二曲目『ボルクと親方』
「はぁ……」
酒場から追い出された俺は、酒場の陰でしゃがみ込みながらため息を吐く。
少しやりすぎたと思うけど、刃傷沙汰になるよりよくないか?
そんなことを思いながらぼんやりと空を見上げていると、酒場から昨夜が出てきて俺に声をかけてきた。
「……タケル。真紅郎から、伝言。酒場での情報収集は任せて、だって」
「あぁ、頼む。俺は適当に街で聞き込みでもしてるよ」
「……あと、ウォレスからも伝言」
サクヤはコホン、と咳払いすると親指を立ててニヤリと笑みを浮かべながら、ウォレスの伝言を話す。
「……ハッハッハ、タケルの分はオレたちが代わりに食っといてやるぜ……だってさ」
「あの野郎……ッ!」
ウォレスがニヤニヤと笑っている姿が頭を過ぎり、憎たらしくなった。というか、ウォレスの真似をするならその棒読みやめろよサクヤ……。
それだけ伝えるとサクヤは足早に酒場に戻っていく。なんか、ここで食事が取れないとなると、途端に腹の虫が鳴り出した。
どこかで適当に買うかな、と歩き出そうとすると……。
「あ、あの! 待ってくれ……じゃなくて、下さい!」
後ろから声をかけられ振り返る。そこにいたのは、さっき酒場で助けた少年がいた。
「さ、さっきは助けてくれてありがとう! ございます!」
「そんなかしこまらなくてもいいって。気にするなよ」
慣れない敬語を使いながら深々と頭を下げる少年は、勢いよく顔を上げて俺をどこかキラキラとした目で見つめてくる。
「兄さん、カッコいいな! あ、カッコいいデスネ!」
「別に敬語使わなくてもいいぞ?」
「あ、そう? んじゃ、遠慮なく! オレ、ボルクって言うんだ! 兄さんは?」
「俺はタケル。色んなとこを旅しているユニオンメンバーだよ」
少年、ボルクに自己紹介すると、ボルクはユニオンメンバーと聞いて一層目を輝かせた。
「ユニオンメンバー!? タケルさん、ユニオンメンバーなのか!?」
「え? そうだけど……そんな驚くことか?」
「そりゃ驚くって! ユニオンメンバーは相当の実力がないと認められない奴じゃん! だからタケルさんはあんなに強かったんだな!」
ここまで尊敬な眼差しを向けられると、少し気恥ずかしい。
頬を掻きながら照れていると、ボルクは思い出したように声を上げる。
「あ! そうそう! 助けて貰ったお礼をしたい
んだった!」
「お礼? いや、いいよ。お礼目的で助けた訳じゃないし」
「いや! それはダメだ! 命の恩人に何も恩返し出来ないようじゃ、親方にどやされる! 何より、オレの気が済まねぇ!」
断ろうとしたけど、ボルクは頑なに礼をしたがっていた。
熱意に負けて頷くと、ボルクは満面の笑みを浮かべながら自分の胸をドンッと叩く。
「よし! んじゃ、オレに任せてくれ! 何がいい!? あまり金はないからそこは考慮してくれると嬉しいな!」
「金なんていらないよ。そうだな……あぁ、この街を案内してくれないか? ちょっと集めたい情報もあるからさ」
「街案内だな! それぐらいお安いご用! この街はオレの庭みたいなもんだから、色んなところを教えてやるよ!」
「じゃ、お願いするよ」
この国には今さっき来たばかりだから、どこに何があるか分からない。その状態で聞き込みするのはしんどそうだったから、丁度いいな。
そのまま俺は気合いの入っているボルクと一緒に街を歩いていく。オススメの武器屋や食事処、ユニオンメンバー専用施設の場所を見て回りながら、俺はボルクにこの国について聞いてみた。
「ううん、そうだなぁ……」
何から話そうか腕組みしながら考えていたボルクは、崖の上の方を指さして口を開く。
「崖の上の方に貴族が住んでいるのは知ってる?」
「あぁ、知ってる。上に暮らしているほど位が高いんだろ?」
「そうそう。その崖の上に住んでいる人のことを、この国では<崖人>って呼んでるんだ。で、オレたちみたいな崖の下に暮らしている人は<川人>って呼んでる」
崖の上に暮らしてるから崖人って呼ぶのは分かるけど、川人がよく分からずに首を傾げる。
「どうして川人なんだ?」
「それは……あ、丁度見えてきた!」
俺の問いかけに答える前に、店が建ち並んでいた区域から出た辺りでボルクが指さした方を見てみると、そこには大きな川が流れていた。
平地のようになったところに流れている川の周辺には、木造の住居が並んでいる。
「あれは<サーベルジ大河>って言って、崖人以外は川の近くで暮らしてるんだ。だから、川人なんだよ」
「なるほどな」
崖の上に暮らしている貴族が崖人、川の近くに暮らしている平民が川人ってことか。
街の玄関口になっている賑やかな商業区とは違い、川の周辺の居住区は落ち着いていた。
