在そのものが災害。
<災禍の竜>と呼ばれるドラゴンの瞳と、同じ気がした。
どうしていきなり災禍の竜に睨まれている気がしたのか、さっぱり分からない。
だけど、何かがある。何かが起ころうとしている。そんな直感が俺の頭に過ぎっていた。
「ん? あ、あれは……ッ!」
そこで、アスワドが目を見開きながら驚く。
もしかして魔族か、と思ってアスワドが見ている方向に目を向けると……。
「あれ? タケルだ……え? なんで、あいつがいるの?」
やよいがいた。
しまった、とアスワドを止めようとしたけどそこにアスワドはいない。
気づけばアスワドはやよいに向かって走り出していた。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!」
アスワドはスキップしながら大きくやよいと距離を詰める。
「よぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
満面の笑みを浮かべながら、アスワドはやよいに向かって飛びかかった。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
腕を広げ、やよいを抱きしめようと宙を舞うアスワド。
やよいは近づいてくるアスワドに「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げる。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
そして、アスワドがやよいを抱きしめようとした瞬間、やよいは動き出した。
キュッ、と鋭く左足を踏み出して上体を低くしながらアスワドの腕を躱す。目標を失ったアスワドの腕が空を切ると、やよいは曲げた膝をバネのように反動を付けて伸ばし、その勢いのまま右拳を振り上げるーーッ!
「キャアァァァァァァァァァァッ!?」
「ぐぶぅおぉうッ!?」
天に向かって振り上げた拳は見事アスワドの腹部に命中し、メキメキとめり込んでいく。
やよいは恐怖に染まった悲鳴を上げながら、拳を振り抜いた。重い音を立ててアスワドは苦悶の声を上げて空を舞う。
そのままアスワドは錐揉み回転しながら吹っ飛んでいき、地面にゴロゴロと転がった。
「はぁ、はぁ……はっ!? ついやっちゃった!?」
見事なアッパーカットをしたやよいは、我に返ってオロオロしている。
どうやら満面の笑顔で近づき、抱きつこうと飛びかかってきたアスワドへの恐怖が限界を超えた結果……防衛本能から反射的に殴ってしまったようだ。
だが、グッジョブ。やよいに向かって親指を立てながら笑みを浮かべると、地面に倒れ伏したアスワドがピクピクと痙攣しながら……。
「これが、やよいたんからの、愛か……受け止めたぜ……ッ!」
口から血を流しながら親指を立てて笑い、そのままガクッとうつ伏せに倒れた。
ここまで来ると呆れを通り越して感心するわ。真似したくないけど。
「ねぇ、今アスワドらしき人が空を飛んでなかった?」
「ハッハッハ! らしき、じゃなくて本人だぜ? いやぁ、見事なアッパーカットだったぜ。あれは世界を狙えるぜ!」
「……参考になる」
「きゅー?」
そこで真紅郎たちも合流した。
真紅郎はアスワドが殴られたところを見てなかったようだけど、見ていたウォレスは腹を抱えて笑い、サクヤはやよいの綺麗なアッパーカットを真似する。その頭の上で不思議そうにしているキュウちゃん。
とりあえず、Realize全員がこの場に揃ったな。気絶しているアスワドを心配そうに集まる住人たちから目を逸らしつつ、声をかける。
「よう、情報は集まったか?」
「いや、あまり集まってないね。そっちは?」
首を横に振る真紅郎に、俺は腕を組んでため息を漏らす。
「まぁ、色々な。詳しくはユニオンメンバー専用施設で話そうぜ」
「それはいいけど……あれはいいの?」
苦笑いを浮かべながらアスワドを指さす真紅郎に、俺はにっこりと笑みを浮かべた。
「あれは無視しとけ。ほら行くぞ、みんな!」
どんどん人だかりが出来ているのを無視して、俺たちはユニオンメンバー専用施設に向かうのだった。




