三曲目『ベリオの想い』
この国にアスワドがいるのはなんとなく察していたけど、まさかこんなところで会うとは思ってなくて目を丸くしていると、アスワドがギロリと睨みながらズンズンと俺に近寄ってきた。
「なんでてめぇがこんなところにいるんだ、おい」
「それはこっちの台詞だっての……お前こそなんでここに?」
「んなのてめぇには関係ねぇだろ? それよりも……」
一度言葉を切るとアスワドがキョロキョロと俺の後ろを見てから、勢いよく俺の襟首を掴んでくる。
「やよいたんはどこだ!? なんでてめぇ一人だけなんだぁ!? ナメてんのか、あぁん!?」
「うわ、めんどくさ!? 誰がお前に教えるか!」
「んだとゴラァ!?」
俺を見るなり、やよいを求めてくるアスワドを引き離そうとすると、鉄を打ち続けていた大男が一際強くハンマーを打ち鳴らす。
クワンクワンと工房に反響していく音に俺とアスワドはビクリと肩を震わせた。
「やかましいぞ」
大男は背中越しに騒いでいた俺たちを睨みながら、低いしゃがれた声で言い放つ。威圧感のある声色に俺たちは同時に頭を下げて謝ると、大男は鼻を鳴らしてから立ち上がった。
「ふんっ。出来たぞ、アスワド」
二メートルは越えの工房に天井に頭が着きそうなほどの身長。煤で汚れたタンクトップから覗かせる、鍛冶で鍛えられた岩のようなガッシリとした肉体。
白に近い灰髪の頭に黒いバンダナを巻き、モジャモジャとした髭を蓄えた強面で堀の深い顔をしていた。
縦にも横にも大きな体格をしている男は、薄汚れた布が敷いてあるテーブルに手に持っていたナイフを置く。そこには他にも同じようなナイフが並んでいた。
「おぉ! さすがベリオのおやっさん、仕事が早いな!」
「ふんっ……確認しろ」
大男の名はベリオ……ボルクが言う親方だったようだ。
アスワドは顔馴染みなのか気安く声をかけると、ベリオさんはぶっきらぼうに顎でナイフを指し示す。
並んでいるナイフを一本ずつ握り、何度か振ってからアスワドは笑みを浮かべてスッとナイフを消した。どうやら<魔装>に仕舞ったみたいだ。
「いつも通り、いい出来だったぜ? んじゃ、またなんかあった時は頼むわ」
「ふんっ、また後で来い。話があるからな……それで、そこのお前……誰だ?」
ヒラヒラと後ろ手を振りながらアスワドが工房から出て行くと、残された俺をベリオさんはギョロっとした目で見つめてきた。
俺が答える前に、ボルクが代わりにベリオさんに答える。
「この人はタケル兄さん! オレのことを助けてくれた恩人なんだ! 一度親方に会わせたくてさ、連れてきたんだよ!」
「助けた? どういうことだ?」
「酒場で親方の悪口言ってた奴らに文句言いに行ったらさ、ナイフ持ち出してきやがったんだよ! その時、タケル兄さんが颯爽と助けに入ってくれて……あだっ!?」
俺が助けに入った時のことを嬉しそうに話すボル
クに、ベリオさんは頭に拳骨を喰らわせた。
ゴンッ、と重い音がすると、ボルクは涙目になりながら頭を抑えてしゃがみ込む。
「いだだ……な、何すんだよ、親方ぁ!?」
「ふんっ。男なら、助けて貰ったことを自慢げに話すな。情けないと思わんのか。そんなんだから、お前はガキなんだ」
「うぐっ……それは、そうだけどさぁ」
最初は殴られたことに不満げにしていたボルクは、ベリオさんの言葉に一理あったのかしょぼくれた顔で俯いていた。
すると、ベリオさんは俺に向かって深々と頭を下げてくる。
「ボル坊が世話になったようだ。俺はベリオ……鍛冶職人だ」
「あ、えっと、お気になさらずに……俺はタケルです。ユニオンメンバーで、旅人です」
慌てて自己紹介すると、ベリオさんはユニオンメンバーと聞いて眉を上げて「ほう」と声を漏らした。
「ユニオンメンバー、か……たしかに、よく鍛えられている」
「え? 見ただけで分かりますか?」
「ふんっ。六十年近く職人をしていれば、見ただけで分かる。それと敬語を使う必要はない、楽に話せ」