居住区に足を踏み入れると、色んなところからカンカンッと鉄を叩く音が聞こえてくる。どの家にも煙突があり、そこからはモクモクと煙が上がっていた。
その光景を物珍しく見ていると、気づいたボルクが誇らしげに胸を張りながら鼻を指で擦る。
「この辺りはドワーフ族とか、鍛冶職人がいっぱい暮らしててさ。みんな川の水を使って鍛冶をしてるんだよ。資源はその辺でいくらでも採れるから、鍛冶職人になるならこの国が一番だぜ!」
「へぇ……ボルクも鍛冶職人なのか?」
「もちろん! って、言いたいところなんだけどさぁ……」
ボルクは深いため息を吐いてうなだれると、ムスッとした顔で話を続けた。
「オレはまだ見習い……いや、それどころか弟子入りもしてないよ」
「あれ? 親方がどうとか言ってなかったか?」
「それはオレが勝手に呼んでるだけ。弟子にして欲しいんだけど、親方は首を縦に振ってくれないんだ。まだガキだからなのかなぁ……」
そう言ってまた憂鬱そうにため息を漏らすボルク。見たところボルクは十代前半ぐらい。鍛冶職人の弟子入りにはまだ早いのかもしれないな。
「……でもさ。オレは早く鍛冶職人になりたい。親方みたいな職人に」
ボルクは空を見上げながら拳を握りしめる。その目には熱意の炎が燃えていた。
「親方は本当に凄いんだ。どんなに難しい注文も軽々こなすし、作った武器はどのドワーフ族が作った奴よりも切れ味もよくて頑丈! それに……もの凄い夢を追ってる!」
「夢? どんな?」
「それは、ちょっとオレの口からは言えない。親方にあまり口外するなって言われてるからさ。気になるなら、親方のところに行ってみる?」
「俺はいいけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫! ただちょっと無愛想で頑固なところがあるけど! あとさ……タケルさんには知ってて欲しいんだ。親方は、他の奴らが言ってたみたいな人じゃないってことを」
ボルクは悲しげに顔をしかめながら話す。
酒場にいたドワーフたちは親方……たしかベリオさんのことを頭がおかしいだの、腕はたしかだけど救いようのないバカだの、悪く言っていた。
尊敬しているベリオさんの……親方の誤解を解きたいんだろう。ボルクの気持ちを察した俺は、笑みを浮かべて頷く。
「分かった。案内してくれよ、ボルク。お前の尊敬している親方のところにさ」
「……ありがと。親方の工房はこっち! 行こうぜ、タケルさん!」
ボルクは嬉しそうに笑いながらベリオさんの工房に案内すると、そこは川近くの居住区から少し離れたところにあった。
まるで隅に追いやられるようにポツンとある、ボロボロの掘っ建て小屋。いや、小屋と呼ぶには中々の大きさだ。
屋根にある煙突からは煙が立ち込め、リズミカルな鉄を叩く音が聞こえてくる。
「よいしょっと! 親方ぁ! ボルクだけど、お客さん連れて来た!」
ボルクは立て付けの悪い扉を開けて親方を呼ぶけど、返事はない。
だけどボルクはいつものことなのか、慣れた様子で中に入っていく。ボルクの後を追うと、ムワッと熱気が襲ってきた。
「親方! って、あちゃあ……ごめん、タケルさん。親方、今仕事中みたい。しかもお客さんもいたよ。ちょっと待っててくれる?」
「あぁ、いいぞ」
仕事の邪魔する訳にはいかないからな。ここは黙って待ってよう。
手持ちぶさたになった俺は家の中を見渡す。古ぼけ
ている年期の入ったカウンターと、その奥に続く通路。その先が工房になってるんだろう。
壁には剣や斧などの武器、盾や甲冑などの防具が飾られていた。どれも頑丈そうで、無骨ながら施された細やかな意匠に目を奪われる。ただの武器や防具じゃなく、一つの芸術品のように見えた。
それらを眺めていると、ボルクが手招きしてくる。
「タケルさん。親方の仕事風景、見てみたい?」
「そうだな。鍛冶してるところなんて見たことないし」
「決まり! あ、ただ声かけたりしないでね? まぁ、無視されるだろうけど」
ボルクの提案に乗って、カウンターの奥に続いている通路に足を踏み入れる。
ボルクが工房の扉を開くと一気に熱気が襲ってきた。
工房には色んな鉄の塊や鉱石が乱雑に積み重なっていて、木のテーブルを見ると工具や羊皮紙が乱雑に置かれている。
そして、轟々と音を立てて燃え盛る炉の前で俺たちに背中を向けた一人の大柄な男が、赤く熱された鉄にハンマーを振り下ろしていた。
叩く度に火花を散らしながら一心不乱に作業をしている男と……もう一人、見覚えのある姿。
「あん? なんでてめぇがここにいるんだ?」
「お、お前こそなんで……ッ!?」
そこにいたのは、黒豹団のリーダー……アスワド・ナミルだった。