「じゃあ、遠慮なく。ベリオさんはドワーフ族、なのか?」
長年職人していれば分かるもんなんだなと感心しつつ、ドワーフ族にしてはかなり大柄だし人間って感じもしない気がして聞いてみると、ベリオさんは顎髭を触りながら鼻を鳴らして答える。
「俺はドワーフ族と人間とのハーフだ」
「親方はドワーフ族の卓越した技術と人間の柔軟な発想を兼ね備えた、この国一番の職人なんだぜ! 凄いだろ……あだっ!?」
話に割り込んできたボルクは自分のことのように自慢げに話していると、ベリオさんはまた拳骨を落とした。
「お前が偉そうにするな、ボル坊」
「に、二度も拳骨……身長低くなったらどうすんだよ、親方ぁ!?」
「ふんっ。俺が知るか」
文句を言うボルクにベリオさんは素っ気なくそっぽを向いた。なんとなく、二人の日常が分かった気がする。
そんな二人に笑みを浮かべていると、ベリオさんは髭を撫でながら俺を下から上まで見てから口を開いた。
「剣使いのようだな。指に付けてるのは魔装か。少し、見せろ」
「え? あ、あぁ……」
見ただけで俺が剣を使うことを見抜いたベリオさんは、魔装を展開するように言ってくる。少し戸惑いながら魔装を展開し、手に柄にマイクが取り付けてある細身の両刃剣を握ってベリオさんに見せた。
手を差し出してきたので剣を手渡すと、ベリオさんは剣身をマジマジと見ながらうっすらと頬を緩ませる。
「いい剣だ。それなりに修羅場を潜ってきている。だが、これはなんだ?」
ベリオさんが目を付けたのは、音楽文化がないこの異世界では見たとこもないマイクだった。
「それはマイクだよ。音を拡大させる機械……って言えばいいかな?」
「音を、拡大……仕組みは?」
「ええと、あんまり知らないんだよなぁ。真紅郎なら分かるかもしれないけど」
マイクについて説明すると、ベリオさんが食い気味に話を聞いてくる。だけど、俺はそこまでマイクについて詳しい訳じゃないし……と、困っているとベリオさんは顎に手を当てて考え事を始めていた。
「……興味深い。詳しい話を聞きたいな」
「んじゃ、仲間を呼んでくるよ」
「それとだ。ボル坊を助けて貰った礼だ、何か作ってやろう。何が欲しい?」
突然言われても、パッと思いつかないな。武器は魔装があれば事足りるし、他の武器なんて使えないからなぁ……。
「とりあえず、今は保留で。何か思いついたらお願いするよ」
「ふんっ、いいだろう。それとボル坊。いい加減、弱い癖に喧嘩を売るのはやめろ。今回は助けられただろうが、いつか命を落とすぞ?」
ベリオさんは呆れたようにため息を吐きながらボルクを睨みつける。どうやら今回のことは一度や二度じゃないようだ。
すると、ボルクはふてくされたようにそっぽを向く。
「イヤだね。だってあいつら、親方の悪口ばっかり言いやがるんだぜ? 大したことねぇ職人の癖に……」
「お前は職人ですらねぇだろ。偉そうな口を叩くな」
「うぐ……だったら、早くオレを弟子にしてくれよ!」
「ふんっ、お前のようなガキはお断りだ、ボル坊」
悔しそうに地団駄を踏むボルク。多分、こんな会話をいつもしてるんだろうな。
適当にボルクをあしらったベリオさんは、テーブル近くに置いてあった椅子に腰掛ける。ギシギシ、と今にも壊れそうな椅子に深く背中を預けたベリオさんは、テーブルに置いてあった煙管を手に取ると火を付けた。
ゆっくりと煙管を吸って口から紫煙を吐き出すと、ベリオさんはボルクに向かって静かに口を開く。
「ボル坊。誰が何を言おうと、俺には関係ねぇ。言いたい奴には言わせておけばいい。だから、もう喧嘩を売るのはやめとけ」
「でも、親方! オレは腹立つんだよ! あいつらは親方の夢を嗤いやがる!」
ベリオさんの説得に聞き耳持たず、ボルクは火が点いたように大声を上げた。
ふと、テーブルに広げてあったかなり年季の入った羊皮紙に目が止まる。そこには何かの図面のような物が描かれていた。
図面なんて読めないけど、形からして……船?
すると、俺が羊皮紙を見ていたことに気づいたベリオさんは、スッと羊皮紙を手にとって丸める。まるであまり見られたくないように。
「……俺の夢は、嗤われてもおかしくねぇ。だがな、ボル坊。例えあざ笑われても、バカにされようとも……俺は夢を諦めねぇ」
遠い目をしているベリオさんの瞳は、子供のように輝いていた。
それがどんな夢なのかは分からないけど、ベリオさんはその夢を追いかけ続けている。例え、誰かの嘲笑されたとしても。
だけど、ボルクは納得しないのか悔しげに拳を握りしめていた。
「……オレは、許せねぇ。親方が許しても、オレは無理だ!」
「はぁ……だからお前はボル坊なんだ」
ベリオさんの言葉にボルクはギリッと歯を食いしばると、弾かれるように工房から出て行った。
追いかけようとするとベリオさんが「待て」と
呼び止めてくる。
「放っておけ。少し頭を冷やさせろ」
「だけど、また喧嘩売ったら……」
「言っても聞かねぇんだ、あいつは。いくらボコボコにされても、何度も喧嘩を売りやがる。まったく、これだからガキは……」
やれやれとベリオさんは肩を竦めた。そして、手に持った丸めた羊皮紙をチラッと見てから、口を開く。
「俺の夢は、俺だけのもんだ。あいつが背負うもんじゃねぇ。それでも、あいつは俺の夢を知ってか
らずっと着いて来やがる。弟子にしてくれ、ってな」
「……弟子にしてやればいいんじゃないのか?」
「ふんっ、ガキの子守りなんてごめんだ。それに……途方もない夢物語を追うバカは一人で十分だ」
ベリオさんの言葉から、察した。
ベリオさんが弟子入りを断るのは、ボルクが子供だからだけじゃない。
自分が追い求めている夢物語に、ボルクを巻き込みたくないからなんだ。
だけど、それを言ったところでボルクは諦めないだろう。だからベリオさんはボルクの弟子入りを突っぱねてるんだな。
これ以上は二人の問題だから、俺が口出ししない方がいいだろう。それにボルクさんは放っておけって言ってたけど、心配だから追いかけよう。
ボルクを追って工房から出ようとして、一つだけ聞きたいことがあったからベリオさんに問いかける。
「あの、ベリオさん。この国に<竜魔像>ってある?」
竜魔像。今にも動き出しそうなほど精巧な竜の像で、魔力を通すとその魔力が何の属性か教えてくれる物。
そして、何故かは分からないけど魔族が求めている代物だ。
ユニオン支部にならありそうだけど、この国にはないみたいだし……もしもこの国のどこかに竜魔像があれば、それを狙っている魔族がいるかもしれない。
そう思って聞いてみると、ベリオさんは顎髭を撫でながら首を傾げた。
「竜魔像か? それならたしか、崖人んとこの広場にあった気がするが」
「崖人……貴族が住んでるところか。ありがとう、行ってみるよ」
この国に竜魔像はあるみたいだ。さっそく行ってみよう。
ベリオさんに礼を言ってから工房を出て外に向かう。ボルクを探しながら、崖人のいる崖の上に行ってみるか。
「おう、ちょっと待てや」
外に出ると、上の方から声をかけられた。
見上げると、そこには俺よりも先に外に出ていたアスワドが、小屋の屋根に腰掛けたニヤリと笑みを浮かべていた。
アスワドは軽快に飛び降りるとスタッと地面に降り立つ。
「てめぇに着いて行けば、やよいたんに会えるだろうし……俺も一緒に行くぜ?」
「はぁ? お前と一緒なんて嫌だ。どっか行け、しっし!」
「あぁ? いいのか、おい。てめぇ、あのガキがどこに行ったのか分かるのか? ちなみに、俺は知ってるぜ?」
ぐっ……たしかに、見渡してもボルクの姿はなく、どこに行ったのか見当も付かない。どうしようか悩んでいると、アスワドがニヤニヤと笑っている。
仕方ない、か。
「分かったよ。ただし、やよいには指一本触れさせねぇぞ?」
「ハンッ! 指一本どころか腕二本で抱きしめてやるぜ!」
「腕一本になりたくなきゃやめておくんだな。で、ボルクはどこだ?」
「なら俺はてめぇの首を胴体と別れさせてやるよ。あっちだ」
口喧嘩をしながらアスワドが指さした方角は、商業区の方だ。
仲間だと思われたくないから少し離れながら並んで歩く。
「てか、お前黒豹団の仲間はどうしたんだ? また迷子か?」
「あぁ? 俺は迷子じゃねぇ。あいつらが勝手にいなくなっただけだ」
迷子じゃねぇか。
アスワドを探し回っているだろう黒豹団の奴らに同情しつつ、ボルクを探しに商業区に向かった。




